『エスタージュ(S-tage)』(「セカンドステージ;役者と監督のその後」)   作:坂村因

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第28話 「ヒゲッ!」

制作関連か…。

それならたしかに楽に相談に乗れそうだ、と黒山は思う。

大量のダンボール箱で送られてきた「キネマのうた」の資料。

そのすべてに黒山は目を通している。

 

「相談内容を聞かされてない。結局二人が起きるのを待たなきゃならない」

「…あの、たぶん、私わかります」

 

「……。なんだ?」

「私自身が資料を見た時に、強烈に感じたことなんですけどね」

 

「うん。いいから言ってみろ」

「はい。キネマのうたってつまらないんですよ」

 

「柊、おまえ、…凄いこと言うね」

「墨字さん、このドラマ、面白いと思いますか?」

 

これは、面白いかどうかが問われるドラマじゃない。

今のテレビ業界に一石を投じることが狙いだ。

企画を立ち上げた中嶋さんは、かなり苦労したはずだ。

編成会議で「このままでは日本のテレビ業界は駄目になる!」くらいの力説はしたに違いない。

 

だが、あらたまって面白いかと訊かれると、たしかに引っ掛かる。

面白くない、と答えるしかないからだ。

 

「…面白くない。…と思う」

「面白くない作品に出演する役者は、どんな気持ちだと思いますか?」

 

どんな気持ちも何も、映画にせよドラマにせよ世の中には面白い作品のほうが希少で、面白くない物のほうが多いんだから、それは全役者の気持ちだろ。つまり、人それぞれ、という下らない回答になる。

そんなことにいちいちやる気を左右されるようではプロの役者と呼べない。

作品の価値なんて、面白さだけで決まるものではないし、役者だって他にやり甲斐を見出す箇所はいくらでもあるだろう。

 

「せめて良い芝居をしようって気持ちだと思うよ(一般的に)」

「良い芝居って。薬師寺真波は、見る者を楽しませなくてなにが役者か、という考えの持ち主だったんでしょ。けいちゃんも環さんも、良い芝居が出来ないじゃないですか」

 

「ほお…」

「な、なんですか?」

 

良い着眼点だな。「キネマのうた」は薬師寺真波の演じ方の見本市だ。それはそれで作品として意義があるわけだが、よりによって真波本人が「演技においていちばん大事なこと」と目していたことが無視されるのは問題だ。

見本市なのに肝心の目玉がないことになる。

 

「ちょっと考えてみるか。どうすれば面白くなるか」

「…はい」

 

 

 

雪は、自分の考えを追う。

たとえば自分にとっては「(500)日のサマー」は面白い映画だが、それは娯楽映画の面白さとは別物で、リアルに人間を描いた面白さだ。

自分の好物はそういう「面白さ」だ。

薬師寺真波の生涯でいえば、母子の戦いのあたりならそういう面白さを期待できる。

 

「キネマのうた」は娘を産む前の真波の物語だ。母子の戦いは描かれない。

第二黄金時代は、言い方を変えれば映画ブームだ。ブームが過ぎた途端、諸々の数字は急角度で落ちていった。「キネマのうた」で語られるのは、一時的なお祭り騒ぎの中で大活躍した女優の姿がメインだ。

せめて、戦後のボロボロの社会から映画ブームに火が点くまでに成した事があるなら注目に値するが、その頃の真波は特に何もしていない。

 

(面白いわけねーだろっ!)

 

メインに据えるべきはブームが去った後だ。

凋落の勢いが止まらない中、女優としてのプライドの高さ故に実の娘と本気の戦いをする。「キネマのうた」という題名も、ぐぐっと趣を増すだろう。

直前に語られた第二黄金時代が「まるで夢を見ているような日々だった」という雰囲気になり、対比が映える。

ストーリーの起伏も豊かになり、全体のバランスを良くする方向に作用する。

 

(真美を出せ! 真美を!)

 

使うなら、子役時代、12歳、15歳以降。

子役時代は、皐月ちゃんで問題ない(カツラを変えればいいだけだ)。

15歳以降は、もちろんうちのウエポン夜凪景(出番も増えて一石二鳥)。

環さんには、真波の20歳から40代半ばまでを演じてもらう(うん、何の問題もない)。

 

…そもそも、薬師寺真波が限界からさらに伸びを見せるという規格外の大女優になったのは、母子の戦いがあったからだ。

 

真美12歳役はどうしよう…。

ここが真美の存在として、もっとも意味の深い時期だ。

これは難問だ。墨字さんに訊いてみよう。

 

 

 

黒山はPC室でパソコンをいじっていた。

「キネマのうた」を面白くする考えは、「大掛かりな変更をしない限り無理。つまり、無理」という答えに辿り着いてしまったので、別の気掛かりなことを調べていた。

 

夜凪の嘔吐についてだった。

何故こんな深刻な問題を放置していたのか。とりあえず夜凪の吐き気が消えたと知り、結果オーライで流してしまった。

過去の知人2名の事例もあった。知人のことはヒトゴトで流した。ただ、それが夜凪の話なら、どう考えても流していいはずがない。

 

以前の自分は違った。放任主義を貫きつつも、大事な部分では丁寧に導いてきた。

巌さんの病気のことで「私どうしよう」と泣きついてきた時も、放任主義のポーズとして「知らん」と突き放したが、結局はその場でちゃんとアドバイスした。

 

いつからだ? いつから自分は変になった?

自分の映画の話を具体的に動かし始めてからだ。判り易過ぎるくらいに明白な転換期だ。

 

環から夜凪の症状を聞いた時、すぐに代役のことを考えた。以前の自分は、あんな諦めのいい男じゃなかった。明らかに判断力が鈍ってた。

自力でなんとかしてしまった夜凪を見て、「放っておいてもこいつなら勝手に何とかしてくれる」という自分に甘い判断をした。

適切な距離を確保した上で歩み寄っていたつもりが、歩み寄りがまったく足りていなかった。

そりゃあ百城にフラれるわけだ。今の自分は全然駄目だ。

 

パソコンを操作するも目当ての情報は見つからない。

いろいろな単語を組み合わせて何度も検索を試みる。だが、それらしいものがヒットしない。

やがて、ようやく1つの記事を見つけた。

 

…立体音感。

 

なんだ、これは? 立体音響なら耳慣れた単語だが「立体音感」は初めて見る。

さらに調べる。

学術論文の数が少ない。少ない理由があるのかもしれない。とにかく読むしかない。

難しい内容ではなかった。興味深い記述が多く見られた。

これか…。

 

 

…これが、薬師寺真美の例の不可解な能力の正体か。

 

 

しかし、なんて化物じみた能力だ。こんな能力の持ち主は、超人と呼んでいいだろう…。

しかも、訓練により鍛えて得た能力ではなく、真美の物は生まれつきだ。

 

さらに論文を読み進める。

実際にあった出来事と照合して考えてみる。

すべて辻褄が合う…。

 

 

 

雪は、黒山の背後から黒山が見ているディスプレイを覗き込んだ。

表示されているのは医療に関する物のようだ。何かの記事か、論文か。

とりあえず、「キネマのうた」を面白くするための話とは無関係な作業のような気がした。

小さく、

「あの…」

と声を掛けてみる。

返事はない。すごく集中してパソコンと向かい合ってる。

 

雪は無言で、黒山の肩を、ちょいちょい、とつついてみた。

首だけで振り返った黒山は「すまん。後にしてくれ」と言って、すぐにディスプレイへと顔を戻した。

雪は、踵を返し、静かにその場を離れた。

 

事務所のある建物の外に出て、夜の歩道をしばらく歩く。

スタジオ大黒天からやや離れた場所に、ちょうどよく立っている街路樹たち。

どの樹でもいい。適当に蹴り易そうな樹を選ぶ。

 

「ヒゲッ! ヒゲッ!」

 

ドン、バサバサッ、ドン、バサバサッ、というリズムだった。

蹴った足は痛くないし、樹も丈夫だ。

(初めて蹴ったが、なかなかに蹴り心地がいい)

これからは、何か気分をスッキリさせたい時にお世話になろう。

 

12歳の真美は、「見様見真似の所作なのに、その演技が一流の域に届いている」という難しい芝居をこなさなければならない。

見た目的に皐月ちゃんもけいちゃんも年齢が合わない。

ちゃんと12歳に見えて、それでいて難しい芝居が出来る役者…。

さらに、皐月ちゃんとけいちゃんの間に収めても違和感が出ない顔立ちの役者…。

 

「ええい、誰も思い当たらん!」

 

雪は、ふたたび1発蹴りを出した。バサッ、と樹が揺れた。

これは、オーディションをするしかない…。

 

どうすれば面白くなるかを懸命に追及するあまり、大きな変更は難しい、という現実が思考からすっぽり抜けている雪だった。

 

               第28話「ヒゲッ!」/おわり




以上が、私なりのアクタージュ「scene151」となります。

自身初となる大作映画に取り組み始めたことで、平常を保てていなかった黒山。
初なのにいきなり全てを順調に動かせるほうが不自然なわけで、いろいろ失敗するのが黒山の人間らしさです。
もとより才能は有るんです。ちゃんとパワーアップして復活することでしょう。

私は、雪をそれなりに才能のある人物として書いているつもりです。
活躍の場も一応考えています。
怒りで街路樹を蹴っている雪ですが(←無論やってはいけないことですね)、現状では「キネマのうた」の問題点について黒山より正しく判断出来ている気がします。
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