『エスタージュ(S-tage)』(「セカンドステージ;役者と監督のその後」)   作:坂村因

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第35話 「会議室にて」

雪は、感情が態度に出ないよう気をつけて、ついに口を開いた。

 

「子供たちの昼食の準備がありますので、私そろそろ戻らないといけません…」

「…えっ。そう…。でも、これ急ぎだよね」

 

中嶋がスタジオ大黒天に来ることになった。

食材が足りないので、中嶋には出前を取ってもらうことにした。

黒山が「俺も出前にするか」と中嶋に合わせたので、雪が作る昼食は3人分となった。

 

食べながら原稿を読む中嶋。

これは忙しい人にとって当たり前の行動で、(行儀が悪い)と指摘するのは野暮なことだ。

でも、ルイとレイにはあまり見せたくない光景だな、と雪は思う。

 

大量の付箋箇所について、質問と回答を終えると、中嶋は、

「じゃあ編成部に行くけど、時間大丈夫かな?」

と、雪に訊いてきた。

 

黒山が「チビたちの面倒は見てるから行ってこい」と言う。

雪は、

「私は面白くなるアイデアをけいちゃんに言いたかっただけなんです…」

と、感情を抑えて呟く。

 

それなのに、次々と大変な思いをさせられ、しかも何故そんな目にあうのか分からない。

ルイとレイの手前、大声を出す訳にはいかないが、かなりイライラしていた。

 

黒山が、仕方がない、説明してやるか、という感じで口を開いた。

 

「役者に言ってもしょうがないだろ。脚本家に言わないと…。まあ、まともに相手にされないけどな」

「…はぁ、脚本家。そして次は監督ですか?」

 

「そんな我儘が許されるか。次はプロデューサーだ。で、大抵はここでジ・エンドだ」

「ジ・エンド…。そりゃあ、まあ、せっかく頑張って通した企画ですし、そうなりますねー」

 

「そもそもだな。その次って言ったら局の編成部だぞ。予算も人もたくさん動くんだ。簡単に辿り着けるはずがない」

「ほほぉ、では局の編成部でほぼ決まるわけですね…」

 

「あとは、現場に話が行くんだが、慎重にやるなら雪隠詰めだ。チーフとAD以外に話を通してしまう。台本も渡してしまう」

「外堀を埋められるわけですか。そうなるとさすがにチーフ監督も折れるしかない、と…」

 

「柊、台本作るのも同席してやれ。いちばん時間が掛かる工程だ。発案者がいると大幅短縮になって皆助かる」

「え? は、はいっ!」

 

ここで、中島が両膝を床に突き、すっすっ、と膝を開いて腿の上に手を置いた。

なんかで見たことのある動作だな、と雪は思う。

中嶋は、両手を床に突いて頭を低く下げた。

 

 

「よろしくお願いいたします!」

 

 

(…お、おおぉ?)

 

 

 

 

 

編成部第二会議室。

12名の平均年齢が高そうな人たちを相手に、雪は奮闘する。

中嶋の出番は雪の紹介だけで終わり、後は黙って座ってるだけで、やがて眠ってしまった。

中嶋は年齢的に仕事量が多い時期で、しかも掛け持ち中で、連日の徹夜に疲れている、とのこと。

 

男性が8名、女性が4名、そのうち6名は台本担当者。

台本担当者は質問してくることが少なく、読むほうに重点を置いている。

他の6名は、互いに意見のやりとりをして勝手に議論してくれる。

とはいえ、「柊さん」と声を上げる者が途切れることはほぼ無く、雪は質問に答え続けた。

やがて、3名の人員が会議室に増えた。

いずれも台本担当者。

台本の9名はそれぞれノートパソコンで文章の作成を始めた。

 

盛んに議論をする6名からの質問は、その内容の質が草見や中嶋とは異なっていた。

 

「真波の18歳から21歳を見たい人もいるんじゃないかなあ」

「私は見たくありません。だから削りました」

 

1つ質問に答えると、その後しばらくは「文句を言いたい人がいるだけで見たい人はいない」「削ったほうが17歳までを違和感なく見られるね」と勝手に議論してくれる。

 

「序盤の真波の才能の説得力はこれでいいんですか?」

「……。これでいいんです(どういう質問だよ?)」

 

議論は、「撮影所の人間の反応の薄さが気になる」「そこは役者の技量に合わせてるんじゃないか」「なるほど、よく練られてるな」という感じ。

 

「違います! 役者の技量の問題じゃありません。そこは、…そうなるのか、じゃなくて、そうなるんじゃないだろうな、なんです。そうなるんじゃないだろうな、と思わせなきゃ白けるんです。そうなるのか、と思われたら負けです!」

 

議論は、「わかりやすいほうがいいと思うけどなあ」「白けるってのは納得ですよ」「ここ、この文代の反応が良いですよ。ここが光る」という感じ。

 

「食卓のところ、もう少し増やせないかな?」

「増やせません。それでぎりぎりです」

 

議論は、「これ、人気あったんだよ。真波の新境地でもある」「見せ場は押さえてありますよ」「がっつり見たい人も多いと思う」「がっつり見たい人はそれこそ食卓を見ればいいじゃないか」「次々と作品が出てくる中で食卓が来た時、わかってるねえ、と言わせたい」「うん、言わせたい」という感じ。

 

「言わせます。だから、現状で既に尺は多めなんです。晩年を少し削ってまで多くしたんです」

 

「晩年と言えば、これ、当時に作品を見てない人がけっこういますよ」

 

「なんで当時に見てる必要があるんですか? 名作ダイジェストじゃないんですよ」

 

「でも晩年の真波が冴えないというか、真美のほうがかっこいいですよ、これ」

 

「真美はかっこよく書いたんだから、かっこよく見えて当たり前です」

 

「でも、喫茶店のシーンなんて真波がピエロですよ。見てて辛くなる。暗いよ、ここ」

 

 

「暗くないっ!」

 

 

雪が大声を出して、ついでに机を、バンッ、と叩いてしまったので、会議室は静まり返った。

 

「失礼しました。…暗いんじゃなくて、ここは泣けるんです。実の娘への敗北感と嫉妬で喫茶店に逃げたんです。なのに客が喜ぶ空気が皮肉なんです。芝居を見せてとせがむ熱狂的ファンの客までいるんです。その皮肉がお洒落な店内の中で際立つんです。泣けます。見せ場です。ここをピエロと思わせる作品にしたくありません」

 

議論は、「柊さんの言う通りに視聴者に伝えられたら、たしかに深い」「役者の責任が大きすぎる。ここの芝居は難しい」「環蓮はやりますよ」「8年ぶりに女性が主演と謳ってるんだ。見せ場だよ、たしかに」という感じ。

 

雪は(大声を出してしまった)(←机を叩いたのは無意識なので自覚無し)と反省し、気を鎮めようと軽く息を吐く。

そして、1つの光景が雪の目に映る。

それは、台本担当組が出力したばかりのページに手書きで傍線を引いている光景。

 

「あ、あの、傍線、何やってるんですか?」

 

「ああ、分業だと手書きのほうが速いんだ。原始的に見えるけど効率的なんだよ」

 

「そうじゃなくて、傍線引かないでください」

 

「見慣れてない人は驚くかも知れないけど、まとめてからコピーする。このほうが速い」

 

「草見さん。草見修司の連絡先わかる人いますか? 連絡してください。傍線、一旦ストップです」

 

会議室は一時ざわついたが、1人がスマホを取り出すと静かになった。

草見と電話が繋がったらしく、雪はひとまず安堵する。

 

「電話、代わってください」

 

その旨は伝えてくれたようだが、「怒られるからヤダ、だって」とスマホの持ち主の男性が言った。

雪は男性のほうへと歩いて行った。

雪が辿り着く前に男性は、「あっ、切られちゃった」と呟いた。

 

草見の話では、「あと10分ほどで終わるから、終わったらメールで送るから待ってて欲しい」、とのこと。

会議室の動きはその間、止まった。おしゃべりする者もトイレに立つ者もなく、中嶋のイビキの音だけが室内に流れていた。

 

15分ほどが過ぎ、台本担当組から「届いた」という声が上がった。

そして、それぞれが自分の担当範囲を見ながら、「前回と同じ書式だ」「傍線、位置がかなり変わってる」「傍線、増えてる」等と口にした。

 

その中の1人の女性が、

「タイトルの下に、脚本:柊雪、とあるんですけど、いいんでしょうか?」

と言った。

 

「いいわけがありません。ちゃんと草見修司に直してください」

 

「あっ、大丈夫です。ちゃんと、シナリオ監修:草見修司、になってます」

 

「大丈夫じゃありません。脚本:草見修司、に直してください」

 

雪は声には出さなかったが、「シナリオ監修」に呆れていた。

シナリオ監修は、内容に間違いがないかをチェックするだけの人だ。大層に見える肩書きに反して、作品への関与はけっこう小さい。

一方、脚本は脚本監督よりも上位。エンディングが流れる時のクレジットの扱いも断然大きい。

 

「草見修司!」

 

突然、目を覚ました中嶋が口走った。

 

「売れますよ、本。今回のは面白い。今まで何故か本は売れなかった草見修司。今回は違う!」

 

「別件ですので。寝てていいですよ、中嶋さん」

 

雪にそう言われ、「…そうですか」という言葉と共に、中嶋は再び寝た。

 

台本担当組から「たしかに面白かった」「うん、出来事1つ1つの配置が良い。文章も読みやすい」という声が上がった。

 

「中嶋はそっちの担当もしてるからさ。びっくりさせてごめんね」

 

雪は「いえ、気になさらず」と答え、横で寝ている中嶋を見た。

毎日が大変なんだろうなあ、と思う。

でも、自分もけっこう身体がキツイ感じになってきたなあ、と思う。

ここ2日間だけとはいえ、雪にとってはかなり過密なスケジュールだった。

 

「上がったページから回しますので、足すとこ引くとこ、風味の間違い、解釈の間違い、ばんばん指摘してください」

 

そう言って台本担当組は出力した原稿を雪のところに運び始めた。

 

(よっしゃああぁ。かかってこい!)

 

雪は赤ペンを構え、原稿をじーっと睨む。

文字を目で追い、イメージと異なる箇所には容赦なく朱筆を入れる。

朱筆を入れた原稿は、2校目には完全に修正されて戻ってきた。

優秀な人たちだ、と雪は思った。

 

               第35話「会議室にて」/おわり




以上が、私なりのアクタージュ「scene158」となります。

この会議の様子は、私の実体験を参考にしていますが、もちろん実際にはこんなスムーズな流れじゃないと思います。
少なくとも私が知っている制作関連の会議は、雑談が飛び交う代物でした。

今回は完全に雪ちゃん回です。
草見の「怒られるからヤダ」はキツイですね。
草見は、ちゃんと傍線部を修正する作業を大急ぎでやってくれていたわけだから、堂々と電話に出られるはずなんです。
この電話で怒られる理由なんてありません。

雪は、草見に「怖い人」という印象を持たれてる、と感じてしまうでしょう。

黒山の下に長くいるせいか、やや口の悪さがうつっている気はします。
でも、優しくて気遣いが出来る良い子です。
「怖い人」扱いは可哀想ですよ。
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