『エスタージュ(S-tage)』(「セカンドステージ;役者と監督のその後」) 作:坂村因
結局、3つ目の「大げさな芝居で、まんま大げさと感じさせる芝居」をしないとOKは出ない、が有力という検証結果に落ち着きそうな空気になった。
だが、皐月の1つ目か2つ目で勝負したいという気持ちも重要だ。
前提として、このシーンでの「真波」には違和感を醸し出すことが求められている。まだ8歳で役者でもない真波が「子供っぽさ」を捨て「大人の役者」を表現する、そういうシーンだ。
「大人の役者」ではなく「大人の役者ごっこ」を表現したい!
これが皐月の狙いであり、そうすることによって前後の8歳相応の言動と綺麗に馴染む。
そして、このシーンの真波の台詞を見る限り、監督も脚本家も子役の皐月にそこまで高度なことを求めない配慮をしている。
配慮は正しいが、それを良い意味で裏切りたいと目論む皐月の姿勢は立派だ。
環が何かを思いついたらしく、「よし!」と意気込んで自前のメモ帳にペンを走らせた。
そのメモ帳とペンを皐月に手渡す。そこには縦書きの文字列があり、メモ帳紙面の中途半端な高さに、比較的小さめの文字で、大人っぽい整った形の楷書体で、西と東の真ん中、と記されている。
皐月は、その意を得たり、とペンを動かした。
西と東の真ん中の上部の余白に、もちろん、と記述した。
西と東の真ん中の下部の余白に、よ! おばあちゃんには内緒にして! 、と記述した。
もちろん、西と東の真ん中よ! おばあちゃんには内緒にして!
完成した一文を皐月はじーっと見つめる。
環と夜凪も覗き込む。
子供の拙い文字で書かれた文に、大人が書いた文字が混じっている。
まさに、それはつまりこういうことでしょ、と言わんばかりの一文だ。
「これはっ!」
と口を開いた皐月は、そこで口を閉ざし、再びメモ帳の紙面をじーっと見つめた。環と夜凪も横から覗き込んで、一文をじーっと睨んだ。
「私には無理ね。ばっちりイメージ通りなのに…、悔しいわ(夜凪さんにしか出来ないわ)」
「大丈夫よ、皐月ちゃん。私にもこれは無理だから(なんでも出来るわけじゃないのよ)」
「…駄目か。いいアイデアだと思ったんだがなあ」
「今回は意地を張らないことにする。なんだかスッキリしたし…。監督に従うわ」
「私は明瞭なイメージがあるのにその通りに出来ないなんてしょっちゅうだわ(千世子ちゃんが手厳しいのよ)」
「柴倉さんクラスでもあれだからね。役者ってのは一生それを味わうんだよ」
3人は撮影現場へと戻った。
柴倉がまだ粘っていた。テイク数は24。
柴倉の芝居は既にかなり寄せられていた。それが柴倉の意思なのか監督の指示なのかはわからない。
芝居のメリハリが明確になり、見る者にそれが真波の演じ方だと伝わりやすい物に変わっていた。
「(柴倉さんも)もう意地を張ってないね」
「どういう意地だったか後で伺いたいわ(見ててもさっぱりわからなかったわ)」
「……。本当に訊きにいったら駄目よ」
その後も柴倉の芝居は続けられ。27テイク目には、もう直すところがないんじゃないか、と夜凪には思えた。28テイク目、29テイク目、柴倉の演技に変化が見られない。少なくとも夜凪には変化の有無が判断出来ない。
そして30テイク目が終わった。
「薬師寺さん、お願い出来ますか」
犬井監督がそう言った。
真美が、「はい」と返事し、椅子から腰を上げた。
現場に騒めきが駆け巡った。その空気に、夜凪は(何? 何が始まるの?)と戸惑いを感じた。
色んな声が耳に入った。大御所と言われる役者の沢村秀夫が「犠牲者第1号は柴倉か」と言ったのが聞こえた。制作スタッフの1人が「生で見るのは初めてだ」と言ったのが聞こえた。
真美がゆっくりと歩いて柴倉の傍に立った。
監督が「雑音、大きいよ!」と大声を出した。その声で現場の騒めきは徐々に消えていった。
…変だ。周辺一帯の空気が変だ。
この異常を感じているのは自分1人だと夜凪は思った。すぐ側にいる環も皐月も感じていない。
周辺一帯が何かに支配されている。
気づいているのは自分だけ。
何故なら支配している何かの隣に自分もいる。だからわかる。他には誰もいない。
支配者の隣には夜凪しかいない。
…怖い。何が起こっているのかわからない。
ようやく騒めきが完全に消え、静かになった現場で真美による演技指導が始まった。
簡単な説明と手本となる芝居の実演。
一通り終えて、真美は何事もなかったかのように歩き出し、席に戻って椅子に座った。
夜凪は固まっていた。
何が起こった?
私が今の実演を見ていた場所は何処だ?
わからない。何故自分にだけこんな現象が生じるのか?
環は別の理由で固まっていた。
(おいおい、聞いてねーぞ)
この「キネマのうた」の撮影はずっとこの調子で行われるのか?
それは、とてもマズイ。致命的にマズイ。
墨字くんに相談してみるか?
いやいや、今の墨字くんは敵側だろ。でも、他に手段が思いつかない。
困ったぞ、これは…。
第16話「支配」/おわり
以上が、私なりのアクタージュ「scene139」となります。
「キネマのうた」が異例ながらも大河ドラマの企画として成立する理由に触れてみました。
結果、犠牲者第1号柴倉の個性発揮の場が潰されました。
草見が言っていた「毒」が具体的な形として作用してしまいました。
「薬師寺真波の演じ方」のビデオ30巻は非売品で、俳優連盟が管理しています。
貸し出しはしていませんが、手続きすればいつでも誰でも無料で視聴することが出来ます。
定期的に鑑賞会も開かれています。
基本、見に来るのは制作サイドの人種です。役者はほぼ見に来ません。
あと、そろそろ私が勝手に名前を作る必要性が増え始めました。
柴倉俊吉、沢村秀夫、今後さらに増えていくでしょう。