『エスタージュ(S-tage)』(「セカンドステージ;役者と監督のその後」)   作:坂村因

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第15話 「文字列」

「これはとても良い物よ。優秀な人たちのお墨付き」

そう言って現物を見せているのに、皆の反応が薄い、と夜凪は思う。

 

「環さんもどうですか? 採用に一考の価値あり、です(良い物です)」

夜凪は環の前に歩み出てラムネ菓子を差し出した。

 

思わず揃えた両手を前に出した環。その両掌の上にラムネ菓子が置かれた。環は、困惑したままその緑色のボトルを見つめた。

 

 

「そんなことより、けいちゃんが吐いた時、どんな感じだった?」

雪が夜凪の目の前に詰め寄ってきた。

 

(え? 雪ちゃんのこのテンションは何?)

 

「いや、既に黒山さんに言った通りだけど(雪ちゃんもいたよね?)。ガツーンと来てふらふらした…」

 

「浮遊感は?」

さらにグイグイ来る雪に、夜凪はさすがにややしかめっ面気味になる。

 

「あと、あと、平衡感覚も!(ふらふらしたってことはそうなの?)」

 

「…あの」

 

困る夜凪を置いて、雪は両手の指をわきわき動かしながら「ちょっと待って。もっと巧く質問するから」と考えを巡らせる。

 

「遊園地のアトラクション。フリーフォールとか! あと宇宙空間で身体がぐるぐる回って止まってくれない!」

 

さらに「それと…」と言葉を続けようとする雪。

 

「あ、近いわ。宇宙には行ったことないけれど、多分近いわ(ぐるぐるとは違うけど)」

と、夜凪は思ったままの言葉で返事した。

「頭にフッと落下するような感覚が来て、反射的に足を踏ん張ろうとすると、次は横向けにフッと来て、とっても気持ちが悪かった(こんな説明でいいのかな?)」

 

 

「お、おおおおぉ……」(←雪の悲痛な声)

 

 

 

 

「夜凪、おまえ。このドラマ、見てたのか」

いつのまにか部屋の中央まで進んでいた黒山が、テレビモニタの前に立ってそう言った。

 

それを聞いた夜凪は、黒山のほうへ歩み寄り、

「そうそう、それなのよ。すごく苦労してるの。ちょっとアドバイスが欲しいわ」

珍しく素直に助言を求めた。

 

「薬師寺真波を演じる夜凪景を演じる千世子ちゃんを私が演じる。すごく難しい」

「……。…どの部分が難しい?」

 

「それは千世子ちゃんの部分ね。そこで息切れする」

「息切れして、そこで完全に想像が止まるのか?」

 

「止まりはしないわ。ただ最後の私が演じる頃には映像が霞んでる」

「百城のところで引っ掛かる感じか。あいつの演技は情報量が多いからな…」

 

「……! さすが黒山さん。これ、なんかコツとかある?」

「……。」

 

 

「……。ところで夜凪、おまえ吐き気は? このドラマは平気なのか?」

「そんなのはとうに解決してるのよ。吐き気はまったくない」

 

 

「お、おおおおぉ……」(←雪の歓喜の声)

 

 

両掌に乗せられたボトルを見つめながら、

「こ、これか? これなのか?(ラムネ菓子よ、おまえの力か?)」

環はそう呟いた。

 

黒山は話を戻した。

「…コツか、そうだな。1回目の自分のところの力配分を減らしてないか? 百城のところに備えて。そういうのは逆効果だ」

「し、してた。…なるほど!」

 

夜凪はテレビモニタの前に体育座りで腰を下ろし、「試してみる」と言って再生ボタンを押した。

 

「…夜凪」

 

声を掛けられた夜凪は一時停止を押して、背後の黒山を見上げた。

 

「難解な方程式ってやつ。あれ、忘れてくれ。あの発言は無かったことにしたい。今おまえが取り組んでる試みのほうが興味深い」

「これ?」

夜凪はテレビモニタを指差してそう答える。

 

「そう」

「わかった…」

 

再び夜凪はテレビモニタに顔を向けた。

 

 

 

「キネマのうた」1話目、撮影2日目。

出番がないのに当然のように現場に来ている夜凪。

同じく出番がないのに来ている環。

出番はあるが、しばらくは待機中の皐月。

 

3人並んで、撮影の様子を眺めていた。

 

ベテランの柴倉俊吉の演技を目で追う夜凪。静かで頼りない表現だが味があり、すごく雰囲気に合っている。ただ、発声するとそのすべてが台無しになるほど音の収まりが悪い。

次のテイク。

柴倉さんの静かで頼りない表現がやや強い感じに変わり、逆に声量が抑えられた。このすり合わせに近い調整は、改悪だとすぐにわかるレベル。

 

環がちょいちょいと腕をつついてきた。

3人は現場を離れ、楽屋に向かって歩き出した。

「あれは時間が掛かる。しかも私たちが見る意味もあまりない」

「私も見る意味ないのかしら? 今日は後で柴倉さんとのシーンがあるわ」

「今日の皐月ちゃんのシーン、難しそう…」

 

楽屋内の椅子に座り、3人はおしゃべりを始めた。

「なんで柴倉さんはあんなやっかいな芝居をするんだろう?」

「それがわかるようになるには、まあ相当な場数を踏まなきゃなあ」

「じゃあ私にはわからないわね。まだ芸歴6年だもの」

 

「いやいや、さつき。私だってさっぱりわからないよ。だから見る意味ないって言ったんだ」

「…柴倉さんて、とても上手い人よね?」

「上手いねえ、あの人は。…そんな人が大河に本気で臨んで、やっかいな感じになってる。まあ、理解出来ない次元さ」

「…私は今日の演技で大げさな芝居を求められると思うんだけど、大げさにしたくないのよ」

 

「わかるわ…」

「ほんと?(夜凪さんも成長したわね)」

「じゃあ、練習してみようか。景ちゃん、柴倉さんの代役お願い…」

 

皐月は、「大げさな芝居だけど、大げさと感じさせない芝居」「大げさじゃない芝居だけど、大げさと感じさせる芝居」のどちらかを表現したいと考えていて、でも求められているのは「大げさな芝居で、まんま大げさと感じさせる芝居」だ、という意見を述べた。

 

3つとも試してみようという話になり、まず夜凪が柴倉役で台詞を言った。

 

「これぇ…どくぉ…えぃえぇく…」

 

これを聞いた環と皐月は、

「うまっ! なに今の?」

「……。(夜凪さん、すごい)」

という反応を示した。

 

その反応を受けて、夜凪は「今のは…」と言いながらメモ帳とペンを取り出し、文字を書き連ね、

「これよ!」

と書いた物を見せた。そこには書道における仮名の連綿の出来損ないのような文字列があった。

 

「……。景ちゃん、芝居は上手かったけど、字は下手ね…」

「…読めないわ」

「柴倉さんの、『これ、どこへ行く?』…はこんなイメージだわ(字が上手い人が書けばかっこいいやつよ)」

 

「私、さつきの練習の邪魔をしたわ。思わず声が出てしまった。ごめん」

「……。(邪魔が入らなくても台詞は言えてなかった)」

「…さあ、…練習を続けましょう」

 

 

「これぇ…どくぉ…えぃえぇく…」

「もちろん、西と東の真ん中よ! おばあちゃんには内緒にして!」

 

 

3つのパターンを何度か試して、検証が始まった。

皐月の台詞の難しさは、ある映画内の台詞の「西と東の真ん中」が混じっていることに起因する。そのせいでまず台詞自体が子供っぽくない。そういう言い回しを選ぶところも子供っぽくない。

 

                第15話「文字列」/おわり




以上が、私なりのアクタージュ「scene138」となります。

日本語の言語としての弱点を、ちょっと入れてみました。
日本人は普段の生活の中で芝居を求められる局面にあまり遭遇しません。
欧米人は違います。
文章がほぼ固定されている言語を使う彼らは、表情や声色やジェスチャー等で工夫してニュアンスを伝える訓練を幼少の頃から当たり前のようにやっています。

いずれは黒山が本格的に取り組むことになる課題です。

そして、「キネマのうた」の撮影2日目が始まりました。
やっと話を進められたことに、想像以上に喜んでいる私がいます。
頑張って書きます。
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