『エスタージュ(S-tage)』(「セカンドステージ;役者と監督のその後」) 作:坂村因
「俺はその2人は真美と同系統の特殊な何かを持っていたんだ、と考えている。強い吐き気に見舞われて、実際何度も嘔吐したらしい。平衡感覚が失われ浮遊感を伴う目眩が続く。鑑賞をやめれば、症状は治まるが、鑑賞を再開すると必ず同じ症状が出る。医者にも原因が判らないと診断された」
「私が知ってる3人も同じだったのかな? ていうか描写スキルとか初耳だわ。私はその3人はアンテナが高性能すぎて気持ち悪さを人一倍感じるタイプ、景ちゃんはその重症例だと思ってた。3人は吐き気止まりだったけど、景ちゃんは実際に吐いた」
「その3人は違うな。気持ち悪さを人一倍感じるタイプで合ってるだろう。症状のレベルが違うし、特殊な何かを持った奴がそんなにたくさんいるとも思えない。実際、俺が知ってるのは2人だけだ」
「…け、けいちゃんが3人目ってこと?」
「なにかの間違いであってほしいが、そう考えるしかないと思う」
真美の演技を見て、少しでも吐き気のようなものを感じたら真美の存在を意識の外に追い出せ、と言うべきだった、……黒山はそう思った。基本的にリアリストである黒山は、事例が2つしかなく内容もどこかオカルトめいたこの現象について深く考えたことがない。
同系統の特殊な何かを持っていた…。なんだ、それ? なんて中身の無い考察だ。まったく真面目に検証する気がない者の考察結果じゃないか。
想像の中で1時間走ってきて汗だくになる夜凪の能力だって十分オカルトめいているのに、その能力を重要視している自分がいる。
我ながら虫のいい矛盾だな、と思う黒山。
今回の「キネマのうた」についても虫のいい目標があった。
夜凪の場数面での成長の増幅…。
ただでさえ大きな経験となる大河ドラマ。
踏んできた場数が多い重厚な総合力を持つ出演者がずらりと並ぶ規格外の撮影現場だ。
もし夜凪が、彼らの総合力を場数由来の成分ごと吸収してしまったら?
夜凪なら出来たかもしれない…。
そう簡単には技術を盗ませてくれない古狸共の強固な鎧をぶち破って、その奥にある隠れた知恵を暴き出せたかもしれない。
狙うべきは、皆が披露するであろう薬師寺真波の演じ方じゃない。
「キネマのうた」の撮影現場では、真波の演じ方で揃えつつも、各々が自身の個性を乗せてくる。
如何にして自身の個性を乗せるか、出演者たちがそれを競う場となる。地味だが難度の高い技術の応酬となる。それは「真波の演じ方しばり」だからこそ発揮される役者たちの底力の競い合い。その競い合いがないと「キネマのうた」は大河ドラマに求められるクオリティを保てない。
夜凪なら、古狸共が絞り出した底力の塊を狙い撃ち出来たかもしれない。
そんな途轍もない目標を、黒山は思い描いていた。
だからこそ「難解な方程式」という言葉を使った。最初は雰囲気の気持ち悪さを和らげるために作用し、最終的には「外側の事情を内側に持ち込まざるを得ない場合の古狸共の知恵」を見つけるための道標として働く。
黒山はスマホを手に取り、操作画面を見つめた。指を動かし、天知に「23時までに電話するかもしれない。電話がなかったらこのメールのことは忘れてくれ」という文面でメールを送った。
「…天知さんにメールしたんですか? けいちゃんに相談もなしに?」
「電話するかもしれない、と伝えただけだ。さすがに夜凪に黙ってこんな重要な決定はしない」
それを聞いた環は内心「…ヤベッ」と思っていた。先に「誰?」と訊いたのは連絡相手ではなく、心当たりがある1人、つまり代役となる女優は誰か、という意味の「誰?」だったからだ。
スタジオ大黒天。
夜凪は1人テレビモニタを眺めていた。少し前に雪ちゃんから「これからそっちに戻る」という電話があった。「わかった」と返事して、すぐに意識をドラマ鑑賞に戻した。
(難しいわ、すごく難しいわ…)
一時停止を押し、イメージを固めて、再生を押す。その繰り返し。一時停止を押す必要がないくらいスムーズにイメージを結ぶことに挑戦している。
それが実に難しい。
千世子が「ここはこうだよ」と言うあたりから想像が崩れ始め、自分が「こんな感じ?」と応じるあたりで頭の中の映像が途切れてしまう。
千世子ちゃんのお手本の部分の情報量が多い、と夜凪は思う。
一時停止、再生、その繰り返しが続く。
(「ここはこうだよ」と言う千世子ちゃんが手厳しいわ…)
「どうせ私は演技が上手い役者じゃないのよ!」
突っ伏して床を手でバンバン叩き、足をばたつかせる夜凪。
ガチャッ、とドアが開かれる音。
(あっ、戻ってきた)
雪、環、黒山が事務所内に入ってきた。何故か全員無言。
「おかえりなさい」
「た、ただいま」
返事をしたのは雪だけ。この空気。どうやら「時間との闘い」であっちは苦戦しているらしい。こっちは早々に用件を完了させたというのに。
手を突いて身を起こし立ち上がった夜凪は、てってってっ、と走り壁際に置いていたスーパーの袋(有料)を手に取った。また、てってってっ、と走り皆の前に立ち止まった。
スーパーの袋から半透明緑色の小さなボトルを1つ取り出し、
「ラムネ菓子よ」
そう言って皆に現物を見せた。
第14話「知恵」/おわり
以上が、私なりのアクタージュ「scene137」となります。
この真美の超絶描写スキルを見て嘔吐する者がいる、というエピソードにはちゃんと相応する科学的な裏付けがあります。
ここで説明しようかと考えたのですが、本編を進めていけば自然に説明箇所が作れるかもしれない、と思い今は書かないでおきます。
この先の本編でそれが不自然になるようなら、改めてあとがきで書きます。
さて、ようやく撮影初日の終わりが見えてきました。
はやく2日目に入りたい。
自分で書いておいて言うのもなんですが、真美に関するエピソードが長い! あと暗い!
3分の1くらいに圧縮できなかったのか、私。
夜凪が主人公。夜凪をもっと見せなくてどーする?
そんな反省をしつつ、次回以降を書くのが楽しみな私です。