ズズズ。
午前0時。
どっぷりと夜が降りたミッドチルダの首都クラナガンから車で少し。近未来的な街並みから一変して、そこはのどかな住宅街となっていた。
普段は首都から戻ってくる通勤帯で賑わう幹線道路も静けさに包まれており、辺りを目照らしているのは均等に街中へと配置された街頭だけで、帰り道をゆくビジネスマンや学校帰りの生徒を誘う食べ歩き店や、小売店も灯を落としていた。
ズズズ。
そんな住宅街の中で、麺を啜る音が響く。
路肩に用意された小さな屋台。夜の静けさを打ち消すよう、バリバリと音を立てて小さな発電機が屋台にぶら下げられた提灯や、小さな電球に光をもたらせていた。
湯気立つ鍋、香辛料を入れる木製の棚、包丁やまな板、そして小さな冷蔵庫。全てが持ち運びやすいよう店主によって吟味と改造が加えられており、見た目にうるさいクラナガンの飲食街には無い、機能性を追求し尽くした形があった。
ズズズ。
綺麗とは形容できない簡素な屋台。そのカウンターの前で店主がエプロン姿のまま、光学式モニターで何かの情報を見ている。
暇そうにしているが、さっきほど手慣れた動作でたっぷりのお湯から麺を切った店主は、温めておいた丼に自家製のタレと香辛料と鶏ガラ出しから取ったスープを合わせ、緩やかに麺を潜らせる。仕上げにじっくりと燻製にしたチャーシューと自家製とメンマ、刻んだネギを散らして。
目の前に出たのは、地球でよく目にしていたスタンダードなラーメンだった。どこにでもある当たり障りのないラーメン。けれど、それがとても珍しいと思えるのがミッドチルダだ。
ズズズ。
目の前に出されたラーメンを啜る。手は止まらない。ラーメンとはそういう食べ物だと私は思う。出来上がったものを見た目を楽しみ、ゆっくりと言葉を交わしながら食べる。そんな優しい食べ物ではない。ビジュアルで暴力的なインパクト、そして啜りだしたら止められない美味しさと熱さと爽快感。昼間の飲食には無い高揚感がそこにはあった。
ミッドチルダは多くの文明や文化が交錯する都市惑星だ。時空という底知れない世界を丸呑みにする技術から得られた文化は、まさに異種属サラダボウル。人の営みに応じるよう、ミッドチルダには様々な食文化も介在している。
中でも、ここ数年でミッドチルダで影響力を伸ばしてきたのは地球の「和食」であった。味はもちろん、見た目の落ち着きや色合いの良さも相まって、美食に傾倒しているミッドチルダの住民に広く認知され、今では首都にも日本料理店が進出するほどになっている。
そして、最近になって出てきたのが「ラーメン」という文化だ。
時空管理局の誰かが持ち込んだ携帯食料の中にあった即席ラーメンから爆発的に人気が上がり、清楚で清らかさすらあった日本食というジャンルに、ジャンクな側面を与えたダークホース。
美食で釣られたミッドチルダの住民にとってラーメンの存在は青天の霹靂。撫でられていたと思っていたら高カロリー、ハイパワーでビンタされたようなもの。それが癖になるまで時間は掛からなかった。
ズズズー。
そして、今私が食べているこのラーメンは、ミッドチルダでも首位を争うラーメン店でもあった。
ただ、その出現率は極めて低い。とても低い。店舗などなく、形はなんと移動式の屋台だ。時間帯も場所も一切情報なく、そして雲のように消える。ラーメンを出す店がまだ現れていない現状、本物のラーメンを食べられる幻の店として、今のミッドチルダで大きな噂となっているのだ。
絡むスープと、しっかりと弾力のある麺。啜っても啜っても飽きないという魔法のような魅力。なるほど、これは確かに誰もが興味をそそられる。
「ぷはっ!!」
どんぶりを持ち上げて飲み込むスープに、思わず声が出た。久しぶりの故郷の味、それもかなり本物に近いクオリティのラーメンだった。隣に座るフェイトも、するすると麺を啜りながら味を楽しんでいるように見えた。
地球でなのはや家族と共に行った初ラーメンで、フェイトはラーメンを啜ることができずにパスタを食べるように食したのが始まりだったという。ミッドチルダの住民も啜るという文化には慣れていない様子で、それぞれが想い思いの形で日本の文化食を楽しんでいる。
行儀が悪いと敬遠されていることが当たり前になる。日本食というものは、その文化圏の意識すら覆すほどの浸透力と魅力を秘めているのだ。
さすが食文化には躊躇いがない日本。タコを見てワサビ醤油で食べれるなと判断できる思考力は他の追随を許さない。和食とは狂気と芸術が折り重なって作り上げられてきたのだ。
そんな真理に想いを馳せながら余韻に水を飲み込む。時間は深夜0時を過ぎたところ。この瞬間こそ、ラーメンを楽しむ形のひとつなのだと言えたのだった。
.
.
.
.
「いやぁ、運が良かったわぁ。あの店がこんな場所に来るとは夢にも思わんかった」
屋台を出て、すっかり肌寒くなった夜風に火照った体を晒しながら、はやては満足そうに言う。足が向く先は帰路…ではなく再び職場へともどることになるが、その足取りは行きよりも軽やかになっているように思えた。
「けど、こんな時間に食べるのも何にか罪悪感が…」
隣を歩くフェイトが、そう後ろめたそうに言う。まったく真面目ちゃんめとはやてが立ち止まってフェイトへと視線を向けた。
「こういう時間やからやでー?疲れてる時、休めない体が求めるのは甘みと塩分や!!ラーメンはパワーやで!!」
ただでさえ、二人揃って徹夜コースなのだ。はやての持つ案件と、フェイトが調べている事件に関連性が見つけられたことで、二人は遅くまで局に残って資料の読み返しと、事件の関連性についての調査のために根を詰めていたのだ。
気がつけば日付が変わる直前、程よい空腹感と切れた集中力に誘われるまま、深夜の外食に出た二人が見つけたのが、最近ミッドチルダで噂になっていたラーメンの屋台だったのだ。
「その分動かないとダメだよ?はやて」
ジト目で言うフェイトの言葉に、はやては咄嗟に視線を逸らした。最近は事務仕事や偉い人との会合で、はやてがすっかり自主トレをさぼっていることがバレている。現場仕事で体を動かすのが日課となっているフェイトと違って、動くと言うことに億劫になってしまっていた。
「あーあー。デスクワークでカロリー消費できたらいいのに」
「うわぁ、切実」
「脳を動かしても体に付く余分なものは落ちへんのや…」
「今度トレーニング一緒にやろうね」
「はぁい」
はやての愚痴に言葉を返しながらも、フェイトの笑顔のお誘いに、はやては気怠げに返事をした。久々に汗を掻くことができそうだが、それもこれも、今抱えている事件を解決に導いてから。
月が冴える夜空の下。ラーメンで栄養を補給した二人は、放り出してきた業務を思い返しながら、誰もいないミッドチルダの街中で足音を響かせてゆく。
大人の夜は、これくらいだらしないくらいが丁度いいのだ。
.
.
.
.
一方、その頃の高町なのはは…。
「教官が夜に外出届を出す時に、決まってあのラーメン屋の目撃例が…あやしい」
夜の町に公然と出現する屋台の謎を追っていたのだった。そしてその推理は…。
「次は寿司の屋台でも考えるか。リンディ提督と相談だな」
的確に答えを撃ち抜いていたのだった。
END