凡人に成り下がり、いつしか異端となった。
私の人生を敢えて戯曲にするなら、それはきっと道化が演じる悲劇だろう。愚かなジュリエットとなり、三流のシェイクスピアに踊らされる酷いドラマ。
そのドラマに耐えきれないが故に、私は今舞台を降ります。
舞台人、役者である以上、舞台を個人的な理由で降りることは赦されない。例え母親が急逝しようと、最愛の人に不幸が訪れようと、開かれるのを待つ幕を止めることは出来ないから。何があっても幕が上がる瞬間には舞台に存在していなくてはならない。幕が下りるまでは存在し続けていなくてはならない。
それはきっと、人生であっても同じことだと思う。誕生という名の幕開けを迎えた以上、いつか訪れる死という名の幕引きを迎える迄は、どれほど醜くとも、苦しくとも。何があっても踊り続けなくてはならない。それを途中で降りるということは、自ら無理に幕を下ろすということ──自死を選ぶということになるから。それは、きっと全ての人生という舞台への冒涜であり、侮辱である。
──そう解っていても、私は自らの舞台を壊すしかもう道はないと思ってしまいました。
一端の舞台人であろうと、そうありたいと必死に走り続け、私の人生という舞台を観劇する人達に「この人は役者だ」「天才」「素晴らしい女優」と認めさせた。私の舞台の上で私は当然主役で、誰かの人生という舞台の上でも、私はコロスでは無く役有り、名前持ちとなり影響させる程の人間となっていました。
私は、自らを天才だと思ったことはありませんでしたが、今の日本に、私を超える才能を持った女優は存在しないとも思っていました。…………否、一人、私を明らかに超える才能はいましたが、彼女は舞台人としての生活にはもう幕を下ろしていました。
私を超える才能を持った女優がいなかった以上、私が天才と呼ばれることは当然であり必然でした。しかし、私は自らを天才と思えなかった為、「天才」というレッテルは凄まじい錘であり、プレッシャーでしかありませんでした。早く、早く私を超える才能を持った女優が出てきてくれ。私を敗北させる女優が出てきてくれ。そう考えられずにはいられませんでした。
──夜凪景という女優が現れるまでは。
彼女は紛れも無い「天才」だ。劇団天球の舞台に出演した彼女を観た時、私はそう確信しました。ずっと待ち望んでいた私を超える才能、それが目の前にありました。
私がその時に持ち得た感情は、嫉妬でした。
私は、心のどこかで「天才」だと呼ばれる自分に酔いしれ、自らをそうは思わないと言いつつ、自分がそう言われるのは錘にしかならないと考えつつ、仄かに「天才でありたい」「自分が一番でありたい」と思っていたのでしょう。自らの気付いてすらいなかった感情を知らしめられ、更にその感情を知ったその瞬間に、その感情を叩き潰されるような感覚。
私が待ち望んでいた筈の「天才」は、できれば訪れて欲しくない者であったと理解しました。
──そこから、私は彼女に負けまいと今までを超える自己鍛錬に勤しみ始めました。彼女が立つ舞台、銀幕は全て観劇し、コマーシャルに至るまで録画し、何度も何度も夜凪景という名の天才を目に焼き付けました。どうすれば彼女に負けないか、どうあれば私は彼女のようになれるか、どうしたら彼女になれるだろうか……。
そうして彼女を追い続けた時、私は思い知らされました。私は彼女とは違い、愚かなまでに「凡人」でしか無かったことを。「天才」と呼ばれることに憧れ、そう呼ばれて背伸びをしていただけの、ただの凡人でしか無かったことを。
それがどんなに苦しいことだったでしょう。私は確かに自分が天才であるとは思っていませんでしたが、コロスではない、誰の人生においても常に名付きの役回りであると確信していた筈なのに。少なくとも、恐らく彼女の人生という舞台においては、私はコロスで、村人Aで、木の役でしかなかったのです。嗚呼、それって、それはそれはどんなに辛いことでしょう!
──私は彼女のように、夜凪景のようになりたかった。然れど、どんなにそれを求めても、彼女は私から遠く、届かない存在であると思い知らされた。
──彼女への嫉妬はいつしか憧れとなり、そしていつの間にか私は──彼女を愛してしまうようになってしまいました。
その気持ちを自覚したのはいつだっただろうか、もう覚えていません。誰かを好きになる、恋をする、愛してしまう。その瞬間を説明できる人間の方が、少ないでしょう?私は同性でありながら、夜凪景という女優を、女性を、天才を愛してしまったのです。
然れど嗚呼、私はきっと彼女の世界には存在すらしていない。私のような女優の名など知らないかもしれない、凡人でしかない、彼女の世界では名すら貰えないような私を彼女が知るはずもない、私のあまりにも一方的な愛情、それをどうやって彼女に伝えたらいい?私はいつしか、その想いをどう伝えたらいいのか、それを考えることを生きる糧としてしまいました。……そうだ、私も女優だ。彼女と同じ舞台、銀幕に立てるよう、チャンスを狙えばいいのではないか。そう考えた途端、私は胸が踊る気分でまた演技に力強く取り組むことが出来ました。
──そう、いつだって恋をした人間は、誰かを愛した人間は。その想いを阻む障害に初めは全く気が付かないのです。盲目に想いを持ち続け、愚かに踊り続けた後、目の前の大きな大きな壁に気付かされるのです。
自分の中に芽生えた愛情が、想いが、自分の中だけに留めておくことが出来そうになくなった時。私は、夜凪景という女性を、女優を、まだ会ったこともない彼女をどうしようもないくらいに愛してしまったことを、誰かに打ち明けようと思いました。仲の良い友人?仕事仲間?先輩?後輩?家族?誰に打ち明けようか……そう考えた時、私は自らが見て見ぬふりをしていた壁の存在に気付かされました。
それは、私が「天才」でも「凡人」でもなく、世間という舞台から見れば「異端」と呼ばれる感情──同性を愛するという、マイノリティであり普通ではないとされる行為なのですから。
──誰にも、打ち明けられませんでした。私は、自らのこの愛情が或いは間違っているのではないか、私の世界は、私の人生という舞台は狂っているのではないかと、どうしようもなく不安になってしまったのです。だってそうでしょう?周りを見れば誰もが異なる性を持つ者と愛を育み、新たな生を持つ者を創り出し、それが正であると信じている。その中で私は同を愛してしまった異であるのですから。この世界において、正しいとされるものの中で異を叫び、そう生きることがどれだけ難しいだろうか。私には想像すら付きませんでした。
ならば、この心を自らの中に封じ込めた儘、ただ一方的に夜凪景という女性を愛し続けて生きていこうか。それも私には出来ませんでした。何故ならこの心はもう壊れてしまうほどに夜凪景という女優を、女性を、人間を愛してしまっているのですもの!その心をどうやって留めておくと言うのでしょう?
──けれど、夜凪景は。あの子は、彼女は、私の愛する彼女は。会ったこともない、目を合わせたこともない素敵な素敵な彼女は。「異端」となってしまった「凡人」の私の愛情を受け止めてくれるだろうか?「天才」な彼女は果たして私と同じ「異端」なのだろうか?
彼女に否定される瞬間、それが一番の恐怖であること。それは死を越えた奈落の絶望であることを、私は本能的に理解しました。嗚呼、怖い。怖い、怖い怖いこわいこわいこわい。夜凪景に否定されたくない、夜凪景に認められたい、夜凪景に追いつきたかっただけなのに、夜凪景が欲しい、夜凪景と会いたい、夜凪景が怖い、夜凪景を舐めたい、夜凪景を愛したい、夜凪景に愛されたい、夜凪景を殺したい、夜凪景に殺されたい、夜凪景に、夜凪景に……夜凪景に夜凪景に夜凪景夜凪景夜凪景…………。
──こんな悲劇……否、寧ろ喜劇。「天才」であったはずの、私の人生という名の舞台は、いつの間にこんな狂った、馬鹿げた道化のような脚本と化していたのでしょう?
いや、きっと最初からそうだったのです。何故なら私は自らを「天才」だと思いたかっただけの、ただの凡人だったのですから。
そんな哀れな女が、本物の天才を目にして壊れた人形のように踊っただけの、酷い脚本。
風船が割れた途端、私は自らの感情に高揚し、絶望し、笑い、泣き、そして悟りました。
「死のう」
凡人なりに、酷い脚本なりに、最後は劇的に死んでやろうと思いました。
──渋谷のビルの屋上。私が狂える程愛してしまった、彼女の姿が映し出される広告ビジョンの下で。凡人には相応しい、真っ赤な華と共に。
それでは皆様、さようなら。アンコール、カーテンコールは御座いません故、ご了承下さい────
「きっと、貴方が天才で無かったなら。私は貴方を愛さなかった。然れど、貴方は天才で無ければ貴方で無いの。だから私は敢えて「貴方に殺された」と表現するわ」
天才、或いは役者と呼ばれた女優「 」の遺書