『エスタージュ(S-tage)』(「セカンドステージ;役者と監督のその後」)   作:坂村因

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第47話 「一歩前進」

ロケ撮影は天気との戦いだ。

もちろん最優先は役者のスケジュールで、その日の天気が悪かったら嘆くしかない。

 

(大河ドラマはどうなんだろう。時間の余裕はあるので、予算が許す限り日を改めて撮り直せる気もする。順序はスタジオよりロケが先なので、作中の登場人物の外見はロケで決まる)

 

雪は自分が執筆した脚本のページをめくり、役者同行のロケ撮影に相当する箇所を追った。

最後まで読んで、(良かった。季節まで問われる撮影は43話と44話の真美だけだ。そもそも役者同行のロケ撮影が少ない)、と一安心する。

 

役者の姿を思い浮かべながら、もう一巡する。

 

…やはり、気になる。

 

「キネマのうた」では役者さんの衣服や髪を乱して良いのだろうか?

 

例年、大河ドラマでは役者さんがとても綺麗な外見で登場する。

毎日入浴する習慣の無かった時代に、あんなに綺麗なはずがない。

衣服や髪にも乱れが無い。

その綺麗さには作り物の不自然さがあり、はっきり言えば綺麗過ぎる。

 

でも、あの綺麗さはあれで正解だ。

 

雪は、不要なリアリティを嫌悪する人間だ。

作品鑑賞中に、「そんなところでリアルにこだわってどーする!」と思わされるのが嫌だ。

なので、大河ドラマの武将やお付きの人が不自然なほど綺麗だと安心する。

適当な綺麗さだと「手抜き」だと感じるし、細かい汚れや髪の乱れが再現されていると「要らねーよ」と罵ってしまう。

 

…「キネマのうた」は、100年前から50年前の人物の外見が忠実に再現されるべき作品だ。

 

芸能プロダクションによっては、芸能人のイメージを殊更に大事にする。

スターズはその代表格だ。

 

 

 

翌日、犬井からバイク便で荷物が届いた。

 

(ほんとに、すぐ送ってきた…)

 

中身には数枚の記録メディアが入っていた。

メディアをPCに突っ込みクリックすると、大量の動画ファイルと文書ファイルが展開された。

 

真波の技法の動画は、番号と作品名と何分頃のシーンという情報がファイル名として記されている。

その数、約3500。

文書ファイルのほうには、番号に対応した説明文が書いてある。

 

(犬井さん、すげえな。師匠にもこれくらいの熱意があれば…)

 

動画は短い物が多く、総時間としてはそれほど長大ではない。

雪は、再生しても一瞬で終わる動画を見てみる。

番号に従って、その一瞬に関する詳しすぎるほどに詳しい説明文を読んでみる。

 

うん、とても分かり易い。

分かり易いのだが、これを見てどうしろと言うのか。

3500個をすべて頭に叩き込め、と言われているのだろうか。

何のために?

第一、雪の頭はそんなものがきっちり整理された形で入るようには出来ていない。

 

 

 

荷物を受け取った報告の電話を犬井に掛ける。

 

(はい)

「柊です。資料、届きました。ありがとうございます」

 

(そうか。使える資料だと思うんだけど、どうかな?)

「参考になるとは思いますが、使えるかと訊かれると、…私には使い方が分からないです」

 

(使い方というか、ただ丸覚えするだけでいいと思うよ)

「……。なるほど、頑張ってみます(やはりそういう話か…)」

 

(うん。頑張って)

「あと、質問があるんですが、…役者さんの顔を多少汚したり、衣装や髪を乱れさせたり、そういうことを役者さんにしてもらっても問題ありませんか?」

 

(えーと、顔を汚すってのは「金色の日」みたいに?)

「いえ、あそこまで泥だらけじゃなく、ただ100年前から50年前の人たちのリアルな外見です。不自然に綺麗過ぎない見た目でいいんです」

 

(問題ないと思うよ)

「あの、…具体的に言ってしまいますが、スターズは厳しいですよね。皐月ちゃん、問題ありませんか?」

 

(これは環から聞いたんだけど、スターズは方針を変える方向みたいだね。特に皐月は星アリサが目を掛けてるだけあって、あの歳でもう本格女優路線だ。アイドルタレント路線じゃないんだ)

「そうですか。…あの、12歳の真美も、そういう部分に問題がない子でお願いしますね」

 

(そっかあ。全然考えてなかったなあ、そんなこと)

「……。それはたしかに犬井さんが決めることですし、私が口出しすることではないんですが、…せめて顔つきは、…顔つきは皐月ちゃんとけいちゃんに挟まれても違和感のない子を選んでくれると嬉しいです」

 

(うん。覚えとくよ)

「お願いします」

 

(……。ところで柊さんは、100年前から50年前の人たちのリアルな外見って重要だと思う?)

「はい。個人的には…」

 

(じゃあ任せていいかな? そういうの多分好きだよね?)

「えっ! 好きですけど、…私がやるのは変ですよ。そりゃ口は出しましたけど、やっぱり変ですよ。重要なことは犬井さんが決めるべきですよ」

 

(柊さん、映画監督志望だよね。じゃあかなり大事なこと言うけど、真面目に聞いてくれる?」)

「…はい、伺います」

 

(俺は撮ることに集中したいんだ。他のことはそれぞれのエキスパートがやればいいんだ。この考え方は監督を目指すなら大事にしたほうがいい)

「そんなウォルト・ディズニーみたいなことを言われても…。それに私は何かのエキスパートではありません…」

 

(現状、役者やスタッフは俺含めて新しい脚本と台本と格闘中だ。今、全体がいちばん見えてるのは柊さんだ)

「それは、そうかもしれません…」

 

(だからロケ撮影は柊さんの力を借りたいと思ってる。変かな?)

「そ、それは、私に正式な仕事の依頼ということですか?」

 

(えと、正式な依頼ってのは既に黒山との間で話はついてるんだけど、…俺が言いたいのは、柊さんに任せたほうがロケはうまくいくってこと。効率良く進むし、撮影スタッフも遅れを取り戻せる)

「わかりました。…でも役者さん同行のロケは犬井さんも来てくださいよ。役者さんの外見に指示は出せても、演技の指示は私には無理です」

 

(前も言った通り、行ける時は行くよ。大丈夫)

「…はい。よろしくお願いします」

 

…電話を切った後、雪はしばらく熟考する。

 

行ける時は行く、というのは、行けない時は行けない、ということだ。

そして、それは仕方がないことだ。

行けない時は、「真波の技法を撮る」という犬井の思いは撮影現場のどこにも存在しない。

 

犬井は、基本的にスタジオ撮影で「真波の技法を撮る」にがっつり取り組むつもりだろう。

ロケ撮影における役者の「真波の演じ方」は、中途半端な物になると最初から割り切る予定だったわけだ。

犬井不在時の傍線部には、低品質な物が混じることになる。

低品質な物は、せいぜい「出演者の演じ方を真波で揃える」というコンセプトに寄与するくらいしか使い道が無い。

 

(中嶋さんの主張より、自分が撮りたい物が優先かあ)

 

案外、そういう物なのかもしれない。

周囲の思惑に振り回されて、肝心の撮りたい物が色褪せてしまったら監督としては無能だ。

犬井が言っていた「大事なこと」とはそういう意味かもしれない。

 

 

 

夜凪は、学校帰りにスタジオ大黒天へと向かった。

そして、この日は「夜凪家お泊りコース」にするつもりだ。

 

「環さんは、傍線部以外にも真波の演技を入れたのよ」

「見てたから知ってる」

 

「私も傍線部以外に入れていくべきだと思うわ。ロケで犬井さんの指導を受けたけど、とても難しかったわ」

「難しいよな、真波の技法」

 

「だから、教えて欲しいと私は言っています。教えてください」

「……。じゃあ、やってみるか」

 

夜凪は台本を開いて、傍線部以外で入れられる箇所はどのあたりかを黒山に尋ねた。

ペンを手に回答を待っている夜凪に、「傍線部はちゃんと出来るのか?」と黒山は訊き返した。

 

「勉強会で見たんじゃないの?」

「現時点で合格ラインというだけで、完成にはほど遠い」

 

まず傍線部からという話になり、夜凪は「おさげのコントロール」を披露した。

 

「動きがスムーズじゃない。あと動きの後半は肩甲骨のラインを綺麗に見せるんだ」

「肩甲骨は台本に書いてなかったわ」

 

実際に見たほうが早いということで、二人は作業中の雪のほうへ向かった。

 

 

 

雪は、ここ数日はロケ撮影に出ずっぱりで、風景や景色の映像を大量に集めていた。

それは達成感と充実感がある気持ちのいい仕事だった。

各場面の風景映像でどんどん埋まっていく作品の輪郭の姿は、雪を楽しませた。

 

そして、雪は少し焦っていた。

このペースだと、すぐに役者同行のロケ撮影が始まってしまう。

なのに、3500種はなかなか頭に入ってくれない。

 

前の台本に草見がつけていた傍線部に関する技法については頭に入っている。

作品名がわからなくても、どういう物でどういう意味がありどういう工夫なのかは理解している。

自分が書いた脚本から起こされた台本には、それに準拠する物を記述した。

ただ、長たらしくて不要な情報も多かったため勝手に推敲した。

 

そして犬井から送られた資料を見て、前の台本に草見がつけていた傍線部に関する説明文が、犬井の文章のコピペであることを知った。

 

雪はディスプレイ上にある膨大な数の技法の羅列を見つつ、「…だよなあ。私は、草見さんを手抜きと責めないよ。無理だろ、こんなの。犬井さんの熱意が異常なんだよ」、等とぶつぶつ独り言を吐いていた。

 

「柊、邪魔するぞ」

 

その言葉が耳に入った時には、不意に視界に現れた黒山の手にマウスを奪われていた。

画面をスクロールさせながら、「この番号…、ああ、作品のあいうえお順か」等と呟く黒山。

 

「けいちゃんに演技指導してるんですか?」

「そう、数が多いから傍線部の完成を優先させる」

 

墨字さんは、小津安二郎を尊敬しているだけあり、演技を見る目はとても厳しい。

小津作品に出演した岩下志麻は、「80テイクを超えたあたりからテイク数を数えるのをやめた」、と言っていたらしい。

世の中にはそんな厳しい監督がいて、黒山墨字は多分その1人だ。

 

(けいちゃん、キツイ思いをするだろうなあ)

 

やがて黒山は、「あった、これだ」と言って動画ファイルを再生させた。

その後、「こっちに同じのがある」と素早く手を動かし、別のファイルを再生させた。

 

「あ、あの、墨字さん。どうやったらそんなふうに覚えられますかねえ。何かコツとかありますか?」

「コツか。この資料は説明文から先に読んだほうが良さげだが…。ちょっと待ってろ」

 

黒山は、自分のPCデスクの引き出しからCDを1枚取り出した。

そして、「俺も重宝してる例文集だ。先にこいつを読んでおくと多分効率がいい」と言って、CDを雪の目の前に置いた。

 

 

 

夜凪は、たった1つの所作を完成させられないことに驚いていた。

動画を見て、「台本には書かれてなかったが、たしかに肩甲骨も印象的だ」と思った。

それが再現出来ない。

鏡を見るまでもなく判る。

自分はあのラインを出せていない。

 

「こ、コツとか…(教えてもらえると嬉しいのだけれど…)」

「人によって骨格も筋肉の付き方も違うからなあ」

 

…もしかして、自分の身体では再現出来ない類の所作なのでは?

 

「今、綺麗に出来てた。もう1回」

「はい」

 

自分にも出来るらしい。

だが、そのマグレのような1回は、それきり夜凪の身体に描かれない。

そのうち黒山は「もう1回」という言葉さえ使わなくなり、パン、と手を叩く音が「ストップ、もう1回」の合図となった。

 

「す、ストレッチを…(試しに少し)」

「おお、何でもやってみろ」

 

「私もビデオ30巻を見るべきじゃないかしら」

「あんなの見たら、真美のイメージが焼き付くぞ。自分のイメージの邪魔になる。今練習してるこれも真波の技法だと思うな。身体の使い方の1つに過ぎないと思え」

 

「10回中、何回成功したら会得したことになるの?」

「10回中、10回だ。当たり前だ」

 

しばらくの時間が経ち、黒山が「よし、出来るようになった」と口にした。

 

「15回連続で成功した。動作がスムーズになると勝手に現れるらしいな」

「そんな気はしてたのよ(手を叩き続けるから失敗だと思ってたわ)」

 

だが、夜凪の所作は身体の動きの再現を意識するあまり、表情が芝居と無関係な物になっていた。

次に、表情もしっかり演じた上で身体を使いこなし、それでようやく「おさげのコントロール」の「会得」となった。

 

               第47話「一歩前進」/おわり




以上が、私なりのアクタージュ「scene170」となります。

岩下志麻のエピソードは、アクタージュ原作にも使われていましたね。
私が書いた「80テイク」とは別の話ですが。

夜凪は身体の使い方の訓練をほとんどしたことがありません。
少なくともアクタージュ原作では「羅刹女編」で立ち回りを教わっていた箇所くらいしか、訓練のシーンは描かれていません。

なんというか、「すっと手を綺麗に差し伸べる動き」すら出来ないような気がします。
たくさんあるんですよ。
役者が練習して覚える身体の使い方って。

今回の「キネマのうた」は、そういう部分を補強する機会としては絶好ですね。
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