『エスタージュ(S-tage)』(「セカンドステージ;役者と監督のその後」)   作:坂村因

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第45話 「監督という生き物」

犬井は、環の芝居の中でも特に真波の技法に注目していた。

さすがに環は、紛い物の演技をただの一度も見せない。

本物のほうは現時点で完成度70パーセントというところ。

もちろん撮影本番では、きっちり100に仕上げてくるだろう。

それはあくまで環にとっての100であり、真波の演技の100には届いていない。

環は、そこまでの技量を持ち合わせていない。

ただ、真波の技法自体が素晴らしい物であることを伝える域には届く。

 

真波の演技の100に届く役者など、今の業界には1人も存在しない。

 

そして、環が3話目から見せ始めた1000種以外の技法。

真波が出演した作品を相当な本数に渡って鑑賞し、その仕組みを研究してくれたのだろう、と犬井は感謝した。

 

環がOKテイクを出した後、犬井は、

「横を見る時、こっそり腰を逆に回したな。かなり難しいはずなのに見事だった」

と、褒め言葉を掛けた。

 

雪は、(「日没を待て」で使われた技法だ。肩は回さないから難しいんだ)、と感心していた。

 

環は、犬井に対して「ありがとうございます」と言った後、

「では、お二人にクイズです。今のテイクで真波の技法は幾つあったでしょう?」

と、やや意地悪な笑みで、そんなことを言い出した。

 

監督の二人は、指折り数え始めた。

 

犬井は、(傍線部が6。あとは、…3、4,5、5つだ。見落としは…無い。被りもない)、と正確にカウントした。

 

「…11」

 

「6たす4で、10です」

 

「はい、犬井さん、正解。雪ちゃん、惜しい」

 

犬井にとって、今のクイズは「間違えるはずがない物」に該当する。

そのことを知った上で、環はクイズを出したのだろう、と犬井は推測する。

この勉強会で雪に圧倒され気味だった自分を盛り立てるために、こんな出来レースのような内容にしてくれたわけだ。

 

(気を遣ってくれるのは嬉しいよ。ただ、11と10じゃあギリギリじゃねーか)

 

犬井は雪に声を掛け、薬師寺真波が出演した作品をどの程度鑑賞済みなのかを尋ねた。

雪は、自分が見たことのある真波出演作品のタイトルをすべて挙げて答えた。

 

(「能面の語り部」を見てねーじゃん。そりゃ10になるよ)

 

黒山から聞いていた話には、「過去の映像作品を研究している」などという情報は無かった。

師匠が放任主義者だから独学で大変だな、と犬井は気の毒に思う。

 

(そういえば、黒山は…)

 

犬井は、相変わらず楽しそうに勉強会の光景を見ている黒山の姿を確認した。

冒頭の「やらかし」からしばらくは、完全に放心していた。

途中から表情に楽し気な笑みを浮かべ始めた。

天球メンバーの芝居の時には、しきりに指フレームを作る様子も見られた。

 

スランプについてはよくわからないが、取り敢えず今は元気になってくれたようだ。

 

犬井は黒山から、「柊の監督ぶりを見ると犬井さんのキネマのうたへの取り組み方が変わるかもしれませんよ」、と聞かされていた。

犬井が雪の監督ぶりから感じたことは、「脚本を書いた当人だけあって、作品の細部に至るまで理解が深く、監督としての判断も的確かつ迅速」、という事だ。

 

それは、「キネマのうた」に対する自分の姿勢や考え方を変える、といった類の話ではない。

 

指示等の面で雪に遅れをとることを実感しても、犬井の取り組み方は変わらない。

 

「キネマのうた」の企画を聞いて、犬井はまず「面白い」と思った。

中嶋の「テレビ業界を何とかしたい」という思いにも共感出来た。

何より、「出演者の演技を真波の演じ方で揃える」、という部分に強い興味を持った。

 

(真波の技法を使いたい放題!)

 

そんな夢のような機会。

過去の財産に頼るのはやめよう、という風潮がある昨今の業界を考えると、こんなに美味しい企画はない。

いつもは真波の技法を禁止する方向に動く真美から、「使ってもいい」、という許可まで出ている。

 

 

…撮ってやる!

 

 

過去の財産に頼ることの何が悪い?

良い物は良い。

それだけのことだろ。

新しい物を生み出す動きの弊害になる?

新しい物を生み出す奴は、放っておいても勝手に生み出すんだよ。

ややこしい線引きをごちゃごちゃ考えるほうがよっぽど小せえ。

撮りたい物をただ夢中で撮るんだよ。

それが監督という生き物だろ。

 

犬井は、「キネマのうた」の撮影において、「自分は薬師寺真波の技法を撮ることに集中する」、と決めている。

それが自分が撮りたい物だからだ。

だから、草見の脚本の出来が悪くても、最低限の水準を満たしてさえいればそれで構わなかった。

スタジオ撮影スタートという変則スケジュールも気にならなかった。

 

ただし、役者にはこだわった。

 

真波の技法を再現するには、柔軟な対応力が求められる。

脇役にもそういう役者に集まってもらった。

主役の3人もそのつもりで選んだ。

 

皐月は自分が予想していた以上の芝居をしてくれる。

総合力の高い環には、心配する材料など無い。

やや不安に感じていた夜凪も、この勉強会では圧巻の芝居を見せてくれた。

 

あとは、ただひたすら撮るだけだ、という手応えに犬井は嬉しさを覚えていた。

 

 

 

勉強会の最後のメニューとなる「参加者による話し合い」が始まった。

立案者である黒山が、まず口を開いた。

黒山は、「失礼な発言をしてしまい凹んでいた俺だが、勉強会では実に楽しい思いをさせてもらった。だからこの話し合いで俺を腫れ物扱いしないでくれ」、と前置きしてから、話し合い開始の挨拶の言葉を述べた。

 

お茶請けとなる菓子類と数種類の飲み物があるだけの場。

話し合いをするには、それで充分だ。

 

天球メンバーが、快調に言葉を投げ合っていた。

黒山は、(舞台役者ってこういう議論が好きだよな)、と思いつつ聞いていた。

話が七生の舞台板に及んだ時、「舞台には当たり前にある物ですけど、スタジオにもあるんですか」、と亀太郎が疑問を口にした。

 

犬井が、

「あるよ。舞台板は各種揃ってる。他にも小賢しいアイテムがいっぱいあるよ」

と、回答した。

 

黒山は、

「あれは三坂だから思いつく発想だな。実際には鞄はないのに、小柄な自分(←七生は身長154センチです)が重い物を持った姿を想像したってことだ。大したもんだ」

と、やや嬉し気に褒めた。

 

わずか半日の稽古で、予定外の芝居だったにも関わらず、いざ始まってみると天球メンバーは全員が貪欲さの塊みたいになっていた。

眩しい、と思った。

そして、彼らにとっては綱渡りのような芝居の連続だったはずなのに、物怖じせずに演じ続けるその様子は、見ていて気持ちのいい光景だった。

 

「けいちゃん、どうしたの?」

 

切なそうな瞳で、指で床に「の」の字を描いている体育座りの夜凪の姿に、雪が気づいた。

 

「…私、褒め言葉を1つも貰えなかったわ」

 

犬井が、(しまった!)という顔を一瞬見せてから、夜凪のその言葉に応じた。

 

「言わなかっただけで、褒めるところはたくさんあったぞ」

「ありがとうございます…」

 

「オーディションの時の、何だって演じられるから私に役を下さい、という言葉はハッタリじゃなかったと感心したぞ。すべて高水準だった」

「そう…ですか」

 

「それと、あれだな、見違えるほど安定感があったな」

「…安定感?」

 

「見ていて、ミスする姿をまったく想像出来なかった。それほどの安定感だ。土台がしっかりした役者は高く伸びるぞ」

「あ、ありがとうございます…」

 

頬を、ふにゃあ、と緩めて、ようやく夜凪は嬉しそうに瞳を瞬かせた。

犬井と雪は、駄目出しを厳しくするほうに意識が向いていて、夜凪が良い芝居をした時に褒めるのを忘れていた、と反省した。

 

 

 

週が明けて、ロケ撮影の日。

ロケ撮影隊の車には、雪、夜凪、ルイ、レイ、が乗っていた。

その小規模隊には、本来なら参加予定ではなかった犬井もいた。

 

雪は、ただ同行するように言われただけなので、夜凪が撮影中のルイとレイのお守りが役割だ。

事実上、単なる小旅行だ。

 

現場は河原。

本流の水質が良く、水際まで敷かれている小石が綺麗な場所が選ばれた。

2週間前にはこういう場所が、水が濁り、周辺に漂流物のゴミが散見される状態だったわけだ。

 

「ロケだーっ!」

 

お日様の下、小石の地面を踏みしめた夜凪は元気に声を出した。

 

雪は、ルイとレイと手を繋ぎ、風に揺れる髪が美しい光を放つ若い女優の姿に見惚れていた。

だが、その視界は犬井の身体に遮られた。

犬井の手には10枚ほどの紙があった。

 

「次からは俺はいないから大丈夫。気楽にやれる」

「…はあ」

 

目の前にチラつかされる紙には、「7話目」「1カメ」「2カメ」、といった不穏な単語が並んでいる。

 

「ここの距離は…」

「やりませんよっ!」

 

「…え?」

「何ですかい、これは? その紙は? …私は、何もやりませんよ」

 

「もう決まったことだから、やらなきゃ駄目」

「知りません。聞いてません。だから、やりません」

 

「柊さん。じゃあ次から事前にちゃんと依頼は受けないと言って。今日のところは諦めよう」

「…犬井さん。黒山は、何故ああなんでしょう?」

 

「さあ、俺に言われてもなあ」

「そうですね。すみません…」

 

雪は両手を塞がれているので、犬井が自分で紙をめくりながら説明を始めた。

説明の言葉は雪の耳を素通りした。

 

「犬井さん、説明は後で聞きます」

 

雪は、ルイとレイの腕を引っ張って、「風が気持ちいいねえ」と大きめの声を出し、夜凪のほうへと小走りで向かった。

 

夜凪に二人を預け、「ちょっと電話してくる」と言って、雪はその場を後にした。

 

               第45話「監督という生き物」/おわり




以上が、私なりのアクタージュ「scene168」となります。

今回の話は、おそらくとても珍しい「犬井回」ですね。

黒山がこの勉強会で犬井に伝えたかったことは「撮らなければならない物を撮ると失敗する。撮りたい物を撮るべきだ」ということです。
雪の監督ぶりを見た犬井は困惑するはず、と読んだわけです。

でも違いました。
犬井は、一貫して「撮りたい物」を追っている監督でした。

黒山が雪に言っていた「勉強が足りてない」は、今回天球メンバーが見せた瑞々しさと同種の物を指しています。
まだ貪欲さをたっぷり持っている雪は、犬井の目にも「駆け出し」に映ります。
その「駆け出し」が凄い仕事をやってのける様子を見せたかったのでしょう。
「撮りたい物を撮る重要性」と「駆け出しが好きな分野で強みを見せる」は、黒山の中では同じベクトルの話です。

自分がスランプ中なので、せめて夜凪が出演する作品を良い物にする手助けを間接的にするつもりだったわけです。

結果としては、黒山の杞憂だった、という話になります。
犬井は、雪と同じベクトルで動いている人物でした。
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