『エスタージュ(S-tage)』(「セカンドステージ;役者と監督のその後」)   作:坂村因

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第41話 「ワクワク」

「原因とか、なんか聞いてるかい?」

「大作映画初挑戦のプレッシャーと言ってましたね」

 

「あいつ映画撮るのか。そりゃ結構な話題になりそうだな」

「犬井さんは初挑戦のプレッシャーとかどうでしたか?」

 

「あったよ。でも俺は若かったからなあ。24の時だ。一気に突っ走ったよ」

「す…、黒山は8月で37歳です。もう突っ走れない歳なんですかね?」

 

「37か…。普通は突っ走れない歳だろうな。いろいろ考え過ぎて迷いまくる」

「黒山は普通じゃないんですか? 海外で賞を獲ったこととか?」

 

「そうじゃないよ。普通は業界で山ほど経験を積むんだ。頭でっかちになって突っ走れなくなる」

「なるほど。黒山は業界で仕事してませんね。ずっと海外を飛び回ってたそうです。私が下に付いてから6年ほどですが、とにかくいつもどこかに行ってますね」

 

ここで夜凪が、犬井と雪の会話に割って入り、

「もう勉強会終わりですか? 私、もう2~3周いけますよ」

と、頬を赤く上気させながら機嫌良さそうに言った。

 

「夜凪は今日、どうだった?」

「全力でやりました。気持ち良かったです。課題も難しくて楽しかったです」

 

「役者らしい良い返事だ。役者は余計なこと考えず、常に役者に全力だ。今日の芝居も良かったよ」

「ありがとうございます」

 

雪は、(犬井さん、いいこと言うなあ)、と思う。

ただ、自分としては監督の仕事の練習をもっとしたかったのが本音だ。

 

(演技を見るのも仕事だし、楽しかったけど、指示とか出したい)

 

雪は、(ダメもと)と思いつつ、天球メンバーのキネマのうたを見せてもらえないか、と夜凪に訊いた。

昨日、半日だけとはいえ、夜凪の稽古に付き合っているので「キネマのうた」の芝居もある程度は頭に入ってるはず、という読みだった。

 

「駄目です」

「いや、けいちゃん。訊くだけ訊いてみてよ…」

 

「雪ちゃん、プロでしょ。舞台と映像がどれだけ別物か知ってるはずだわ」

「でも、モブの芝居とかいい感じだったし、訊くくらいは…。お願いします…」

 

夜凪は「一応、訊いてみるわ」と言い残し、並んで座っている11名のほうへ歩いて行った。

二人のやりとりを聞いていた犬井が「無茶なお願いだなあ」と呆れたように呟き、雪は「やっぱり指示とか出したいんですよー」と本音を吐露した。

 

 

 

劇団天球メンバーの11名がリビングの中央に歩み出た。

そして先頭の七生が、

「夜凪さんから、お願い断って、と言われましたが(←七生はキッパリとした性格。そして巌同様、政治的な交渉事は嫌い)、それとは関係なく断らせてください。飛び入りで参加した立場上、リクエストに応えたい気持ちはあります。ですが、私らは舞台役者です。映像用の芝居はド素人です。無様な芝居で勉強会のお役に立てるとは到底思えません」

と、迷いなく語った。

 

雪は、ちらっと夜凪を見た。

すぐに、顔の向きを正面に立つ迫力たっぷりの11名へと戻した。

(けいちゃん、頭を抱えて床に突っ伏してた。私のせいだ…)

 

「で、ではモブ。あの5話目のモブのシーンはどうでしょうか。次は発声有りで」

「それなら、まあ…、では勉強会に協力させてください」

 

綺麗な姿勢で、七生は頭を下げた。

それぞれの立ち位置へ向かおうとする11名の背中。

犬井は、履歴書の束を取り出して束をめくり、全員分の内容に目を通した。

束を手渡された雪もそれに倣った。

 

11名が合図待ちの状態になったのを確認した雪は、隣の犬井の顔を見た。

犬井が小さく頷いたので、雪は「スタートっ!」の声を響かせた。

 

 

 

全体の動き。

不自然な動きで悪目立ちする人はいない。

そして、新要素の音声。

雪の耳に入ってくるのは、程よく小さい音量で、声量や内容に統一性のない「人の声」から生まれるざわつき。

…上手い。

大音声が標準とされる舞台役者の物とは思えない。

 

「……! カット!」

 

ぴたりと止まる人の動きと音。

雪は、履歴書を見ながら、

「横山一平さん。離れた場所にいる人に向けた大きめの声が良かったです。でも、ぎりぎりフレーム内です。一歩右にフレームアウトして声量上げてみてください」

と指示を出した。

 

テイク2を開始させようとする雪を、「待って」と犬井が留めた。

 

「今のフレームはどうやって決めたの? あと、フレームアウトさせた意味も教えて欲しい」

「えと、フレームは前回に決めました(犬井さんも両手指のフレーム作ってましたよね)。フレームアウトは、声を向けた相手との距離が近いんです。一緒に映ってたら変だし、声量もあとちょっと欲しかったんです」

 

それを聞いた犬井は立ち上がり、11名のほうへ行って色々しゃべり始めた。

犬井が雪の隣に戻ってきた時、リビング中央には4名が横列に立っていた。

 

「田井中千鶴、真波やります!」

「青田亀太郎、安田やります!」

「田沢涼子、文代やります!」

「竹原浩太、戸井口やります!」

 

犬井は、「なんとか了解してもらった。実際、彼らは映像用の芝居も出来ている。モブの芝居だけでも判るレベルだ。せっかくの勉強会だ。有意義な物にしたい。…というふうに説得してきた」、と雪に告げた。

 

1話目の真波が1人立っている状態が整うと、

「スタート」

と、雪は声を張った。

 

千鶴は、ぼーっとした雰囲気で建物内や門柱を見て、表情が突然、目の瞬きと共に星が散る、という感じの「8歳」の物に変化した。

雪が、(上手いんだけど、これは違う)と思い、カットの声を出そうとし時に、「真波役、田井中から三坂七生に代わります!」という大声が出された。

きびきびとした動きで中央に出てきた七生は、「勝手にごめん、千鶴」と言い、1話目の待機の姿勢を作った。

 

雪は、(なるほど)と思う。

4つの役の中で、「真波」は段違いに難しい。

モブの中でも七生の動きは一際上手かった。

千鶴には荷が重いと判断して、自分が出てきたのだろう。

 

11名の中でいちばん年下で小柄で童顔の千鶴は、「8歳に近づけやすい」という理由で七生に指名された。

だが、七生は知っているはずだった。

昨日も今日も、18歳で168センチの夜凪の「8歳」が見事だったことを。

 

…求められるのは見た目じゃない。

 

雪の「スタート」の声を聞いた瞬間、七生は顔は正面のまま眼球だけを「建物の上空」に向けた。

(8歳の子が建物を見上げたらこの角度になるはずなんだ)

次に、真っすぐと歩く。

ちらりと門柱の看板を見て、すぐ視線を建物敷地内に彷徨わせる。

 

「カット! 上手い。でも惜しい。真波は目がいい。チラ見のタイミングはもう少し早く。あと、看板の高さはもっと上です」

「はい!(視力のことは気づかなかった。看板の高さは単純に私のミスだ)」

 

2テイク目でOKとなり、すぐに次の真波と安田のシーンとなった。

亀太郎が七生を見つけた時、

 

「カット!」

 

と、雪の声が飛んできた。

七生は、(うおお、厳しい。でも、面白え…)と、ワクワクしている自分に気づいた。

 

               第41話「ワクワク」/おわり




以上が、私なりのアクタージュ「scene164」となります。

前日の夜凪との稽古で劇団天球メンバーは相当しごかれています。
夜凪から出されていた指示も、最高難度に該当する物です。
その難しさをどう受け取ったか?
そして雪の厳しい指示に対して何を感じるか。

私としては、とても興味深いところです。
書いていて、どうなるんだろう、とワクワクしています。
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