セカンドステージ (役者と監督のその後)   作:坂村因

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第8話 「上手い役者」

「演技が上手いってどういうことだと思う?」

脈絡なく夜凪は質問した。

受け取った菓子折りを手に持った阿良也は、

「演技の上手い奴がいて、そいつの演技が上手いってことだ」

と、会話の空気を読まない夜凪の脈絡の無さを気にすることなく答え、すぐに「いや、これじゃ答えになってねえな。何も言ってないのと同じだ。アホか、俺は」と呟いた。

 

「見る人が引き込まれる。上手い演技ってのはそういうもんだ」

 

いつのまにか阿良也の背後に来ていた三坂七生がそう発言した。

 

「見る人を引き込むことに特化した演技の結果に過ぎず、役の解釈自体は間違っているとしても?」

すかさず夜凪はそう返した。

 

(なんだ? なんだ?)という感じで劇団員が集まってきた。

無事用件を終えて帰る夜凪を阿良也が見送る、という局面だったはずが事態は一変し、再び夜凪は稽古場の中央へと連れ戻される運びとなった。

 

「役は正しく解釈するんだよ。その上で見る人を引き込む」

七生が話の続きを述べる。

 

「引き込むことに特化した演技に比べ、引き込む力が下がったとしたら?」

夜凪が応じる。

 

「そこそこ上手い演技なのか、究極に上手い演技なのか、基準はどこだ?」

これは青田亀太郎の言葉。

 

「それは究極のほうよ」

「そもそも特化した演技ってなによ?」

「そんなの私にもわからないわ」

「どの作品の誰の演技が該当するとか、そういう例を挙げてくれよ」

「あー、待て待て」

 

一度話を整理しようということになった。

じっくり腰を据えて議論する流れ。

劇団員なんて生き物は基本的にこういう話が好物であることを夜凪は知った。

 

この議論は今まさに進行中の時間との闘いに寄与するはずだ。まず質問者である環に答えを訊くのが本筋だが、環は別行動で闘っている最中だ。

予定より早く自分の調べ物が完了したからには、余った時間を有効に使うのはむしろ必然。

(けっして、たんに私が訊きたいだけ、ということではないのよ)

夜凪は、撮影現場での出来事からスタジオ大黒天でのやりとりまで一連の説明をした。

 

「環蓮はなんでトイレで景の腕を掴んだの?」

「テレビの前にいる人と役者で見方が変わるところがポイントじゃないのか?」

「まず環蓮がどういう人かわからないと要点を外すよ、亀」

「胸焼け理論に違和感あり!」

「演技が上手いとは、という話に戻りましょう」

 

わちゃわちゃと活発に意見が出された。それらを聞いているうちに、何を議論すべきなのかがよくわからなくなってきた、と夜凪は思った。

 

 

「演技が上手いってのは百城の演技のことだ」

 

 

阿良也のこの言葉に一同おしゃべりをやめた。つづけて阿良也は、

 

「さっき言いかけた続きだ。俺は、演技の上手い奴の具体例を挙げなきゃならなかったんだ」

 

そう言った。

劇団員たちは「なるほど」「うん…」「たしかに…」といった言葉を漂わせた。

亀太郎の、

「阿良也は、上手い、じゃなくて、凄い、だからな。別に言葉遊びじゃないよ、これ」

という発言も場に賛同の空気を作った。

 

「あいつは多くの人に愛されてる。誰も百城をヘタクソとは言わないだろう。そして俺の目から見ても百城の演技は上手い」

 

説得力のある阿良也の意見に対し、夜凪は「私は?」という言葉を飲み込んだ。

なんとなく、同じくらいの説得力を持つ意見として、「夜凪は違う」と言われそうな気がしたからだ。

 

「夜凪は?」

「夜凪は上手いとは違うだろ」

「ついこないだやっと感情表現が出来るようになったレベルだぞ」

「だけど夜凪ちゃん、すごい上手だったよ」

「あれは、凄いとも違う何かというか、とにかく上手ではない」

「てか、本人には言えないけどさ(←本人はすぐ側にいます)。テレビの前の人にとって…」

 

せっかく言葉を飲み込んだ甲斐も無く、夜凪に対する評価が語られはじめた。

 

 

「というわけで、環蓮の演技が上手いってどういうことだろうという質問に対する正解は百城だ」

 

 

わざわざしゃがんで阿良也が答えを告げてくれた。

というのも既に夜凪は(ぷしゅー)という音とともにうつ伏せに倒れ込んでいたからだ。

 

劇団天球は優秀だ。

だが、これでは時間との闘いではなく劇団天球との闘いのようだ、と夜凪は思った。

 

「お、久しぶりに見るなあ」

「考え事をする時こうするんだってアキラが教えてくれたっけ」

「でも何か考え事をする流れがあったか?」

「そこはほら、景は不思議ちゃんだから」

 

寝そべる夜凪にそんな声が降り注いだ。

 

                第8話「上手い役者」/おわり




以上が、私なりのアクタージュ「scene131」となります。

第5話(scene128)における環の演技が上手いってどういうことだろうという質問は、時間稼ぎが目的でした。
なので質問者である環本人に訊いても「私にはわからないから景ちゃんに質問したんだよ」と返されるだけです。

なお、劇団天球の面々を出すにあたり、私は用字用語集を作成しました。
阿良也って自分のことを「俺」って言うんだっけ、「オレ」って言うんだっけ、と悩んだのがきっかけでした。
今までも「原作ではどうだっけ」と見直すことはしょっちゅうでした。
これを機に、各キャラが他のキャラたちからどう呼ばれているか、また自分のことをどう言っているか、scene1からscene123まですべて調べて書き出し、そして全話読み直すついでに用字用語集を作成してしまったわけです。

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