共和国の旗の下に   作:旭日提督

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DAY ■■■/反転衝動(Ⅲ)



反転衝動(Ⅲ)

~惑星コルサント地表、レベル3822階層~

 

 

「はっ、…………う…………」

 

 頭に響く、鋭い振動。

 

 瞼の裏を刺す眩いネオンの光。

 

 空を駆けるスピーダーのエンジンの音に当てられて、霧散していた意識か再起動を果たす。

 

「あ…………れ、わたし……」

 

「やっと起きたか。大丈夫あんた?」

 

「ええ、はい───」

 

 わたしの顔を覗き込む、黒髪を二房に纏めた少女の貌。

 

 ───思い出した

 

 万が一しくじったときのために、統合作戦本部長がわたしの回収を依頼していた賞金稼ぎの少女達だ。

 彼女達──アシュタレトとジェーンは契約通りにわたしが地面に埋まり前に上手いこと拾い上げてくれたようで、身体に著しい損傷は認められない。

 

 尤も、直前に妖怪(パルパティーン)から浴びた電撃のダメージは残っているのだが。

 

「───全く、どういうカラクリなんですかあれ」

 

 とびっきりのジョーカーで、完膚なきまでに”殺した”筈なのに。

 クラスカードの再現性が不十分? いや、そんな筈はない。”直死の魔眼”の効力自体は不変。ならば、使い手としての経験不足か。

 だとしても、あまりにも復活が早すぎる。どこぞの真祖とて再生に一晩を費やしたのだ。あくまでも肉体は人間であるパルパティーンが、それを上回るとは考えにくい───

 

「? なんか言った?」

 

「いえいえ、何でもありませんよ。それより、現在地は何処でしょうか」

 

「24番街のレベル3822ね。元老院地区からはだいぶ離れてるわよ」

 

 レベル3822……だいぶ、下に落とされたみたいですね。地表の最高階層が確かレベル5127だったから…………ざっと地下数十メートルのところまで落下した計算になる。

 

「───戻って、いただけますか」

 

「…………はい? あんた正気?」

 

「ええ。───わたしはまだ、やらなきゃいけないことがありますから」

 

 そうだ。まだあの場所には、彼女がいる。

 

 愛しいわたしのチェスの駒(シャルロット)、わたしだけの操り人形(サーヴァント)

 

 彼女はまだ、その(エーテル)を燃やしながら必死に歴史に抗っているはず。幾ら駒に過ぎないと言えど、わたしは彼女のマスターなのだ。

 

 だったら、こういう時こそマスターらしく振る舞わないと。

 

「アシュタレトさん、でよろしかったですよね」

 

「え? うん、そうだけど…………」

 

「少々手荒い旅程になるかもしれませんがご容赦を。───どうか全力で飛ばして下さいな」

 

「はいは~い、そういうことなら了解ね! 目標統合作戦本部ビル! 全力でかっ飛ばしちゃうよ~!」

 

「ちょっ、ジェーン!? なに勝手に、って──ぅわああぁっ!?」

 

 絢爛盛りし闇夜のコルサントを駆ける一機のSS-54アサルト・シップ。

 所有者の趣味を表すがごとく黄金色に彩られたその機体──〈マアンナ〉は、未だに煙燻るジェダイ聖堂と共和国軍事作戦センターへと向かって飛翔する。

 

 

 

…………………………………………………

 

 

 

~アズア宙域 アクサム星系 インペレーター級スター・デストロイヤー”リットリオ ”~

 

 

 首都星コルサントが存在するコルスカ宙域を離れ、共和国宇宙軍の要衝である惑星アナクセスが存在するアズア宙域に足を踏み入れた共和国宇宙軍第3艦隊エレイシア分艦隊。

 ここで各地に散らばっていた第3艦隊は集結を果たし、ブレンタール、シャンドリラ方面に布陣する第5艦隊コバーン分艦隊との合流を目指していた。

 

 アナクセスの共和国軍の大半が親統合作戦本部派であることから、妨害らしい妨害を受けずに宙域内を進軍する第3艦隊は、アナクセス造船所にて多数の新鋭艦を受領、戦力の増強に成功する。

 その中にはシャルロットが密かに設計に携わっていた遠距離砲戦艦ラディアントⅡ級スター・デストロイヤーや後のインペリアルⅠ級として知られるインペレーター級スター・デストロイヤーも含まれており、艦隊の再編を行ったシャルロットは最も堅牢で通信設備の充実したインペレーター級艦〈リットリオ〉に改めて将旗を掲げた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 旗艦〈リットリオ〉に集結した第3艦隊首脳陣は、改めて今後の方針を確認し合う。

 

「じゃあ、艦隊の進路は変更無し。ってことで構わないんだね」

 

「ええ。そのように願います、ネモ少将。ではムジーク准将の分艦隊には、引き続きアナクセス防衛をお願いします」

 

「うむ、任された。存分に頼ってくれたまえ」

 

 戦力の再編を経て艦隊の運営方針を確認するシャルロットと司令官のネモ少将であったが、既定の戦略に変更は無かった。

 強いて挙げるとすれば、共和国派となったアナクセスの防衛が必要になったため少数の戦力を割いたことが変更点だが、強力な兵站拠点を手に入れることができたと考えればその程度の戦力を供出しても全軍に大きな影響は無い。

 アズア宙域で合流したヴェネターⅠ級艦〈スピリット・オブ・ザ・リパブリック〉を旗艦とするムジーク准将の分艦隊をアナクセス防衛のために残し、第3艦隊は引き続きカリダを目指す。

 

「しかし、アルトの隊が未だに遅れているとはなぁ」

 

「ふふっ。心配かい? 本部長」

 

「それは……まぁ、大事な一人だけの弟子ですし」

 

 首脳陣が解散した会議室の中で、歓談に興じるシャルロットとネモ。

 オーダー66の発令から一貫して働き詰めであった彼女からしてみれば、幾ばくかの余裕ができたこの状況は久々に羽を休めることができる数少ない時間だった。

 加えて愛する弟子と半身ともいえる腹心がいない今では、親しい間柄にある者といえばクローン戦争開戦時からの部下であったネモしかいない。

 故に、自然と彼の前では張り詰めた表情を綻ばせていた。

 

「エーベルヴァイン代将なら大丈夫さ。こちらでも艦隊の位置はマークしている。ひょっとしたら、一足先にカリダに着いてるなんてこともあるかもね」

 

「サルーカマイからここまでとなると、確かに時間がかかるのは当たり前か…………ありがとうございます、ネモ少将。貴方といると、幾らか気が紛れます」

 

「それはどういたしまして、光栄だよ」

 

 滅多に見ることがない、緩んだシャルロットの横顔。

 普段は軍人としての張り詰めた表情しか見ることがなかっただけに、ネモは安堵の視線を彼女に向けてほっと胸を撫で下ろした。

 毅然と敵に立ち向かう指揮官の顔しか見ることがなかった彼女の人間的な素振りを眺めて、ようやく眼前の少女然としたうら若い上級大将のことを等身大の人間だと実感する。

 思えば、そうした心情面でのケアは公私共に支えていたあの赤髪の女狐が担っていたのかもしれないな、と心の中で微笑を溢す。

 逆に言えば、彼女の不在はシャルロット本人が思っている以上に自らを苛まさせているのかもしれないが。

 

 ───こうして見ると、本当に少女のようだ。

 

 年齢でいえば僅かに自分より年上である筈が、少なく見ても10歳は年下に見える彼女の貌は、まるで刻が止まっているかのようで。

 自分も分不相応に童顔で低身長なのだが、それを棚に上げても彼女はいたいけな少女にしか見えなかった。

 

「しかしこの三年は───本当に色々ありました」

 

「確かに。荒波のような時間だったね。まさか、最前線に立つことになるなんて。コレリアのアカデミーは入ったときには、夢にも思わなかった」

 

「ああ、確か、貴方はコレリアの出身でしたね」

 

「うん。防衛軍では、末席もいいところだったけどね。身体は小さくて力はないし、お陰で舐められることなんてざらにあったし。───貴女の下で戦えたのは、本当に光栄だ」

 

「あはは…………私、そんなにできた人間じゃないですよ?」

 

「それでもさ。僕が艦長としてやってこれたのは、貴女のおかげだ。この三年間、乗艦が健在だなんてそうそうないよ。スカイウォーカーに至っては一体何隻沈めたことやら」

 

 談笑に興じる最中、船乗りとしてアナキンの指揮に苦言を呈するネモ。

 確かに彼の指揮は戦果を挙げているものの、無茶振りに付き合わされる者からすればたまったものではなかっただろう。同じ戦艦乗りとして、ここにはいないユラーレン提督に密かに同情心を抱いていた。

 

「まぁ、あれはあれで元来の性格といいますか、それが彼の取り柄というか───!?」

 

 かつての知己の姿を思い浮かべて、半ば呆れたような、回顧に浸るシャルロット。

 

 だが───その横顔が、青白く生気が抜けていくように歪む。

 

「ぅ───こふ、っ……ゴホッ、ケホ……!」

 

「───し、シャル──ロット?」

 

 唐突に咲く、赤黒い鉄の華。

 

 咄嗟にシャルロットは自らの口を右手で押さえつけるものの、溢れ出る血は留まることを知らずに指の間から吹き出していく。

 

「本部長!? 大丈夫なのか!?」

 

「ぁ───だ、大丈、夫……いつも、の……だが、ら……! っ、ゲホッ、ガハ、ッ!?」

 

「な……なにが大丈夫なんだ!? 気をしっかり持って! 僕が医務室まで運ぶから──」

 

 虚ろな目で見上げながら、ネモを制するシャルロット。

 だが、その尋常ではない様子を前に気にするなという方が無理というもの。

 血相を変えてシャルロットの下に寄ったネモは、逸る気持ちを押さえながら冷静に彼女の肩に手を回す。

 

 ───くそっ。こんな時に……! 僕に、もっと背丈があったら……! 

 

 自らの非力と矮小な身体を呪いながら、シャルロットを背負いふらついた足取りで医務室へと向かうネモ。

 

 彼女の意識は、彼の白い背中を最後に途切れた。

 

 

 

 

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 ───血が、足りない。

 

 目覚めて最初に覚えたのは、たまらなく渇いた自分の身体。

 

 黙っていても冷めていくのが手に取るように知覚できて、猛烈に渇きを潤したくなる衝動に駆られる。

 

 血があれば、この飢えも渇きも冷たさも癒される筈。

 

 奪われる熱と比例するように、邪な欲望が奥底から鎌首を擡げる。

 流した血が多過ぎたのか、はたまた身体が遂に抗いきれなくなったのか。

 

 どうやら”私”が思っていた以上に、この身体は血を喪い過ぎていたようだ。

 

「あっ、っ、う…………」

 

 灼けるような、喉の渇き。

 

 身体はとうの昔に冷えきっているのというのに、命を渇望する欲望だけがたまらなく熱くて熱くて。

 曖昧で刺々しいこのチグハグな身体から逃げたくて、思わず被せられていた布切れを掴んでは掻き毟る。

 

 白いはずの天井や壁も今となっては赤くどろどろな肉塊に見えて、視界がぬちゃぬちゃと気持ち悪い色で満たされていく。

 

「血、が…………」

 

 我慢すればするほどに、どくどくと注ぎ込まれていくその毒酒は瞬く間に全身を蝕んでいく。

 きっと、この場に人一人でもいようものなら、堪らなくきっとそれを八つ裂きにして牙を突き立てていたことだろう。

 五感の全てが血の一文字に塗り潰されて、思考さえおかしくなっていくのが手に取るように感じられて。逃げ出したくて思わず狂いそうになってしまう。

 

 ぶっ、ぶっ、ぶっ──と、鳴り響く、なにかを告げる耳障りな声。

 

 きっと機械音か何かだろう。そこら辺の装置が故障でも起こしたのかな。

 

「───、───!」

 

 …………誰? 

 

 室内に響き渡る、低くて凛とした音色。

 焦燥を滲ませたその声は───どこかで聞いたことがあるような気がするけど、上手く思い出せないや。

 

「───、大丈夫か、本部長!」

 

 がさりと揺れる、私の身体。

 唐突に感じた触覚は、誰かが私を揺さぶっているからなのだろうか。

 

 ───甘ったるい、鉄の香り。

 

 そこから漂う命の色に、理性がものすごい勢いで蒸発していく。

 

 今なら……ちょっとだけ。ちょっとだけ───

私は共和国の軍人だ。それを忘れることなど許さない。

 ──匂いが強まる。それはまるで、甘美な果実のようで。

停止を命令。それは軍人としての理念に反す/────

 

 ぶつり。

 

 あたまのなかで、何かが切れた。

 

 まるでテレビのチャンネルを消すかのように。

 

 つまらない番組なら、それを変えるのなんて至極当たり前のこと。

 

 鼻先に触れる、水色と淡い砂金のグラデーション。

 きっと誰かの髪かなにかなのだろう。

 視界に映るそれはあやふやで、輪郭すらも朧気に霞んで見えない。

 でも、それが私の渇きを癒す特上の美酒であることには疑いの余地なんてない。

 

 私はそれを逃がさないように両腕を回して───袂に抱き寄せる。

 

「シャル…………ロット…………? な、何を……!?」

 

 不安と猜疑心、そして僅かな期待が籠った可愛い音色。

 彼の真っ白な素肌を隠す布切れに手を掛けて──一気に切り裂く。

 獲物を締め上げる蛇のように、両腕に力を込めてめいっぱい密着させて、絶対に逃がさないように。

 至近距離から漂う甘美な命の芳香を前に、わずかに残った理性なんてとうの昔に吹き飛んできえた。

 

 眼前に、白磁のように澄んだ肌。

 

 これを今からめちゃくちゃにするのだと思うと、堪らなく胸が踊る。

 

 ───ざくっ。

 

 白い柔肌に牙を突き立てて、いっきに破って噛みついた。

 

 ぐきゅる、ごるっ。

 

 ヒトからしてはいけないような、肉を啜り砕く音。それがたまらなく心地好くて、ますます奪いたくなってくる。

 

 流し込まれる、新鮮な赤───

 

 蕩けるような、命の味………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───思わず、見惚れた。

 

 まるで岸に打ち上げられた魚のように、必死に胸を上下させてもがくシャルロット。

 その姿はあまりに痛々しいものであったのだが、その苦しげな呼吸のせいか、どこか艶やかで毒々しい。

 更に言えば、弱々しく自分を見上げる虚ろな瞳はむしろ扇情的ですらある。

 ネモとて仮にも男の端くれ。そんな艶かしい女の姿は、彼にとってあまりにも目に毒過ぎた。

 

 シャルロットが倒れてから凡そ半日。

 未だに目を覚まさぬ彼女を心配して医務室を訪れたネモであったが、思いも寄らぬ彼女の姿を前にして思わず立ち竦んでしまう。

 それが、命取りにも等しい愚かな行為だとは知らずに。

 

 うっすらと開く、シャルロットの双眸。

 虚ろなそれに灯った僅かな光が、ネモの貌を映し出す。

 

「───シャル?」

 

 ───息を呑む。

 

 シャルロットは焦点の定まらぬ眼でネモを見るや、唐突にその両腕を彼の首筋に回す。

 

「シャル…………ロット…………? な、何を……!?」

 

 理解が追い付かないままに、あっという間にベッドへと引き摺り込まれるネモの細身で華奢な身体。

 

 抱き寄せられるにつれて、女の柔らかな胸の弾力が小さな身体を圧迫する。

 かつて味わったことのない未知の快感を前に、理性が孟速で蒸発していくのを実感する。

 

 それ故に、彼は気付かなかった。

 

 自らの首に迫る、吸血鬼の如き捕食者の牙に。

 

───ざくっ。

 

「い”っっ、ッ…………!?」

 

 唐突に、右肩を襲う激痛。

 

 思いもよらない奇襲のようなそれを前に呻くネモだが、それがかえって仇となったか、牙はより深々と突き刺さり、ぎゅぅっと身体は締め上げられる。

 

「し……シャ、ル…………や、……っ!?」

 

「───ん、美味、し…………」

 

 力が抜ける。

 

 比喩ではなく、文字通りの意味で。

 

 辛うじて捻り出した懇願の言葉は魔と化した彼女には届かずに、むしろ返礼とばかりに欲望の赴くままに貪られる。

 いつの間にかベッドに押し倒されていた彼の小さな身体では逃げることすら最早叶わず、上で蠢く吸血鬼に無惨にも喰われるばかり。

 

「や、め…………っ」

 

「だめ。逃がさない。───わたしがぜんぶ、たべてあげる」

 

 必死の哀願も容易く捻り潰されて、蹂躙される。

 

 漸く意識を取り戻したシャルロットは別人と見間違うほど妖艶でいて人に非ず、渇望に導かれるままにネモの血をくちゃくちゃと咀嚼する。

 

 ───い、やっ……こんな、の……! 

 

 つい先程まで談笑していた、凛としてかつ儚気な孤高の彼女と、目の前で欲望のままに自らの命を貪り食らう彼女の姿。

 

 この二人がどうしようもなく同一人物だという事実を前に、ネモの情緒はぐちゃぐちゃに掻き乱されて支配される。

 死と隣り合わせだという現実を前にして尚、眼前の吸血鬼()にどうしようもなく魅了されているのだと気づいた刻には既に遅く、彼の命は、実にその一割を喰われていた。

 

 生まれて初めて命の危険というものを知覚した彼は、ひしひしと沸き上がる恐怖と快楽を前に、遂にその意識を深く赤い奈落へと落とした───

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