共和国の旗の下に   作:旭日提督

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星光、翳りて

 ~惑星コルサント 共和国軍事作戦センター~

 

 

「はぁ…………あの爺め、分かってやってるんだから質が悪い。こき使われるこっちの身にもなってくれ」

 

 共和国軍事作戦センターに備え付けられた居住区の一角。

 乱雑に開かれるドアの向こう側へふらふらと吸い込まれるように、共和国軍統合作戦本部長シャルロット・フォン・ブリュッヒャーは身を滑らせた。

 

 丹念に手入れされたベッドに飛び込むが如く倒れ込み、その柔らかい質感を堪能する。日中に受けたストレスを洗い流すかのように枕に頬を擦り付けるその様を見て、彼女の愛弟子であるアルトは深く溜息をついた。

 

「…………マスター。あの女狐から事情は聞いていますよ? まったく、貴女ともあろう方が無策に敵地に乗り込むなんて、らしくないです」

 

「おやアルトか。いやいや済まん済まん。───確かにそうだなぁ。君の言うとおりだ」

 

「でしたら、軽率な行動は控えてください。私のマスターは貴女だけなんですから」

 

 部屋の片隅にちょこりと正座して佇むアルトは、澄んだ翠緑の瞳をシャルロットに向ける。

 彼女の身を一番に考えていたアルトにとって、マスターであるシャルロットが敵地同然の最高議長府に乗り込むなど気が気でない。それも、思いつきと気分に任せて突撃したとなっては胃に穴が空くというもの。小言の一つ二つが出てしまうのは当然といえよう。

 

 ベッドに寝転がりぼりぼりと髪を掻きながらそれを聞いていたシャルロットは、アルトの発言に一定の理解を示しながらも不服そうな瞳を浮かべた。

 

「とは言ってもだね、これは激務で鬱憤が溜まったせいだ。つまりその原因を作り出した我等が最高議長閣下に少しぐらい物申したっていいだろう? 実際法的にはこっちの言い分が正しいんだし」

 

「確かにそうかもしれないですけど、マスターだって戦略もなにもなしに突撃したわけじゃないですか。そういうところですよマスター。心配するこっちの身にもなってください」

 

 むぅ、と頬を膨らませてそっぽを向くアルト。

 それを可愛いと感じつつも、確かに今回の行動は軽率に過ぎたか、と屁理屈を引っ込めて自省に浸る。

 

「だいたい、マスターにはあの女がいるじゃないですか。ふーんだ、マスターはあの女狐と乳繰り合っているがいいです」

 

「いや、だからといってあんまり先生に頼るのも申し訳ないし……」

 

 火に油だったか、シャルロットの弁明は些か逆効果に過ぎた。

 ますます意気地になって顔をしかめるアルトを見て、”あっちゃ~”と内心呟く。

 不機嫌そうにじーっと睨むアルトの視線が痛い。

 

「いやごめんごめん。うん、これからは気を付けるよ。心機一転だ」

 

 些か真摯とは程遠いが、機嫌を損ねたアルトを宥めるべく反省の意を示すシャルロット。

 それを聞いたアルトは疑心暗鬼の気を漂わせながら、ゆっくりと顔を上げた。

 

「…………約束ですよ?」

 

「勿論だ。アイツに会うときはできる限り対策する。済まない、今回は心配をかけた」

 

 ベッドから身を起こし、優しく彼女の頭を撫でる。

 アルトはいつもこれで機嫌が直るのだが、今回もその例に漏れず、警戒する猫のように強張っていた彼女の身体は瞬く間に弛緩した。

 

「そういうところだぞ、マスター…………」

 

 ほっと胸を撫で下ろしたアルトの唇から、微かな呟きが零れる。

 それはシャルロットの耳元にすら届かず、虚空へと掻き消えた。

 

「? 、なにか言ったかい」

 

「いいえ、何も。それより───」

 

 言葉を区切り、呼吸を整えるアルト。

 いつになく真剣な眼差しで、彼女はシャルロットに問い掛ける。

 

「マスター。貴女は何故戦う道を選んだのですか?」

 

「はい───?」

 

 予想だにしなかった言葉。

 唐突な問いを前に、思考が硬直して動かない。

 

「事のあらましはあの女狐から聞いています。その目的も含めて。ですが───何故マスターは戦うのですか。逃げることだってできた筈です。私だったら、貴女みたいな戦い方はごめんだ」

 

 ────彼女の独白を、噛み締める。

 

「思えば貴女の喋り方も雰囲気も昔とは大違いで、どこか遠くに行ってしまったみたいで…………マスター。貴女は、どうして…………」

 

 窓から刺すコルサントの夜光が、彼女の頬に深く影を落としていく。

 その光景は悲痛な告白も相俟って、一層脆く崩れ落ちそうに見えた。

 

「…………すまない、アルト」

 

 ───ああ、どうしてもっと、早く気付けなかったのか。

 

 普段の明るい振る舞いに甘えていたのはどちらだったか。その奥に隠れた彼女の不安に寄り添ってやってこそのマスターだというのに。

 

「ああ…………最初はそう思っていたさ。何もかも、全部奴から逃げるための前準備。その筈だった。最初からオーダーには大して未練は無かったからね」

 

「なら、どうして…………」

 

「それがだね。人ってやつは何処かで責任を負わなくちゃいけないんだ。私は共和国の軍人。この戦争が始まってそう決めてから、自分勝手ではいられなくなった」

 

 ───だけど、ごめんよアルト。もう後戻りするには遅すぎる。

 私は銀河共和国軍の軍人だ。ならば、軍人として常に正しく在らねばならない。

 兵を預かるということは、即ちそういうことなのだ。

 

「私は共和国の軍人。銀河共和国軍大将だ。この戦争が始まって以来、将として多くの兵を死地へと駆り立てた、ね。ああ、パルパティーン最高議長が希代の売国奴と知った上でさ。───だからこそ、私は奴を討たなきゃいけない。奴の首級を獲って掲げ、その身を軍事法廷の場に捧げるまで、私に止まることなんて許されないんだよ。例え行く末が戦火に塗れているとしても、進み続ける以外の道は無いの」

 

 アルトの問いに、独り吐き出すように想いを吐露するシャルロット。彼女の貌がますます悲痛に滲むことにすら気付くこと無く、言葉は続く。

 

「白状するとね、そりゃ私だって止めたいさ。戦いを続ける度に腸の中で邪な欲望が目覚めているのだって分かる。できることなら、惰眠を貪って好きに過ごしていたい。こんなことを続けていたら、要らぬ戦いを引き起こす羽目にだってなるだろう。間違いなく、多くの人が死ぬ」

 

 ───言葉を紡ぐその度に、深く被った軍人という鎧に罅が入っていくかのよう。

 今まで無視してきた暗黒面やら何やらが心の隙間に入り込んでくるようで気味が悪い。

 

 ───邪魔だ。

 

 雑念を廃し、つとめて冷静に言葉を選ぶ。

 彼女を不安にさせないように、いつもの口調で……

 

「だけどね。私はそうしなくちゃいけないんだ。奴の正体を知った一人として。敵であろうが味方であろうが、奴の茶番に転がされた兵の為に。私がやらなければ、誰がその怨念に応えるというのか。だから、すまない。私は、この戦いを止められない」

 

 全てを吐き出し、心なしか身体が軽くなったよう。

 だけど、それを捨てることは許されない。

 

「マスター、………………。ええ───それはきっと、間違いではありません。貴女の口から、その言葉が聞けてよかった」

 

 私の答えに満足したのか、微笑みながらそっと胸を撫でるアルト。

 彼女の言葉はどこかぎこちなく朧気で、それでいて真っ直ぐに透き通った一本の線のようで。

 

 彼女の掌が、そっと私の頬に触れる。

 

「───これからも、私は貴女の剣です、マスター」

 

 翡翠のように、凛として澄んだ彼女の言葉。胸をすり抜けるように吹くそれが、今はひどい心地良い。

 まったく、これではどちらがマスターなんだか分からないじゃないか。

 

 ……………………………………………………

 

 そうだ。そんなこと、最初から分かっていたのに。

 私のものだと思っていたマスターはもう遠いところに行ってしまって、傍らに居るのは私ではなくいけすかない狐みたいな怪しいやつで。

 

 ───わかってる。こんなの、子供騙しなんだって。

 

 マスターの役に立てばいい、そんなちっぽけなことで満足できないことぐらい。

 ついさっきのマスターの言葉にだって、私じゃちっとも寄り添えなくて。元から悲観主義の私には、そんな生き方は土台無理な話なんだ。

 

 ───だからこそ、私は…………

 

 あの日見た星の輝きが例えどす黒い重力井戸に変わろうとも。貴女の行く先に立ち塞がるその全て、それを薙ぎ払う剣となろう。

 抱いた想いはそっと箱にしまい込んで、マスターみたいに、自分で自分を騙し通して。大丈夫……落ち着いて。マスターだってできたんだから。

 

 正直、軍人の使命だとか、銀河の行く末だとか、どうでもいいわたしだけど。

 

 ───出会ったあの日に垣間見た、貴女の星。

 

 それだけは、決して裏切りたくないから。




キャストリアちゃんは曇らせが似合いますね(迫真)

 次回予告

 設立以来、内外のあらゆる情報収集に努めていた銀河共和国軍統合作戦本部。遂に、その最大の成果が舞い降りた。
 尻尾を見せた”分離主義者”シーヴ・パルパティーンの情報を手にしたシャルロットは、信任の置ける宇宙軍の提督数名を極秘裏に召集。一世一代の賭けに出る。

 次回、第72話「救国軍事会議」
 銀河の歴史が、また1ページ……
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