新右衛門が頑なに女性の趣味について口を割らなかった理由が、今明かされる。
時は大江戸天下泰平の時代。
藤兵衛が凶刃によって一時意識を失い、その後芋蔓式に大量の悪党にお裁きが下って少し過ぎた頃の事である。
色々とここ最近ごたごたが続いておったのもあったので、久しぶりに正妻であるおさよと今年で数えで14になる長女と共に、団らんの時を過ごして居った。
「藤太郎も日々健やかに育っておるのう」
「旦那様のおかげですよ、何かあったらすぐお医者様に診て頂けますし」
「それもあるとは思うが、それ以上におさよが愛を注いでおる事に尽きるのじゃよ」
愛妻であり娶る為に色々と全力を尽くした恋女房、おさよの腕の中ですやすやと寝息を立てている長男藤太郎を見て、思わず目じりが下がる儂である。
それにおさよも儂の二つほど下の年齢なのじゃが、儂が広めた美容やら体型維持を熱心にやってくれておるおかげか、未だにみずみずしく若々しい外見なのじゃよな……たまらんわい。
若い頃から豊満だった胸の果実もずっしりと育ち、かつ引っ込むところは引っ込んで居るしのう。
「……お父様、日が高い内から助平心を隠そうとしないのはどうかと思います」
「おうっふ」
儂の助平な視線が母親に注がれている事に気付いた長女、おとよがジト目で儂を見つつ容赦ない言葉をぶつけてくる。
結構な数の妾を抱えておる儂じゃが、最初に子を産んだのはおさよなんじゃよなぁ……ちなみにここに居ないおさよが産んだ娘達は習い事に精を出して居るみたいじゃ。
ちなみに、愛妻を抱えてるのに妾を大量に抱え子を孕ませるのはどうかと自身でも思った事が無いわけではないが……。
一周回って今は開き直り、全員愛して幸せにすれば多分セーフ理論で生きておるわい。
「しかしほんと、何人も産ませてきたが子供と言うのは愛らしいのう」
「もう、旦那様ったら……藤太郎が起きちゃいますよ?」
愛妻の腕の中で鼻提灯を作る勢いで爆睡している長男の、ぷにぷにしたほっぺを突く儂、そして苦笑いしつつそっと儂の手から藤太郎を逃がすおさよ。
なんで儂がこんな時代に、なんて思った事は一度や二度ではないが……この光景を見られた今は、むしろ感謝しかないのう。
しかしこう、こうなってくると段々増える子供の中でも早い段階で産まれたおとよや長女と同年代の娘達の将来が気になってくるのが親心。
儂がじみーーに続けておる、江戸っ子男子性癖啓蒙作戦により。
巨乳や目鼻立ちがくっきりしてる女子も良いよね、と言う空気が醸成されつつある今もう数年も経てば娘達の嫁入り先も早々困る事はない筈じゃ。
だが、うーーーーーむ。 それはそれで複雑な親心なんじゃよな。
娘さんを下さい!ってされたら儂、冷静でいられる自信ないもん。
「そういえばおとよや」
「どうされました? お父様」
母親であるおさよ程の巨乳でないにしろ、おさよの美貌と体つきを見事に受け継いだ娘であるおとよへ声をかける。
あんまりこういう事聞くのは男親としてどうなんだと我ながら思わなくもないが、しかし好奇心には勝てぬのじゃ。
「気になっておる男はおるかい?」
「な、何を急に言い出すのですか。お父様!」
「これ大声を出すでない、藤太郎が起きてしまうではないか」
「ぐ、ぐぬぬ……」
ずばりと聞いた儂の言葉に、顔を真っ赤にして声を荒げるおとよ。 コレ居るな、気になってる男が。
荒ぶる長女を宥めつつ、儂の内心はもう荒れ狂う日本海よ。どないしたらええんじゃこの気持ち。
「ご一家で団欒のところ失礼します、大旦那様。ご来客がお見えになられました」
「む、そうか……誰かのう?」
「南奉行所の中村様でございます、見回りがてらやってきたそうです」
「……八丁堀の旦那、見回りと言う名目でしょっちゅう来るのう」
障子の向こうから新右衛門が声をかけてきたので用件を聞けば来客との事、しかも必殺で仕事人な中村様である。
アレからちょくちょく茶を飲みに来るんだけど、あの人有事以外はマジで昼行燈というか隙あらばサボろうとする面白お役人じゃよな……。
「あ、新右衛門様……」
その瞬間、ポツリと呟いたおとよの言葉に思わず振り向く儂。
おとよは儂が振り向くのに合わせて慌てて俯いたんじゃが、一瞬その頬が赤らみ乙女の貌をしていたのを儂の目は見逃さなんだ。
…………え、マジ?
おとよがオシメをしていた頃から今まで、割と新右衛門に懐いておるなーって呑気に思っておった儂じゃが。
思わず新右衛門の顔を真顔で見詰める儂、気まずそうに眼を逸らす新右衛門。
ちょーーーっとお話しようか? 新右衛門!?
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急遽見逃せない問題が発生した大旦那こと、藤兵衛が傍仕えである新右衛門を……お茶と茶菓子をたかりにきた中村主水を交えて色々問い詰めていた頃。
屋敷に住んでいる妾達は談笑を楽しんでいた。
彼女達の普段の仕事は千差万別で、女中として屋敷を切り盛りする一人である妾もいれば。
飯炊きの一人として、日夜料理に勤しんでいる者もおり……中には医療業務に従事している者、更には身に着けた技術を手習いとして他の妾達に教授している者までいる。
妾の数、そして技能保持者の量からとあるご隠居は棟平屋の本家屋敷にいる女子だけで、一つの技能者集団になっておりますなぁなどと言う始末である。
では、そんな女性達の話題の中心は何かというと……。
「旦那様との逢瀬は天にも昇る程に幸せでありんすけども、帰ってこれるか心配になりますわ」
「そうですねぇ」
彼女達を妾として囲っている男、棟平藤兵衛が主に話題の中心である。
今も吉原から身請けされた細身ながら胸が豊満な、切れ長の目と頬に刻まれた傷が印象的な女性こと竜胆が言葉ほど困って無さそうな様子で言葉を紡ぎ。
にこにことした朗らかな笑顔と屋敷で一番のナイスバディと藤兵衛が太鼓判を押している、女中のお玉がのんびりとした声音で相槌を打っている。
ちなみに二人とも何人か藤兵衛との間に子を儲けており、幸せを満喫している状態である。が。
彼女達が藤兵衛に囲われるまでの間の生い立ちは、決して平坦で穏当な道ではなかった。
竜胆はかつては寒村から吉原に売られ、それでも苦界の中で這い上がりとある遊郭で格子にまで上り詰めた才女であった。
だがある日刃傷沙汰によって顔と体を斬られ傷付けられてしまい、命こそ何とか拾えたが文字通りの傷物とされ……。
困窮していたところを、何度も竜胆と閨を共にした藤兵衛が事情を知り身請けして、今に至るのである。
ちなみに藤兵衛はこの時珍しく本気でブチ切れ、竜胆を傷付けた人間から背後関係に至るまで経済的に更地にしている。
「でもほんとにぃ、こんなに愛してもらえるだけでも極楽なのに……ややこまで授かれるなんて、まるで夢のようですねぇ」
「ええ、ほんに。旦那様はあちきらの救い主でありんすね」
間延びした口調と共に、最近子を授かった事が判明した自身のお腹を着物の上からお玉が愛おしそうに擦り、同じ男を愛する竜胆もまたお玉の言葉に同意を示す。
お玉は母親が遊女で産まれてからずっと吉原だけが己の世界の女性であった。
江戸っ子男児らには不人気な体つきであるも、その朗らかで暖かな性格と細やかな所に気が届く在り方から人気もそこそこあり、座敷持ちにまで至った女性である。
しかし、ある時客から梅毒を移されてしまい……母と同じように鼻がもげて死ぬのかと恐怖しながら、病が齎す倦怠感と発熱に寝込んでいたその時。
吉原の梅毒蔓延事情を知った藤兵衛が、六文儲けことペニシリンを持ち込んだのである。
この時多少すったもんだの騒動があったが、藤兵衛が齎した薬剤によってお玉の病状は完治し。
その後、お礼を直接言おうと藤兵衛の下へお玉が足を運んだ時に、着物の上からわかる見事なナイスバディに藤兵衛の目が釘付けとなり、流れるように身請けされて今に至るのであった。
これらの一連の流れから、吉原における藤兵衛への好感度は決して悪くなく、むしろかなり高い部類にあったりする。
刃傷沙汰で傷物にされた遊女を身請けし、梅毒で死にかけた遊女を救い見初めて身請けする。ちょっとした吉原の英雄扱いである。
「ア、オタマさんとリンドウさーん! オコトを教えてクダサーイ!」
「シーラさんは元気ですねぇ……ええ、いいですよぉ」
「医療院でも忙しいはずですんにねぇ、よろしゅうありんす」
そんな中、仕事を終えて屋敷へ帰って来た妾の一人。オランダボイン美女シーラが元気よく元遊女の二人へ声をかけ。
どんな時でも元気一杯な妾仲間の様子に、二人の女性は柔らかな苦笑いを浮かべながらその申し出を快諾するのであった。
何のかんの言って、棟平家の妾間の関係は非常に良好のようである。
ちなみに妾達は飛びぬけて愛されている正妻のおさよを羨ましく思う事はあれど、藤兵衛の全力の愛情を受け止め切れる彼女を尊敬こそすれ悪く思う事はないそうな。
今回も吉原やら遊郭、遊女についてのアドバイスを知り合いから受けつつかき上げました。
いやもうほんと、色んな人に頭が上がりません……大江戸騒動記は色んな人の応援と知識で作られております。