セカンドステージ (役者と監督のその後)   作:坂村因

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第22話 「スターの壁」

 

週末、夜凪家の朝。

朝食を口にしつつ、夜凪は台本の傍線部を見つめる。

行儀が悪いとはいえ、やはり時間が惜しい。

(んー、半分以上がわからない。オーバーラップとは勝手が違うし、悔しいわ)

ふと前を見る。

ルイとレイが朝食を口にしている。

そして何の違和感もなく、その間で阿良也君が朝食を食べている。

 

たまに、ふらりと「夜凪カレーが食べたい」と言ってやって来る。

そういう時に限り、何故か夜凪家の夕食の予定がカレーだったりする。

(匂いに寄ってくるのかしら? でも、今食べてるのは夜凪家「今日も1日元気朝食」だ。全然カレーじゃないわ)

 

台本に目を戻す。

(他の役者さんの向こう側に見える真波を観察してれば、わかるようになるのかも…)

(でも、黒山さんが言ってた勉強はそういう意味じゃない…)

(ベテラン勢がどう工夫するかは勉強するとして、やはり最優先は役作り)

(皐月ちゃん、私、環さんで作る真波をブレさせない。的にするのは皐月ちゃん…)

 

自分だけの問題じゃない、と夜凪は思う。

皐月が作った真波像は掴んだ。皐月の芝居の向こう側に見える真波の演じ方も確認した。

芝居をする上で重要な方針となるのは前者だ。

夜凪は皐月が作った真波のイメージを維持しなければならない。

やっかいなのは大量にある傍線だ。ここでイメージを維持出来なかったら、次のバトンを受け取る環を困らせてしまう。

 

(うん。やっぱり環さんと話し合ってみよう)

 

台本を閉じ、夜凪はまだ途中だった朝食に取り掛かった。

そして、阿良也の姿がないことに気づいた。

夜凪が(あれ?)と思っていると、ルイとレイが、

「あらやは帰ったよ」

「ちゃんとごちそうさまして、お皿洗って、ちゃんと挨拶して、帰ったよ」

と説明してくれた。

「…そう(一言もお話ししなかったわ。悪いことしたかしら)」

 

環に連絡する。「ちょうど良かった」という反応。夜凪は(同じことを考えていたのかな?)と思う。

自分の着衣を見て、Tシャツの裾を指でつまみ、(問題無し)と服装にOKを出す。

手鏡で顔を確認、メイクも問題無し。

手提げバッグに必要な品々を詰めて、キャップを被り、外出の準備完了。

 

「おねーちゃん、お出かけするの?」

「わたしたち、お留守番?」

 

ルイとレイが夜凪の顔を見上げていた。

 

「環おねーちゃんの家。ルイとレイも一緒に行くのよ」

 

そう聞かされた二人は笑顔になった。

 

 

 

環の家に向かう移動中の電車内、夜凪は少し考え事をした。

 

夜凪家を出て、周囲の気配を確認、週刊誌の記者の類はいなかった。

歩き出してすぐにルイが「サングラスとマスクは?」と訊いてきた。

レイも心配して「もっとしっかり変装したほうがいい。どこに週刊誌がいるかわからない」と言ってくれた。

夜凪は「大丈夫」とだけ返事をしたが、内心複雑な思いを味わっていた。

 

実際、家の周辺に週刊誌関係者やカメラ小僧やおっかけはいなかった。

今も誰もいない。ついてきたり見張ってたりする者はいない。自分に気づいてちらちら見てる人もいない。夜凪はもともと気配には敏感なほうだ。

そういう人がいたらすぐに気づく。

 

千世子はお出掛けの際、厳重な変装をする。必要だからそうしている。スターだからそうしている。

比べて、自分はキャップのみ。

それで事足りてしまう。

 

阿良也がたまにふらりと家に来ることも、本来なら問題視するべきことじゃないだろうか?

スキャンダルを警戒して、もっと慎重になるべきなんじゃないだろうか?

泊まっていくわけではないとはいえ、面白おかしく煽るような記事を書かれても不思議ではない。

だが、事実そんな記事はどの雑誌にも書かれていない。

 

…私、まだまだ千世子ちゃんみたいになれていない。

 

楽なのはけっこうなことだ。これから銀行強盗でもするかのようなあの物々しい変装はさぞ面倒なことだろう。

黒山は知名度を重要視していた。CMにいくつか採用されたくらいじゃ足りないということだ。だからこその今回の大河ドラマ出演だ。

 

 

 

環の家、高層マンションの一角は広くてお洒落だった。だが、部屋は散らかっていた。

歓迎されて中に通され、テーブルにお茶が置かれた。

夜凪は、さっそくとばかりにバッグから台本を取り出し、開いた。

それを見て(おっ!)という感じの反応を示した環も台本を開いた。

 

「これ、このへんが嫌なんだよ、私は」

「……。ああ…」

 

それは環が「万能薬」の話をした時、ある時期に爆発的に広まったと説明した「わかりやすい演じ方」に該当する物だ。

環は台本をめくりながら「ここも、ここも」と呟きつつ人差し指を次々に移動させた。

それらの箇所には環自身が引いたであろう赤色の線が施されていた。

 

「わかってはいるんだよ。この使われ過ぎて擦り切れて、見るだけでウンザリするような演じ方を新鮮な物に見せる。そういうことが出演者に求められている。わかるよ、それは」

「…多い。これはキツイ」

 

「そうなんだよ。ああ、景ちゃんはやっぱりわかってるねえ」

「犬井監督の狙いでしょうか」

 

「わからん。アホだ、あいつは…。無理だろ、これ」

「傍線があるからには無視したら駄目ですよね。この仕打ちは非道い」

 

たしかに多い。これは撮影が始まったら数を減らすよう提案したほうがいいだろう。

そして夜凪は電話で環が「ちょうど良かった」と言った訳がわかった気がした。

もちろん、当然のように夜凪が担当する部分にも同様の箇所がいくつかある。

 

…どうしよう。別件で話し合いに来たのに、新たに問題が増えてしまった。

 

これは忙しい週末になる、と夜凪は思った。

自分が持ってきた懸念材料もかなり骨のある課題のはずだ。

環の家はお泊りOKなんだろうか?

無邪気に家の中を探検しているルイとレイを、環が迷惑がっている感じはしない。

ただ、夜凪は環の週末のスケジュールがどうなっているのかを知らない。

 

               第22話「スターの壁」/おわり




以上が、私なりのアクタージュ「scene145」となります。

原作アクタージュ「scene116.もっと」において、なんか普通に夜凪家で夜凪カレーを食べている阿良也の姿が描かれています。役のバリエーションの増やし方をアドバイスするシーンです。
私はここを読んだ時、このシーンは面白い、と感じていたので拾ってみました。
このアドバイスのシーン、既にCM等で夜凪が本格的に有名になった後の話なんです。

実際、夜凪は有名人としての度合いは千世子に比べるとまだまだです。
猫のように気ままに食べ物を食べにくる阿良也を今のうちに書いておきたいと考え、今回のような話にしてみました。

そして、夜凪と環は難題にぶつかっています。
あの、見る者に「ヘタクソ」と言われてしまうベタな演じ方を夜凪と環はどのように処理するのでしょうか。
現実だと、これは相当に難しいと思います。
二人には頑張ってもらいたいものです。

環が犬井を「アホ」となじったり「あいつ」呼ばわりしたりするのは、原作アクタージュ「scene123」において二人がバーで並んで飲んでいる描写があることから、「気安くいろいろな話が出来る関係」と私が勝手に判断した上での台詞です。

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