『エスタージュ(S-tage)』(「セカンドステージ;役者と監督のその後」)   作:坂村因

50 / 69
第48話 「カキツバタ」

 

スタジオ大黒天。

 

「終わる気がしないわ」

「まだ3つだぞ。せめて傍線部は全部仕上げたほうがいい」

 

「傍線部だけで何日かかるか計算したくない気分だわ」

「真波の出演作、見てみるか? ビデオ30巻は駄目だけど、そっちは見てもいいぞ」

 

床にぺたりと座って下を向いていた夜凪は、目と口を開いて顔を上げた。

 

自分は以前、真波の出演作を見た。

家で1人、けっこうな本数を鑑賞した。

ただ、「キネマのうた」に登場する作品は2本しか見ていない。

その2本も今見ればかなり印象が違うはずだ。

 

「キネマのうた」に登場する実在の映画は全部で11作。

 

「11作、全部見たいわ」

「じゃあ今から借りてきてやる(ネット配信だと足りないからな)」

 

黒山がレンタルショップへと出掛けた後、夜凪はPC室を訪れた。

 

雪の机の周辺には、メモやスケジュール表や付箋みたいな物がごちゃごちゃとたくさん貼られていた。

そういえば、物書きだった父親の机もたまにこんな感じになっていた、と夜凪は古い記憶を手繰ってみる。

 

「なんだかいろいろ貼ってあるわ」

「うん、私…」

 

振り向いた雪は、口元を歪めて、

「…私、初めて正式な依頼で制作の仕事をしてるの!(6年目でやっと初仕事です)」

と、歓喜の思いを言葉にした。

 

「おめでとう」

「うん、ありがとう」

 

「話は変わるけど、黒山さんが何故か親切だわ」

「墨字さんはスランプになると親切になるみたいだね(もう別人だよね)」

 

「誰かから盗め、と偉そうに言われる覚悟だったのに、丁寧に演技を教えてくれるわ」

「やっぱり別人だねえ。今のうちにいっぱい教わるといいよ」

 

「雪ちゃんから私にアドバイスはないの?」

「……。けいちゃんは今のままでいいです。強いて言えば…」

 

「強いて言えば?」

「お肌を荒らさないようにいつも以上に気をつけてください。真波はノーメイク、真美はナチュラルメイクです」

 

しゃべり終えるとすぐディスプレイのほうを向く雪を見て、あまり話し掛けないほうがいいかな、と考え、夜凪はPC室を出た。

 

本棚に置いてある資料を眺める。

真波出演の映画のビデオを2本見つけた。

手に取って、(これはどちらも自分が見たものだ)、と思う。

独特のゆっくりしたリズムを持つ作品だった。

どちらも静かな雰囲気の映画だった。

 

戻ってきた黒山が、

「全部BDで借りてきた。ありがたいごとにどれもリマスター版じゃない」

と、機嫌良く語った。

 

「やっぱりそのままの映像で見たいよな」

「BDだとビデオより綺麗なのかしら?」

 

「個々のテープに付いてる傷や伸びがないだけの差で、映像自体は綺麗にはなってないな」

「そういうものなのね」

 

「1作品あたり100くらい真波は技法を見せている。でも、1回目は鑑賞重視で研究は2回目以降がいい」

「な、なるほど」

 

「俺は席を外すから1人でじっくり見ててくれ」

「わかった。そうする…」

 

 

 

黒山は、PC室へと入った。

自分が入ってきたことに気づかずパソコンを操作している雪を見つめる。

 

(あの日は俺が事務所でルイとレイを見ているべきだったな。家政婦とか言い出したし…)

 

黒山は、自身が陥ってるスランプの正体を知っている。

 

作ろうとしている映画が「間違った物」であることが、その理由の1つ。

自分の映画は必ず失敗作に終わる。

具体的にどのように失敗するか、はっきり見えてしまっている。

映画のコンセプトは、

 

 

…日本にも世界に通用する役者がいることを証明する!

 

 

というものだった。

そんなコンセプトで撮った映画が失敗しないはずがない。

 

それを教えてくれたのが雪だ。

 

ほぼ同時にヴェンダースの宿題も解決してしまった。

尾道でじっくり考えなければ解けないはずの難問があっさり解けてしまった。

 

小津はとことん演技に厳しい人だった。

正確無比な芝居しか認めず、役者には「完璧な演技」を求めた。

読み合わせへの不参加と別作品との掛け持ちが許されたのは、当時の俳優の中でも桁違いの存在だった杉村春子だけだ。

 

ヴェンダースは映像の美しさを追求する人だ。

その美しさは、壮大であると同時に人間の心に由来する「美」でなくてはならず、題材のきっかけを見つけるのさえ一苦労という厄介さを伴う。

見る者の心に刺さる不思議な構造を持つ美しさだ。

 

この二人の巨匠の繋がりが何処にあるのか、その手掛かりとなる糸口さえ今までの自分には捉えられなかった。

そして、現在の自分は正解に辿り着けている。

 

正解は「撮りたい物」だ。

 

小津は多分、「撮りたい物のために、役者に相当な無理をさせてしまったよ。でも、おかげでこんなに良い作品になったよ」、という感じだ。

 

ヴェンダースは、「撮りたい物を追求したらこんな形になったよ。ベルリンの街を使えばこの形になることを教えてくれたのは安二郎だよ」、といったところか。

 

スランプの出口は見える。

 

「キネマのうた」を組み上げていく雪に、自分や草見がついていけなかったのは何故か?

得意分野じゃないからだ。

その方面に強みを持ち合わせてないからだ。

 

自分の強みは「役者を見る目」だ。

 

その「目」で凄い役者を見つけて、その役者が計り知れないスケールの輝きを放つ演技をして、そんな強烈な光の中にいる役者の姿を自分は撮りたいんだ。

 

日本の役者が世界に通用するかどうか?

その証明?

どうでもいい。

少なくとも自分が取り組むべき問題ではない。

 

幸い、予定していた内容を大きく変える必要はない。

自分の姿勢を変えれば、あとは少しの調整だけでいい。

 

出口がわかってる以上、焦る必要はない。

 

だが、一度砕け散った感覚は「始める前から後悔してる」という妙な理屈に雁字搦めにされている。

それは、「やばかった」「怖かった」「事前に気づけて良かった」という数珠つなぎの鎖の縛り。

これが、スランプのメインとなる理由だ。

鎖が外れ、粉砕されて反応を示さなくなった感性が再び活性化するのを待つしかない。

 

「あ、墨字さん」

 

雪が、来い来い、と手を動かしていた。

 

「カキツバタのところ、すぐに見つけられますか?」

「真波のカキツバタはあるだろうが、真美のはないかも知れないぞ」

 

黒山は、マウスを操作して3500種を漁った。

犬井の資料には、真美のカキツバタも収められていた。

該当する番号を付箋に控え、ディスプレイの側面に貼りつける雪。

 

雪は、「それで…」と言いながら台本を開いた。

 

「このシーンで使える真波の技法ってありますか?」

「カキツバタのシーンだけど、カキツバタは関係ないだろ、これ」

 

「関係あるならカキツバタを使いますよ。関係ないから質問したんです。私には思いつきません」

「ロケ撮影か。役者の動きが少ないな」

 

黒山は、使えそうな物の番号を2つ選んだ。

 

雪は椅子を降りて床に立ち、

「演じ方、教えてください」

と、申し出た。

 

「お前に? 演技の身体の使い方を教えるのか?」

「はい。急ぎで使うことになるんです。お願いします」

 

「本人の動画があるんだからそっちを見ろ。説明するから」

「私自身が出来るようになるのと、言葉で説明出来るようになるのと、両方お願いします」

 

黒山は、「まあいいけど」と演技の講義を始める。

待つしかない状況の自分にとって、夜凪と雪に何かを教えるために時間を使うのはとても有意義に思えた。

 

「例文集、どうだった?」

「あれ、山田君が作ったやつですよね。高校の時も面白いと思って読んだんですよ。今読むと更に面白いですね」

 

「悲しみ、だけでどれだけ言い方変えるんだよ、というマニアックな一品だ。あまりに面白いから頼んでコピーさせてもらった」

「笑い、なんて100超えてました。犬井さんに必要なのはコレだと思いました。指示のボキャブラリーが少ないんですよ、犬井さん(無心で、を多用し過ぎ…)」

 

「そのCD、犬井さんに貸しちゃ駄目だぞ。俺はあの分量を使いやすいように文字を打ち直してデータにしたんだ。俺たちだけの財産だ」

「…たしかに、財産です(山田君に感謝ですね)」

 

「あの資料の犬井さんの説明文。それで翻訳したら読み易くなると思う」

「…はい。ありがとうございます。山田君のを読み終えたら試してみます」

 

 

 

劇団天球。

金髪ボブのカツラを被り黒ぶち眼鏡をかけ、普段はしない変装姿で環は建物内に入っていった。

入り口を開けてくれたのは七生で、「あ、環さん、いらっしゃい」、と言っただけで変装に対する反応は無かった。

 

環は、稽古場に阿良也の姿を確認し、(ラッキーな日に当たった)、と思う。

来訪の挨拶を済ませ、変装を解いても誰も騒がない。

 

(予想と違う。自意識過剰だったかなあ)

 

稽古場の真ん中まで進み、

「ジョバンニが出来るくらい上手くなりたいです。よろしくお願いします」

と、声を張る。

 

「出来ますよ、ジョバンニ。あなたには」

「へ? いや、私は舞台は全然で、だから稽古したいわけで…」

 

パイプ椅子に座った阿良也は、

「やって見せてください。今、そこで。俺が嘘を言ってるんじゃないって判りますから…」

と、告げた。

 

環は、(なんじゃ、この展開は?)、と思いつつ、突っ立っていた。

だが、沈黙の時間が過ぎていくだけで、どうやら自分が芝居を始めるのをみんな待っているらしい、と気づく。

 

腹を括って、

「ずっと一緒にいられると思っていた。カムパネルラは僕の側にいつもいてくれたから。ずっと一緒にいられると思っていた」

と、何度も練習した冒頭を演じてみた。

 

「思ってたのと違うな…」

「は…、すみません」

 

「弱すぎる。いや強いのか。表現が強いから芝居の力が弱い。発声の抑揚はいい。間のバランスが悪いから…、表現の強さが耳障りになる…」

「……?(あっ、独り言か。返事してしまった…)」

 

「客を引き込むんじゃなくて、客の心の隙間にゆっくり浸み込ませてください。結果的にそのほうが客は早く引き込まれます。ずっと…じゃなくて、ずっと。……。…です」

 

立ったまま環はしばらく考える。

浸み込む、てのはわかる気がする。

そのためには、手の振りを抑えたほうがいい。

言葉の強さの間に、「浸み込むのに要する時間」を用意しなきゃ客は置いてかれるのか。

 

「ずっと…一緒にいられると思っていた。カムパネルラは僕の側にいつ…もいてくれたから。ずっと一緒にいられると…思っていた…」

 

「ほら、出来た。俺は嘘は言わないですよ」

 

環は、(えっ、鬼は?)と思った。

自分は鬼にしごかれに来たのに…。

 

「でも羅刹女は今のあたには出来ない」

「……。」

 

「あれを出来るようになるには相当厳しい稽古が必要になる。やってみますか?」

 

(いや、私はジョバンニがやりたいんだ。なんで羅刹女?)

 

               第48話「カキツバタ」/おわり




以上が、私なりのアクタージュ「scene171」となります。

黒山が一時的に黒山流放任主義を解いています。
丸いですね。
こんな親切な黒山は、私的には黒山じゃありません。
早く出口に辿り着いてもらいたいです。
それには、なにかきっかけになる出来事が必要でしょう。

犬井の「無心で」は、「指示内容が理解出来たら、次は指示されたことに意識を向けず演じて欲しい」というような場合に使われます。
ちなみに、「雑念のない心情で」と指示する時も「無心で」を使います。
口にする言葉が変化に乏しいタイプですね。
雪が、メモ書きクイズの時に「(犬井さんに)ヘタクソな指示だされて、けいちゃん可哀想」というようなことを言ってました。

あと、阿良也のぶつぶつ言う独り言が個人的には好きです。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。