セカンドステージ (役者と監督のその後)   作:坂村因

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第17話 「委縮」

「沢村さん、攻めたねえ…」

感心した、という気持ちが少しもこもっておらず、ただ言葉だけで褒める環。

 

「うん…」

返事する夜凪も心ここにあらずな対応だ。

 

松菊撮影所の一室を再現した「セット」で行われている撮影。

沢村は1テイク目でOKとなった。この後に2つのシーンの撮影があり、その次が皐月の出番となる。

皐月のシーンを終えたら、撮影現場はこのセットから移動となる。

 

皐月は既にスタッフや他の役者たちの近くで準備しており、並んで見学している環と夜凪は気の抜けた状態でその様子を眺めている。

 

「沢村さん、攻めたわぁ」

「うん…」

 

頭がまともに働いていない環と夜凪だった。

 

 

 

次のシーンの撮影が始まった。

会議室にいた多くの人間がぞろぞろとドアから廊下に出て、会議室には柴倉と皐月が残される。

ただ、皐月はこのシーンには参加しない。

 

ぞろぞろとドアから人が出ていくところで何度もカットが掛かる。

椅子に座ったままその場に残る柴倉の演技も安定しない。

 

夜凪は撮影中のシーンではなく、待ちの皐月を観察していた。

ぼーっと見つめていると、皐月が良い笑顔をスタッフに向けた。

 

(あっ、可愛い…)

 

そうだ。今は皐月ちゃんをじっくり見る時間だ。

そういう時間だ。

わからないことを考えていても仕方がない。先の変な現象のことは一旦忘れよう。

難しいことは黒山さんに訊く。

私は役者だ。

役者がするべきことに専念しなければならない。

とにかくあれは忘れよう。忘れて切り替えよう。

改めて皐月を見つめる。

 

(うん、ちゃんと可愛い)

 

あの可愛さを維持したまま次のシーンを演じられれば理想だ。

でも台詞がそれをなかなか許してくれない。難しいシーンだ。皐月にとっては踏ん張りどころと言える。

 

よしっ! しっかり集中して皐月ちゃんを観察する!

 

 

 

沢村のシーンが終わり、次のシーンが始まったことで、環はようやく頭の働きを取り戻していた。

注目しているのは柴倉。

真美の演技指導の後、柴倉はすぐにOKテイクを演じた。見事な演技だった。

 

だが、その後が見るからにボロボロだ。当然だ。あれでショックを受けないわけがない。

 

ベテランの柴倉がどのように立て直すか?

環はそれを注視していた。

 

そして見るべき対象が他にもあることに気づいた。

(えらい! 私の頭! ようやく回り始めてくれた)

ドアから出ていく連中だ。

彼らがぎこちないのは何故か?

委縮しているからだ。

先の事態を見てまったくビビらないのは、さすが沢村さんといったところ。他の役者たちはビビってしまっている。

今、犬井監督は「真剣な表情に深刻さを混ぜて」と指示している。巧くコントロールして寄せるつもりだ。

委縮するとああいう扱いで処理されてしまう。

ようするにビビらなければいい。悪循環を回避するにはそれしかない。

 

大丈夫。私は肝が据わっていることにかけては自信がある。

 

…だけど、なんだろう?

…なんだろう、この不安は?

言葉で「ビビらなければいい」と理解すれば、それが出来るのか?

そんな単純な話じゃない。

そんな単純な役割じゃない。

 

 

…私は、主演だ。

 

 

怖い。どうしようもなく、怖い…。

この大河ドラマの主演は誰だ? 私だ。もし私が無様な芝居をしたら、どういうことになる?

今、私は怖がっている。

ドアから出ていく役者の気持ちが理解出来てしまう。

わかりすぎるくらい、わかってしまう。

 

(幸い、私の出番までにはかなりの時間がある。その間、主演として現場で堂々としているフリくらいは出来る。出番までに解決策を講じればいい)

 

駄目だ。こんな消極的な発想がそもそも駄目だ。

私は、…主演なんだ。

なんで、なんで、…こんなにも、怖い?

身体が震えている自分がいる。それが表に出ないようになんとか抑え込んでいる自分がいる。

私は、私は、弱い…。

 

 

 

皐月はなかなかOKが出ない撮影を冷静に観察していた。

柴倉さんは元気がない。でも徐々に取り戻しつつある。掛け合いではスムーズに私の台詞へと繋げてくれるはず。

私は撮影所をウロチョロしている子供の役だ。何食わぬ顔で会議室に紛れ込み、こっそり撮影現場までついていこうとするお転婆だ。

監督は細かい指示で丁寧に役者を導いている。私はそれに乗って今出来る最高の芝居をする。

(集中できているのが自分でもわかる。私は次のシーンをきっちり演じられる)

身体の調子もいい。頭もはっきりすっきりしている。

映画が大好きな子。それが8歳の真波、今の私だ。

 

カット、OK、の声が出たのは14テイク目だった。

 

よし、8歳の真波がここにいる。私のことだ。そして今から芝居をするんだ。

皐月はゆっくりと立ち上がり、セットの中に足を踏み入れた。

 

                第17話「委縮」/おわり




以上が、私なりのアクタージュ「scene140」となります。

私は環というキャラを気に入ってます。
だからなんとかしてあげたいのですが、難しくないですか、これ。
実際、大河ドラマは規格外の代物で、その主演なんて重責に決まってますよ。
まあ、なんとかしてみますが、今のところ良い案が思いつきません。
環の出番までになんとか考えてみます。

ところで大河ドラマは、当たり前ですが「ドラマ」です。
けっして「ドキュメンタリー」であってはいけません。
つまり、どこかに嘘(作り話)を混ぜなければいけません。
現実のNHKの大河ドラマでも重要視され、慎重に扱われている部分です。

どこで嘘をつくか?

原作アクタージュ「scene120.共同生活」において、昭和11年、松菊撮影所が大船に移転、とあります(現実では、昭和11年に松竹撮影所が大船に移転しました。史実まんまですね)。
この時の真波は8歳。
つまり、真波の11歳から17歳が第二次世界大戦(1939~1945)にぶつかります。
これ、もろに夜凪の担当のところですよ。
さすがに「第二次世界大戦は無かった」という嘘はやりすぎです。

では、映画法(1939~1945)ではどうでしょうか?

この悪法と言われた法律、「映画法が無かった」という嘘をつけば、夜凪の担当する時期の映画業界は別物になります。
戦前の映画黄金期と呼ばれた雰囲気の延長で描けます。
それがいい、そうしよう、と私は決めました。
だって映画法の下の作品なんて規制だらけですよ。
嫌ですよ、夜凪にそんな作品やらせるのは。
明るく元気な世界観でいきましょう。

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