『エスタージュ(S-tage)』(「セカンドステージ;役者と監督のその後」) 作:坂村因
「環さんの家は、お泊りOKでしょうか?」
夜凪はググッと詰め寄るように質問した。
目をパチクリさせた顔で環は、
「お泊りはOKだが、私は仕事で今夜から家を空ける。それでもいいのなら…」
と答えた。
「それじゃあ意味ないです…」
夜凪はうなだれてテーブルに顎を乗せた。
「そういえば景ちゃんの用件をまだ聞いてなかったね」
「はい、聞いてください…」
皐月から受け取ったバトンを環に託す流れについて、その難しさについて語る夜凪。
それを黙ったまま最後まで聞いていた環。
「景ちゃん…」
「…はい」
「私担当の真波が関わる映画にはオリジナルが存在するんだよ。視聴者は知っているんだよ、そのオリジナルを。その中でバトンを受け取る難しさがわかるかい?」
「……!(たしかに。私が関わる「茜色の空」は実在しない作品だ。でも環さんの「青い草原」「食卓」等は実在した上に大ヒットした映画だ)」
「私が受け取るバトンについては、さつきと景ちゃんの両方を見てからだね」
「…ですね。その通りです」
「というわけで、今から遊びに行こう」
「……?」
「こんな時間に暇になって困っていたんだよ。夜なら飲みに出てたんだが…」
「……。」
「景ちゃん、君が時間が惜しいというのなら、私とチビたちだけで出掛けてもいいんだが(なんだか二人とも私に懐いてるし)」
「…行きます! 私も行きます!」
ここに至って、夜凪は電話の「ちょうど良かった」の本当の意味を理解した。
遊びに行くといっても、ただ街をぶらぶら散策するだけだった。
そして突き刺さる周囲からの視線。
環は変装をしておらず、それっぽい品は陽射し用のスポーティなサンバイザーのみ。
当然、目立つ。
そのおこぼれで夜凪にも全方位から視線が刺さる。
夜凪はバッグからサングラスとマスクを取り出し、着用した。
「…ほぉ。…君はそういうの気にしないタイプかと思ってた」
「これは千世子ちゃんの真似です。せっかくだから気分だけでも味わっとこうかな、と…」
夕方になり、お開きとなった。
環は友人と飲みに、夜凪家は帰り道で買い物をしてから自宅に、という運びとなった。
ルイとレイは、環から何だかいろいろ買い与えられてしまった。贅沢を覚えられたら困る、と夜凪は少し心配した。
夜凪は、自分は皐月からしっかりバトンを受け取ったと確信している。
ノートを開き、実際にペンで文章化してみる。
楽しい時には、お日様のような笑顔を見せる。
映画が大好きで、映画に夢中になっている。
自分を曲げない気の強さがある。
優れた技法の数々は、映画が大好きだからこその産物。
周りが見えなくなるほど夢中になることが演技上達への道、という信念を持っている。
優れた芝居を見せつけて周囲を驚かせることが好き、というお調子者な一面もある。
こうして言葉にして書き出してみると、ふんわりした代物のように思える。
だが、もっと細かく、より具体的で、生々しい、そんな真波の人物像が夜凪の頭の中にはちゃんとある。
このイメージを維持しながら、傍線に対応しなければならない。
まずは、自分の頭の中にある皐月から受け取った真波像で芝居をする。
それでOKなら問題無し。
監督から指示が入ったら、それに従う。
夜凪は自分が演じる予定の場面を、皐月の真波像で通してみた。
何度も繰り返し、通してみた。
なんとなく、この作業は撮影本番前の今にしか出来ないことのような気がしていた。
定着するまで、しつこく、粘りに粘って、皐月の真波像を身体に浸み込ませた。
この作業が役に立つ日が必ず来る、という予感が夜凪にはあった。
「キネマのうた」2話目、撮影1日目。
夜凪の撮影が始まった。
シーン12。
15歳の真波が玄関の戸を開けて「ただいまー」と言うだけのシーンだ。
1テイク目はOKにならなかった。
戸が開き顔を見せる正面側は悪くないが、背後からのバタバタと戸を開けて靴を脱ぐほうが駄目とのこと。
2テイク目も駄目。
3テイク目になって、犬井から「バタバタした動きで重心がぐらついてる感じが欲しい。あと、あえて猫背になる一瞬を作って。戸に添える手は、空振りから途中で戸を捉える」という指示が来た。
(こ、細かい指示だなあ。皐月ちゃんの時と違う…)
4テイク目もOKにはならなかったが、「悪くない。次は無心で」という声が出た。
その後、より細かい指示が追加され、都度「無心で」が強調された。
「ただいまー」
「カット。……。……。…OK」
9テイク目でようやくOKとなった。
OKを貰うのにこんなに回数が掛かったのは初めての経験だ。
でも、なんとか皐月の真波像を維持出来た感触があった。
やはりこの方法でいい。なんとかなりそうだ。
手応えを感じる夜凪。
犬井の傍に真美が歩いてきた。
そして何かを耳打ちした。
突如、スタッフ全員休憩ということになった。
壁に背を預け、並んで立つ夜凪と環。
「いい芝居だったよ。しっかり目に焼きつけたからね」
「ありがとう」
「…しかし、景ちゃんの撮影は(時間を)食うよなあ。わかってたけど大変だぁ」
「……?」
「…ん?」
「なんで私は時間が掛かるんですか?」
「……。そりゃあ、例の1000種に含まれてないからだよ(…え? 普通に通じる話だよね、これ)」
「例の1000種って何ですか?」
第23話「オリジナル」/おわり
以上が、私なりのアクタージュ「scene146」となります。
実際、現実に「キネマのうた」のような大河ドラマがあったら大変だと思います。
私は薬師寺真波を「原節子と杉村春子を足して2で割ったような女優」として扱い、これまでに杉村春子の経歴から話を引っ張ってきたりしていました。
今回は原節子から引っ張ってきました。
とくに、「青い山脈」「めし」といった人気作は、当時のファンなら原節子がどういう芝居をしていたのかしっかりと記憶に刻んでいます。
それと比べられるのはどう考えても厳しい。
どっちが上か下かという問題ではなく、当時のファンにとって「原節子が好き」という大前提があるからです。
さて、夜凪は9テイク目でOKとなりました。
NGを重ねて(飛び蹴り等は例外として)、ようやくOKテイクに辿り着くという、役者なら誰もがする経験を夜凪は初めて味わったことになります。
私個人としては、こういうのは必要な経験だと思っています。