『エスタージュ(S-tage)』(「セカンドステージ;役者と監督のその後」) 作:坂村因
環が泊まりたいと申し出てきたスタジオ大黒天。
雪が「夜凪家お泊り」を提唱し、ルイとレイが歓喜の声を上げた。
黒山が環に「何かあったのか?」と訊き、「別に何もない。たんにここは居心地が良いから」というあっさりした返答。
そして、夜凪は少し困っていた。冷蔵庫の中身の管理を考えると、今日は「家に帰る日」に当たっているからだ。
もちろん、環の様子が変だったことは気になる。それがお泊り会と無関係じゃないことも明白だ。
冷蔵庫の中身についても軽視するべきではない。食べ物に感謝する気持ちが重要でないはずがない。
お泊り会は、大人3名による酒有りの席のほうがいいのか、自分や妹弟を含めたわいわいした感じのほうがいいのか、その判断にも苦しむ。
「……。けいちゃん?」
「あ、えと、実は…」
「景ちゃん、帰っちゃうの?」
割り込んできた環のその言葉と立ち姿に夜凪は(うっ)と思う。
哀しそうな表情、寂しそうな佇まい…。
…演技だ!
以前、千世子ちゃんにやられたことがある。環さんのこれは演技だ。私だってちゃんと学習する。
でも、どうやらお泊り会には私も参加したほうがいいらしい。
だとすれば、冷蔵庫の中身はどうなる?
夜凪はしばらく考え込む。
(焼けばいい! そうだ、あれもこれも、まとめて焼いて、お好み焼きにすればいいんだ!)
「大丈夫です。今日はお泊りします」
事態の成り行きを不安そうに見守っていたルイとレイの表情が、ぱぁーっ、と明るくなった。
黒山による明日の撮影についての確認等が行われる。
「明日は、2カットだけだが、おまえの出番がある。イメージは出来ているか?」
こくこく、と頷く夜凪。
その様子を、頬杖でニコニコと興味深そうに観察する環がいる。
やりにくいな、と黒山は思う。
そう思いながらも、黒山は真面目に仕事の話を続ける。
「キネマのうた」の資料に目を通した時、黒山は違和感を覚えた。
皐月の担当が1話ということは、8歳の真波の描写はドラマ全体の導入部に位置付けされていると考えるのが普通だ。
毎日のように映画劇場に通う真波。これは作り話だ。映画が大好きな子供、という印象を強調するための嘘だ。現実では、裕福ではなかった真波にそんな経済的余裕は無かった。
松菊大船撮影所でウロチョロする真波。好奇心旺盛な子供、という描写だ。
文代に反対されても折れない真波。意志の強い子供、という描写だ。
つまり、8歳の真波は「映画に強い興味を持ち、映画が大好きで、祖母に反対されても折れない子供」ということになる。
作品の構成を考えるなら、第1話の内容はこれで必要十分だ。
そこに夜凪が演じる15歳の真波の回想が2カット入る。作品の導入の役割を果たす第1話の内容としては不自然な箇所となる。
「うちとしては夜凪の出番が増えるのは歓迎だ。でも、たとえ天知でもさすがに大河ドラマの制作に口出し出来るほどの力はないし…。なんでこうなってるんだろうな?」
「……。」
時刻通りに真美からの電話を受ける。緊張気味のアリサは電話の内容を聞く心の準備として懸命に気を落ち着かせる。
(今日も良かったですよ、皐月さん。シーン22、あの難しいシーンを綺麗に演じ切りました。皐月さんは間違いなく伸びる子です)
「ありがとうございます(最大の難所を超えた。良かった…)」
(皐月さんの親御さんの説得には私もご一緒します)
「ふふっ。そこまで甘えるわけにはいきません。真美さんらしくない冗談です…」
(あら、水くさいわね、アリサちゃん。私は冗談など言ってませんよ。私がそうしたいのです)
「本当にっ? 本当にご一緒していただけるのですか?」
(私はそのつもりでいます)
「感謝します、真美さん…」
電話を切ったアリサは、明日のことに頭を切り替える。
明日は景のカットが2つ入る。
真美さんは第1話の回想に起用するのは景より環蓮が相応しいと考えていた。たしかに主演である環蓮のほうが皐月を光らせる効果が高い。
ただ、それをすると第2話の景に望まぬハンデを与えてしまう。
第1話に環蓮が出演し、第2話で物語時間が進んでいれば真波役で登場するのは当然環蓮、そう思い込んでしまう視聴者が必ず出る。そのうちの一定数は、第2話の景を見て「環蓮が出ると思ったのに、これでは肩透かしだ」と捉えてしまう。
それは避けたい。
景の実力は本物だ。あの子なら遜色ない効果を引き出してくれるはず。
それどころか、景の演技が巧く嵌れば、主演を起用する以上の結果になるかもしれない。
それほどまでにアリサは景の実力を買っている。
(期待に応えてちょうだい。頼んだわよ)
アリサにはやるべきことがたくさんある。皐月、千世子、アキラ、他のスターズのタレントたち、そして景、可能な限りバックアップしなければならない。
だが、アリサには真美ほどの力がない。
だから黒山の力も、天知の力も、利用出来るものは利用する。
「そこで俺は考えた。第1話の真波の役割は導入だけに留まらない」
黒山はドラマの構成に関する自分の考えを述べる。
8歳の真波に「映画に強い興味を持ち、映画が大好きで、祖母に反対されても折れない子供」に加えて要素をもう1つ付与する。
後に日本一の女優となる人物、その片鱗。
それが加われば、ただの導入役に過ぎなかったはずの8歳の真波は、劇的に大きな魅力を持つキャラへと変貌する。
問題はどうやって片鱗を付与するか?
「劇伴だ!」
黒山は得意気な表情を浮かべ、力強くそう言った。
それを聞いた夜凪は、表情こそ真剣だが無言だ。
何か追加の説明が来るんだろうと思って待っていた。
しばらくの沈黙が流れた。
「劇伴だ!」
環が物真似で復唱した。
「BGMって言えばいいのに…。わざわざ…伝わりづらい…」
追い打ちで雪が言葉を添えた。
黒山は恨めし気な視線を環と雪に向けたが、特に文句を言うでもなく、
「まあ、BGMだな。インパクトの強いBGMを使えば効果が得られる。BGMの間に15歳の真波と8歳の真波が同じ所作を見せる形でオーバーラップさせる」
「……。」
「そうすると片鱗が表現される。薬師寺真波は8歳の頃から凄かったんだ、と…」
「黒山さん、元気を出して」
「……?」
「伝わったわ。私は才能溢れる15歳の真波を演じればいいのね」
「そう、そういうことだ」
「才能溢れる感じを表現出来なかったとしたら、皐月ちゃんの真波の魅力が減ってしまうのね」
「そうだ。まさに、それだ」
「BGMの話はどう関係するのかしら(結局わからなかったわ)」
「……。それは、カットが2つあることに意味があってだな。BGMの効果がより強く発揮されるのは2つ目ということになるんだが…、役者がそこまで把握する必要はない…」
外野からブーイングが飛んできた。
そしてブーイングの後に、具体的な指摘の言葉が飛んできた。
「だったらなんで劇伴って言った?」「導入役に留まらないのは何故だ?」「明らかに詰め込み過ぎだねえ」「甘やかしちゃ駄目!」「私が監督なら8歳に2話使う」といった言葉の雨だ。
元気に振る舞っているように見える環のことが気になる、と夜凪は思う。
第19話「片鱗」/おわり
以上が、私なりのアクタージュ「scene142」となります。
一時は夜凪の代役を考えるところまで追い詰められた黒山は、まだ本調子ではありません。
今後も苦しむでしょう。
しかし、いずれ成長した黒山の国際的に通用するほどの底力を見せる日が来ます。
たぶん……。
環はどうしましょう。
まだ良い案が思いつきません。
とりあえず現場で堂々としていられるくらいの状態まではこのお泊り会で持っていきます。
環担当の真波の撮影が始まった時に、今のままでは駄目です。
夜凪は高校3年生になってずいぶんしっかりした子になりました。
出席日数は大丈夫でしょうかねえ。
大河ドラマの撮影は平日に行われます。
けっこう厳しいはずです。
あと、私の個人的な願望ですが、千世子が書きたい。
「キネマのうた」に千世子は登場しません。
でも、ずーっと登場させないわけにはいきませんよ。