『エスタージュ(S-tage)』(「セカンドステージ;役者と監督のその後」)   作:坂村因

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第40話 「有能な者たち」

劇団天球。

夜凪と劇団員による稽古は2周目が終わろうとしていた。

45分ドラマの5話分。芝居の部分だけを抜き出しても、合計で2時間近くある。

 

「しっかし、うめーな。景のやつ…」

 

七生は、代役を務める劇団員と夜凪の芝居の違いに注目していた。

(あまりに違い過ぎる…)

天球のメンバーは実力派揃いだ。それは、舞台での芝居に特化された力だ。

舞台演劇をやるなら、その特化された力を揮えばいい。

 

…映像作品のオーディションに取り組んだほうがいいかもしれない。

 

巌亡き後、劇団天球の興行成績は落ち込んでいる。

 

阿良也は、劇団の知名度を高めるために動き回っている。

大きめの仕事を取ってくることもある。

はっきりいって、阿良也に頼りっきり。阿良也1人に背負わせてしまっている。

 

天球メンバーの生きる場は舞台の上だ。それは今後も変わらない。

だが、知名度を高めたり、集客力を上げたりする努力は他の団員でも出来る。

巌がいた頃から、いろんなオーディションを受けている団員は幾人かいる。

彼らの中で、まともな役を勝ち取った経験がある者は1人もいない。

手っ取り早く貢献するには、ドラマや映画やCMに出演するのがいい。

だが、現実問題として、オーディションでことごとく落とされてしまう。

 

2周目が終わり、水分補給している夜凪に、七生は声を掛けた。

 

「景、…うちのメンバーがオーディションで落ちまくってるんだけど、理由わかる?」

 

ペットボトルの水を飲みながら、きょとん、とした目をこちらに向ける夜凪を、七生はじっと見つめる。

夜凪は、以前ルイとレイのことについて阿良也から質問された時のことを思い出していた。

これは、嘘を吐かず、本音で答えて欲しい類の質問だ。

 

 

「ヘタクソだからだと思う」

 

 

はっきりと、大きめの声で、夜凪は本心を口にした。

予想通りの回答とはいえ、七生は(ぐっ)と心の中で呻き声を上げた。

直接、ずばりと言われると、やはり堪える。

 

初めて劇団天球に夜凪が来た日、夜凪がやってみせた「列車の乗客の芝居」は恐ろしく高いレベルだった。

全体的に、細かすぎて不親切な芝居。

舞台演劇には不向きな演技。

だが、レベルはたしかに高かった。

 

列車の振動に合わせて身体を小さく揺らし、車窓から外を眺めるだけの芝居だった。

まったく不自然さを感じさせない「列車の乗客」の佇まいは、見知らぬ人から同席をお願いされるという「アクシデント」が発生しても、微塵も崩れなかった。

 

…その芝居のレベルは、阿良也の域に届いている、とさえ思った。

 

「景。あんた、うちの連中が今後の練習で、受かるようになる可能性はあると思う?」

「…あ、あるに決まっているわ!」

 

 

 

ここから何故か夜凪の力説が始まった。

七生の前に駆け寄ってきて語り始めた夜凪。

その周りに他の劇団員もわらわらと集まってきた。

 

…夜凪は大いに語った。

 

身振り手振りを交えながら、自信たっぷりに「可能性」について述べた。

夜凪は、劇団天球が有能集団だと知っている。

必然、言葉に力が入る。

 

劇団天球メンバーの実力が如何に高いか。

客の意識を舞台に集中させる雰囲気作り。演者から滲み出る心情のコントロールの巧さ。抑揚の変化のさりげなさ。見る者の心を揺さぶる絶妙な表情作り。稽古における役作りの正確さ、等々。

そういう天球の良い部分を、「あなたたちは芝居オタクなのよ(自覚するべきだわ)」という1つ間違えば暴言になるような言葉を交えつつ語った。

 

そして、夜凪は、

 

 

「でも、テレビの前に客はいない…」

 

 

と、問題の核心を告げた。

 

テレビ画面の前にいる人は客ではなく視聴者だ。

その違いは物凄く大きい。

映画館にも客はいるが、それは限りなく視聴者に近い客だ。

テレビ画面ではなく大きなスクリーンで見たい。

映画館で映画を見る行為そのものが好き。

そういう人たちだ。

映画館が、舞台とは違う最大の要素は「同じ映画を何度も観られる」という点だ。

映像作品と舞台演劇作品は、鑑賞者の質が違う。

 

七生は、4時間ぶっ通しで色んな人の色んな役を演じて疲れているはず、という理由を添えて夜凪に休憩するように言った。

しばらく劇団員だけで今の芝居をやってみせるので、それを見ながら身体を休めてほしい、と言葉を続けた。

 

「気づいたことがあったら教えて、駄目出しとか」

「…わかったわ(ちなみにまだ疲れてないわ)」

 

七生は、何故か稽古場を歩いていく夜凪の後ろ姿を見つめた。その後ろ姿はやがてパイプ椅子へと辿り着き、夜凪はそれに座った。

(いや、監督をやれ、とは言ったわけじゃないんだよ、景)

まあ、いいか、と七生は思う。

 

劇団員たちによる芝居が始まった。

1つのシーンを通しで終えると、夜凪から「カット、OK」の声が掛かった。

 

「はい、君、合格。採用!」

「ちょ、景っ!」

 

「七生さん。オーディションは相性のお見合いの場よ。私が合格と言ったら合格なのよ」

「いや、そもそもうちの奴らは書類選考で落ちるんだよ!」

 

「……。それはっ!」

 

七生は、夜凪の「それは」の続きを待った。

だが、夜凪はしばらく固まってから「次のシーン始めてください」と声を出し、返答をあやふやにした。

返答無しかよ、と七生が思っていると、夜凪の「カット!」の声が鋭く響いた。

 

「亀太郎さん。台詞の後、睫毛に悲しみを帯びさせる感じで」

「睫毛? 眉毛じゃなくて?」

 

「スタート!」

「……。」

 

再び、亀太郎が芝居を始め、すぐにカットとなった。

 

「より悪くなったわ。演技がバラバラよ」

「すみません(睫毛に気を囚われて他が疎かになってたか?)」

 

次のテイクでOKが出た。

その後も、夜凪はどんどんシーンを進めていった。

 

「おさげを上下させて、弾むような感じで」

 

「唇は、悔しさが隠し切れない感じが欲しい」

 

という難しい指示が頻発されていた。

七生は、(まずい。もうすぐ私の番だ)、と少しビビる。

特に、おさげの上下が強烈だった。

指示を受けた千鶴は、歩行の動揺でそれを作り出す工夫を見せた。

七生は、(千鶴、上手い。おさげなんて実際はないのに、ちゃんと上下に揺れてる雰囲気が出てる)、と思った。

だが、夜凪は「ちっとも弾んでない。あと歩行が不自然」と評価した。

何度テイクを重ねてもNGになるので、夜凪が「お手本を見せる」と言って、実際にやって見せた。

千鶴が「わかりませんでした」と返事したので、夜凪はもう一度手本を見せてくれた。

七生も一度目で(さっぱりわからん。たんに楽しそうに歩いてるだけじゃん)と感じたので、二度目は注意深く見た。

 

夜凪は、歩行の動揺の隙にこっそり首の動きを挟んでいた。

 

頭と肩の動きは普通なので、全体を見れば不自然さは無い。

そして、今はロングストレートの夜凪がもし髪を実際におさげに結っていたら、あの首の動きを使えばたしかにおさげはぴょんぴょん弾む。

 

唇の、「隠し切れない感じ」、も何気に難しかった。

評価の言葉も容赦がなく、「ほんとに隠してどーするの?」「悔しく見えたら駄目」等と厳しかった。

 

七生は、ついに来てしまった自分の出番に(よしっ!)と気合いを入れ、稽古場中央に歩み出た。

1テイク目の途中でカットが入った。

 

「その微笑みは、浮かぶ感じじゃなくて広がる感じで」

 

一段と難しい注文に、七生は(ぐぐぐ…)と歯噛みした。

広がる、というのは、じわじわと領域が大きくなっていくイメージだ(たぶん)。

そう考えて臨んだ2テイク目は「カット。惜しい。広がりが足りない」と評価された。

なるほど、領域の大きさが足りなかったのか、と思い、それを実行した3テイク目でOKが出た。

 

「さっきの返事だけど、書類選考が重視されないオーディションを狙うしかないと思う」

「え、ああ…(忘れてた)」

 

「美男美女を求めるオーディションだけじゃないのよ。ようするに履歴書に箔がつけばいいだけだわ」

「…だね(別にうちはブサイク集団って訳じゃないけどな)」

 

「数を撃って、箔につながる役をものにする。そういう地道さが大事だわ」

「うん、まあ、正しいと思うよ…」

 

「というわけで、皆さんも明日の勉強会に参加しましょう」

「…は?」

 

 

 

夜凪の狙いは、5話目に数回登場するモブだ。

適当に集められることが多いモブ役は、当然まだ誰がやるかなんて決まっていない。

制作側としても人集めの手間が1つ減って助かるし、劇団天球ならモブとしては贅沢なレベルだろう。

 

「それ、配役って言わないやつでしょ。履歴書にも書けないよ」

「実はこのモブは7話目にも9話目にも出番があるのよ」

 

「だから、出番が多くても役に名前がなかったら意味ねーって言ってんの」

「名前なんて貰えばいいのよ。なんなら明日持っていく履歴書に(役名があるなら三井七子を希望)とでも書いておけばいいわ」

 

「…待った。それは、…そういうのは普通なのか?(私らは舞台専門だからテレビはよくわからん…)」

「ふっ、それを私に訊くのは愚問ね。ただ、やって損することなんてないと思うわ」

 

劇団天球メンバーの中で、明日の都合がつく11名が、アポ無しで勉強会に参加することになった。

その後、夜凪は稽古を3周こなした。

劇団員は、夜凪から受けた難しい指示のおさらいをしながらその相手役を務めた。

 

 

 

翌日、犬井邸。

黒山、雪、ルイ、レイ、夜凪、環、が集まった。

皐月は呼ばれなかった。皐月にとって、特に意義のある内容の勉強会ではないからだ。

 

劇団天球メンバーの11名は、「5話目からのモブ希望です」と言って犬井に履歴書を渡した。

犬井は、「11人か。助かるな。担当に渡しとくよ」と履歴書の束を受け取った。

 

「見学していてよろしいでしょうか?」

 

亀太郎が、すっ、と頭を下げた。

会場となったリビングはそこそこ広く、11名は窓側に並んで座って見学することを許可された。

 

勉強会の流れは、以下のような感じ。

 

夜凪が1話目から5話目までの全登場人物のすべての芝居を演じる。

その芝居を見て、チーフ監督の犬井が指示を出す。

同じくチーフ監督の雪は、犬井の隣に陣取り、自分なりに指示を出す。

黒山、ルイ、レイ、環、の4人は、ただその様子を見学するだけ。

後で、ルイとレイを除く全員で色々話し合う。

 

黒山からダブルチーフ体制の話を聞いた時、雪にはほんの少しだけ嫌な予感があった。

黒山の「今回の勉強会は遊びみたいなもんだ。気楽に楽しめ」という言い回しにも怪しさを覚えた。

また、うまいこと言って自分を大変なことに巻き込むつもりではないか?

とはいえ、映画監督になるための勉強の場としては、自分には勿体ないほど豪華な環境であることはたしかだった。

 

今朝、師匠が、「俺はスランプ中でもあるし、しばらくは弟子に色々教えることで時間を潰す。今まであまり見てやれなかった分、しっかりと鍛えてやる」、と言ってくれた。

 

これは嬉しかった。

師匠がスランプに苦しんでいることは心配すべきだが、やはり嬉しかった。

スランプのような機会でもない限り、「世界の黒山墨字」が自分のために時間を割いてくれる日々なんてもう訪れないかもしれない。

 

…貴重な日々になる。

 

雪は、(遊びと思わず、厳しく真剣にやろう)、と気合い十分の状態だった。

 

 

 

夜凪の芝居が始まった。

特に滞ることもなく、順調にシーンは進む。

雪の目から見て、夜凪の演技に修正が必要な個所はなかった。

犬井も何も言わなかった。

 

そして、1話目の全員分のすべての芝居は約20分で終わった。

 

2話目へと突入した。

やはり口出しが必要な個所はない。

役の理解は登場人物全員分が完璧だ。台詞や所作の意図と心情も正確に把握している。

たぶん、犬井も同じように判断しているだろう。

 

3話目が終わった時点で、犬井も雪も、一言も発していなかった。

ここで犬井が、

 

「黒山、聞いてた話と違うじゃねーか」

 

と、特に不満という感じでもなく平坦な声でそう言った。

黒山は、「まあ、5話目まで見ましょうよ」と答え、犬井は「いいけどな。良い物を見る時間てのは楽しいもんだ」と応じた。

 

4話目も終わり、5話目となった。

犬井が、

「せっかくだからモブに入ってもらおう」

と提案し、劇団天球メンバーの11名も芝居に参加した。

 

雪は、夜凪のチェックはもちろん、モブも厳しく見てみよう、と思う。

しかし、モブの11名は上等すぎるくらいの動きを見せるだけで、口出しする箇所はどこにもなかった。

雪は、両手指で四角を作り、演じている12名をフレームに入れるイメージを確認した。

それを見た犬井も、四角を作って芝居を覗いた。

 

「このシーン、映えますね」

「映えるね」

 

「ひたすら良いだけで、なーんにも言うところがないですね」

「ないねえ」

 

…そのまま、5話目が終わった。

 

犬井が、

「なんだ、これ?」

と言った。

 

雪も、(ほんと、なんだ、これ?)、と思った。

 

 

 

黒山が、「こうなる予定じゃなかった」と大きめの声を出した。

汗を拭いて、ふぅ、と息を吐く夜凪の元に駆け寄り、黒山は「なんで全部出来ちゃうんだよ」と口走った。

さらに、夜凪には「せめて1箇所くらいミスるだろ、普通」と言い、天球メンバー11名に向かって「お前ら、モブは普通そんな立派な芝居はしないんだ」と言った。

 

「あーあ。あれが役者に言う言葉かよ、最悪だ」

「師匠はスランプ中らしいです」

 

「そうか、大変だな」

「大変ですよ、ほんと」

 

ここで雪は、

 

「こらっ、黒山墨字っ! 役者が戸惑ってんだろ。アホか、お前は!」

 

と厳しい口調で告げた。

 

「柊、今日の勉強会はこういうことじゃないんだ」

「うん、いいから。…まず、役者さんたちに詫びなさい」

 

黒山は、まず劇団天球メンバーたちに丁寧に頭を下げて「申し訳ありませんでした」と詫びた。

次に、夜凪の前に立って、同じく「申し訳ありませんでした」と頭を下げた。

 

               第40話「有能な者たち」/おわり




以上が、私なりのアクタージュ「scene163」となります。

夜凪が、天球の劇団員相手に監督のようなことをしました。
さぞ楽しかったことと思います。
自分の指示で他人が動き、良い物が出来上がる、そんな体験。
他人に教えることで自分の勉強にもなる典型でしょう。

そしてスランプ中の黒山。
夜凪の実力を完全に見誤ってます。
人格的にもスランプですね。
こんなヒドイ発言をする人間じゃないはずなんです。

早くスランプから立ち直ってもらいたいものです。

そして、ルイ、レイ、環、の3人はかなり暇だったことでしょう。
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