教導官として日々を過ごす中、一番堪えることは教え子に降りかかる任務中の不幸だ。
自分が手ずから教えた魔導師が現場で怪我を負うこと。
それを知ったとき、教導官は自分を顧みることになる。教えたことは正しかったのか、別の方法で教えていれば怪我をした教え子は助かったのでは無いか…そんなことをグルグルと考えてしまう。
その心労が原因で教導官を辞する者も少なくない。教導隊で長くいれば、そう言ったことはよく耳にするし、自分も経験していた。
そして、先日に届いた報告書。規模が大きな火災現場で取り残された要救助者を助け出すため、一人の魔導師が大怪我を負った。幸いにも命に別状はなかったが、彼女の魔導師生命を引き換えにする結果となってしまったのだ。
そして、その魔導師を教導していたのが、18にも満ていない「高町なのは」だった。
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「ほほー、やっぱりここにいたか。高町」
大きなグラウンドに面する教導隊の隊舎の裏側。舗装された正面とは打って変わって、資材置き場や倉庫などが置かれている砂利と雑草が茂るその場で、三角座りのまま蹲っている高町なのはを見つけたのは、陽が落ちてしばらくしてからだった。
「…教官」
泣き腫らしたといった顔だ。目は真っ赤になっているし、頬には涙が伝った後が付いている。顔色もすこぶる悪かった。そんな高町の隣に腰を下ろして、暗闇に星が彩り出したミッドチルダの空を見上げる。
「ハラオウンが心配していたぞ?上の空だって」
現にさっき高町を探している様子だったしな、と付け加える。
同時に良い友人を持っているなとも思った。
真面目で仕事熱心な執務官として有名なフェイト・T・ハラオウンがあれほど取り乱していたのだ。その様子を見て、自分も考えられる場所を探して回ったのだが、案の定といえる場所に高町は居た。
高町がうずくまるそこは、多くの教導官が座り込んだ場所だったからだ。
業務の厳しさ、責任の重さ、そして教え子の不幸…そして訃報。この場に座り込む理由は多くあるが、大概がネガティブな要因ばかりだった。
「教官…私の教導は…間違ってたんですか…」
しばらく何も言わずに隣に座っていると、高町は顔をうずくまらせたまま、か細い声でそう言葉を切り出した。
「私が…私がもっとちゃんと教えていれば…彼女は怪我をしなかったんです。被害者も守って、無事に脱出できたはずなんです…」
私が…私がもっと…ちゃんと教えることができていたら…。うわ言のように繰り返す。これは随分と参っている様子だ。自分が彼女の教導をしていたときなんて、弱音も文句も、そして弱さすら見せることなんてなかったのに。
高町なのはという人物は、自分に降りかかることに対しては尋常ならざる精神力で持ち堪えるくせに、他人に降りかかる不幸にはめっぽう弱い性格をしていた。友人が怪我をしただけで焦りやミスが続出するほどだ。
そこは彼女の友人であるハラオウンや、八神も変わりないが。高町は二人よりも更に、そう言った場面に弱い印象があった。
「高町、一人で抱え込むな」
膝を抱えて聞こえないほどの声のまま涙を噛み殺している高町に、出来る限り優しい声色でそう言った。視界の端で、うずくまっていた高町が顔を上げる。
「教官…?」
「現場で、その決断をした彼女を作ったのは紛れもなくお前の教えがあったからだ」
報告書の内容や、事件現場に居た知り合いの魔導師から聞いた状況から考えれば救助は絶望的と言えた。最悪の場合は事故収束後の現場検証に責任を一任されることになっても不思議じゃない。
「絶望的な状況を前にしても、お前の教え子は助けに行く決断をしたんだ。そして被害者を救った。自分の身を呈して守ったんだ」
燃え盛る炎を前にして恐怖もあっただろう。たじろぐ体も、震えもあったはずなのに、その現場で誰よりも若かった魔導師は、何の躊躇いもなくその地獄のような火災現場へと入ったのだ。ひとえに、取り残された人を助け出すためにだ。
「並の人間にできることじゃない勇気を、お前は教え子に与えたんだ」
「けど、教官…!!そのせいであの子は…魔導師生命を失うほどの怪我を…」
そう言って表情を曇らせる高町を見て、はっきりと言った。
「なぁ、高町。俺たち教導官に出来ることは、自分の身の守り方や、俺たちが現場で成功や失敗を元に作った訓練を課して教えることくらいだ」
自分たちは万能でも、全能でも無いのだ。教えることも、時間も限られる。そんな中で、高町が求める「絶対に怪我をしない人材」を育て上げることなんて不可能な話だ。教導官というモノは、まずはそれを理解することから始めなければならない。
「教え子が絶対に怪我をしない。ましてやお前のように優秀で完璧な魔導師にするなんて、どだい無理な話だぞ?」
そう言葉を切ると、高町の顔は青くなっていた。それができないというなら、自分たちは一体何のために教導官というものをやっているのか。
教導官を辞する者の多くの理由はそこにある。自分の教えてることは無意味では無いのかという自問自答、その答えのない迷いと重圧に押しつぶされることが多くあった。
しかし、教導官は…いや、誰かに何かを教える者に求められる意味はそこにはない。改めて迷った眼をしている高町を見据えた。
「それでも俺たちは教え伝えるんだ。失敗したこと、成功したこと、その全てを教え導く。教えた者がほんの少しでも前に進めるようにするために。ほんの少しの勇気を持つ大切さを学ばせるために。俺たち教導官は見本でありながら、超えられるために存在するんだ」
教える者の本質は「伝える」ことだ。そこから何を得るのか、何を見出すのかを決めるのは受け取る教え子次第。受け取ったものを昇華するのも、捨ててしまうのも本人次第。
だからこそ、教導官というものは「伝える」ことを第一としなければならない。あらゆる方法、あらゆる手段を使って、学んだこと、成功したこと、失敗したことの経験を疑似体験させることが何よりの役目だ。
「お前は、その勇気を与えることができる人間だ。彼女はその勇気を持ってお前の想像を超えたんだ」
危険な道へと踏み出す勇気を教えことが、教導官として一番難しいことだ。それを教えることができた高町は、教導官として素晴らしい素質を持っている。それは絶対だ。不動の才能と言ってもいい。その結果が悲しいことであれ、不幸なことであれ、たしかに高町の教え子は勇気を持って踏み出すことができたのだ。
「だがら前を向け。後ろを振り返りすぎると自分の信じていたものすら見失う。そうなっては守れるものを守れんぞ?」
泣いている場合じゃない。そう言って立ち上がる。まだ教えるという立場に立って間もない高町には、やるべきことが多くある。今回のことも、そしてこれからのことも。多くの経験を少しでも伝える。そこから逃げてはならない。教導官を続けていくなら、高町は向き合わなければならない。その全てのことに。
「私は…教えることができたんですね…教官…」
「ああ、俺が保証する」
こちらを見ずに、水の一雫を溢すような声で言う高町の言葉に、はっきりと頷く。風が生い茂った草木を撫でる音が響く。夜風が舞う。空に映る星々を見上げてから、高町はゆっくりと立ち上がった。
「私は…教え続けます。この空で学んだことを」
その目にもう迷いはない。悲しみや反省はあれど、後悔はない。その顔つきを見て少し安心した。彼女が背負ったものはあれど、その重荷で道から逸れることはないのだから。
「ああ、そうだな。……さて、じゃあ帰るとしますか」
凝り固まった背筋をうんと伸ばして言うと、さっきまで泣き顔だった高町は、パッと花が咲いたように笑ってこう言った。
「教官。なんだか私、お腹空いちゃいました」
「なら帰りに何か奢ってやるよ」
「フェイトちゃんも一緒に?」
「げぇ、口を滑らせるんじゃなかったな」
給料日前だから加減はしろよ?と言って、高町と揃って隊舎裏から出る。すっかり落ちた陽と変わって、綺麗な月がミッドチルダの空に浮かんでいる。グラウンドを灯す照明が眩しい。けれど、今自分たちがいる場所は驚くほどに静かだった。
「…教官、ありがとうございました」
教導職のオフィスに向かう途中、後ろを歩く高町がそう言ったが、聞こえないふりをして歩く。
だが、自分の教え子がほんの少し成長したことを実感して、顔に笑みが浮かび上がっていることは自分でもわかってしまったのだった。