特に天下泰平が死んだわけではないが儂の心の中には生き続けている今日この頃。
新事業やらなんやらでバタバタしておったが、そもそも棟平屋の本分は商いであるわけで。
そんなこんなで、儂は兄弟分に投げつけられる仕事を全部ぶん投げて新右衛門と共に江戸の町を闊歩しておった。
「芙蓉屋に顔を出すのも久しいのう」
「ですなぁ、某も若い時分の頃には随分世話になりましたしな」
「じゃよな、まだお前に碌に飯も出せてやれなかった頃は……二人揃って芙蓉屋の旦那に蕎麦を奢ってもらったもんじゃわい」
新婚休暇が明けた新右衛門は、ここ最近ガッチガチだった様子もどこかこなれたのか。
昔のように若干気安い空気を出すようになってきたわ、まぁ戦友であると共に義理息子じゃしこんぐらいの距離感がやっぱ気楽というもんじゃて。
そんな具合に、時折挨拶してくる町民に挨拶を返したりしつつ江戸の外れにある芙蓉屋へ新右衛門と向かっている途中。
目的地である芙蓉屋も近付いてきた中、ふと目についた路地裏が気になった儂は最早癖と言うか習慣のようになっている、子供が困っていないか覗き込んでみる。
アレから捨て子や孤児も減ったとはいえ、それでもゼロにはなっておらんからのう……嘆かわしい事じゃ、だが幸い困窮している子供は居らなんだ。
しかし、長屋の壁に背をつけるように倒れている男がおったわ。
こりゃいかん。
「新右衛門、行き倒れがおる。助けてやろうぞ」
「承知しました大旦那様」
通りに面した道ならまだしも、人通りが殆どないような路地に倒れているせいか碌に声をかけられない様子の男性へ近づく儂と新右衛門。
む、この男性が手に持っている杖に身なり……盲人の方かのう。
「大丈夫か……ノゥ!?」
「む、ぐぅ……」
新右衛門が助け起こした男性の顔を覗き込みながら儂は声をかけて、そして絶句した。
どう見てもメガホン握って映画撮ったりバラエティな番組で司会者やったり、某週刊誌の事務所に消火器持って子分と一緒に殴りこんだあのお方です。
本当に、ありがとうございました。……じゃなぁい!!
「大旦那様、大旦那様どうされました?」
「……ハッ! だ、大丈夫じゃぞ新右衛門何も問題はありゃせん!」
「どう見ても大問題があるようですが……」
「細かい事じゃ気にするな!それより芙蓉屋も近い事じゃし、あそこで介抱してやろうぞ!」
儂の様子に訝しむ様子を見せる新右衛門を勢いだけで誤魔化し、行き倒れている某大物コメディアン(仮)を新右衛門に担がせ儂は不自然に重たい杖を持って足早に芙蓉屋へと向かう。
賢い儂は不自然に重たい杖を不審がったり、物珍し気に弄ったりせんのじゃ。煌々と輝く死亡フラグなんぞ誰が踏むか!
新右衛門が明らかに堅気じゃない気配かはたまた魂魄に染み付いた血臭を感じたのか、めっちゃ不審そうに抱えている某大物コメディアン(仮)を見たりもしているが全力で儂は見て見ぬフリを敢行する。
大丈夫じゃよ新右衛門、無体な真似をしたり理不尽な真似をしたりしなければこっちに向かってこないから、多分、きっと。
そんなこんなで野生の行き倒れた某大物コメディアン(仮)を抱えて芙蓉屋へ突入した儂と新右衛門に、店の者達は大層驚いてみせつつも。
儂のやる事だからとすぐに順応すると、奥間に布団を敷いて行き倒れ(某大物コメディアン(仮))を寝かせてくれたわい。
程なくして目が覚めた行き倒れ(某大物コメディアン(仮))が困惑した様子を僅かに滲ませつつ儂らに頭を下げ、天下の某大物コメディアン(仮)にそんな真似をさせては生きた心地がせん儂は全力で謙遜。
そんなことをやっていると、某大物コメディアン(仮)が見事に大きな腹の音を立てたのでバツが悪そうに後ろ頭を掻く……名前を明言できないチキンな儂を許してほしい。
ともあれそんな某大物コメディアン(仮)、改め座頭市に儂の勘定で空きっ腹にも優しい出前を取ってやった。
そのような扱いに当然座頭市は警戒を見せていたが、まぁ困ってるもんはほっとけないというところだけは嘘じゃないので、気にするでないわとごり押して飯を喰わせてやる儂である。
なお新右衛門だけは警戒を解いてなかった、さすがというかそこの硬さは変わらんのねお主。
「すまねぇな、旦那」
「なぁに、上等な按摩をやってもらえればそれで良いですとも」
目を閉じたまま杖を抱えるように持つ座頭市の言葉に、儂はがっはっはと笑いながら交換条件のように按摩をさり気なく強請る。
この手の人種は無償の厚意に対して身構えがちじゃし、わかりやすい対価を示せばやり易いであろうというのと、ちょっとしたミーハー気分である。
儂の言葉に毒気が抜かれた様子を見せつつも座頭市はニヒルに笑みを漏らすと、按摩ならいくらでもやってやるさと快諾してくれた。やったぜ。
なお彼の按摩の腕は絶品であったことを明言しておく。
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商人なんて連中は、どいつもこいつも手前らの事しか考えておらず幾らでも人を騙しては銭を掠め取る。
俺ぁ今までそんな風に思っていたし、今でも商人なんてそんなもんだと思っている。
だが何事にも例外ってぇヤツは、あったようだ。
芙蓉屋、と言う丸一日ほど世話になった万屋を背にして歩きながら俺はそんな事を考え。
介抱の礼と按摩を強請ってきたくせに、俺が出立するとわかるや否やまとまった金子を包んで渡してきた棟平屋の大旦那の事を思い出す。
世の連中はやれ現世に生きる仏だの御仏の使いだのと言ってやがるが、あの大旦那はそんな上等なもんじゃねえな。
ありゃぁ蚤よりも小さな根性を無理やり奮い立たせて何とか生きてるだけの小悪党気取りの、底の抜けた善人ってのがしっくりくる。
あの大旦那がわけえ頃色々と剛毅にやらかしてた噂は耳に挟んだが、まぁあの大旦那の傍から片時も離れなかった有能な犬がいなけりゃ何回くたばってたかわからねえな。
正直者が馬鹿を見るようなこのご時世、人を騙して何もかも奪う連中からしたら葱背負った鴨そのものだ。
だけどよぉ。
「おい、お前さん方よぉ」
草木も寝静まる丑の刻。
芙蓉屋の連中が眠りについた夜更けに俺は店を抜け出し、辻の陰に潜んでいた薄汚い輩共に声をかける。
俺に呼びかけられた連中は、よくもまぁここまで腐った性根を隠そうとしないもんだって感心するぐれえにぷんぷんと臭ってやがるな。
「あん? なんだメクラか、殺されたくなかったらとっとと失せやがれ……けひゅっ」
衣擦れの音、重心の気配に鼻が曲がりそうなぐれえに漂ってる血の臭い。
どう考えても畜生働きを芙蓉屋に仕掛けようとしていた連中の一人を、愛用の仕込み杖をするりと振るって絶命させる。
途端に色めきだつや否や得物を抜き構える破落戸だが、判断がおせえったらねえや。
棟平屋の大旦那よぉ。
一宿一飯の恩義、外道なりに返させてもらうとするぜ。
ちなみに新右衛門さんは出撃しようとしたけど、先に出撃してくれた某大物コメディアン(仮)がいたので防衛に専念していた模様。
実は今回の話、アニメ版鬼平犯科帳も混ぜようと思ったのですが……。
両方を同時に出してきれいにまとめる事が不可能と判断して、座頭市部分だけで再構築したという裏話があったりなかったり。
2023/5/14 00:23 感想にて規約違反である事を教えて頂いた為、大慌てで修正!!