セカンドステージ (役者と監督のその後)   作:坂村因

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第21話 「黄金時代」

撮影4日目、夜凪と待機中の皐月が並んでしゃべっていた。

ここ数日の皐月の急成長について。

 

「自分でも驚いてるけど、材料はたくさんあったと思うの」

「たとえば?」

 

「まあ、鎌倉で教わったことは間違いなくその1つね」

「環さん、いろいろ準備してくれたね」

 

「よ、夜凪さんもいろんなアイデアできっかけをくれたわ」

「私? 私のはほんとにきっかけだと思うわ。皐月ちゃんは元々いろいろ持っていたのよ」

 

皐月が多くを学んだのはアリサからだ。子役に必要なスキルはもちろん、その先を戦うための武器も与えられていた。

今回の大河ドラマに賭ける自身の想いの強さも大きな要因だ。

そして、はっきりとは言えないが、真美の存在も要因の1つになっている気がする、と皐月は思う。

視線が冷たく、素っ気なく、不機嫌そうな態度の真美。

一緒に演じるシーンにおいては、厳しく妥協を許さない雰囲気で、皐月を突き放すのではなく、「私のように演じなさい」というプレッシャーが迫ってくる感じ。

 

「お、鬼コーチってやつかしら?」

「皐月ちゃん、その言い方はマズイと思うわ」

 

 

 

この日の撮影も昨日に引き続き順調に進んだ。

昨日と違うのは、OKテイクが出たシーンの中のいくつかで個人レッスンが行われたことだ。

皐月と真美の体が空いた時、真美が教える形で直前の皐月のシーンをおさらいしている。

場所は、撮影している場所からやや離れた一角で、何故かカメラも回っている。

 

「景ちゃん、あれは一体何をしているのだろう?」

「いえ、私が環さんに訊こうと思っていたんです(わからないです)」

 

遠巻きにその様子を見るために、夜凪と環は簡易椅子を並べて座っていた。

 

「見る限り、ただの個人レッスンだ」

「ですね」

 

「カメラを回すってことは何かに使うのかねえ」

「本編の2話以降に8歳の真波のシーンが入るのかしら」

 

「いや、レフ板も無いし、背景も合わないし、本編用じゃあない」

「…なるほど」

 

夜凪は「鬼コーチ」という発言を思い出していた。皐月にとって最終日の今日だから、こんなあからさまなレッスンをしている、と考えていい。

おそらくこの4日間、ずっとレッスンをしていたのだろう。

スターズの自分は真波役に向いてない、と言われたことを皐月はとても悔しがっていた。

レッスンまでしてくれるということは、真美が皐月の実力を認めている証拠だ。

 

ほんと、女優ってのはすぐ演技するから油断ならない。

 

よく考えたらわかることだ。あの時の真美の言動は不自然だ。1話しか出番がない役者に対して「心配で……」とまで言う必要がどこにある?

清水も言っていた。真美とアリサは姉妹のように親しかった、と。

 

 

 

夜、スタジオ大黒天では翌週からの夜凪の撮影について話し合いが行われていた。

大河ドラマの題材に「女優の半生」が選ばれるのは異例だ。事実、局の編成部は企画に難色を示し、脚本を依頼された草見修司も一度は断っている。

 

この企画を通すにはプラスアルファの要素が要る。

 

足掛かりとなっているのは、意外なことに文化勲章だ。

科学技術や芸術等の文化の発展や向上に功績を挙げた者が対象で、過去の受章者は約400人。

文化勲章にどれほどの価値があるかという議論は置いておくとして、授与の条件が極めて厳しいのは確かだ。半端な功績では授与されない。

その文化勲章を辞退した者もいる。数にして、わずかに4人。

その4人の中の1人が薬師寺真波だ。

ファンは大いに嘆いた。薬師寺真波の人気は絶大だった。

なにしろ日本映画史における戦後の第二黄金時代を体現した女優だ。

当時の日本映画の製作本数は年間500本以上、観客動員数は多い年で11億人を超えた。

 

「そんな熱い時代があったんだ…」

 

黒山は少し寂しそうに呟いた。

真波逝去からちょうど40年の頃、プロジェクトは動き始めた。

未だに根強く愛される女優、その功績を称えるために「幻となった文化勲章」の代わりになる物を用意する。

それが、「出演者全員が真波を称えつつ芝居を行い、真波の半生の物語を演じる、そんなドラマを作る」、つまり「キネマのうた」のプラスアルファの部分だ。

 

実は、黒山にとって2日目に配られた傍線付きの台本は想定外だった。

こんな物を配られては、「みんな薬師寺真波の演じ方で揃えましょう」という意図がバレバレだ。

夜凪に自力で気づいてもらう、という狙いが潰れた。

ベテラン勢は各々が知っている真波で、他の役者はスタッフ陣の指導による真波で、「キネマのうた」を真波色に染める。

そのベテラン勢の工夫を、夜凪自身に見抜いてもらいたかった。

 

「まあ、しょうがない。ベテランは真波の演じ方に自分の個性を乗せてくる。そういう競い合いが発生する。おまえはそれを見て勉強することに専念しろ」

「勉強…」

 

「勉強だ」

「勉強…」

 

「最大の目標を見失うな。都会の若者だけでなく田舎のジィさんバァさんにも知られる役者。つまり知名度だ(以前そう言っただろ)」

「それで知られる役者になるかしら?」

 

「大河ドラマをナメんな。名前を浸透させる力は圧倒的だ」

「……。わかったわ」

 

 

 

釈然としない、と夜凪は思う。

真波の演じ方はあまりに数が多く、犬井監督も把握しきれていない。

真美の役割は出演者兼監督のサポート係、黒山さんはそう考えていたらしい。

なので、演技指導の一件には多少驚いたらしい。

なんというか、黒山さんの話は作品の外側の事情に関するものだった。

役者は役者がするべきことが全てで、やっかいな事情は関係ない。それが役者。与えられた役を演じ切る以外に何があるというのか?

 

「3日目の演技はとても楽しかった…」

 

出番前の胸の高鳴り。

演じ切った後の高揚感。

すごく楽しかった。すごく興奮した。

私はあんな時間をもっともっと味わいたい。

 

                第21話「黄金時代」/おわり




以上が、私なりのアクタージュ「scene144」となります。

黒山はまだ本調子ではありませんねえ。
「成長する」ことと「勉強する」ことは違うと思います。
勉強も必要なことだとは思います。
ただ、せっかくの大河ドラマ出演を勉強に充てるのはもったいない。
この貴重な機会、伸び伸びと経験させたほうが得られるものは結局多いと思います。

皐月のレッスンにカメラがいたのは親の説得の時に使うためです。
アリサは皐月を特別だと考えています。手放すにはあまりに惜しい人材です。
当の皐月も女優を続けたいと願っています。
真美も、アリサが目を掛けるだけのことはある、と感じるものがあったのでしょう。

夜凪は「勉強に専念しろ」という考え方に疑念を抱いています。
その疑念は取り除かなければなりません。
黒山の言葉が足りません。
2話目の撮影が始まり、夜凪が大活躍するためにも、なんとかしてほしいところです。

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