共和国の旗の下に   作:旭日提督

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赤い揺籠

「シャ、ル…………さん…………?」

 

 ───朱。

 

 壁一面に塗りたくられた、飛び散った紅い水。

 

 床にはびちゃびちゃと赤い肉片が散りばめられて、綺麗なほどに瑞々しい臓腑の花を咲かせている。

 ゴロンと岩のように転がるそれは、苦悶と驚愕に満ちたまま時を断たれた自分と寸分違わない顔で───

 

「ひ、…………っ!?」

 

 びくり、と。部屋の片隅で、白い影が蠢いた。

 

「───これ、なんです?」

 

「いや、───こ、こないで…………違う、違うの…………」

 

 詰問しながら迫るわたしを見たそれは、怯えながら後退る。

 が、既にそこは部屋の角。もう後ろに余地など無く、すぐに壁まで追い詰められた。

 

「ひっ───わたし、じゃない───いや、わたし───なの?」

 

 ほそぼそと、虚ろな瞳を浮かべたまま独り自問自答する白い影。

 壊れたラジオのように擦りきれた声で繰り返すそれがあまりにも哀れなほどに情けなくて。

 

 カチャ。

 

 抜いたそれを、蹲る影に向かって突きつける。

 

「…………え?」

 

 縋るように、そのくちゃくちゃに歪んだ顔を上げる白い影。

 

 ────バシュ。

 

 ブラスターの一撃で、その脳天を撃ち抜いた。

 

 

 

 ………………………………………………………

 

 

 …………………………………………………

 

 

 ……………………………………………

 

 

 ………………………………………

 

 

 …………………………………

 

 

 

「う、…………っ」

 

 ───白い、天井。

 

 一体、何度目だろうか。

 

 ついさっきも、同じような光景を見た気がする。

 

 果たして、何時間前のことだったろうか。

 

「お目覚めですか?」

 

 そして、これもまた既視感のある溌剌な女の声。

 

 その方角を覗いてみると、切り揃えられた絹のような赤い髪を湛えた、琥珀色の瞳の女の姿。

 

「ええ。…………今度こそ、()()で間違いないんですよね、アンバー先生」

 

「はい。それはもちろん。ちゃーんとあの賞金稼ぎさんに送り届けていただきました、貴女のアンバー先生ですとも」

 

「…………なら、安心だ」

 

 彼女の方角に傾けた頭を、ゆっくりと戻して瞼を閉じる。

 

 ───ああ、安心した。

 

「あら、シャルさん? どうかされました?」

 

「───いえ。何でも。ただ、貴女が無事で良かったと」

 

「まぁ。それはそれは。ご心配いただき感謝ですね」

 

 ───思い出すのは、あの赤い悪夢の光景。

 断片的にしか思い出せないが、あのとき欲望のままに牙を突き立てた相手が本物の彼女じゃなくて本当に良かった。

 

 ───意識が呑まれる、あの感覚…………

 

 出来れば、もう二度と体験したくないものだな。

 

 妖怪爺(パルパティーン)の差し金かどうかは知らないが、心の奥底で欲望(暗黒面)が一気に膨れ上がって全身を浸していくあの感覚。叶うならば、あれとは無縁な日々を過ごしたいものだ。

 

 今でも、思い出す度に()()()()()()()()に身体が疼く。これでもかと言わんばかりに全身を駆け巡る不健全な快楽の情には、ただただ呆れるしかない。

 

 幾ら言い聞かせてもこれだ。全く、これでは吸血鬼もいいところじゃないか。

 

「それはそれとしてです! シャルさん、何であんな見え透いた罠になんか引っ掛かったんですか!? もう!」

 

「───はい?」

 

「これでもわたし、心配してるんですよ? 一体何回死にかけたら気が済むんですか!」

 

「あはは…………面目ありません…………」

 

 そしてまた、既視感のある彼女の叱責。

 

 だけど、どこか安心する響き。

 

 まるで、揺籠に包まれていると錯覚するほど心地好い。

 

「聞いているんですか? シャルさん!」

 

「───ええ、勿論。しかしですね。元はといえば貴女が魔性だからじゃないですか。散々人を誑かしておいて、いざとなったら跳ね退けろなんて、虫がいい話じゃないです?」

 

「は、え…………? ち、ちょっと何を言いますかシャルさん! それじゃあまるで、わたしが悪女だと言ってるようなものじゃないですか」

 

 およよ、と態とらしく袖で目元を拭きながら嘘泣きを見せるアンバー先生。

 うん、有罪(ギルティ)

 可愛く泣いても、駄目なものは駄目だ。

 

「いや、そう言っているのですが」

 

「ガーン!? シャルさんの鬼! 悪魔!」

 

「悪魔は貴女のことでしょう。第一、貴女が元から誘うのが上手いからクローンもそうなるんです。お陰で私はこのざまですよ。()()()ハニトラで死にかけたんですから、責任取って下さいよ」

 

「最早それは屁理屈なのでは!?」

 

「関係ありません。責任取って下さい」

 

「むむむ……今日のシャルさんは一筋縄ではいかないご様子で。さて、どうしたものでしょうか」

 

「どうも何もありませんよ。後で()()()()()()()()()()()。それで手を打ちます」

 

「はい? いいんですか? そんなので。また偽物だったら死にますよ?」

 

「構いません。その時はまた吸い殺しますので」

 

「酷い!?」

 

 ───うん。やっぱり本物で間違いないかな。

 

 この独特なコント調の空気。

 幾ら妖艶さを真似できても、あのパルパティーンがここまで再現できるとは思えない。

 まぁ確証は───血を頂いたときにでも分かるだろう。

 

 いやぁ…………でも、ちょっとあれは不味いかもだ。

 

 偽物かもしれないと分かった上でハニトラを振りほどけなかったのだから、もしあれを仕掛けたのが彼女だったらと思うとぞっとする。

 本物だったらあれ、多分無理だ。

 

 私、たぶん死んでる。

 

 ───まぁ、その時はその時だろう。

 

 アンバー先生は確かに魔性の悪魔で間違いないが、悪魔は契約には誠実だ。少なくとも、()()が裏切ることはない。

 

 ああ…………これが、()()()()()ってやつなのかなぁ。

 

 いつからだろうか。彼女に惹かれていたのは。

 確かに、どうしようもない狐みたいな悪魔だ、彼女は。

 だけど───あの献身だけは、本物だったと信じたい。

 

 思えば、その時からなのかなぁ。

 

「だけどシャルさん。あまり無茶はいけませんよ。───正直、つい先程までの貴女は見ていられませんでしたから」

 

「…………その節に着きましては心配をかけました。ですが、もう大丈夫ですとも」

 

 先生が言っているのは、偽物を喰い殺した直後の私のことだろう。

 あの時の記憶も断片的でしかないが───確かに、あれは我ながら情けない。

 

 しかし、これは不味いなぁ。

 ここからが正念場だというのにまさか、()()()しまうとは。私は軍を率いる長なのだ。ここまで醜態を晒しておいて、どう下に示しをつけるつもりなんだ。

 この三年積み重ねた私は、そんなにも脆いものなのか? 

 

 自分ですら情けなくなるほどのあまりに弱々しい醜態に、自問自答を繰り返す。

 

 いや、もう既に、()なんてものはこの世に居ないのかもしれない。

 

「一体、()は何処にいるのだろうな」

 

「───はい?」

 

「いえ、何でもありません。ただの独り言です」

 

 ───思えば、ここ最近の()とは一体何なのだろうな。

 昔は好き勝手していたとは思うのだが、果たしてここまで責任を自覚することがあっただろうか。

 あの戦争を乗り切るために自らを軍人と定義してからなのか? 

 それとも…………()()()()()()()()()に、呑まれているとでも言うべきだろうか。

 

 今のシャルロット・フォン・ブリュッヒャーという人間を構成する要素の何処までが()()()()で、どこからが()()()()()なのか。もう、見当もつかない。

 

 もしかしたら私はとっくに死んでいて、自己暗示でしかない軍人としての人格だけが独り亡骸を動かしているのではないか。そんな気がしてしまうほど、私という存在はあやふやだ。

 

 ───いや。今は、そんなことはどうでもいい。

 

 先に、するべきことがあるだろう。

 

「───ときに、戦況はどうなっていますか? 先生」

 

「はい? 戦況───ですか?」

 

「ええ。帝国軍は? もう撤退したのでしょうか。それとも、我が軍が劣勢なのか…………」

 

「わたしも来たばかりですから詳しくは存じ上げないのですが、帝国軍は全面撤退したみたいです。今は代理指揮官の下で、艦隊の再編と応急修理に掛かっていると聞いています」

 

「そうですか───良かった。我々は勝てたのですね」

 

「はい。ですからシャルさんは、どうかゆっくり身体を休めて下さいな」

 

「そうしたいのは山々ですが…………せめて、少しでも艦隊の指揮に戻らないと。先生、現在の艦隊と情勢に関するデータをありったけ集めてきて下さい」

 

「もう、シャルさんったら変に真面目なんですから。分かりました。貴女の性格はもう充分知っていますし、今更寝てと言っても寝ないでしょう? ならせめて、無理のない範囲でお仕事に励んで下さいな」

 

「───誠に痛み入ります」

 

 また、怒られてしまったか。

 

 仕方ないと言えば仕方ない。病み上がりもいいところなのに、自覚して無茶をしようとしているのだから。

 

 そのときだった。

 

 医務室の扉がドンドンと激しくノックされて、宣伝室長が飛び込んできたのは。

 

「───長! 大変です、本部長!!」

 

「何事ですかワカメヘアーさん。シャルさんの体調は芳しくありません。どうか労って下さいまし」

 

「は───これは大変失礼致しました。それよりも本部長!! 一大事です!」

 

 只ならね様子で駆け込んできたマガツ少佐。

 その様子は、嫌が応にも()()()()を意識させるには充分過ぎるものだった。

 

「何があった、マガツ少佐」

 

 努めて冷静に、目の前の若い士官を問い質す。

 

 果たしてその答えは、私の想像を遥かに上回るものだった。

 

「惑星攻撃です! アナクセスが…………帝国軍の超兵器による攻撃を受けています!!」

 

 バンッ! と、目前に叩きつけられる一枚のタブレット。

 

 そこに記録されていた映像には───

 

 全長数キロメートルにも及ぶ、ライトセーバーのヒルトにも似た巨大なバトル・ステーションが、惑星アナクセスに向かって極太のレーザーを放ち続けている様子だった。

 

 レーザーの照射を受けたアナクセスは大規模な地殻変動に見舞われて、至る所で火山活動が活性化している。

 

 大地が割れて街がクレバスの底から顔を出した溶岩に飲み込まれ、辛くも脱出した宇宙船は盛大に噴煙を吹き上げる火山の噴火に絡め取られて墜落する。

 

 正に、地獄────

 

 この世の終わりとも呼べる終末的な光景が、アナクセス全土を覆っていた…………




【次回予告】

 帝国軍の超兵器の手により、大規模な地殻変動に見回れて崩壊の危機に瀕した惑星アナクセス!
 行く宛のない市民は逃げ場を失い、今やその命は風前の灯だ!

 統合作戦本部長シャルロット・フォン・ブリュッヒャー上級大将は、アナクセスの救援か、銀河皇帝シーヴ・パルパティーンの打倒かの究極の二択を迫られる!
 果たして、彼女が下した決断とは………

 次回、第91話「アナクセス崩壊」
 銀河の歴史が、また1ページ……
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