平面座標、L-9。
銀河系の主要な貿易航路である、パーレミアン・トレード・ルートとハイディアン・ウェイ。
この二つの航路が交わる要衝に位置するのが、ここブレンタール星系だ。
その最中に位置する惑星ブレンタールⅣに程近い宇宙空間を、悠然と進む紅白の大艦隊の姿があった。
帝国との艦隊決戦を間近に控え、アナクセスへと進軍する救国軍事会議の第3・第5連合艦隊だ。
彼等の僅か後方に、唐突に一隻のコルベットが現れる。
そのコルベットは俊敏に艦列の間を潜りながら、陣形の中央に位置するある一隻のインペレーター級スター・デストロイヤーのハンガーベイに接舷する。
───特殊任務を終えたデルタ分隊が、旗艦〈リットリオ〉に帰投したのだ。
~コア・ワールド ボーメア宙域 ブレンタール星系 インペレーター級艦 “リットリオ ”~
「只今戻りました」
ガツガツと響く、金属の床を鳴らす足音。
それがびたりと一斉に止むと、野太い声がヘルメットの中にくぐもって反響する。
「…………ご苦労だった、ボス。──して、結果はどうだ?」
振り返って、死地から帰還した部下達と相対する。
横一列に並んだトルーパー達は、全員てがクローン・コマンドー専用のカターン級コマンドー・アーマーを纏った特殊部隊───デルタ分隊の面々だ。
その最右翼に位置するのは、オレンジと白に塗り分けられたアーマーを着込んだ分隊長のボス。彼は私と相対すると機敏な敬礼を披露して、求められた通りに作戦結果の報告を始める。
「ハッ! 作戦そのものは成功です。バーナ・ブリームー議員閣下は〈ガーララ〉の負傷兵とともに、現在カリダの医療ステーションで検査と治療を受けていただいております」
「よくやった、デルタ分隊。だが…………」
友軍艦の救出という、戦略目標自体は達成したことは彼の報告から明らかだ。本来なら喜ぶべきところなのだろうが、気掛かりな点が一つ。
「ところで、お前達が乗っていったクルーザーはどうした」
「あー…………そのことですが…………」
私がそう問い掛けた途端、スコーチはばつが悪そうに右手で頭を抱えて俯きながら発言する。
「我々が乗艦していたフリゲート〈アイアン・シージ〉は再起動した敵艦の追撃を引き受けるため殿に。恐らくですが、彼等はもう……」
「我々は〈ガーララ〉艦内に浸透した敵兵の掃討任務がありました故難を逃れることができましたが、あの状況からの脱出は難しいかと」
フィクサー、ボスの順に為されたその報告は、クルーザー〈アイアン・シージ〉に乗艦していた他のクローン───フォックスやエコー、ファイヴス等の生存を絶望視するものだった。
しかし、妙だな。
私は後詰めに
いや、そんな筈はない。
…………仕方ない。彼等は当面の間MIAとして処理するしかないな。恐らくは生きてくれていると思いたいが、如何せん不確実性が高い。居ない者は、居ない者として扱うしかないか。
「そうか。───貴官らだけでも無事に戻ってきてくれて嬉しいよ。諸君らは休息に入れ。どうやら次の戦場は、私の本分のようだからな」
「サーイエッサー!」
艦橋の窓から覗く、深淵の宇宙空間に向けて視線をずらす。
その最中に位置するホログラムには、今しがた入った偵察機からの情報が逐一と更新されていた。
どうやらデルタ分隊の面々は、その一挙一動で私が何を言わんとしているのか理解してくれたらしい。
───続々と膨れ上がる、帝国のスターデストロイヤーの数を示すそのホログラム。
次の舞台は、正面からの艦隊決戦。
それを理解した彼等3人は、そこに自分達の活躍の場がないことを悟って命じられた通り休養に入る。
次なる任務に備えるために、休めるときにはしっかり休んでおこうという心理なのだろう。
さて、と…………
艦隊戦に入る前に、今一度自軍の配置や陣形諸々を見直しておかないといけないな。
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「マスター。…………少し、よろしいですか?」
扉の向こう側で響く、か細くて弱々しい少女の声。
「入れ」と一言だけ伝えると、静かな扉の解放音が仄かに響く。
「───どうした、アルト。私に話があるんじゃないのかな」
「あ、え───うん…………はい…………」
歯切れの悪い、釈然としない愛弟子の反応。
彼女の話したいことはだいたい想像はついているが、これではどう言葉を掛けたものか。
───私は、
励まして導くなんて、柄でもないことを弟子に取った責任感だけでここ4年続けてきたが、未だに慣れることはない。
思えば、自信を持って教えることができたと自慢できるのは戦い方と殺し方、身の守り方の三つだけだ。───後は、強いて挙げれとすれば銀河政治の見方ぐらいか。
「アルト」
私が彼女を呼ぶ声で、背後に立った小柄な影がびくりと揺れる。
「…………報告は聞いている。君が
「…………はい、マスター」
椅子ごと身体を彼女の側に向けながら、起動したホログラムに戦術情報を映し出す。
現在のわが艦隊の位置と航路、予想される敵艦隊の迎撃進路を反映させた銀河地図に、未だフォーロストで帝国軍艦隊の突破を試みている同胞キリアン提督率いる第11艦隊の戦況。
如実に視覚へと訴える
「だから、話は短く簡潔に頼むよ。いいかいアルト。君はもう一人前の指揮官なんだ、それは分かっているだろう」
「マスター…………ええ、はい。…………少し、お願いがあるんです」
「───何だい、アルト」
ホログラムを消して、努めて優しく語りかけるような口調を作るように心掛ける。
かつてのように、教え諭すような出力に調整して。
すると彼女は、ゆっくりと私に向かって歩みを進めて───唐突に、私に覆い被さった。
「あ…………アル、ト……?」
「───マスター」
ずる、と互いの布が擦れる音が耳元で響く。
椅子に座る私の上に身を預けたアルトはそのまま、肩口に置いた手を後ろに回して私の身体を抱き締めた。
深くて静かな彼女の鼓動が、確りと服の上からでも小波のように伝播する。
「…………しばらく、このままで居させてください」
「ああ────よく頑張ったね、アルト」
交わらない視線の先にある彼女のその表情は、まるで震える幼子のようで。
私は堪らず、金砂のようなその髪を鋤くように撫でた。
………………無言の時間。
どうやら、彼女のいう「お願い」とはこのことだったらしい。
満足気に瞼を閉じる彼女は何も言わず、ただ黙って私に撫でられるがままだ。
彼女は私の上で身を預けながら頬を寄せて、猫のように丸くなる。
いつまでこうしていただろうか。
唐突に、微かな翠緑の鐘のような彼女の声が響くまで、私もその空気に呑まれていたように彼女の頭を撫で続けていた。
「────マスター。好きです」
仄りと響く、アルトの小さくて澄んだ音色。
雫のように小さくて脆いそれは殆ど聞き取れるようなものではなかったけれど、確かに今、彼女は───
「うん? 何か言ったかい?」
「…………いえ? 何も。何でもありませんよ、マスター。ただ、マスターの手は落ち着くなぁって」
私の問いを、誤魔化し笑いではぐらかすアルト。
すると彼女は回した手に力を入れて、身体を絡めるように寄せてきた。
更に身体が密着させられたことで余計に彼女の素肌が露になって、襟元から覗くその白い首筋に、───思わず視線を止めてしまう。
…………さっきよりも間近で感じられる彼女の鼓動が、少しだけ早まった。
「こら、私は君の抱き枕じゃないぞ」
「へへん。私にさみしい思いをさせた責任を取るがいいです」
「君はなぁ…………。ああもう、わかったよ。あと10分だけだぞ」
「わーい! マスター大好き!」
と、態とらしく歓声を上げたアルトが更に私に抱きついてくる。
そのちょっとだけ生意気で可愛らしい態度とは対照的に、ほんのりと赤く紅潮した耳元は彼女の本心を示しているようで。
───こいつめ。
可愛い子には旅をさせろとは言うが、どうしたものか、つい甘やかしてしまうなぁ。
師匠冥利には尽きると言うが、今や私はただの人斬り。軍という巨大な兵器の歯車とでしか、人らしく在ることができないとは何たる皮肉か。
───全く。我ながら、度し難い。
私はもう、君と出会った頃のようには成れないというのに。
例え幾ら曇ろうと、嵐の中に放り込まれようと一筋の光を見失わないようなその姿勢。羨ましいよ、本当に。
自分の内側を騙して塗り固めることでしか人であることを維持できない、
アルト…………私は…………
喉までせり上がったその言葉を、寸前で飲み込んだ。
───いや、今はいい。言うべきじゃ、ない。
私は、彼女の
…………私は歯車、私は共和国の軍人だ。
成すべきを為し、共和国軍人として正しく在り続けなければならぬ。
今は、それだけを考えていればいい。
余計なことは考えるな。
ただ、勝つためには如何に軍と兵を動かすか。
敵軍を討ち、国家の敵を軍事裁判に引き摺り出し、正しく民主主義を再建する。そのために決起したのだろう? そういうお題目で今まで準備してきたのだろう?
だったら、やるべきことなんて分かっているだろ。
敵の艦隊を討ち、敵の軍を薙ぎ払い、腐った癌細胞を一掃する。
お前は、それだけを考えていればいいんだ…………。
彼女の首筋に牙を立てたいと僅かにでも思ってしまったことなんて、今すぐに忘れるんだ。
DAY ■■■/反転衝動(Ⅳ)