『エスタージュ(S-tage)』(「セカンドステージ;役者と監督のその後」) 作:坂村因
皐月のシーンはテストを省いてテスト本番という形になった。
(大丈夫。テスト本番と言わずいきなり本番でも平気。私は演じられる)
椅子に座っている柴倉から、
「ごめんね。今日は僕がたくさん時間使っちゃった」
と声を掛けられる。
皐月は、
「私もお転婆してますから」
と返した。
感心して(ほお)という表情を浮かべている柴倉に背を向け、皐月は会議室の隅っこへと歩いていく。
「これぇ…どくぉ…えぃえぇく…」
「もちろん、西と東の真ん中よ! おばあちゃんには内緒にして!」
そして皐月はゆっくりとドアを開け、身を滑らすように廊下に出て、静かにドアを閉めた。
柴倉が演じる「安田」と真波の祖母「文代」との間に面識はない。なので安田には「おばあちゃんには内緒にして」が意味するところがわからない。
真波は、自分を連れ戻すために撮影所内を探している祖母から逃げ回りながらあちこちを見学している。
後に、文代から「真波、…小さい女の子を見かけませんでしたか?」と訊かれた安田は、女の子(←「真波」の名前をまだ知らない)が言っていたことに思い当たり「見てないねぇ」と答える。
ドアを閉めた皐月は、クスッと笑い、(柴倉さんの芝居が夜凪さんのイメージまんまだった)と思った。
監督の「カット」の声を聞いて、皐月はドアを開けて会議室内に戻る。
(さあ、本番だ)
と気合いを入れ直す。
室内では、犬井監督が強面を精一杯の笑顔にして、人差し指を皐月に向けていた。
そして、
「OK」
と力強く言った。
「監督、それだと伝わりませんよ。せめてこうしないと」
柴倉がそう言って、皐月に向けて右手親指を立てた。
「……?」
「ほら、混乱しちゃった」
「いいんだよ。なんでも知っておいて損はない」
「えーとね、皐月ちゃん。人差し指をこうするのはファインプレーを称える仕草なんだ。アメリカ人がよく使う仕草だね」
「……。ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げて、皐月は会議室の隅っこへと向かった。ゆっくり歩きつつ、再び(8歳の真波がここにいる。それは誰? それは私よ)と役に集中する。
犬井監督が柴倉に向けて、シッ、と合図を送った。
ちょうど柴倉が皐月に声を掛けようとしていたタイミングだった。
なかなか本番が始まらない。
皐月は柴倉のほうへ顔を向け、静かに椅子に座っている様子を(あの人は話し合いが不満だったのね)と評した。
次に犬井のほうに目をやり、難しい顔をして腕を組んでいる様子について(あの人は何してる人なのかしら)と考えてみた。
皐月は(自分は真波)という感覚を維持していた。
やがて移動するスタッフたちの姿が目に入った。
(…ん?)
柴倉と犬井を見てみる。二人とも先と変わらない。本番を控えた人間の佇まい。
皐月の視界の中で、カメラマンや音響スタッフも移動していく。
(これから本番なのに、なんで?)
とことこ歩いて、腕組みしている犬井の前に立つ皐月。
「テスト本番でOKですか?」
「そうだ」
「なんでここで腕組みしてるんですか? …移動もせずに。…柴倉さんまで」
「面白いからだ」
「……。」
どうやら自分はこの二人にからかわれたらしい、と皐月は気づき始めた。
犬井が、
「この台詞が悪いんだよ。なあ、柴倉。こんなんで視聴者に安田の気持ちに共感させられるか? させられるわけねーだろ。アホか」
と台本をバシバシと叩いた。
「まあ、難しいでしょうね」
やや離れた位置から柴倉の返事。
「だが、おまえのさっきの芝居なら共感させられる。だからファインプレーだ。わかったか?」
「良い芝居だったよ」
一連のやりとりを終えた犬井と柴倉も去っていった。
1人残された皐月は、ぼーっとしていた。
からかわれたことなんてどうでもよかった。褒められたことが嬉しかった。お世辞かもしれないが、自分の演技が監督の悩みの1つを解決した、とまで言ってくれた。
(やった!)
昨日から調子がいい。もっと言えば、成長している。このたった2日間で自分は上手くなっている。皐月は、高揚感の中で喜びを噛み締めた。
何故か、タクシーの車中にいる夜凪と環。
一緒に帰ろうと言われて、勝手にタクシーを止められて、タクシー代は出すからと言われて、今に至る。
小さく鼻歌を奏で、ご機嫌そうな環。
夜凪は黙って座っている。
「今日はどうだった?」
「……。皐月ちゃんがとても良かった」
「うん、さつきはよくやってた。えらいなあ! で、景ちゃんは?」
「…? 私は何もしてないというか、観察してただけなので…」
「今日はスタジオ大黒天に泊まろっかな」
「……。」
「問題ないよね?」
「たぶん…」
それきり二人は黙った。
環の様子がどこか変だと思いつつ、夜凪は何も訊かずただ座っていた。
第18話「ファインプレー」/おわり
以上が、私なりのアクタージュ「scene141」となります。
犬井が皐月をしっかりと褒めたのは、原作アクタージュ「scene123」において環から「もっとちゃんとほめてあげてよ」と言われたことが影響していたりします。
そして、こういうことは案外重要だと私は思ったりしています。
今日この日、褒められたことが今後の皐月の人生にとって意味を持つかもしれません。
あと、今回は(テスト→テスト本番→本番)からテストが省略されました。
時間が押していたのが理由ですが、犬井が「このシーンは妥協もやむなし」と考えていたせいでもあります。
テスト本番がOKテイクになることは、撮影の流れとしては最速です。
しかも犬井にとって「妥協せずに済んだ」という嬉しい流れです。
今回は皐月が大活躍でした。