『エスタージュ(S-tage)』(「セカンドステージ;役者と監督のその後」)   作:坂村因

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第13話 「場数」

 

「結局、薬師寺真波を日本映画界の限界と決めつけちまったのが真美の不幸だよ。勘違いもいいところだ。まず、てめぇが真波を超えりゃあ良かったんだ」

 

「……。…超えられたかしら?」

 

「超えられたと思うね。捻くれて、さぼってなけりゃあ…」

 

「星アリサを見て、真波以上の可能性を感じたってことですかね?」

 

「さあな。そのへんは直接訊かねえとわからん。ただ、真美が復活したのはアリサのおかげだ(それは間違いない)」

 

うん、興味深い話だった。でも私が聞きたいのはそんな話じゃない、と雪は思う。

「で、方程式が緩衝材ってなんですか?(答え、待ってるんですけど…)」

「ん? そのまんまの意味でしょ、緩衝材だよ」

環の言葉を聞いた雪のこめかみにビキッと血管が浮き上がる。

 

筒状カレンダーをポンッ、ポンッ、と掌に打ちつけながら、

「話逸らしたの環さんですよね?(いくら環さんでも許しませんよ。なんだか1人だけ不幸な顔してないし…)」

環のほうを見て、静かに問い詰める雪。

ポンッ、ポンッ、と不穏な音は弾み続けている。

 

「…え? 私か?(私が雪ちゃんを怒らせてるのか?)」

 

顎に指を掛け、しばし考えた後、

「そのまんま、って言うと怒られるんだよな。…待って、雪ちゃん。落ち着こう。ちゃんと考えて答えるぞ、私は。ちょっとだけ待ってほしい」

環はそう応じた。

 

「その、なんだ。方程式ってのは理不尽なんだ。ほら、なんだかよくわからないだろ。いや、わからないのにわかるっていうか。えと、…まだだ、まだ待つんだぞ」

 

「待ってますけど」

 

「よくわからないのに、当てはめると正解が出る。…理不尽。伝わんないかな。ほら、わかるじゃん。なんでだよ方程式、なんで意味不明なくせに正解だけはきっちり出すんだよ方程式、て…。そういう象徴? いや、代名詞って言うんだっけ? 理不尽の代名詞的な。…だって、難解な方程式、だよ? そう聞かされたら、クッションになる。…なる…よね?」

 

「柊。こんなのは説明しなくても伝わるだろ。俺の計算では、そのクッションで夜凪は…」

「その計算をミスった人…」

「環さん。黙っててくださいますか(ビキッ、ビキッ)」

 

雪は黒山に向けてスッと掌を差し出し、続きをどうぞ、と促した。

 

 

 

薬師寺真波の演じ方に皆が寄せるため、「キネマのうた」の撮影現場には独特の雰囲気がどうしても発生することになる。そして、それは正直気持ちが悪い。

夜凪にとっては未経験の雰囲気となる。

感性が鋭い夜凪はその気持ち悪さをがっつり味わうことになってしまう。

そこで「難解な方程式」という言葉が意味を持つ。

 

気持ち悪さの正体が「皆が演じ方を寄せていることが原因だ」と夜凪ならすぐに気づく。それは大河ドラマならではのルールのようなもので、ちゃんとした理由があって行われていることだと理解する。

なにしろ事前に「難解な方程式がいくつもある」と聞かされているわけで。

「これも方程式の1つ」と考えるのが自然なわけで。

理解不能な謎ルールを見つけても、「これには必然性がある」というフィルターを通せば気持ち悪さに対する拒絶反応は必ず和らぐ。

これがクッションだ。

なお、

 

作品の外側の事情が、作品の内側に持ち込まれることがある。

 

というのがこの場合の正解の1つとなる。

 

夜凪が自力でこの正解に辿り着けたら合格だ。現場に違和感を覚えた時の対応法の勉強だ。

違和感の理由を現場内で探して見つからなかった時、それが作品の外側にあると気づくためには、確信をもって「現場内に見落としは絶対に無い」と認識するプロセスが必要となる。

 

厳密には、大河ドラマのルールではなく今回の「キネマのうた」固有の限定的なルールってのが正解だが、役者がそこまで把握する必要はない。

 

「それ、景ちゃんの勉強になる?」

「なるだろう。おまえや百城に比べ、夜凪は経験値で大きく劣る。場数を踏んでるってのは強みだよ。大河なら経験を積む場にもってこいだ」

 

雪が(へえ、やっぱりしっかり考えてるんだなあ)と感心していると、黒山はすぐ話を再開させた。

 

気持ちが悪いと感じても吐くとは思ってなかった。

まあ仮に、吐いたとしても「予想していた以上に夜凪の感性は鋭かった」というだけの話で、そんなものは慣れれば解決される。

 

ただ、それがシーン10の5テイク目というのは異常事態だ。

 

真美が持つ説明不可能な超絶描写スキルに感応したケース、と考えるしかない。

アリサのおかげで復活した後の真美は、俳優連盟からの依頼で「薬師寺真波の演じ方」のビデオ全30巻の制作に協力している。

1000を超える演じ方、それに真美による分かり易い解説と実演がついた内容だ。

そのビデオは多くの映画関係者に鑑賞されたが、うち2名の演出家が業界を去った。

 

 

 

皐月は初日の撮影現場の出来事を思い出し、ボワーッとした高揚感とともに嬉しさを噛み締めていた。

驚くほど上手く演技が出来た。

薬師寺真美が自分を女優と認めてくれていることも理解できた。OKテイクの後に優しい表情を見せてくれた。

夜凪が親指を立てて演技を称えてくれた(その後、急いで走り去ったけど。お手洗い?)。

 

(絶対に、作戦は成功させる。まだまだ、もっともっと、女優を続けたい…)

 

手応えはあった。

あと3日、今日と同じように、ううん、それ以上に上手に演じてみせる。

抱き枕をギュッと抱えて顔を埋め、皐月はそう決意した。

 

                第13話「場数」/おわり




以上が、私なりのアクタージュ「scene136」となります。

早く夜凪の撮影シーンを書きたい、と思う私がいます。
でも物事には順序があります。
まず、皐月の問題に取り組まねばなりません。

ていうか、皐月の撮影シーンの続きも書きたい、と強く思う私もいます。
絶対、可愛い展開になりますよ、皐月の物語。
可愛くないわけがない。

そろそろ黒山による真美の過去話は書き終えたいですねえ。
もうちょっとです。
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