「…………少し、汚れましたか」
頬についた煤を拭い、真新しい軍服の埃を払う。
ともあれ、アンバー先生が無事なのはよかった。
────しかし、参ったなぁ。
敵兵を片っ端から斬ってからというもの、疼きがどうも止まりそうにない。
現場を離れ、私の執務室に戻ってからも、この行き場のない感覚は蛇のように体内を這いずり回る。
アレが、本物の剣でなくて本当に良かった。
もし鋼刃で肉を切り裂いていたとしたら、ひょっとすると、私は理性を保てていなかったかもしれない。
百歩譲って、私が血と殺戮に悦びを見いだす異常者だというのはどうでもいい。そんなもの、私個人の問題でしかない。"共和国軍の勝利"という目的から見れば、些事もいいところだろう。
だけど───堪えるものがない、という訳ではない、か。
全く、
戦場にあるのは生きるか死ぬか、ただそれだけのことだ。そこに快楽を持ち込むなど、ナンセンスにも程がある。加えて私は指揮官なのだ。常に戦場を俯瞰し、一人でも多くの兵を生かし、勝利に繋げなければならない。その上で、余計な感情を持ち込む暇など無いことは明らかだ。
ああ、いっそのこと、人形だったら楽なのに。
柄にもなく、そんなことを考える。
だが、この苛立ちはどうにも収まる気配を見せなかった。
流血を求める猟奇嗜好と、自らの不要な感情に対する苛立ち。本能と理性がぐちゃぐちゃに暴走して、身体から熱を奪い去っていく。
「…………シャルさん、さっきから顔色が優れませんよ? もしや敵の毒でも受けてしまいました?」
「いえ…………心配には及びません。この通り、私は無傷ですとも───っ」
アンバー先生の顔が、間近に迫る。
「きゃっ──!? し、シャルさん!? 何を…………」
気付けば、私は彼女の襟元に手を伸ばしていた。
衝動に突き動かされて、力ずくで彼女を至近に抱き寄せる。
「───すみません、今はどうも、血を我慢できそうにない」
「え、シャルさ…………っう、ッ!?」
無理矢理引き剥がした寝間着から、彼女の白い素肌が覗く。
私は露になった白い彼女の胸元を、牙で強引に突き破った。
喉を伝う、原初の生命。
溢れる琥珀の艶かしい呻きが、興奮を加速させる。
───気付けば私は、完全に吸血鬼へとその身を墜としていた。
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~惑星コルサント 共和国軍事作戦センター~
「すまん、こっちの書類を纏めてくれ、ああ、できるだけ早くだ」
「なに? 連絡が通じない? さっさと叩き起こせ! 非常事態なんだぞ」
「コマンダーフォックス、捕虜の状態は…………ああそうか、了解。自白剤を使って構わない。死なない程度に痛め付けてやれ」
「なに? 第91機動偵察兵団のヘルメットと同一品だと? ……わかった。あそこの指揮官は───コマンダー・ネーオか。すぐにそいつを呼び出すんだ。特一級命令だと伝えろ!」
あの事件の後、当然のように私は仕事に忙殺されかけていた。共和国軍の中枢が襲われたのだ。マスコミ対策に警備態勢の改善、犯人探しetc.…………やるべきことは山ほどあるのだ。
そこえ、足早に靴を鳴らして近寄る影が一つ。
「正気ですかな、
「……何の件ですか、ターキン副本部長」
「あの事件の発表の件だ! アレを本当に報道発表するのかね、君は」
「ええ、勿論ですとも。逆に、何が問題なのか聞きたいですね」
今回の襲撃事件、私は当然報道発表を前提に資料を纏めさせていたのだが、そこに噛みついてきた奴がいる。
───ターキンだ。
「この共和国軍事作戦センターは共和国軍の中枢だ。そこが襲撃されたと知れたら警備態勢に綻びがあることを敵に知られてしまう。それは避けなくては」
「返り討ちにしているのです。何か問題でも?」
「それは貴女の能力によるところが大きい。決してこのセンターの警備態勢の力ではない」
「勝利は勝利です。この機会を活用しない手はない。敵の企みが失敗したことを声高に宣伝すれば、分離主義者にダメージを与えられる。逆に、隠匿が発覚したときはどうするつもりですか? それこそ軍部を揺るがすスキャンダルだ。我々は市民からの信頼を失うことになる」
尚も食い下がるターキンだが、私に持論を譲る気はない。
確かに、今回の襲撃事件を解決できたのは私の力あってこそのものだろう。だが、"敵"に勝利したことは確かなのだ。この事実を公表することは、表向き分離主義者に対する大きな宣伝効果が見込める。
わが軍の中枢を襲撃する、しかも"クローンの装備を持った一団に"なんて、一般市民なら誰もが分離主義者の策略と考えるだろう。分離主義者の市民や政治家、事情を知らない政治家も。
こんな"特ダネ"を隠匿するなんて、勿体ないにも程がある。
加えて、"隠す"という行為には基本的に後ろめたい意味しかない。それが白日の元に晒されてしまえば、受けるダメージは最初から公表していた場合の何倍にも膨れ上がる。
わざわざ、そんなデメリットしかない手段を取る訳がないだろう。
「ターキン副本部長、これは宣伝戦なのです。"我が軍に如何なる陰謀策略も通用せず"と強くアピールすることで、共和国軍の磐石な体制を内外に知らしめることになる。実態はこれから改善していけば良い。今はこの"勝利"の効果を最大限に活用するべきです」
「…………全く、貴女の頑迷さには手を焼かされますな。そこまで言うなら、やってみれば良いでしょう。私は手伝いませんがね」
「それで結構。後はこちらでやりますよ。マガツ少佐、済まないがこの資料を
「了解です、本部長」
ターキンはどうやっても頑固らしく、渋々と引き下がりながらも協力は拒みやがった。
なら良いさ、こっちはこっちで動かせてもらう。
私は宣伝室長に就任したワカメヘアーが特徴的な若い少佐を呼びつけて、纏めた資料を共和国の翼賛組織であるCOMPORに届けるように指示した。
彼等は政治力もある愛国者団体で、クローン戦争では幾つものプロパガンダを産み出してきた連中だ。彼等に任せれば、今回の事件も颯爽と素晴らしいプロパガンダに生まれ変わることになるだろう。
「…………さて、敵さんはどう動くかな」
表向きは分離主義者への牽制の意図を込めた今回の襲撃事件の公表だが、無論"主敵"へのメッセージでもある。
あのクローン達が分離主義者ではなくパルパルにけしかけられたことは百も承知。その上で、此方は敢えて道化を演じているのだ。
しかし、生半可な襲撃が我々には通用しないことは今回の事件で"敵"も充分に学んだ筈だ。もう同じ手は使わないだろう。加えて、私が"対分離主義者"を強く主張することは逆説的に、敵の陰謀に気付いていないという欺瞞工作にもなり得る。そう誤認してもらった方が、此方も色々と動きやすい。
さて、次はどう出るのですか、パルパティーン最高議長…………。
活動報告にて今後登場予定の新型艦艇の一部を公開しております。
ストーリーに絡む大きなネタバレはありませんが、一部固有名詞の先行公開があります。
興味のある方はどうぞご覧下さい。
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次回予告
シャルロットが着々と統合作戦本部の開設準備を進める一方で、伴銀河リシ・メイズに散らばった彼女の私兵、パージ・トルーパーズ。
彼等はこの小さな銀河の奥底で、偉大なる先駆者の爪痕を目の当たりにする。
次回、第61話「アーコロジー計画」
銀河の歴史が、また1ページ……