『エスタージュ(S-tage)』(「セカンドステージ;役者と監督のその後」)   作:坂村因

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第46話 「ロケ撮影」

 

車道から離れた人目のない住宅地の一角、雪はスマホを片手に突っ立っている。

黒山に電話しなきゃ、と雪は思う。

 

ロケ班がいる場所からここまでの3分くらいの間、歩きながら感情の整理をした。

今ある怒りと、想像すると涙が出そうな悲しみ。

そんな感情たちを懸命になだめた。

 

(春になったらけいちゃんの定義を増やす計画。あれを前倒ししてもらおう)

 

その了承を得ないと、気分よく今日の仕事に取り掛かれない。

本番なのに、調子が出ないまま仕事するなんて嫌だ。

 

 

 

電話での応答のいろんなパターンを予想してみる。

 

黒山に「駄目」と言われたら、怒りが爆発する予感がある。

「どういうことか説明しろ」という感じのことを言われたら、喧嘩になる予感がある。

「忙しいから後にしろ」と言われたら、無言で電話を切った後に「辞表」を書いてしまいそうな自分がいる。

 

そして、(まあ、大人ですし。そうそうあっさりと早まったことはしませんぜ、私は)、と雪は自分に言い聞かせる。

でも、ここは一度はっきり声に出してもやもやを外に放出したほうがいい。

 

「何がただ同行するだけだっ!」

 

「なんでいつも説明がねーんだっ!」

 

「ルイとレイが、仕事の邪魔になってるとか思ったらどーすんだっ!」

 

そんな独り言を吐き出した雪は、「ふん」、と鼻を鳴らした。

深呼吸をして気を落ち着かせ、黒山のスマホに電話を掛けた。

 

…電話は繋がらなかった。

 

「……。」

 

事務所のほうへ電話を掛けた。

 

(はい。スタジオ大黒天)

「柊です。あの…、けいちゃんの定義の計画ってありましたよね。…あれ、前倒しとか出来ませんか? せめて家政婦の話だけでも…。必要です。すぐに、必要です…」

 

(…わかった。いくつか当たってみる)

「……。お、お願いします」

 

通話を終えて、すぐにスマホを仕舞い、雪は腕組みをした。

そして、考えた。

 

 

(選択肢に無かったパターンが来た。あのヒゲ、本格的に弱体化してるな、これ…)

 

 

過去に何度もあったような黒山流放任主義のもとに何か考えがあっての「説明なし」ということではなく、今の黒山はポンコツになっていて、ポンコツな采配しか出来ないわけだ。

 

ロケ現場へと歩きながら、(怒ったり悲しんだりしてる場合じゃない。私がしっかりしなくてはならない)、と雪は気を引き締めた。

 

 

 

現場で、雪は犬井から作業の内容を聞かされた。

カメラの配置、カメラマンへの指示等を指示書に記入する仕事。

バンの最後列座席に腰を下ろし、雪はさっそく記入を始めた。

ペンを動かしながら、(7話目だけ? もったいない。あ、けいちゃんがいるからか。この季節なら、10、33、47、にも風景は使えるのに)、等と考える。

 

夜凪とルイとレイが、バンの車内に戻ってきた。

同じシートに座ってきた3人は、黙って静かに休んでいる。

本当ならおしゃべりしたいのに、自分が作業しているから気を遣ってくれているんだ、と雪は思う。

 

「…けいちゃん。スタジオ大黒天で住み込みのお手伝いさんを雇うことになったよ」

「それは、雪ちゃんが助かりますね…」

 

そう。「定義を増やす計画」などと大げさに言ってるが、実際はスタジオ環境を充実させることがメインといった類の話だ。

そもそも定義は増えていない。

スタジオ大黒天は今でも夜凪の「定義」の1つで、その中身が多少変化するだけだ。

数が増えるわけではない。

 

用紙には役者への指示の欄もあった。

監督が同行しない場合は、別の人がその指示を撮影の参考にする。

 

(うん。役者欄も記入してしまおう。けいちゃんの回だし…。不要ならペケを付けてもらえばいい)

 

書き終えた紙を持って、犬井のところへ向かう。

記入された内容を見ながら、犬井は「この保険23話目ってのは?」と訊いてきた。

 

「それは、使うかどうか分からないカットですね」

「まあ、いいや。コピーして23話目のファイルに入れとくよ」

 

 

 

撮影が始まった。

各カメラは、雪の指示書通りに映像を収めていく。

 

「せっかく役者の欄も書いてくれたし、役者の指示も柊さんが出してみる?」

「…え? 犬井さんはどうするんですか(これ、本番ですよね?)」

 

「俺はおかしな点があったら指摘する係ということで」

「わ、わかりました…」

 

夜凪の出番が来た。

衣装は、白の長袖ブラウスに、薄くすすけた紺のロングスカート。

雪は夜凪の横を歩きながら、芝居の内容を説明する。

山を指差したり川を指差したりしながら、細かく指示を出す。

 

「雪ちゃん、6歩目であの山を見るって、あそこには何もないわ」

「山はCGになります。中腹に石の祠があります。それがあのあたり」

 

「せっかく自然の景色を撮ってるのにCG使うのね」

「うん。100年前の山とはだいぶ違うからねえ。で、石の祠はたまたま目に入った感じで、興味がない表情でお願いします」

 

「そして、3歩進んで、水面を見るのね」

「あの水中の黒っぽい石のあたりですね。あのへんの水面に石の祠がゆらゆら映ってます」

 

ここで、雪は「ちょっと待って」と告げて、犬井のもとへと走った。

 

「犬井さん。参加予定じゃなかったですよね? ロケでは真波の技法を入れないんですか?」

「俺が来れる時は入れるよ。役者のスケジュール調整だけでも難しいのに、俺のスケジュールまで合わせるのは無理なんだ。役者優先だ。今日は夜凪さんに来てもらったけど、役者の出番はもっと先。当分は景色や風景ばかりだよ」

 

「じゃあ、今日のけいちゃんに真波の技法を指導してあげてください」

「そうだな。そうするか」

 

犬井は、夜凪のほうへ歩いていった。

しばらくすると、夜凪は何度も動作の練習を始めた。

 

夜凪が所作を一通り覚えて、本番の撮影が始まった。

 

「では、けいちゃん。歩いてきてください」

 

雪がカチンコを鳴らす。

 

ゆっくりと歩いてくる夜凪。

さりげなく斜め上を見上げ、興味無さそうに視線を逸らす。

次に水面を見つめる。

考え事をしている表情が、後半やや嬉しそうな物に変わる。

視線を適当に泳がせた後、また正面を向いて歩きだす。

 

「カット! 水面を見る表情の後半、目は今のままで口角をほんの少し上げられますか?」

「やってみます」

 

2テイク目で、カットを掛けた雪はすぐにVを要求する。

カメラ2台で撮られた映像が雪のもとに届けられる。

真剣な顔つきで、じーっとVを見つめる雪の口から、「一応、これで全部撮り終えました」、という言葉が発せられた。

カメラマンが「えっ、終わり?」と声を上げ、犬井が「まだ、俺のチェックが残ってるから」と軽く諭した。

 

バンの車内で、犬井と雪によるVチェックが行われた。

 

「これ、そういう意味か。適当にあちこち見てるのかと思った」

「23話目で披露する技法のヒントは、この水面の祠ですよ」

 

「それで、保険23話目か。どう使うの?」

「水面の祠と別カメラで撮ったけいちゃんのアップを23話目に入れます」

 

「ここナレーションが入るよね。映像があったほうがいいねえ」

「しかも視聴者的には、少女時代の真波の時には全身しか見られなかった場面が、23話目で顔のアップが見られるんです」

 

「保険ていうか、もうそれ採用しようよ」

「採用しましょう。見てください、けいちゃんのアップ。…美しいっ! 可愛いっ! 女神っ! けいちゃんファンが増えること確実です」

 

「そりゃあ環のファンが怒るなあ(←犬井の冗談です)」

「環さんファンには、環さんとけいちゃんの両方のファンになってもらいましょう(←真に受けています)」

 

「そうそう。今日の真波の技法は、柊さんが知ってるやつだったかい?」

「今日のはたまたま知ってましたけど、やっぱり犬井さんが同行したほうがいいですよ」

 

「そうかあ。じゃあ俺が持ってる資料を柊さんに送るか…」

「資料だと限界があります」

 

「それは俺の資料を実際に見てから言ってほしいなあ。すぐ送るから」

「…そうですか。楽しみに待ちます」

 

犬井は、「ていうか、予定よりすげえ早く終わったぞ。皐月も連れて来れば良かったな」、と言いながら腰を上げた。

 

バンの外に出て、撮影終了の旨を叫んで伝えた。

車内に残った雪は、全49話に必要な景色等に思いを馳せていた。

 

 

 

スタジオ大黒天。

A3の封筒を49枚用意して、雪は書き上げたカメラ指示書を封筒に入れていった。

まず、風景を片っ端から撮影する。

その49話分の指示書が、封筒の中にどんどん入っていく。

風景を集めるだけなのに、雪の頭の中には作品全体の輪郭が見えるような気がした。

まだ真っ白な49話が、少しずつ塗り潰されていく感覚が楽しい。

 

(役者さん同行のロケも、案外早く始められるんじゃないかなあ)

 

スケジュール的にはまだ先になる役者同行のロケについても考えてみる。

そんなふうに楽しく空想を遊ばせていた雪の緩んだ表情に、(はっ)、と鋭さが戻る。

 

…急いで犬井に電話を掛ける。

 

(はい)

「柊です。犬井さん、12歳の真美役はどうなってますか?」

 

(まだ決まってないよ)

「夏が来たらアウトです。43話と44話にロケ撮影が要るんです。急げますか?」

 

(盛夏が駄目ってこと? 初夏でも駄目?)

「いや、今が初夏じゃないですか。初夏で大丈夫です」

 

(わかった。急ぐよ)

「お願いします」

 

雪は、(あぶねえ)と息を吐き、真剣な面持ちで49話の内容を再確認し始めた。

 

               第46話「ロケ撮影」/おわり




以上が、私なりのアクタージュ「scene169」となります。

前回、両手を塞がれた状態で犬井の説明が始まってしまいました。
雪は「チビたちが何を思うか」ということを心配したわけです。
直前に、雪自身も犬井に対して厳しい口調を使ってしまっています。

ロケ撮影は小旅行のような物です。
とげとげしさも堅苦しさもありません。
なので、これは「おねーちゃんと一緒にお出掛け」といった黒山による粋な計らいであり、自分は終始ルイとレイと手を繋いでいる役割だと信じて疑っていなかったわけです。
もしそうでないなら、自分と黒山とルイとレイがスタジオ大黒天に残るという状況が、どう考えても自然な流れなわけです。

住み込みの家政婦が来ると、スタジオ大黒天の事情も変わりそうですね。



ロケ撮影が始まり、今後はすごい勢いで風景の映像が集められます。
撮影順は放送順とは関係ありません。
撮れる時に撮ります。
最終話の撮影がいきなり実行されることもあるのがロケ撮影です。

そして、49話の巨大なパズルは、少しずつそのピースを嵌められていきます。
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