『エスタージュ(S-tage)』(「セカンドステージ;役者と監督のその後」)   作:坂村因

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第42話 「落胆」

ルイを股の間に置いて抱える夜凪と、レイを股の間に置いて抱える環が、壁に背を預けて座って並んでいた。

劇団天球メンバーが雪にしごかれている様子を、二人で眺めていた。

 

環は小さく、

「景ちゃん、どうやったらあんなに上手く8歳を演じられるの?」

と質問した。

 

夜凪は、眉を下げ表情を歪めて、

「…ありがとう!」

と、うるうると環を見つめた。

 

「いや、ありがとうじゃなくて、私は質問したんだよ」

「みんな私の8歳を面白がって笑うのよ…。真剣にやってるのにひどいわ…」

 

「大丈夫。私は笑わない(面白いとは思った。それはしょーがない)」

「…皐月ちゃんの真波の1年前のイメージ」

 

「7歳の真波ってこと?」

「うん。7歳でちょうどになるの」

 

草見の脚本時の真波は、8歳にしては大人びていた。

皐月が同じく8歳の割にしっかりしているので、ピッタリだと夜凪は感じていた。

 

…そして、雪が書いた8歳の真波は、きっちり「8歳」だった。

 

それはそれで構わない。

皐月が演じる時、前回より幼めのイメージを持てばいい。

今回、夜凪はそれを「皐月の真波の1年前のイメージ」と設定したわけだ。

 

昨日、劇団天球へ移動中の夜凪のラインで「勉強会」の話を知った環は、「自分も参加したい」と言い出して勉強会メンバーとなった。

環も夜凪も、「キネマのうた」の撮影に関して言えば、スケジュールがかなり楽な内容に変わっていた。

これは他の役者たちにとっても同様だ。

 

撮影スケジュールの流れが、例年通りの物に変更されたからだ。

 

大河ドラマの撮影はロケから始まる。

ロケ撮影は、「撮れる時に撮る」という方針でどんどん進められる。

予定地の天気に合わせて、ロケ撮影隊は各地を巡る。

スケジュールは、前半はロケ撮影が中心、後半はスタジオ撮影が中心。

制作側にとっても、役者側にとっても、調整が楽だとスケジュール上の負担がかなり軽減される。

毎年そのように出来ればいいが、ままならないのが現実だ。

当初の「キネマのうた」のスケジュールは、直前の大雨で予定地がことごとく好ましくないコンディションとなったため、スタジオ撮影スタートとなった。

 

この2週間の間に、「ロケ撮影スタート」が可能な程度に、各地のコンディションが回復した。

とはいえ、やはり2週間の遅れは小さくはなく、制作側はやや過密な日々を過ごさねばならない。

 

「ちょっとした旅行になるね。監督がいないこと多いし」

「私はスタジオ撮影のほうが好きだわ」

 

 

 

犬井は、天球メンバーの芝居を見て「カット」の声も「指示」の声もまだ掛けていない。

雪が指示を出したがっているから遠慮している、という訳ではない。

 

「亀太郎さん。真波を見つけるのが早い」

「はい。あの、勉強会なので、…質問もいいですか?」

 

「どうぞ」

「見つけた後、多少驚いてもいいですか?」

 

「驚く、があってもいいですが、めんどくさい、が勝ります」

「はい」

 

犬井は、雪のカットがちょっと早いかな、と少し考える。

でも、自分もこれくらいの早さの時もあるなあ、と思う。

 

次の雪のカットはなかなか掛からなかった。

犬井の目から見ても演技に駄目な個所はなかった。

そして、ようやく掛かった次のカットの後、雪の指示は長かった。

 

「田沢さん。安田と戸井口の2人と4回すれ違う時、1回目から2人に対して大きな怒りを向けないでください。あと顔の筋肉をぷるぷるさせる動きが大きいです。1回目は安田のみに怒りを向けて、怒りは小さめ。2回目は戸井口に小さめの怒り、安田に中くらいの怒り。1回目と2回目はぷるぷる不要です。3回目と4回目は2人ともに大きな怒り。ぷるぷるは、こうやって両手の指でお腹を強く押さえて、腹筋でそれを押し返してください。それで顔だけじゃなく頭ごと細かく自然にぷるぷるしてくれます。亀太郎さんは4回とも文代に対して色々細かい反応を工夫をしてました。工夫の演技が巧みだったのでもったいないんですけど、やはり4回とも無関心を貫いてください。竹原さんはすべてOKでした」

 

「…えと、私は、両手でお腹押さえるとか、そんな動きしていいんですか?」

「はい。そこは鎖骨から下はフレームの外なので大丈夫です」

 

「さりげなく混ぜたつもりでしたが、不要な物は台本で判断していいんですか?」

「いえ、今みたいな工夫は助かりますよ。窓の外を見て小首傾げたのとか正直OKにしたいレベルでしたし…」

 

雪が、「では今のをもう一度…」と言い出したのを、犬井が「待って」と遮った。

 

「安田と戸井口の違いは何なの?」

「安田は舞台衣装を着ています」

 

「あの時代は、役者も撮影所の社員なんだよ。あそこにいる人はスーツの人も衣装の人も、全員文代の憎しみの対象だ」

「それに気づき始めるのは2回目くらいかなあ、と。せっかく4回もすれ違いますし」

 

「……。ぷるぷるが不要なのは?」

「引きなので見えません。見えるくらいにやったら何かの病気の症状みたいになります」

 

「あそこ、引きなの? なんで?」

「犬井さんは寄りですか? 考え方が知りたいです。私は、見る人に意味ありげに思われるのが嫌ってのと、あそこで引いておくと、3回目4回目で、二人をフレームから出せるなあ、と思いました」

 

雪の、「考え方が知りたいです」、と言った時のキラキラした期待感たっぷりの表情を見て、犬井は(うっ)と思った。

この勉強会を相当に楽しみにしていた気持ちは、雪の態度から伝わってくる。

期待に応えてあげたいとは思う。

犬井ならこういう場合、複数のカメラを使って、Vを見た上で引きと寄りを混ぜる。

寄りを混ぜる理由は、なんとなく、という部分が大きい。

なんとなく、変化があったほうがいいだろ、という程度の考えだ。

そういうやり方に慣れている、という理由も、理由としては一応正当だ。

 

…期待されてる回答とは違うだろうな、と思いつつ、犬井は正直に答えることを選んだ。

 

「Vを見た上で決める。俺の場合は、そのほうが確実だ」

「な、なるほど、勉強になります」

 

雪は、メモ帳を取り出し、ペンを握った。

 

「引きだと、カメラは固定? ある程度追う?」

 

文字を書きながら、

「固定ですね。3人インは一瞬でいいと考えちゃいます」

と、雪は答えた。

 

犬井は、それたぶんかっこいいよ、と思う。

想像してみる。

 

固定された画面の中、人物だけが動いている。

それだけで、もう雰囲気が違う。

構図に味がある。

3人インは一瞬でいい、ということは、安田と戸井口は画面の外に捌けていくわけだ。

(絶対、かっこいい…)

文代の全身が画面に映っているぎりぎりで、ここのカットは調度終わる。

(やっぱりかっこいい。しかもコストが浮く。カメラ1台しか使わねえじゃん)

MHKでは、低コスト、中コスト、高コスト、試験コスト、とコスト別に徹底して番組編成を分ける。

大河ドラマは、実用帯の中では最上位の高コスト帯に組み込まれている。

機材も記録メディアも高価な物を使用することが決まっている。

 

3回目と4回目のアップはどうだろう。

それほど長い時間ではないが、顔だけというのは間が持たない気がする。

もう少し視聴者の意識を分散させたい。

 

「3回目4回目は、鎖骨で割ると、けっこうな寄りになるよね?」

「ほ、他に入れるべき情報があるんですか?」

 

「うん、あるよ」

「知りたいです。教えてください! あ、図々しいこと言ってますけど、こういう勉強会は私にはほんと貴重で…。お手数掛けてすみません」

 

犬井は考える。

この場面で他に必要な情報。

 

当然、すれ違っている人物が安田と戸井口という情報だ。

自分がいつもやるような引きと寄りを混ぜた映像だと、ここで二人を映さなくてはならない。

 

だが、固定カメラで一度たっぷり見せていたら、もう二人を映す必要はない。

二人の足音だけでいい。

(てか、安田と戸井口の映像、要らん)

そもそも1回目2回目の寄りが要らん。

視聴者が見ちゃうだろ。

見て欲しいのは文代の態度なのに、寄ったら二人のほうも見ちゃうだろ。

見られたら、せっかく無関心な演技をさせてるのに、「わざわざ映す」という存在しないはずの「監督の意図」を深読みさせちゃうだろ。

自分なら深読みする。

 

いや、そもそも、…と犬井は歯を食いしばる

 

表情筋のぷるぷるは自分が「キネマのうた」で排除しようとしている紛い物の演じ方だ。

 

(気づけよ。そんで、腹筋押して小刻みに震わす演じ方が薬師寺真波が発案した本物のほうだよ。そっちを使うんだよ)

 

「固定の引き」から開始したら、その後の構図も自ずと全部決まる。

その場合、この場面で他に必要な情報は無い。

雪がなかなかカットを掛けなかったのは、「繋がり」に意味があるからだ。

考え無しにカットを頻発するタイプではない、ということだ。

 

(そういえば、鎖骨から上って、どアップだよなあ…)

 

画面にあるのは文代の顔だけだ。

 

 

…どアップで薬師寺真波の芸術的小刻みの素晴らしさを見てもらう。

 

 

再び、犬井は歯を食いしばる。

何故自分はこんな大事なことに気づけなかった?

 

「ごめん、もう1回通しで見させて」

 

メモ帳を構えていた雪は、

「…え? はい…」

と、睫毛を伏せた。

雪は、あれこれ質問するのは図々しいかな、としょんぼりした気分になっていた。

 

 

 

犬井は、立ち上がってリビングの中央へと歩いて行った。

 

両手指で四角形を作り、

「俺を空気だと思って、気にせず芝居して。邪魔にならないよう気をつけるから」

と、亀太郎、田沢、竹原の3人に告げた。

 

固定の引きの位置で姿勢を整えた犬井は、雪のほうへ顔を向け、頷いて見せた。

 

雪は、顔色に、ぱーっ、と明るい元気を取り戻し、

「では4回すれ違うところ、通しで」

と、大きく声を張った。

 

「スタート!」

 

犬井は、指フレームの中の3人を見つめる。

いきなり構図に味がある、と犬井は思う。

フレームから捌けていく安田と戸井口の姿も良い。

やはり、かっこいい。

 

文代が指フレームぎりぎりまで来た時、

「カット、もう一度」

と、犬井は声を上げた。

 

是非ここは比較してみたい、と犬井は3名のほうへ近づいた。

そして、「通しで」と自分で言ったくせに、勝手に芝居を止めてしまったことに気づいた。

 

止めてしまったものは仕方がない、と自分に言い訳をし、「寄りの正面」となる位置に立った。

先と同様に頷きの合図を出すと、雪から「スタート」の声が出された。

 

やはり寄りは駄目だ。

せっかくの役者の演技が台無しな上、構図も悪い。

引きと混ぜるとしても、映像が濁るだけだ。

Vチェックで良さげな部分を拾って、それらを繋げるのは楽だ。

でも、こういう澄んだ映像にはなってくれない。

 

「カット!」

 

雪の声が飛んできた。

 

「田沢さん。怒りが弱くなっています。さっきまでの感じでお願いします」

 

「あ、俺のせいか…。ごめんよ。俺の存在は無視して、虚空を睨んでくれていいよ。俺は空気だから」

 

「わかりました」

 

「では、今のシーン、もう一度」

 

「待って、柊さん! ごめん、次は通しで見させて。もう勝手にカット掛けないから…」

 

その言葉を聞いた雪は、

「…はい」

と、ちんまりしょぼくれた。

 

またしょんぼりさせてしまった、と犬井は自分の我儘ぶりを反省する。

 

黒山から雪についていろいろ話を聞かされている。

雪は、現場での経験が皆無で、撮影現場全体を管理することが出来ない、とのこと。

現場の管理のコツならいくらでも教えられるのに、と犬井は思う。

 

               第42話「落胆」/おわり




以上が、私なりのアクタージュ「scene165」となります。

黒山が「犬井さんも俺と同じ思いをすることになる」と言っていたことが起きようとしています。
雪の才能は、細長くとても尖った石、のような形をしています。
まず、リアルなフィクションへの造詣の深さです。
あくまで「リアルなフィクション」であり「リアル」ではありません。
なので、雪はドキュメンタリーは好物ではありません。
「フィクション」なのに「人物のリアルさが伝わってくる」ということが大事であり、その「大事さ」を語らせると大変なことになります。

創作物において「リアルであること」が「正義」ではない、という面倒臭い力説を始めるタイプです。

興味が薄い人にとっては、「言ってることが矛盾してないか」という話になります。
雪の中では、そこに矛盾など無く「何故この大事さが分からないんだ?」という話になります。

草見はついていけませんでした。
黒山もおそらくついていけません。

とにかく尖っているわけです。
今回の勉強会において、雪は「リアルさ」なんて微塵も気にしていません。
ひたすら、「リアルさが伝わることの面白さ」を追求しています。

映画監督を志す雪は、構図についてはかなり勉強しています。
連続ドラマに比べ、映画は構図の比重が高く、フレームに関する美意識を磨く勉強をしなければなりません。
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