『エスタージュ(S-tage)』(「セカンドステージ;役者と監督のその後」)   作:坂村因

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第9話 「後ろ姿」

沈んだまま静かなトーンで黒山の話は続く。

 

巨匠の作品に子役として出演した真美は、「こういう場合はこう演じる」という基本とも言えるスタンスで1つ1つの表現を丁寧にこなした。

手本としたのは、既に一流として最大級の評価を受けていた女優であり、実の母でもある薬師寺真波の演技だ。

同時代の他の子役たちに比べ、真美の演技は迫力に欠けていた。目新しさもなかった。ただ、ひたすらに丁寧なだけだった。

自分の作品に真美を使った監督たちは、丁寧に表現することへのその高い集中力に感心し、同時に好感を持った。

 

徐々に、真美の異常性に気づく者たちが現れ始めた。

 

大きな表現、細かな表現、目に見えない表現。

真波が武器として持つ事実上数え切れない量の表現が、真美の演技の上に大量に、そして丁寧に描かれる。

もちろんすべてを描くには程遠い。

にも関わらず、12歳の真美の演技の質は一流の域に届いた。

 

とにかく異常だった。真波が凄いのか、真美が凄いのか、あるいはその両方か。

 

先に明確な反応を示したのは母のほうだった。

もう十分すぎるほどの評価と、その評価に値する演技力を持つ真波が、自身の武器をさらに増やし始めた。

その変化に応じるかのように、12歳から15歳にかけての真美は、真波の表現を追いかけつつ、真美自身の演技を表現することにも力を入れた。

ようやく自分自身の演技を見せ始めた真美は、監督や演出家から見れば堪らなく魅力的な女優だった。

真波を追いかけるのをやめ、薬師寺真美としてその演技を磨くことに注力すべきだ、といった声が上がった。

真美は声に耳を傾けなかった。

人が届きうる限界まで行っているように見えて、そこからさらに伸びていく真波の姿。

真波のすべての武器を描き出すこと、同時に自分自身の演技を磨くこと、これは自分にしか出来ない。

そんな燃え盛る炎のような執念が宿ってしまっていた。

 

「10枚の写真のエピソードを知っているか?」

「……知ってるよ」

 

顔を上げた黒山の表情は沈んだまま。

突然、話を振られた環は相変わらず平静。

 

真っすぐに立つ真波の後ろ姿の10枚の写真。

ある雑誌のカメラマンが散々収めてきた写真を整理していて偶然気づいた10枚。

それらはそれぞれが異なる作品の異なるシーンにおける後ろ姿であり、公開当時、いずれの後ろ姿もその演技から伝わる心情や雰囲気の色合いは、見る者の心に印象強く残った。

そのはずだった。

だが、写真で見ると、それがどの作品のどんなシーンで、どういう印象だったのか、まるで判別出来ない。

何故なら、服装や髪型や背景こそ違うとはいえ、真波の姿勢自体は10枚すべてにおいてほぼ同じだったからだ。

これは真波の演技力の凄さを物語るエピソードだ。

 

そして服装や背景を確認するまでもなく、何を伝えどんな印象を与えた後ろ姿なのかを真美だけが判別出来た、というエピソードでもある。

なにしろ真波本人がその判別を間違えた10枚だ。

真美のこの能力は説明不可能な代物とされ、異能と呼ぶしかないと言われた。

 

「柊。俳優で文化勲章を受けたのは何人だ?」

「……。えと…」

 

雪は指折り数えた。

 

「5人です」

「そう、5人しかいない」

 

俳優の文化勲章の第1号は1991年受章の森繁久彌だ。

そして雪はすぐに思い当たった。

文化勲章受章俳優の第1号は本来なら薬師寺真波だったんだ。授与の知らせを受けた彼女は「戦争で亡くなった役者を差し置いて自分が受け取るわけにはいかない」と辞退した。

 

「あ!」

「気づいたか?」

 

そういうことか、「キネマのうた」はそういうドラマなのか、雪はようやく状況を理解し始めた。

 

                第9話「後ろ姿」/おわり




以上が、私なりのアクタージュ「scene132」となります。

私は第1話(scene124)のあとがきで、薬師寺真波を「原節子と杉村春子を足して2で割ったような位置づけ」と書きました。
原作者は、真波を指して「日本一の女優」「こんなにも愛されつづける女優」と言っています。
日本一の女優……杉村春子
もっとも愛された女優……原節子
というわけで、私はそのまんまのことを書いたわけです。
このscene132で使用した、本来なら文化勲章受章俳優の第1号のはずが辞退した、という話は杉村春子の来歴から持ってきました。「戦争で亡くなった役者を差し置いて自分が受け取るわけにはいかない」という辞退理由も杉村春子の言葉です。
あと、「後ろ姿のみで演技が出来る女優」というのも杉村春子のエピソードですが、10枚の写真は私の勝手な創作です。

なお、原作者が来歴を参照したであろう女優は別にいます。
それは水谷八重子という女優です。
生まれたのが1905年8月1日で逝去が1979年10月1日、原作の「没後40余年」の設定に合致します。
その一人娘が水谷良重(2代目水谷八重子)で、1939年4月16日生まれ。現在、81歳。日本俳優協会の常任理事、日本俳優連合の副理事長を務めています。原作の「日本の芸能界で大きな力を持つ人物」に合致します。
ただし、(失礼ながら)水谷八重子母子は漫画の素材としては弱く、原作者はその来歴のみを拝借した形と思われます。

水谷八重子は子役として舞台に立ち、8歳にして高名な演出家に認められ、10歳で帝劇公演に出演しています。(皐月が担当するあたりですね)

雙葉高等女学校に入学後、新協劇団公演を機に本格的に女優として活動。
ただ雙葉は女子御三家(雙葉、桜蔭、女子学院)の1つ、超名門校であり、それゆえに厳格な学校でした。
在校中、16歳で映画デビューする際、学校から名出しを禁じられ、「覆面令嬢」という匿名での出演となりました。
学校を卒業した18歳の八重子は、新劇と大衆劇の双方から取り合いされるほどの人気女優でした。(夜凪の担当はこのあたり)

新派劇に貢献しつつ松竹映画にも出演し、32歳で結婚。
30代の終わり頃に第二次世界大戦となり、空襲で家を焼かれます。終戦後は引退も考えましたが、41歳で東京劇場に出演し、復帰しました。(環蓮はこのあたり)

悪くはないですが、やや弱い、というか暗いんですよね。
なので、原作者は原節子と杉村春子を足して2で割ったような華やかな要素を加えたのでしょう。

当然、私が書く薬師寺真波には水谷八重子の要素を一切持たせません。
そして薬師寺真美は天才として扱います。
「キネマのうた」編の続きを考えるのが楽しみな今日この頃です。
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