共和国の旗の下に   作:旭日提督

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蜃気楼

「が、はっ…………」

 

 ───血が溢れる。

 

 眼前には、愛弟子の姿をしたナニカ(警戒すべき有力な敵)

 

 セーバーを抜き、敵の出方を探る。

 

 ───戦闘遂行、支障あり。腹部に重度の損傷。機動力、突破力、運動力が全てにおいて欠如。

 

「っち────」

 

 霞の構えを取り、迎撃の態勢を作る。

 

「まだ死んでないんですか。…………さっさと死んでよ!!」

 

 敵がセーバーを突き出して、突撃を試みる。

 敵は何かを叫んでいるが、取り合う必要はない。

 血が流出し過ぎている。余計なことを考えているリソースは残されていない。如何にして敵を殺すか、それだけを演算する。

 

「貴女は…………ッ!! いつもいつも、私のことを見てくれない。最初から、私と二人で逃げてくれればよかったのに──っ!!」

 

 乱雑に振りかざされる剣。

 その一つ一つに刃を合わせて迎え撃つが、赤と赤が交錯する度に焼け爛れた腸が捻じ切れるように悲鳴を発する。

 

「なんで…………なんで!! あの女狐のこととか、共和国のことなんて、どうだっていいでしょ!?」

 

「………………」

 

 一度、二度、三度。

 

 互いのセーバーが絡み合い、火花が散る。

 その度に全身が緊張して、石のように凝結していく。

 

 早急に眼前の敵を仕留めなければ、圧されるのは此方ばかりだ。

 私がここで敗けてしまえば、眼下の兵が助からない。

 敵の戦闘力ならば、容易に彼等の首を切り裂くだろう。

 

「マスターは私のものなのに…………私だけのマスターなのに…………! 私のところに来てくれないなら、───死んじゃえ!!」

 

 上段から垂直に振りかざされる、一刀の赤い閃光。

 力任せに降り下ろされるそれは致命的なまでに隙だらけで───故に私は、下段からの打ち払いを選択した。

 

「あ"っ───ッ!」

 

「………………っ!!」

 

 セーバーを弾かれて、敵の前面が顕になる。

 すかさず手首を一回転に捻り、敵の右腕を斬り落とす。

 追撃戦に移行。このまま敵の息の根を───

 

「ご、はっ───!? っチ…………」

 

 喉を焼きながら咽び上がる、赤黒い鉄の味。

 

 抑えた左手の隙間から溢れ出すそれは、決壊したダムのように生命力を垂れ流していく。

 

 ───止まるな、進め。

 

 悶え狂う身体に鞭打って、剣を両手で構える。

 

 敵を仕留めなければ。

 

 敵を仕留めなければ。

 

 敵を仕留めなければ。

 

 此所で敵の生存を許してしまえば、艦隊の指揮系統が完全に狂う。

 それは作戦全体の失敗を意味するのみならず、私に付き従った兵士達の期待を踏みにじる行為だ。

 撤退は許可できない。

 

 だが────この身体は最早如何ともしがたいらしい。

 

 振り下ろしたセーバーは、ふいに軌道を逸らされて敵から僅かに外れてしまう。

 

 敵は唖然と立ち止まっている。

 

 今が好機だというのに。

 

「なんで───」

 

 私を見上げる濁った翠緑の瞳が、次第に金色に染まっていく。

 

「なんか言ってよ! マスター!!」

 

 空気を揺らす、甲高い雑音。

 

「………………」

 

 今度こそ、仕留めなければ。

 

 身体じゅうから悲鳴が上がって、ぎちぎちと関節が摩り切れた。

 暫くは使い物にならないだろうなぁ、と、上の空で考えている自分がいる。

 

「っ……………………!?」

 

 鋒が敵に届くよりも早く、敵は脱出を選択したようだ。

 落とされた右腕を置いて逃げ出した敵の背中は、容易く撃ち抜けると思えるほどにがら空きだ。

 

 ダンダンと乱雑な足音を立てて敗走する敵の背後から、ブラスターを浴びせることができたら差し迫った脅威を完全に排除できるだろう。

 

 だけど残念なことに、私の身体にはそこまでの力は残っていないらしい。

 ならば、次善の策を取るのみ。

 

 よろよろとふらつく足を強引に動かして、指揮台のコンソールパネルに縋り付くように取りついた。

 その一角に向かって拳にならない右手をいっきに振り下ろして、艦内に警報を発令する。

 

 ヴーッ、ヴーッ。

 

 定期的に鳴り響く擦り切れたようなリズムの音は、まるで欠損だらけの自分の拍動を思わせる。

 ともあれ、これで警報は問題なく作動した。

 

「本部長…………大丈夫か、本部長!?」

 

「う、────っ…………!?」

 

 遂に、身体を支える両足が砕ける。

 だらりとコンソールに身を預けながら、私の身体はずるずると摺り落ちていく。

 

「本部長!?」

 

「ガスコン、参謀───長。全軍に、コード…………73を、発れ───して」

 

 駆け寄ってくるのは、ミーバー・ガスコン准将か。

 彼は小柄なジルキン族だから、霞んだ視界でもよく分かる。

 強制的にシャッドダウンされる意識の暗転に逆らって、次席指揮官への指揮権委譲を意味する暗号の送信を彼に指示した。

 

 

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~銀河共和国軍第3艦隊エーベルヴァイン分艦隊旗艦 アクラメーターⅡ級艦 “イストリア ”~

 

 

《旗艦〈リットリオ〉から各将官に一方的に送る! ブリュッヒャー上級大将は敵の暗殺者の手にかかって重傷だ!! 速やかに次席指揮官の統率の下、作戦を継続されたし!! 繰り返す────》

 

 旗艦〈リットリオ〉から流れる、喫緊の事態を告げる暗号通信。

 その存在は今しがた帝国軍本陣を食い破り、エレイシア分艦隊の救援に向かうエーベルヴァイン分艦隊の司令官、アルトの胸中を否応なしに掻き乱した。

 

「如何なさいますか、代将閣下」

 

「…………マスターの命令が最優先です! 全艦、突撃!! エレイシア分艦隊に纏わりつく敵艦を排除してください!」

 

 彼女の心情を慮ってか、旗艦〈イストリア〉の艦長を務めるアグラヴェインが小声で努めて穏やかに問い掛ける。

 アルトは暫しの沈黙の後、意を決して彼に命令を伝達した。

 その両手は固く握り拳となってわなわなと震えているのを彼は見逃さなかったが、敢えて何も言わずに復唱する。

 

「───了解です。敵右翼集団を排除する。機関全速、敵艦に肉薄するぞ」

 

 ペレオン率いる銀河帝国第7艦隊を強引に突破したことにより、少なくない被害を被っていたエーベルヴァイン分艦隊。

 だがその行き足を止めることなく、マスターであるシャルロットが最後に残した命令を実行するべくアルトは艦隊を走らせる。

 

「敵クルーザー、至近です!」

 

「踏み潰せぇ!! 怯むんじゃないぞ、突撃だ!」

 

「サーイエッサー!!」

 

 阻止行動に出る帝国軍のサウザーン級クルーザーに対し、正面からの衝角戦法で打ち破る〈イストリア〉。

 既にシールド出力は摩耗し至るところで装甲に火の手が上がっていたが、アルトは留まるところを知らずに敵艦隊への攻撃の手を緩めない。

 その目頭にうっすらと一条の雫の反射を見たのは、旗艦の艦長を務めるアグラヴェインただ一人だった。

 

 ───無理をなさる。まだ人の上に立つには幼いというのに。

 

 自らを圧し殺し、役割を全うせんと感情に蓋をする彼女の様子は、傍目から見ても痛々しい。

 まだ年頃の娘。本来なら、銃後で友人と笑い合っているのが似合うような華奢な花だ。

 そんな彼女の決意を汲んだアグラヴェインは、世の不義理と不条理に対する澱んだ情を抱かずにはいられなかった。

 

 ───本当に、手間のかかる御方だ。貴女という人は…………

 

 

~銀河共和国軍第3艦隊 ヴェネターⅠ級艦 “ヴィンディケーター ”~

 

【挿絵表示】

 

「あの猪………! 何をやっているんだ、全く」

 

 エレイシア分艦隊を救援するどころか、自らも一緒になって突撃した結果もつれ合いながら乱戦に突入するエーベルヴァイン分艦隊を指して、第3艦隊本陣の一部を預かるネモは思わず毒吐いた。

 

 ───あの陣形では、折角のポジションが台無しだ。カジキじゃあるまいし、一度立ち止まってもいいものを。

 

 敵艦隊の背後という有利な位置を占めながら、足早に吶喊したことでその利点を生かしきれていないエーベルヴァイン分艦隊の采配には文句の一つや二つも出るというもの。お蔭で敵本隊との交戦に加えて、未だ有力な戦力を残したペレオンの第7艦隊と対峙するネモの表情はいつになく硬い。

 

 旗艦〈リットリオ〉のガスコン参謀長から、ブリュッヒャー上級大将重傷の報が届いたのがつい数分前。

 指揮権は既に次席のムジーク少将に移管されている筈なのだが、肝心の彼からの指示が来ないことを訝んだネモは、彼の旗艦〈スピリット・オブ・ザ・リパブリック〉への通信回線を開いた。

 

【挿絵表示】

 

「ムジーク少将、聞こえる?」

 

《ああ……通信状況はあまり良くないが、何とかな》

 

 ホログラム装置のスイッチに手を伸ばしたネモは、同僚である第5艦隊司令官代理のゴルドロフ・ムジーク少将を呼び出す。

 事前の取り決めでは最も先任である彼が上級大将に続く次席指揮官であるため、彼の指示を仰がなければならない。

 

 だが、肝心のムジーク少将は見るからに焦燥した冷や汗を額に浮かべている様子で、狼狽した声色で通信に応じる。

 そういえば、この見た目とは裏腹に意外と若いと噂の少将閣下は、実直な指揮が取り柄なのだが情に篤く脆いのが珠に疵だという評判をネモは今しがた思い出した。

 単純に人としては良いのだが、時に冷酷な判断を求められる指揮官としては弱点にもなる難しい性格だ。

 

《しかし、本部長が倒れたというのは事実なのか? 本当だとしたら…………》

 

「分かってる。貴方の懸念は尤もだ。だけど、旗艦からの信号が偽物だとも思えない。ムジーク少将、次席指揮官は貴方だ。悟られないように頼むよ」

 

《とは言ってもな…………ネモ少将、本部長と一番親しいのは貴官だろう? この場合、あの人ならどう動いたものか》

 

「とりあえず、上級大将の作戦通りでいい。まずは帝国軍中央を撃滅する。ペレオンは牽制だけでいい。───あいつにこのことが悟られると、少し不味いかもだ」

 

《わ、わかった! とりあえず、彼女の作戦通りで良いのだな!?》

 

「うん、頼んだよ」

 

《あ、ああ……確かにそうだな。うむ、そちらこそ、健闘を祈っているぞ!》

 

 自信のない態度のムジーク少将を前にして、ついネモは彼に対して逆に指示を出す羽目になる。

 最早どちらが指揮官なのか、傍目には分からないほどだ。

 

「ハァ…………先が思いやられるな。全艦、その場に留まりつつ適当な敵艦を撃て」

 

「了解です。敵目標Σに照準を設定」

 

 次席指揮官が狼狽えるのは分からなくもないが、もう少し毅然として欲しいものだという些細な文句を飲み込んだネモは、彼を補助するべく隷下の艦艇に接近する敵の迎撃を指示する。

 敵からの砲火さえ止めば、ムジーク少将も冷静さを取り戻して実直な指揮ができるだろう、と。

 

 行く先の見えない前途を懸念しつつも、部下にそれを悟らせないようネモは無表情のまま指揮官の席に留まった。

 

 

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「──────さん」

 

 朦朧とするセカイの中。

 

 まるで、深海でもがく魚のような錯覚。

 

「────ル…………ください」

 

 鐘のように、誰かを呼ぶ声が定期的に鳴り響く。

 

「シャルさ…………起き…………くだ…………い」

 

 恐らくそれが、自分に対するものだと漸く理解した瞬間。

 

 まるで水面に噴き上げられる間欠泉の如く、意識が一気に浮上した。

 

「はっ!?」

 

「あら。ようやく起きて下さいましたか」

 

「アンバー…………先生…………?」

 

 音のする方向に振り返ると、そこには柔らかい苦笑を浮かべた馴染みの秘書官の姿。

 彼女の表情から察するに、今回も相当無理をしたということなのだろう。

 自覚があるだけに、申し訳なさで胸が締め付けられるような思いだ。

 

「また無茶をしたんですか貴女は! もう、これで何回目です?」

 

「面目ありません…………」

 

 案の定、怒られてしまう。

 

 でも、仕方ないと思うんだけどなぁ。

 あの局面で敵を殺していなかったら、旗艦のブリッジクルーが皆殺しだ。あの場で敵に対抗できる実力があったのは私だけなのだから、戦力の運用としては何も不味いところは無かったと思うのだけれど。

 

 殺す───そうだ。肝心の、敵の生死は? 

 

「ところでアンバー先生───」

 

「はいはい。クローンのアルトさんになら逃げられました。あの後艦内のトルーパーさん達が追ってくださったのですが、ファイターを奪われて取り逃がしてしまったようで」

 

「逃げ足は相変わらず、か。確かアルトと戦った時も、そんな風に逃げられたと聞いています」

 

 一度ならず二度までも、か。これは痛いな。

 まだ私の旗艦だったからいいものの、〈イストリア〉に現れていたら取り返しがつかない。なまじ顔が同じなだけに、将兵に与える動揺は計り知れないだろう。できれば、ここで殺しておきたかったのだが。

 

「時に、退院はいつになります先生?」

 

 私は指揮に戻らないと────と言いかけた言葉は、ふいに迸った腹部の痛みによって強制的に飲み込まれた。

 

「ぐ、…………っ、がはっ…………」

 

「─────ほら、言わんこっちゃない」

 

 痛みに悶えて思わず腹を抑える私を、彼女は石のような貌で眺めている。

 

「駄目ですよシャルさん。暫くはここから出しません」

 

「アンバー…………先生?」

 

 いつになく、一段と低い彼女の声色。

 

 すっ、と椅子から立ち上がった彼女は、徐に起こされた私の身体をベッドへと戻した。

 

 人形のような彼女の瞳が、私の身体を見下ろしている。

 

「シャルさんは───わたしの血がないと駄目なんですから」

 

「アンバー…………先生…………!?」

 

 倒される身体。

 

 私をベッドに押し付けながら馬乗りになった彼女は着物の襟首を肌蹴させて、その内に秘められた下着姿が顕になる。

 妖艶に嗤いながら私を見下している彼女はそのまま身体を預けるように圧しかかって、私の両手首を掴んで頭の上にまで回す。

 

「せ、先生────今は───戦じ…………」

 

「黙って」

 

 ひ───っ───!? 

 

 声にならない呻きが、微かに唇から溢れ出る。

 

 今は作戦中だ。こんな場所で、色にかまけている暇はない。

 その言葉は吐き出されるより前に吸い込まれて、彼女の唇の中に消えた。

 

 文字通り口を塞ぐように、重ねられた彼女の唇。

 彼女の接吻はその華奢な身体から想像できないほどに暴力的で、色香が私の思考を惑わす。

 

 がちゃん。

 

 気付けば、私の両手は手錠でベッドの柵に繋がれていた。

 

「先…………せ…………?」

 

 ───手錠? 

 

 急速に、意識が朧に還っていく。

 

 朦朧とぐねる視界の中で、身を起こした彼女は妖しく唇を舐め取りながら呟いた。

 

 

 

「では、死んでくださいな」

 

 

 

 ────え? 

 

 直後、太腿からなにかを取り出した彼女の右手が、すっと静かに降り下ろされる

 

「ぐ…………がはっ!?」

 

「あっははは! だめですよーシャルさん。ちゃんと警戒していない、とっ!」

 

「ご、ふ…………!」

 

 二度、三度、と身体に走る熱い警告(アラート)

 

 彼女が華奢な白い細腕を振り下ろす度に、刃がずるりと私の身体に突き刺さる。

 

 吹き出す血は噴水のようで、急激に熱が奪われていく感覚がひしひしと脳髄を背後から脅かす。

 

 ───奪え。

 

「うふふっ。シャルさんは優しいですね。()()()()()()()()()、気付いていたんじゃないですか?」

 

 ───奪え。

 

「いつもとは微かに違う味。慎重な貴女のことです。少しは疑ったんでしょう?」

 

 ───奪え、奪え、奪え。

 

「でも残念でしたねシャルさん。───だから、悪い女に騙されるんです。いつも通り、殺しておくべきでしたねぇ!?」

 

 歪んだ嗤いを浮かべた彼女は、私の胸に刃を落とす。

 どくん! と脈動が跳ね上がる度に、身体の芯から得体の知れない泥が滲み出してくる。

 

 彼女が刺した至る所の傷跡から、泥は溢れ出してくるようで───

 

 ───意識が/反転/する。

 

 私のナカで、なにかが切れた。

 

 

 ガ、ジャン!! 

 

 強引に、手錠ごと引き千切る。

 

「───え?」

 

 呆気に取られている彼女の首を、握り締めて引き寄せる。

 五月蝿く喋る女の口を、もう片方の腕で無理矢理抑え込んで黙らせた。

 

「きゃ、───っ!!」

 

 ───この女から、赤い命の証を奪い尽くす。

 

 思考には、最早その一点しか存在しない。

 

 奪われた分だけ、奪い返す。

 

 渇望する牙に導かれるままに、女の首を噛み千切った。

 

 じゅうじゅうと、溢れ出す命を嚥下する。

 

 まるで性質の悪い熱病にでも魘されたかのように、ひたすらに血を求める鬼の姿。

 

 いつから、こうしていたのだろうか。

 

 あの白い果実に噛み付いた先の記憶は、霧のように霞がかってひどく曖昧なノイズのようだ。

 

 

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「ハイパースペースを出るわよっ!」

 

 蒼白の雲と光が渦巻く神秘の空間から、現実世界へと帰還する一機のガンシップの姿。

 

 とある賞金稼ぎが駆る、ボタジェフ・シップヤード社のガンシップ、SS-54アサルト・シップ〈マアンナ〉は、通常空間に出るや否や四方八方からのレーザーの檻に襲われた。

 

「っわあ!? 何なのよこれ!!?」

 

「あらあら面白そうじゃんこれ! どれ、ちょっと操縦代わってよ」

 

「そんなことより! ちょっとあんた、何とかしなさいよこれ!」

 

 飛来する蒼白い槍の雨を掻い潜り、機体を右へ左へ揺らしながら飛行する〈マアンナ〉のコックピットで、操縦桿を握る黒髪の人間女性の賞金稼ぎ───アシュタレトは、後席に座る客人の女───アンバーに詰め寄るような口調で言いつける。

 

「とは言われましても、わたしの操縦スキルはそれほどでもないので…………」

 

「ああもう! こうなったらジェーン! 舵任せた!! しっかり飛ばしなさいよこの!」

 

「任されました~! そんじゃ、飛ばしていきましょー」

 

 アンバーに断られてやけっぱちになったアシュタレトは、相棒の金髪の人間女性、ジェーンに愛機の操舵を譲る。

 舵を渡されたジェーンはノリノリで〈マアンナ〉を飛ばし艦隊の中を潜り抜けていくが、その操縦はアシュタレトよりも乱雑で大胆だ。

 お蔭で、舵を渡したアシュタレトは酷い眩暈に襲われる羽目になった。

 

「ちょ…………ぐえっ。あんた! もっと静かに飛ばせないわけ!?」

 

「だって仕方ないじゃん? 戦いのど真ん中を飛んでる訳だし」

 

 〈マアンナ〉が飛行している宙域は戦場の真っ只中であり、ジェーンの語る通りその余裕な態度とは裏腹に実際危険度はすこぶる高い。

 それを頭では理解しているアシュタレトではあったが、あまりに乱暴な相棒の舵取りには苦言の一つぐらい呈したくなるというのもまた自然な心理であった。

 

《そこの未確認機! 所属を告げよ! 応答がない場合は撃墜する!》

 

「げっ、戦闘機! ジェーン、スピード上げて!」

 

「はいはーい! とは言っても、この機体で振りきれるかどうか──!」

 

 いつの間にか、背後に付いていたアルファ3ニンバス級Vウィング・スターファイターの編隊から、〈マアンナ〉に向けて警告の音声が流れる。

 

 それを見たアシュタレトは慌てて振りきろうとするが、彼等の正体を見たアンバーは冷静に対応する。

 

「───()()()()ですね。識別コードを送信します。09G589-N7……っと。確認できましたか?」

 

《コード受信…………確認した。全く、戦いの最中に呑気な奴だな。どれ、我々がエスコートする。此方のコールサインはオメガ11だ。以後、よろしくな》

 

「はい。任されましたトルーパーさん」

 

 ファイター隊とスムーズに遣り取りを交わして、あっという間に彼等の警戒を解くアンバー。

 その様子を呆気に取られながら眺めていたアシュタレトは、再起動を果たすと激しく彼女に詰め寄った。

 

「ちょっと何よあんた! 最初からできるんじゃない!!」

 

「いやー。とは言われましても、誰かさんが戦場真っ只中に飛び込むものですから肝が冷えてしまいまして」

 

「どの口が言うかっ!!」

 

 遠回しに自分の操縦スキルが足りないことを指摘されて、顔を真っ赤にしながら言い返すアシュタレト。

 幾ら金を積んだクライアントとは言えど、もう少し労ってくれてもよいのではないかと、彼女は心の中で文句を垂れた。

 

 そうしているうちに、3機のニンバス・ファイターに護衛された〈マアンナ〉は、救国軍事会議艦隊の旗艦〈リットリオ〉のハンガーベイまで辿り着く。

 着艦態勢の準備が整うと、護衛のファイター隊はそそくさと踵を返して離脱していく。

 

《こちらオメガ11。もうすぐ旗艦だ。エスコートはここまでだな。別嬪さんをリードできたことは鼻が高い。どうだ、帰ったら一杯───》

 

 直後、ドン! という衝撃音とともに、撃墜されるニンバス・ファイターの姿がアシュタレト達の視界右側を流れていくように映る。

 

 戦場で女の話をしたからだろう。

 

 オメガと名乗ったパイロットは、宇宙を漂う塵に混ざって救助を待つ運命となった。

 

《オメガ11イジェークト!》

 

《ああっ、オメガがやられた!》

 

《お前が指揮を引き継ぐんだ、オッド・ボール》

 

「…………」

 

「ささっ、とにかく参りましょう」

 

「そうね。コース確認。着陸脚展開。誘導任せた」

 

「オッケー。よーし、ガイドビーコンも問題なし、っと。着艦するよー」

 

 〈リットリオ〉からの誘導に従って、ハンガーベイの甲板に慎重に脚を下ろす。

 着艦に成功し、着陸脚が固定されたタイミングで船室のランプが開いた。

 

「さて。依頼はここまでね。約束分のクレジット、頂くわよ」

 

「ええ。ではでは、どうぞこちらになります」

 

 席を立ったアンバーは、懐から5000クレジット分の価値を持つ貴金属のインゴットを取り出す。

 

「うわぁ…………ホントに5000も!?」

 

「ええ。シャルさん(クライアント)は懐の広い方ですから」

 

 インゴットを、アシュタレトに手渡す瞬間。

 

「い"っつ───」

 

 ずきり、とアンバーの手の甲に、鋭い痛みが稲妻のように一瞬だけ迸る。

 

 カラン、と掌からずり落ちたインゴットが、乾いた音色を船室に響かせた。

 

「どうしたのよ?」

 

「いえいえ───何でもありませんよ。どうやら知らぬ間に擦り傷ができてたみたいで…………」

 

「そう。ならいいけど、気を付けなさいよ。肝心のクレジットが割れちゃうじゃない」

 

「アハハ、面目ないです。では、お二方とも有難うございました」

 

「ええ。あんな所を飛ぶなんて、二度と御免被りたいけど」

 

「えーそうなの? 私は結構楽しかったけどなー?」

 

「こらジェーン、調子に乗るな!?」

 

 インゴットを拾いながら、作り笑いで誤魔化すアンバー。

 それをアシュタレト達に渡した後、タラップから降りる最中。

 痛みが走った右手の甲をそっと撫でた彼女の胸中には、一抹の不安が過っていた。

 

 ───シャルさん。貴女は一体、()()()()んですか…………? 

 

 消えかかった()()()()()を労りながら、未だ再会ならない自身の(サーヴァント)を案じる彼女。

 その心の奥深くには、予感という名の黒い暗雲が渦巻いていた。

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