魔女兵器 〜Another Real〜   作:かにみそスープ

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第19節 〜この夜が明けることを疑わない〜

 暗黒の世界から解放され、ヴィラクスを抱えながらサモントンの大地に降り立つ。

 

 ……ここはどこだ? 今俺はサモントンのどこにいるんだ?

 

 周囲を見渡すが、ここには見覚えがない。だけど似たような場所は見たことがある。

 整備された庭園。やたら綺麗で巨大な豪邸。この厳重に警備された鉄線や入り組んだ構造といい、恐らくはデックスの別邸の一つだろう。

 

 問題はどこの別邸にいるのか、ということだ。

『時空位相波動』は解除されたから電波妨害はなく健在だが、生憎と手持ちのスマホは今は電源切れ。現実世界だとかなりの日数経っていたらしいから当然と言えるが……。

 

「あっ——。ニャルラトホテプ!!」

 

「へぼっと!!?!?」

 

 なんて考えていたら、聞き覚えのある男の声と共に俺の顔がぶん殴られた。

 全くの無防備状態でのクリーンヒット。きっと今の俺は女の子がしちゃいけないヤバい顔になってると思う。それぐらい渾身の一撃が入った。

 

「思い知ったか。サモントンを貶めた外道が」

 

「痛い……痛いです……ガブリエルさん……」

 

 殴ってきた人物の名はガブリエルだ。その手は血が滲み出るほどに強く握られており、単に彼がどれほど今回の事態を呼び起こしたニャルラトホテプに対する怒りを持っているかを表していた。

 

 ……同時にウリエルと俺がどれほどの危険をみんなに招いたかも。

 それを今更肌身で感じた。それを思えば、これくらいの痛みなんて借金のツケにもならないことだ。

 

 俺は殴られた頬を摩り、欠けた歯を血反吐ともに吐き出して息を整える。この程度の痛みや傷なんて今更だ。いちいち泣き喚くほど子供じゃない。こちとら生理を何度乗り越えたと思ってる。

 

 ……そういえば歯は生え変わるのかな? 前に愛衣は「レンちゃん生まれたての赤ちゃんみたい」とかみたいな言っていたけど……。歯も生まれたてなら永久歯として生え変わるんだろうか。

 

「あれ……? もしかして……レンくん、だったり?」

 

「そうでふ……」

 

 なんて呑気な考えが読まれたのか、ガブリエルは冷や汗をかきながら伺って俺は頷いた。

 そうするとどうだ。一転して空気が気まずくなる。ガブリエルはラファエルみたいに恥を隠すようにツンケンとした態度で明後日の方向を向いて苦笑いをする。

 

「……いやいや、これでもレンくんは見た目は女の子。貴族たる者、謝るのが礼節だ、すまない。前情報でニャルラトホテプがレンくんに化けてると話を聞いていてな……」

 

「いや、それは男女問わず謝ろうね? 一方的に殴られる痛さと怖さを教えられたんだよ?」

 

「はい、ごめんなさい」とガブリエルは一度箱舟基地でモリスに見せたような年相応の謝り方をしてくれる。なんだろう、この絶妙に緩い感じ、久方な気がしてならない。

 

 …………それほどまでに今は切羽詰まってるんだ。それだけ空気が張り詰めていて、どれほどの危機が迫っているかを頭でも理解できる。

 

 早く……早く元凶を絶たないといけない。じゃないとサモントンを救ったとしても、今後も同じような事態が起きるのが目に見えている。

 

 

 

 ——ニャルラトホテプを絶対倒さないといけない。

 

 

 

「それよりもここどこ? みんなと合流しないと……」

 

『そこはデックスの本邸だぞ、レン』

 

「あふっ……」

 

 質問と同時に胸に迸る震えと電流。この超久方ぶりの刺激は……!

 

「マリル!」

 

『久しぶりだな。だが状況は芳しくない。今からズババっと、そしてチャチャっと説明するぞ』

 

「よし。ドドっと来い」

 

 早速マリルから今まで何があったかの詳細を事細かく耳にした。

 

 俺が『魔導書』に閉じ込められ、サモントン強襲が起きてから約2週間近く経過していること。

『時空位相波動』自体が解除されたのは少し前の話であり、やっとSIDの戦力が介入できて、戦局としては終幕に向かっているということ。

 現在SIDの増援とサモントンに在住する『位階十席』の皆がニャルラホテプ達と対峙していることを。

 サモントンには現在レッドアラートが存在しているが、今回に限り味方であるということ。

 

 

 

 ——そしてラファエルが、異形となってしまったことを。

 

 

 

「ああ……私の目の前でな……。『メテオライト』に触れたことでな……」

 

「メテオライト……」

 

「隕石のことだ。君がよく知る『剛和星晶』と『剛積水晶』と同種と言っていい」

 

「あの隕石と同種って……あんなのがまだあるのかよ!?」

 

「ああ。祖父の研究結果に間違いがなく、かつ隕石と属性が相互しあうというなら……あの隕石は『五種類』あるんじゃないかな」

 

 俺にはイマイチ詳細が把握できないが、ともかくそのうちの一種……ガブリエルが説明してくれた『風の神格』が宿った隕石に触れたことでラファエルが異形となってしまったのか。

 

 ……となると、俺が『魔導書』の中で聞こえた声がそれだ。

 

 誰かが俺を呼んだ声がしたけど……恐らくそれはラファエルだ。ラファエルが助けを……いや違う。多分『すべて』だ。ラファエルのすべてが俺の魂に届いたんだ。

 

 しかもマリルの言う通りなら、ラファエルは今暴走状態にあるという。ラファエルを中心にサモントンへとプラズマの熱線を乱れ打ちしていると。

 

 幸い、ラファエルが異形化した際の副作用でサモントンのXK級異質物である『ガーデン・オブ・エデン』が反応して、サモントン中央都市部は天然要塞に囲まれて、避難民は皆その熱線に焼かれることは今のところないらしいが……。いつまでも放っておくわけにはいかない。いずれは天然要塞も焼き切れる可能性は十二分にあるし、現状でもサモントンの土地そのものにダメージを与えるという。

 

 その被害は全体にして5%——。

 些細な数字かもしれないが、食料輸出国であるサモントンにおいて大地が利用できなくなるのは世界に致命傷だ。だからこそマサダブルクもエミリオへの政治的私情を一度置いてレッドアラートを何機も派遣してくれているというのに……。

 

「早く合流しないと! ここから都市部まで何分なの!?」

 

「…………720分だ」

 

「720分ってことは……。12時間っ!?」

 

 そんなの……間に合うわけがないじゃないか!?

 

「マ、マリル! 何か良い案あるよな!?」

 

『……SIDのヘリで回収しても6時間以上はまずかかる。お前が方舟基地から南極に移動したようなことを意図的に起こせるなら話は別だが……』

 

「あんな芸当……そんな都合よくできるわけないだろっ!?」

 

『ああ。だからこれ以上はどうしようも……』

 

 マリルですら容易く打つ手がないと言ってしまうのか。それほどまでに、ここからサモントン都市部までの距離は絶望的に遠いというか。

 

 だったら何とかして……何とかして『因果の狭間』でも何でもいい。そんな亜空間を通じて飛ぶことはできないのか? 俺だったら、あんな空間の一つや二つ、簡単に攻略できるというのに……。

 

 でも……そんな物を発生させる異質物なんて今ここには……!!

 

 

 

「いえ——。まだ手はあります」

 

 

 

 そこでマリルでもガブリエルでも新たな声が届いた。

 それは俺の胸元……よりさらに下。未だに抱き抱えて横になっている人物が漏らした声だ。

 

「ヴィラクス……気が付いていたのか?」

 

「ええ……。うっすらと私がしたことを覚えています……。私が『魔導書』を介してニャルラトホテプ様……じゃなくて、ニャルラトホテプに操られていたことは特に色濃く……」

 

「本当に『位階十席』として不甲斐ないです」とヴィラクスは項垂れる。心の底から隠しきれない後悔を抱えて。

 

「……それを言ったら俺もウリエルも同罪だ。今回の事態が終わったら一緒に償おう」

 

 その言葉にヴィラクスは「ええ。ウリエル様の分まで背負います」と力強く頷き、俺から離れて「今から不躾なこと言います」と割り切った考えを持って話し始める。

 

「……そして信じる信じないはレンさん自身で決めることです。その上で発言を許してください」

 

「いったい何を……?」

 

「——私を、その『魔導書』の所有者に今一度させてください」

 

 

 

 ヴィラクスをもう一度『魔導書』の所有者にする——。

 その発言に、俺の脳裏に嫌な予感が奔った。

 

 

 

「私の『魔導書』には転移魔法があります……。座標さえ教えて頂ければ、残り滓しかない魔力でもそれぐらいはできます。それだけがここから瞬時にサモントン都市部へと移動する唯一の方法です」

 

 

 

 確かにそうすれば、ヴィラクスの言う通りに『魔導書』の転移魔法を使って一気にサモントン都市部に移動することは可能だろう。

 

 だけど、それを聞いて「じゃあ試そうか」と言えるわけがない。何せヴィラクス自身、先ほどまで『魔導書』を介してニャルラトホテプに操られてウリエルと俺に敵対していたのだ。下手に『魔導書』を渡してしまえば、さっきのことをまた起こしてしまうことを警戒するのは当然なのだ。

 

 だからヴィラクスも強く言えない。俺に判断を任せてくれている。

 自分をもう一度『魔導書』の所有者にするという発言と行為、それに再び操られないというのを信じてくれるかどうか。

 

 …………そんなの悩むまでもない。

 

「……それに、これは一回分しかありません」

 

「一回分……」

 

「はい、ですから……」

 

 ガブリエルか俺か……どっちかしか向かえないってことか。それも踏まえて考えてほしいということか。

 

「その……レンさんは……男の子? らしいので恥ずかしいとは思いますが……」

 

 …………ん? なんか俺が想像してたことと方向性が違わない?

 

「一回で二人とも転移させるので、ガブリエルさんと密着する感じでお願いすることになります」

 

「……密着とは、いかほどに?」

 

「具体的には抱っことか、おんぶとかですね」

 

 …………ででで!!?

 

「できるわけないだろっ!? 何で俺が男同士で抱き合わないといけないんだよ!?」

 

『いいじゃないか、抱っこの一つや二つ。裸で抱き合うとかの類じゃないだけ優しいだろう』

 

 それはそうだけど、それでも恥ずかしいだろっ!? ガブリエルに抱っこしてもらうなんて!?

 

 ……いや待てよ。俺は今何を考えた? 『恥ずかしい』? 『気持ち悪い』とかじゃなくて? 

 それって、つまり……俺がガブリエルに対して好意的な感情を無意識に……? 箱舟基地で沸いた何かの間違いは気のせいではないと……?

 

「うろろろろろろろろろろっ!!」

 

『おっとバイタルが絶不調だ』

 

「……やっぱりダメですかね?」

 

「ダメじゃないダメじゃない! 今は俺の個人的感情は抜きにしても、それに賭けるしかないんだから!」

 

 時間が惜しいんだ。こんな些細な感情で流されてはいけない。

 俺は迷うことなく『魔導書』をヴィラクスに差し出し、ヴィラクスも万巻の思いを込めて「ありがとうございます」と言って、彼女も迷うことなく『魔導書』を開いて該当するページへと指を走らせて詠唱を開始させる。

 

 ……うん。大丈夫だ。きっと大丈夫だ。

 暗闇の世界で操られて、別人のようになっていたヴィラクスを見ていたからこそ分かる。彼女は絶対に正常のまま『魔導書』を操ってくれると。

 

「それじゃあ失礼しますよ、お姫様」

 

「ひゃいっ!?」

 

 安心しきっていると突然浮遊感に襲われて、俺の視点は流転した。

 視界の先にはガブリエルの顔が間近にあり、こうして近くで見ると細部はラファエルと似ていることがわかる。主に眉毛とか口元のニヒルな感じが。

 

 ……いやいや待て待て。それ以上に今の状況はどうなっている? 冷静に考えろ。

 

 俺は今浮遊感に囚われている。ここまでオッケー。

 ここは当然地球なんだから、普通に立っているなら足元に重力を感じるはずだ。しかし今は背中に感じている。つまり仰向けになっている状態となる。

 

 つまり俺は今ガブリエルに抱き抱えられてる状況というわけだ。そりゃ当然だ、転移魔法を使うんだからな。密着するようにヴィラクスに言われたんだから。

 問題はガブリエルの手だ。右手は俺の右肩を抱え、右腕で背中全体を支えている。左手は俺の右太もも前に回し、左腕は太もも裏全体を支えてくれている。

 

 

 

 …………うん、そうだね。

 

 ——これは俗に言う『お姫様抱っこ』というやつでは?

 

 

 

「あわ……あわわ……」

 

 あっ、ヤバい。今の今まで女の子達と過ごして免疫がついてきたと思っていたけど、代わりに男性に対する免疫が薄れていた。

 こうして男性に力強く抱えられると……そのなんというか……すごい守られる感というか……頼りになる感が……その、肌身でわかるというか……。

 

「ゔぉえ!!」

 

「吐こうとしない。今時ゲロインなんか廃れてるぞ」

 

 推してる人に失礼すぎるわ!

 

「——準備ができました。今から転移魔法を行います。大人しくしててくださいね」

 

「うわー! 降ろせー! せめて体位を変えてくれー!」

 

『ワガママ言うな。秒読みいくぞ』

 

「3!」

「2」

『1』

 

「「『0!』」」

 

 

 

 何でお前ら、そこだけ妙に気が合うねんっ!!

 

 

 

 …………

 ……

 

 

 

『魔導書』に記載されている魔法によりヴィラクスは無事にレン達を転移させることに成功し、彼女は深く息を吐くと、目を見開いて何かをやり遂げるたびに動き始めた。

 

「まだ……まだやることが……!」

 

 ここには彼女一人しかない。故に彼女の動向など誰も知らない。

 

 彼女は人知れず孤独に戦い続ける。ある目的を果たすために。

 そのためにヴィラクスは、レンに対して本当でありながら嘘でもあることを一つ付いていた。

 

 それは魔力が残り滓しかないということ。確かに本当ではあるが、それがつまり一回しか魔法しか使えないというわけではない。代償さえ払えば魔力は無尽蔵に生み出せることを、ヴィラクスはニャルラトホテプに操られた時に微かに覚えている。

 

 だから代償さえ払えば——。彼女自身の『命』さえ払えば——。

 

 

 

 ——今サモントンに数十万といる『ドール』をすべて消滅させることができる。

 

 

 

「私の全部を糧にサモントンに放たれた『ドール』を強制消滅……それに『魔導書』本体を処分しなければ……! でないと……」

 

 

 

 ——また同じことを繰り返してしまう。

 

 

 

 必死の使命感と焦燥感を抱えてヴィラクスは詠唱を口にする。同時に彼女の脳裏に強い強い『情報』が入り混じる。

 それは彼女自身を犯して侵す劇薬だ。彼女を今再び従者にしようとする『魔導書』の、あるいはニャルラトホテプが残した意思。それに懸命に抗おうとヴィラクスは奮起する。

 

「入ってこないで……っ!! もう私は……ニャルラトホテプ様には服従したくないっ……!!」

 

 だがどんなに抗おうとしても口は誤魔化せない。

 少しずつ心身を侵され、憎き存在であるニャルラトホテプに『様』をつけてしまう自分に心底嫌気が差しながら、彼女は自意識を覚醒させるために、石材の破片を手に取って深く傷を付ける。

 

「ぐっ……! あっ……!!」

 

 それは自殺同然の行為だ。手首の動脈を切って、忌々しい情報と共に血を吐き出して自意識を奮い立たせる。

 

 ヴィラクスの心は懺悔と後悔の念しかない。

 

 どうせ下手に生き残る価値もない。『位階十席』としての地位を汚し、サモントンに仇なした。

 自分の初めての友人となってくれたウリエルをほとんど自分の手で殺してしまった。

 

 

 

 ——お姉ちゃん……! 僕……辛かったよ……! 誰も僕のことを認めてくれなくて……誰も僕のことを見てくれなくて……!

 

 

 

 それは初めてヴィラクスがウリエルと会った日の話。

 思わず胸の内を溢したウリエルを見て、ヴィラクスは初めて『自分が必要されている』ということを知った。天涯孤独な身において、ヴィラクスとウリエルの一人ぼっち同士が触れ合い、二人ぼっちの関係になるのはある意味運命でもあった。

 

 この子のために、私は一人でも歩けるくらい強くなろう、と。

 泣いて悲しんでる子のために、私はしっかりと手を伸ばそうと。

 藁にも縋るような子を絶対に助け出せるように。

 

 だというのに誓おうとした相手には何も返せなかった。

 それどころか自らの手で殺したに等しい目に遭わせてしまった。

 

 

 

 ——なんという生き恥。よくもまあ生きていられる。

 ——生きているなら、生き残っているなら責務を果たさないと。

 

 

 

 そのためなら、この命を捧げることなんて容易いものだ。

 

 

 

 さらに深く石片を食い込ませて血を溢れさせ、魔法の詠唱はついに完遂された。

 暫時経つと、周囲の空気が一転して柔らかく、そして静まり返った。目にしなくても分かる。『ドール』が消滅し始めて、その喧騒が収まろうとしているのだ。ようやくサモントン崩壊の危機を招いた一つ目の災厄である『ドール』を対処することに成功した。

 

 それはヴィラクスが完全に『魔導書』を操って『ドール』を制したことも意味していた。

 

 

 

「あとは…………わたし、の……いのちといっしょに……このほんを」

 

 

 

 だが、それでもヴィラクスは止まることはない。

 今にも抜け落ちそうな魂を僅かに繋ぎ止め、デックス本邸の中にあるであろうライターなどの着火剤と自身も燃やしつくす燃料を探して這うように歩き続ける。

 

 一歩踏むたびに意識がどこかに行きそうになる。自分がどこかに逝くのはいい。だけど、それは今じゃない。逝くなら『魔導書』を完全に焼却してからだ。それまでは意識が持ってくれないと困るのだ。

 

 だが、それでも意識はどこかに行くのは止められない。

 やがて少女は見覚えのある『暗闇の世界』を歩き出していた。

 

 

 

 ——ああ、ここまでしか私は成せないのか。

 

 

 

 何もない世界をヴィラクスは歩き続ける。

 ここが終着駅で、ここが死に所。なんて情けない上に中途半端。後一つだけやることがあるというのに。

 

 

 

 ——おやおや。こりゃ珍しい客人。レンちゃん以外のここに来る子いるんだ。

 

 

 

 だというのに、そんなヴィラクスに話しかけてくれる人物がいた。

 その声には聞き覚えが一切ない。ヴィラクスはその人物とは何の面識もない。それは確かなことだ。

 

 

 

 ——う〜〜ん。さては私の因果に惹かれてきたのかな? レンちゃんか、それともバイジュウちゃんか……。どちらかに近しい子なのかな?

 

 

 

 だけどヴィラクスはその声に親近感を湧いた。

 どことなく関わったことがあるような……それこそ似たような雰囲気というか、匂いというか、何とも言えない感覚が、ヴィラクスが新豊州で知り合ったバイジュウから微かに感じていた物に。

 

 

 

 ——まあ、何にせよ。あなたがこっちに来るのは早いよ。

 ——それにその『魔導書』は大事な物なんだ。エクスロッドのお嬢様曰くね♪

 

 

 

 そう言われ、少女はヴィラクスを向こう側の世界から突き飛ばした。

 ヴィラクスは確かな肉体の感触を感じながら倒れ込み、同時にそれはそれはヴィラクスがまだ『生きている』という証明でもあった。

 

 心身ともに限界の限界。倒れ込んだ衝撃でヴィラクスは意識が落ち始める。

 それでも意識を奮い立たせ、ヴィラクスは確かに幻覚のように佇むその少女の顔を見ようとして——その末に意識を落とした。

 

 忘れはしない。自分を助けてくれた少女の顔を。

 

 

 

 

 

 ——何百年もの孤独を味わった、寂しい瞳をした茶髪の少女の顔を。


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