『エスタージュ(S-tage)』(「セカンドステージ;役者と監督のその後」)   作:坂村因

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第49話 「専用台本」

北瀬由衣は、車の中で目を閉じて息を吐く。

なかなか身体の震えがとまってくれない。

緊張しているのか。

ビビッているのか。

 

マネージャーの松川美幸が、

「由衣さん、後半の最重要キャラですよ。緊張するともったいないです」

と、声を掛けてくれた。

 

気遣いは嬉しいけど、最重要キャラってどうなの?

そこは考えないようにしたほうが緊張しないで済むのでは?

とはいえ、責任の重さを受け止めるのも大切なこと。

 

「あぁ、ふるえる…」

「由衣さん、その気合いです。武者震いキープよろしくです」

 

そして、松川は「何か追加情報がないか聞いてみます」と電話を取り出した。

 

うん、ありがたい。

とにかくわからないことだらけ。

昨日がオーディションで、今日いきなり本番の撮影。

脚本も台本もない。

共演者もわからない。

情報が増えるのは助かるね。

 

「大河ドラマ、演技力必須」ということしか教えられてないオーディションで、審査員から「12歳真美は後半最重要の登場人物です」と言われた。

 

なんだ? 最重要ってのは主役より重要ってことか? あたしの日本語力は間違ってるか?

 

電話を切った松川が、

「朗報です。キネマのうたにはお母さんの北瀬香さんが懇意にしていただいている薬師寺真美さんが出演するそうです。これは心強い!」

と、伝えてきた。

 

「…そ、そう。あたしは会ったことないけど、お母さん凄いじゃん。すっごいエライ女優さんだよ」

 

いや、待て。

「キネマのうた」は薬師寺真波の物語と聞いた。

実の娘が出演するわけか。

母親の物語ってことで真美さんはすげー力入れてるんじゃないか(おっかない人って噂も聞くし)。

そもそもうちのお母さんと「懇意」ってのが初耳だ。

 

…待てっ!

 

あたしの「薬師寺真美役」ってその薬師寺真美のことだろ。

情報少ないから、ピンと来なかったけど、どう考えてもそうだろ。

薬師寺真美の見てる前で「薬師寺真美」を演じるのか、わたしは…。

 

「松川さん。あたし、寝ます。現場に着いたら起こしてください」

 

松川は、「承知しました。朝早かったから無理もない。武者震いキープは忘れないように願います」と言って、黙った。

 

8歳役が鳴乃皐月、12歳があたし、15歳は夜凪景、だったはず。

一般的には目立つ人に注目がいく。

夜凪景は18歳で有名人だ。

目立つよ、うん。

あたしなんて、視界にも入らないのが常識。

 

あー、12歳役が最重要ってのが、不気味で駄目だー。

 

「気づいた! 物語のモデル。由衣さん! 薬師寺真美って薬師寺真美さんですよ、おそらく」

「寝てるんですよ、あたしは」

 

「…あっ、今度は本当に朗報です。監督の犬井さん、今日はいらっしゃいません。緊張の材料が減りました」

「おっ?」

 

それは本当に朗報だ。

てか、松川さん、誰と電話してんだろ?

 

「あれ? 寝るんじゃなかったんですか?」

「いや、起きてることにする。松川さん、誰と電話してるんですか?」

 

「川合さんです。宮村さんのマネの」

「……。いいの? それ…」

 

宮村雫、あたしより1つ下の11歳。最終選考の3人に残ってた。

まあ、負けた本人じゃなくマネージャーなら気にするほどじゃないか…。

 

 

 

午前7時45分、由衣を乗せた車が現場に到着した。

指定された時刻の15分前だ。

車を降りて、人が集まっているほうへと歩く。

 

車が5台もいたなあ…。

おっ、忙しく動き回っている人たちがいる。久しぶりに見る光景だね。

…3年ぶりか。

やっぱり、緊張するね…。

 

「由衣さん、コンディションはどうですか?」

「…駄目だね。ビビりまくってるよ」

 

前方から女性が1人、こちらに向かって走ってきた。

 

「本日の監督を務める柊雪です。よろしくお願いいたします。さっそくですが、あちらのテントで着替えてください」

「よろしくお願いします」

 

なんか急いでる感じだな。

テントは…、あった。あれだ。

 

テントのほうに歩き出すと、背後に世間話のような内容の松川の声が聞こえた。

 

「松川さん! 来てください」

 

急いでる空気がわからないの?

世間話とか、この世でいちばん有害な会話なのに。

 

「待ってください、由衣さん。挨拶はきっちりすることは大事です」

「待たない。松川さんも急ぎ足で」

 

「ちょっと説教させてもらいます。一旦足を止めてください」

「挨拶は大事。わかった。うん。そして世間話は不要。わかって」

 

足を止めず、すたすたとテントに向かう。

 

「失礼します」と声を掛けてテントの中に入ると、ビニールで形成されたその狭い空間にいたのは、30代くらいの女性が1人だった。

女性は、「こちらの衣装です。メイクも私がやります」と説明した。

 

由衣はすぐに着替えに取り掛かる。

用意された衣装を見て(今風のデザインだな)と感じた。

スカートを一度じっと眺めて、脚を突っ込みながら(丈がけっこう短い。ふわっとしたフォルムが綺麗だ。でも新品の服じゃない…)と思った。

次に下に置いてある靴を見た。

 

靴も中古だ。ベーシックな茶の革靴。てか、ちょっと汚れてる。

ブラウスとシャツの中間のような2色使いの長袖服は、…ハイセンスの最先端のような恰好良さ。

なんだろ、このちぐはぐ…。いや、スカートにも靴にも合ってるけど。

あ、シャツも新品ではないのか。皺もある。

 

後ろ髪にブラシをかけてくれている女性に、「衣装は、こんな今風の物で良いんでしょうか」と訊いてみた。

 

「60年代の衣装ですね。日本のお洒落の隆盛期で、子供もお洒落な服を着ていました」

「そうでしたか。勉強になりました(マジか。今、街で着て歩いても恰好良いレベルだぞ、このコーディネイト)」

 

「次、メイクいきます。といってもグロスだけです」

「お願いします」

 

テントの外から「チークも。あと眉をまだ整えていません。整えてあげてください」という松川の声が割り込んできた。

由衣は「声は無視してください」と告げ、薄く唇を開けて目を閉じた。

 

テントを出て、機材や人が集まっているほうへと歩く。

歩きながら、「鏡を見てないけどわかる。相当センスの良い女の子という感じになってる。薬師寺真美はこれが当たり前の時代に育ったのか。お母さんが生まれる前の時代だ」、等と考える。

 

おや、同じ衣装の子が2人いる。

宮村雫と柄本綺羅。

オーディションに他の役もあったっけ?

 

柄本綺羅が、

「おはよう、由衣さん。こんなところまで来てオーディションって変わってるよね。由衣さんは本番さながらの気合いで、さすがね」

と、芝居掛かった口調で言った。

 

宮村雫が、

「綺羅さん。本番は合っているのですよ。オーディションを兼ねた本番ですぅ」

と言った。

 

「……。うん、おはよう。オーディション負けないよ」

 

そう言って、由衣は人が集まっているほうへとさっさと向かった。

後ろに、「勘違いしてたくせに」「人は誰でも失敗がありますよぉ」という声が聞こえた。

 

誰だ、連絡間違えたのは?

松川さんは、ちょっとズレてるけど仕事はしっかり出来るし、優しいし、基本誠実だ。

犯人は社長か…。

 

「遅くなりました。北瀬由衣です。皆さん、今日はよろしくお願いいたします」

「やっと揃った。今日は特別。挨拶抜きでお願い。ごめんね」

 

答えたのは先刻柊雪と名乗った若い女性。

 

バタバタと追ってきた綺羅と雫は、遅れを取ったとばかりに丁寧な挨拶を始めたが、柊雪は「おはよう。3人ともついてきてください」と返事しただけだった。

 

最後に到着したくせに抜け駆けズルイとか思ってるんだろうな。

てか、あんたらあたしをからかう目的でたむろってたんでしょ。自業自得じゃん。

綺羅は「小悪魔系」で通してるから違和感ないけど…。

雫ちゃんは「おっとり純情系」なのに、あたしの勘違いをわざわざ綺羅に教えたのか。

 

あたしには何々系といった「キャラ」がない。

そのせいで苦戦してきた。

同じ6年生の綺羅、5年生の雫ちゃんの二人にはオーディションでぶつかることが多く、そして負け続けてきた。

で、やっと勝ったと思ったのは、あたしの勘違い…。

 

柊雪の後をついて歩きながら、由衣は(勘違いで、空回りでビビッて、あたしはアホだ)と思った。

 

 

 

水辺に4人が並んで、柊雪の芝居の説明が始まった。

 

え、細かい…。

いや、難しいよ、それ。あたし出来ないよ、そんな演技。

この人、監督だよね。この内容で厳しい監督だったらキツイなあ。

あ、でも実演も見せてくれる監督なんだ…。

優しい監督っぽい。

 

トップバッターは雫。

由衣は、芝居を始めた雫の姿をじーっと見る。

 

うめえ…。しかも可愛い。

カキツバタを見た後の表情変化もスムーズだ…。

 

「カット! 普通に歩いてください。癖をつけずに」

「はい、すみません」

 

テイク2が行われるかと思ったが、次の綺羅のテイク1が始められた。

放心した顔で戻ってきた雫は、由衣の隣の椅子によろよろと腰を下ろした。

小声で「すごく上手だったよ」と慰めの言葉を掛けるが、雫は「ありがとー」と気の抜けた礼の言葉を返すだけだった。

 

「カット! 顔の動きを勝手に増やさないで」

 

雫と同様に放心して戻ってきた綺羅と入れ替わりに、由衣が水辺の草道の上に立った。

 

あー、気持ちいいくらい頭の中が真っ白だなあ。

もうすぐカチンコが鳴るんだよな。

歩いて、花を見て、笑う。細かい説明は忘れた。うん、覚えてないね、あたし。

 

合図を聞いて歩き出して、花にニコッとしたところで、「カット! 動きの1つ1つを正確に」という声が飛んできた。

これどうするんだろう、という疑問は、雫のテイク2が始まったことで解消された。

 

「カット! 表情、きっちり段階踏んで」

 

「カット! 歩く時アドリブ入れないで」

 

「カット! 目を瞑る時、顎を引いちゃ駄目」

 

こんなふうに繰り返されるシステムだった。

 

由衣は、(優しそうに見えたのに、厳しい監督だった…)と、6巡目となる雫の芝居を見ながらそう思った。

これだけ繰り返すと、動きはさすがに覚えた。

でも、どこかしらでミスをしてしまう。

あと、柊監督はやたら空模様を気にする人だ…。

 

6巡目の自分の芝居を終えた時、「これで全員OKラインです」という声が聞こえた。

思わずその場に留まり、続きに耳を傾ける。

スタッフの「様にするのが精一杯って感じですね」に対し、柊監督が「これでも欲張ったんですよ」と答えた。

 

くるりとこちらを見た柊監督と目が合う。

マズイと思った由衣は、「5分後に同じ場所に集合してください。それまでお水でも飲んで休憩してください。あの2人にも伝えてもらえますか?」と柊監督から告げられた。

 

 

 

そして、5分後。

柊監督は、

「目を段階的に閉じて笑うあの演技は、弘法大師のありがたい言葉を聞いていた女性が、(難しい。うん、難しくてわからない。無理だ、諦めた)、という演技です。今この場でやってみてください」

と、無茶なことを言った。

 

1人ずつ、3人やってみた。

 

次に柊監督は、

「さっきの弘法大師の話はきれいさっぱり忘れて、何も考えずに動きだけを正確にやってみてください」

という注文を出した。

 

1人ずつ3人やってみた後、雫と綺羅だけもう一度やらされた。

 

そして、柊監督は空を見て「由衣さんだけ、花を見るシーンもう一度撮ります」と言った。

 

 

 

椅子に座った由衣はへこんでいた。

 

あたしだけ撮り直しがあった。

あたしだけ弘法大師のやつ1回だった。

また、負けたのか。あの二人に…。

 

柊監督が、ててて、と走って由衣のもとへやって来た。

 

「これ、脚本と台本です。今日はバタバタしてすみませんでした。12歳の真美は出番も多いし凄く重要な役なので、なんとかお願いします。しっかり練習してきてください。本当にお願いします」

 

そう言って、去っていった。

 

由衣が受け取った脚本には「柊雪」と記名があった。

台本にも記名があった。

それとは別に、表紙に手書きで「真美12歳専用」と記された厚めの台本があった。

 

               第49話「専用台本」/おわり




以上が、私なりのアクタージュ「scene172」となります。

北瀬由衣……小学6年生の12歳。
宮村雫……小学5年生の11歳。
柄本綺羅……小学6年生の11歳。

なんとなく役者視点で書いてみました。
これで、12歳の真美役が決まったことになります。

カキツバタが咲いている時期としてはギリギリです。
あと、陽射しが如何にも夏という感じの照り返しを見せるのも駄目です。
雪が空模様を気にしていたのはそんな理由です。
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