『エスタージュ(S-tage)』(「セカンドステージ;役者と監督のその後」) 作:坂村因
環にとって、七生の質問に答えるのはそれほど難しいことではない。
舞台と映像の両方で活躍している役者を5~6人は知っている。
そういう人たちは軸足を置いている方に「魂」がある。
映像に軸足を置く人で、自分のように舞台に対して中途半端な取り組み方ではなく、どっぷりと浸ってしまった役者も知っている。
その役者は、舞台の公演後はもちろん公演中でも、当たり前のように切り替えて映像側に戻ってくる。
逆のパターンも知っている。
舞台俳優で、映像作品にのめり込んで芝居をしていた人も、撮影が終わると当たり前のように舞台へと帰っていく。
つまり、七生に対しては「ドラマが面白いなら存分に楽しんで仕事していいよ。ちゃんと舞台に帰れるから」と答えてあげれば良い。
環が、「ちょっと待って」と言ったのは、この勉強会での天球の芝居を見たからだ。
身に沁みついているはずの「オーバーアクション」や「感情の強調」を、その気配すら感じさせない。
監督2人に、ただの一度も「それは舞台の演じ方だ」と言わせていない。
(真剣に向き合うと、たった6回の通しでここまで来れる…)
大河ドラマの主演も、低予算ドラマの脇役も、役者はただ十全の力で演じるだけだ。
役者は常にそうあるべきだ。
スケジュールに大きく余裕を持たせて大河の主演に備えたりするから、必要以上に「主演のプレッシャー」に苦しむんだ。
(真剣に向き合ってみよう。舞台の芝居で、ジョバンニが完璧に出来るくらいに)
私は、真波の役作りを早めに始めた。
そして既にほぼ役作りを終えた…。
早いにもほどがあるっ!
風化するっての。出番、何カ月も先だぞ。
ずっと「気分は真波」で過ごす気か?
環が早めに役作りを始めた原因は夜凪にある。
夜凪の頑張りに触発された、と言えば聞こえはいいが、どう考えても平常運転から逸脱した選択だった。
自分はこんなにも上手に真波を演じられる、と確認することで、安心したかっただけだ。
…環は、囁き会話で七生に話し掛けた。
(ちゃんと帰れるから、本気で映像に取り組んでいいと思うよ)
(そうですか。ありがとうございます)
(何人か両方やってる人知ってるけど、みんな「魂」はホームにあるよ)
(ありがとうございます)
(話変わるけど、私の「集客力」は使わせないけど、私は使って欲しい。お願いしたい。お願いします)
(意味がよくわかりません)
(天球の公演に出演したい)
(うちは公演やってません)
(私は名義を変えるし、誰にも教えない。こっそり出演したい)
(公演の予定は当分ないんですよ)
(私の芝居を見て天球舞台の資格無しと思ったら、はっきりそう言ってくれていい)
(どの芝居ですか? 今からやる芝居ですか?)
(ジョバンニ)
(うちの稽古場に来るってことですか?)
(そう。阿良也君や七生ちゃんが不在の時でもいい。私1人で行く)
(特に問題はないと思います。みんなに話を通しておきます)
環は、お礼の頷きを七生に送って、正面に顔を戻した。
七生も姿勢を戻して、天球メンバーのキネマのうたの芝居に目を向けた。
雪は、(犬井さん、相変わらず声を出さないな)、と考えていた。
芝居は進められていく。
途中から、七生の動きが良くなったことに気づいたが、同時に少し冒険気味な演技になったことが気になった。
そして、3話目で確信した。
(構図を決めつけて芝居している)
少女時代の真波の登場からしばらくは丁寧な芝居だった。
表情の作り方はもちろん、後ろ姿や、歩き方まで、全方位から全身にカメラが向けられていることが前提の演技だった。
それが突然、踵を浮かせて膝を少し折った姿勢の芝居に変わった。
文代との絡みの場面で、下半身はフレームの外だ。
自分の指示に癖があり、それを予想された、と雪は思う。
「OKテイクですが、田沢さん、三坂さんみたいに踵を浮かせて、もう一度見せてもらえますか?」
「はい」
田沢が演じる文代の動きが良くなった。表情も良くなった。
表情まで良くなったのは、身体の動きを気にせずに済むおかげで意識が分散しないからだ。
意識の分散の影響が出るのは、芝居に不慣れなせいだ。
(半日練習しただけだからなあ)
以後、雪は同様のお願いをしなかった。
構図の予想が出来るのは七生のみで、他の人は台本の内容を表現するのに精一杯な感じだ。
たった半日の練習で、台本の内容を漏れなく演じるだけでも十分に立派だ。
(けいちゃんを手本にしたのが良かったんだろうな。さっきのけいちゃん、1つも外さなかったし。あと、けいちゃん、演技指導もやったって言ってたな…)
七生の芝居がとにかく目立つ。
脚を大きく広げて立って、鞄を前に差し出す動き。
頭の高さと共に目線が下がってしまうことを無視して、そのまま演じる七生。
(うあぁ。本番の撮影では舞台板の上に立つつもりだ。凄いなぁ)
天球メンバーによる5話目までの芝居が終わった。
犬井によるとモブの人数は11人で確定、とのこと。
環の出番となった。
雪は、リビング中央で、一度髪を払う仕草を見せてから姿勢良く立つ環を見つめた。
とても参加したがっていたし、気力が漲ってる感じだなあ、と雪は思う。
「3話目から5話目の真波をやります!」
威勢よく吐き出された言葉の内容に、雪は少しだけがっかりする。
「出来れば、1話目と2話目の真波も見せてもらいたいです」
「雪ちゃん。そこはまだ完成度が低いんだよ」
「低くてもいいから見せてもらえると嬉しいです」
「…はい」
環による1話目の真波の芝居。
合図と共に、環の表情は不安定になった。
雪は、(うわ、上手い!)、といきなり嬉しい驚きに襲われた。
(そう。小さい子供の表情ってこんなふうに不安定なんだよ。愛らしいだけじゃないんだよ)
そこから門柱へのアプローチも、撮影所敷地内への対応も文句なし。
当然、OKテイクとなった。
「表情が素晴らしかったです。勉強になりました」
「いえいえ。ありがとうございます」
「ところで環さん。8歳から逃げましたね。1話目も出来てるじゃないですか」
「心外だなあ、雪ちゃん。私が逃げたかどうかは、3話目から5話目を見れば判るっ!」
環が誰かにアイコンタクトを送った。
送られた先にいたのは七生だった。
雪は、(環さん、七生さんにいいとこ見せたいのかな)、と思う。
ルイとレイを従えた夜凪が、力のない足取りでリビング中央へと歩いていった。
そして間近で芝居を見学している天球メンバーの列に静かに加わった。
「…ん? 景ちゃん、近くで見てくれるの?」
「はい、近くで見たいです…」
環の芝居が再開された。
8歳の愛らしい表情も問題なくこなす環。
雪は、(愛らしいほうは、けいちゃんの真波に似てる。けいちゃんからコツを聞いたのかな?)、と推測した。
NGテイクは一度もなく、3話目まで進んだ。
環の芝居の質が変わった。
8歳から15歳になったので、雰囲気が変わるのは当然だ。
質が変わった、というのは、演じ方の種類が増えたことに起因する変化だ。
(なるほど、逃げたかどうかは判る、はこういう意味か)
皐月が担当する真波と、夜凪が担当する真波では、台本の傍線部の数が全然違う。
問題は傍線部の数ではない。
環の芝居には、傍線部が無い部分にまで真波の技法が入っていた。
1話目と2話目では、傍線部以外には見られなかった。
これは大きな変化だ。
環の芝居は、構図を気にした演じ方ではない。
全方位から狙われても平気なこの演じ方は、天球メンバーにはまだ無理だ。
(今のは「青い草原」の薬師寺真波だ)
雪は、過去に真波の作品を見て独学でチェックした物以外の真波の技法を知らない。
ビデオ30巻を見ていない。
なので、1000種から選出された傍線部については犬井に任せていた。
傍線部が来る度に、(これはあの作品の技法、これは私が知らない技法)、という感じで見ていた。
第44話「間違えない人たち」/おわり
以上が、私なりのアクタージュ「scene167」となります。
環の芝居を書くことが出来ました。
いや、予想以上に書くのが楽しいです。
アクタージュ原作では見ることが出来なかったので、どんな感じにしようか迷っていました。
やはり、鎌倉の合宿で見せていた環の余裕は本物であるべきだ!
と、思って、かっこいい環にしました。
思わず近くで見たいと言い出す夜凪の気持ちもわかる気がします。
いろんな意味で…。