『エスタージュ(S-tage)』(「セカンドステージ;役者と監督のその後」)   作:坂村因

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第27話 「不都合」

スタジオ大黒天の玄関口。

 

「百城、おまえが来たのか」

「はい」

 

「こんな個人的な作業でもったいない!」

「いえ、お気になさらず」

 

言葉ではそう言いつつ、内心では黒山も雪も微妙に困っていた。

百城千世子では有効な検証結果が得られないかもしれない…。

役者としての能力が高過ぎて、一般性を調べるサンプルには向いていない。

なんというか、もっと普通の役者が良かった…。

 

雪は口の前に人差し指を立て、小声で、

「寝てる人がいるから」

と言ってから千世子を中へと案内した。

 

 

 

黒山と雪の後ろに続いて歩く千世子は、笑顔のままいろいろな考えを頭の中で追っていた。

(私、この二人にあまり歓迎されてなかった。なんか事情有り、かな…)

眼球を左に、ぐりっ、と動かす。

(夜凪さんと環蓮。どっちも熟睡してる…。間の二人は夜凪さんの妹弟…)

前を歩く二人の背中を見つめる。

 

PC室で、黒山から作業についての説明を受ける。

黒山と環の間で「演出家にしか分からない感覚がある」「女優にしか分からない感覚がある」というやりとりがあったこと。

環が「演出家は敵」と言ったこと。

環が「このメモが何なのか分かるか?」と言ったメモについて、黒山と雪の二人が現時点でほぼ何も分からないこと。

黒山は、当初これを「役者には分かるが、演出家には分からない感覚」の問題と捉えたが、まずは「役者なら誰にでも分かる感覚なのか? 環と夜凪だから分かる感覚なのか?」を見極めることが先決と考え直し、それを検証することがこの作業の主眼であること。

 

そこまで聞いて、千世子はコピー用紙の束を手に取った。

千世子がメモを見始めたので、まだ言葉を続けようとしていた黒山は口をつぐんだ。

(ふーん、このメモは演技の指示か…)

微笑んだ顔のまま紙面に目を通す千世子。

眼球を少し上に向けた。オフィスチェアーを並べて座っている黒山と雪が自分を観察していた。

すぐに紙面に目を戻す。

(わざわざ戻って二重横線を引いてる箇所がある。面白いなあ)

(あはっ、夜凪さんも疲れてるけど環蓮も疲れてる…。最後の方は横線も書き込みも増えて、二人とも必死だ…)

(…なんで順番がばらばらになってるの? 戻しておこう)

環の文字のみの1枚をいちばん上にして、続く部分も何枚か順序を入れ替え、束を時系列順に整える。

改めて1枚目を、じーっ、と見る。

このメモが箇条書きの数も文字数もいちばん多い。

(私、黒山さんのこと買い被ってたのかな? 一時的なものだといいなあ)

 

「来たのが私で良かったね」

 

そう言って、千世子はコピー用紙の束を机上に置いた。

(そもそも解釈の前提がズレてるよ、黒山さん。これは役者の仕事に就いてる者なら誰でも分かるって話じゃない)

姿勢を正して、千世子は黒山と雪に微笑み顔を向けた。

 

 

 

いや、違う、と黒山は思う。

来たのが百城じゃあ多分駄目なんだ。今の感じだと、簡単に正解に辿り着いたってことだろ?

それは、おまえが百城千世子だからだ。

 

「もう分かったの?」

「はい」

 

「答えは言わないでくれ。俺たちは自力で見つけたいんだ」

「そうですか」

 

わざわざ来てもらったりして悪いことしたな、と少し反省する。

あまり参考にならなかった、とはさすがに言えない。

 

でも、まったく参考にならなかったわけじゃない。

出来事の詳しい流れを知らない百城に分かるってことは、少なくとも役者に分がある話ってことは確定と考えていい。

 

ただ、演出家と役者では役割が違う。そこはちゃんと切り離して考えるべきだ。

歩み寄って役者を甘やかすことが有益とは限らない。

 

「1つ言っておくと…、この検証、意味ないよ」

 

百城のその言葉を聞いて、厳しいなあ、と黒山は思う。

同時に、それはあくまでも役者側からの意見に過ぎない、と思う。

そんなことを思いながら何気なく眺めていた百城の顔の雰囲気が変わった、と感じた次の瞬間、強烈な威圧感に満ちた表情がそこにあった。

 

「これが何なのか分からない役者は、そもそも役者じゃない…」

 

気圧され、委縮している自分に気づく。

やはり百城千世子は凄い。

凄いからこそ、皮肉にも今回の手伝いに不向きな役者だ。

用事が済んだことを電話で伝えている百城。

その姿を見て、検証無しでメモに取り組むほうが結局は早いか、とそんなことを考えた。

 

しばらくすると、迎えの者が鳴らした百城のスマホがブーンと震えた。

玄関口で「ありがとう」と告げると、百城はにこやかに「どういたしまして」と返してきた。

ドアを開けながら百城は「あ、そうそう、黒山さん」と言った。

半分身体をドアから出してから振り返った百城は、

 

「私、今の黒山さんの映画には出たくないなあ」

 

と告げ、その綺麗な横顔をドアの向こうに消した。

瞬時に反応した黒山は、閉じられたドアを急いで開けようとし、思いとどまった。

(騒ぐと、あいつらが目を覚ましちまう)

 

百城は俺の映画に必要なピースだ。

そのために不都合なもんは俺が全部払い除けると誓ったんだ。

羅刹女の時は、出演の準備が出来ている雰囲気だった(言ったのは王賀美だったが)。

百城は、今の俺の映画には、と言った。まさに今、俺は映画のために動いてる。

排除すべきは、今の俺の中にある何かだ。

 

PC室に戻り、コピー用紙の束を手に取る。

排除すべきは、「俺自身」という可能性もある。

短時間であいつらは大きく成長し、その間俺は足踏みしてたってことかもしれない。

メモの内容に考えを巡らせる。だが、そんなことは散々やった。

 

…全然、わからねえ。

 

 

 

(相当、まいってるなあ)

師匠のしおれている様子を見た雪は、

「別の件のほうを考えてみませんか?」

と言ってみた。

 

そっちの件は制作関連ということだった。

こんなに覇気のない状態では、演出家の得意分野で貢献するくらいしかない…。

不肖の弟子はそう考えた。

 

               第27話「不都合」/おわり




以上が、私なりのアクタージュ「scene150」となります。

必要と考えていたピースの1つに拒否された黒山はかなりダメージを受けています。
ここから黒山の本格的な「挫折」の始まりです。
千世子の登場は、黒山の挫折のところから、と私はずいぶん早い段階で決めていたので、ようやくという感じです。

そして、やっぱり千世子はいいですね。
書いていても楽しいし、イメージをすごく明確に出しながら動いてくれるので助かります。
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