ミカエルを指揮とするサモントン組がニャルラトホテプを追い詰める中、もう一つの戦場では激烈極まる戦闘が行われていた。
「エミッ! 4時方向!」
「了解っ!」
あちらが一手一手堅実というのなら、こちらは乱戦と言っていいだろう。
エミリオが指揮するSID組は、イブ=ツトゥルが身体から無数に溢れる悪鬼の集団に真正面からぶつかり合う。悪鬼の力そのものは『ドール』よりかは幾分か強力ではあるが、戦闘経験豊富な上に強力な能力を持つエミリオとヴィラからすれば動きさえ把握できればどうとでもなる相手だ。
だが、強烈に目を引くのはその二人ではない。
この戦場で一番常軌を逸した行動しているのは、見た目だけならバイジュウよりも華奢で病弱な肌色を持つ剣士なのだ。
「これで……14ッ!!」
指揮系統とは別の戦力として動き続けるギンの動きは、まさに電光石火な機敏さで悪鬼の身体を次々と切り裂いていく。
その太刀筋は『一撃で死滅させる』こと以外に規則性などない。ある時は首を、ある時は胴体を、ある時は翼を、ある時は顔を一刀両断して意識だけはまるで未来を通しているかのように、先の先にある悪鬼へと殺意を向ける。
どうしてそこまでギンが正確無比かつ孤軍奮闘できるのか。それは本人の研磨された技術と精神性もあるが、同時に新たに手にした異質物武器である『天羽々斬』の恩恵もあるからだ。
『天羽々斬』——。
それは昔から存在していた異質物の一つではあったが、いかんせん年代物ということもあり『七年戦争』で刀身の一部が破損。効力も特になく『Safe級』で管理されていたが、霧守神社の一件で破損した『妖刀・蝶と蜂』の代わりを求めてギンが「何かいい刀はないか?」と申したことをきっかけに、それは初めて異質物武器として誕生することになった物だ。
破損した刀身は、これまた破損していた妖刀の材質を組み入れて打ち直すことで修復した。だが、その際に予期せぬ副次効果が『天羽々斬』には生まれた。
元々ギンが使用していた『妖刀・蝶と蜂』はヴィラクスの『魔導書』と似たように、その刀は人ならざる商人を介して『ヨグ=ソトース』から得たものだ。
故にその材質は地球上ではほとんど検出されない物で構成されており、知的好奇心旺盛な愛衣ですら「ちょっと地球の理解を超えてなぁい?」とその異常さにドン引きしながら興奮していたほどだ。
その性質は何を隠そう『生命力』を糧にしていた文字通りの妖刀だったのだ。
分かりやすく『生命力』と評しているが、実際のところは『生命』に紐づくりあらゆる因果を喰らうと言った方が正しいと愛衣は語ってもいる。
つまりは非科学的な物ではあるが『運命』や『魔力』といった物さえ、その妖刀は養分として食らっているのだ。それを糧に妖刀は切れ味を増していき、現世まで汚れを知らずにその美しい刀身と保ち続けていた。
それは常に『生命力』を求めて血を、心を、魔力を、運命を喰らい続け飢えを満たしたのが『妖刀・蝶と蜂』の本質でもあったのだ。
ギンがその『妖刀・蝶と蜂』を耐え続けていたのは奇跡でもありながら、その並々ならぬ素質を鍛え抜いた軌跡もあったからに他ならない。
ならば、その性質は霧守神社の一件で完全に失ったのかと言われればそうではない。破片となった妖刀の性質は不完全ながらも残っていたのだ。
妖刀の性質を受け継いだ『天羽々斬』は、底なしの飢えを持った刀と変貌していた。
一度口を開けば、それは永遠に『生命力』を食うだけの貪欲な刀。それは触れる者すべての『血液』に反応して無尽蔵に喰らうだけ。喰らって、食らって、喰らい続ける。刀身を治すことなく、ひたすらに満たされぬ底の壊れた飢えを満たそうと喰らい続ける。
それがギンが悪鬼を一撃で葬れる理由だ。
一閃でも受けた生命は、その刀身に血が付着して『生命力』を根こそぎ持ってかれる。
例えその傷自体が致命傷にならずとも、先に運命が命の糸を燃え尽きさせる。それが『天羽々斬』の性質だ。
もちろん使い方を間違えれば、味方どころかギン自身にも悪影響を及ぼす諸刃の剣だ。特にギン自身が傷を負ってしまえば、その瞬間に『天羽々斬』はギンの運命に喰らいに来る。
それを惜しげもなく、それどころか勇ましく戦場へと一歩、さらに一歩と踏み込んでギンは刃を振るい続ける。
その胆力にエミリオは感嘆な声を漏らしながらも、細心の注意を払って悪鬼との自衛を熟しながら、続け様に来る増援の軌道を予測しながら絶え間なく指示を伝達し、今もなお戦場を荒らすギンへと助力をしていく。
「24……25、26……っ!!」
そして接敵となる。ギンはついにイブ=ツトゥルへと刃が届く間合いまで詰め込んだ。
一息入れて抜刀の準備へと入る。ギンが最も得意とする抜刀術。光よくも速く切り裂く絶技『逆刃斬』——。
意識した時には既に終わっている。
イブ=ツトゥルが迎撃しようとその悍ましい手をギンに向けようとした時、そこには既にギンはいなかった。
何処に行ったのかと本能的に探すこと数秒。そこでイブ=ツトゥルは気づく。自分の手が微塵も動いていないことを。まるで自分の手がなくなってしまったかのように動かないことを。
それもそのはず。既にギンは『逆刃斬』を終え、イブ=ツトゥルの両手を切り飛ばしていたのだから。
「——■■■■■■ッ!!」
火山のように噴き上げ、雨のように降り落ちる自身の血を見てイブ=ツトゥルは人類の耳では言語化できない悲鳴を轟かせる。
一つの音だけで大気が震え、空気が痺れる。
「よっし! これで化け物共も大人しく……」
「ええ。好戦的な臭いも落ち着いてきて……」
——いや、まずい。
——なにか、まずい。
ソヤとヴィラが喜ぶ最中、ギンは油断するどころか、むしろ更に闘争心と警戒心を強めてイブ=ツトゥルの動向を追う。
——もっと、まずいことになる。
それは無限にも近い時間を『因果の狭間』で過ごし、その中で鍛錬された『心』や『魂』といった目でも科学でも捉えきれない部分を掴むコツを知っているからこそ感じ取れた一瞬の違和感だ。
血の動きに淀みがあるのをギンは感じ取った。どう説明すればいいのかは分からない。ただただ本能が警鐘を鳴らしているのだ。
あの血は普通じゃない。あの血は生きていると。
「この動き方……『血』が生きているっ!?」
そしてそれは『魂』を視認できるバイジュウならより強く感じ取れた。
バイジュウは今、幸か不幸かセラエノとの戦闘で視界を患っている。だからこそ『魂』だけの動きを追うように意識しており、イブ=ツトゥルが噴き出た血の全てに個々の『魂』があることにギンよりも正確に捉えていた。
それはルクストゥールこと、暴走している異形のラファエルを関節的に生み出した元凶である『自意識を持つ生命体』だ。
バイジュウ達は知らないが、一部では『黒き者』や『ザ・ブラック』と呼ばれる存在——。
それが噴き出た血の一滴ごとに『魂』を持っている。今か今かと姿を見せようと蠢いており、その度に跳ね上がる空気の澱みと異質さにバイジュウは確信する。
——これだけは是が非でも触れてはならないと。
「——ッ!!」
それをバイジュウが意識するよりも、ギンは速く動き始めた。積み重ねた戦いが身に染みてるからこそ反応できる本能的な動作で対処に向かう。
噴き出た血液の一滴一滴に『魂』が宿っており、その全てが独立した意識と力を持つ。
その数は実に2000——。だがギンはそれらを瞬く間に切り落とした。『天羽々斬』の特性上、撫でるように触れるだけで排除することができ、その一瞬だけで1800以上はその『魂』を切り落とすことはできた。
だがそれでも残り約200は通してしまう。こちらは5人に対して相手の『血』は200。そして無限に生み出される悪鬼とイブ=ツトゥル。
あまりにも数的な不利が多すぎる。それでも物ともしないのがギンの尋常ならざる実力ではあるのだが、流石に限度という物はある。むしろ1800を落としただけでも上出来と言えるだろう。
だがそれで足を止める理由にはならない。ギンは追撃するために刀を逆手に持ってでも残った『血』を撃退しようとするが、身を翻した時には既に悪鬼が押し寄せてきて前進を阻んで追うことができない。
その間にも『血』は少しずつ変化をして『黒き者』へと変化しようとしている。あるいはその姿のまま拘束しようとエミリオ達へと襲いかかる。
何としてでも防がないといけない——。
そんなギンの『魂』と『心』の揺らぎを、バイジュウとエミリオは確かに応えてくれた。
「エミリオさんっ!」
「バイジュウ先生のお気に召すままっ!!」
バイジュウの『魂』を認識する能力を介してギンの『魂』が伝わり、そのバイジュウの『心』から伝わる指示を即座にエミリオが実行する。
エミリオは右腕や左腕に予め用意していた傷口を開き、血を噴出させてエミリオの能力で硬質化させる。そしてバイジュウは『ラプラス』を振るって引力と斥力の力場を生成し、散弾のように疎らに漂う『血』を引き寄せてエミリオが生み出した『血の盾』へと無理矢理に吸着させた。
しかし、それで防げるのは『黒き者』の攻撃のみ。寄せくる悪鬼の物量に対応できはしない。バイジュウもラプラスも調子は万全ではない。力場によって引き寄せられるのは、精々小鳥ほどの質量までであり、悪鬼の足を止めることまではできはしない。
「どっせい!!」
だが、足りない部分を補ってこそ部隊としての最大の長所だ。
押し寄せる十数体の悪鬼を、ヴィラは真正面から『重打タービン』を叩きつけて肉片へと生まれ変わらせる。
質量には質量を。ただちこちらは量ではなく質というだけ。ヴィラはそのまま自身の能力である怪力を活かし、倒壊した建物の残骸を持ち上げて押し込み、追従する悪鬼を次々と往なしていく。
「今度は上からですわ!」
「それなら私が!」
最中、不意打ちで空を飛ぶ悪鬼に気づいたソヤは声をあげ、それにバイジュウは応えて迎撃する。
今はお得意とする特性の電動チェーンソーがないソヤは戦闘能力としては些か心許なくはあるが、それでも『共感覚』で培われた『匂い』による索敵能力は健在だ。何処からともなく来る不意打ちに反応することなど雑作もない。
「よく耐えたァ! 後は儂が斬るッ!!」
そしてその一瞬の攻防の末に追いついたギンが、エミリオの『血の盾』に張り付いたイブ=ツトゥルの残った『血』を余すことなく切り裂く。
指揮はエミリオ。主力はヴィラ。参謀兼支援はバイジュウ。索敵はソヤ。そして奇襲となるギン。
部隊としては完成され尽くした類い稀な存在。まさに一騎当千の先鋭達。恐らく人類というカテゴリにおいてはこれ以上はないであろう。
だが、それで迎え撃つのは超常だ。一騎当千でようやく互角の勝負を繰り広げることができる。
「ねぇ、どうすんの!? あの化け物切ったら、なんか血が動き始めたよね!?」
「ええ、間違いなく。私の能力でアレが生命であり行動をすることは保証します」
「そんな保証いらないんだけどなぁ……。対策とかは思いつく?」
エミリオとバイジュウは背中合わせで周囲を警戒しながら話し合おうとすると『単純な方法ならあるぞ』と無線越しにギンの声が聞こえてきた。
『あの化け物そのものを殺し切るという方法だがな』
「脳筋思考ありがとうございます、教官様。それができたら苦労しないっての……」
『まあ、そうだな。最低でもあと二回の踏み込みが必要だ。その度に傷は深くなるが、同時にそれは先の血を増加して対応することになる。恐らく倍々方式でな』
「どれくらいギンは対処できそう?」
『さっきは虚を突かれて一瞬遅れたが、意識すれば3000はまず落とせる。後先を考えなければ6000も過言じゃない』
「……教官様だけ実力がダンチすぎるなぁ」
あれ以上の俊敏さで対処できるのも驚きだが、推測とはいえそれでも今後傷を与えた際の増加量には間に合わない。倍々だというのなら、二回目は4000で三回目は8000だ。明らかにギンが限界まで対応したとしても切り残しが発生してしまう。
問題はその切り残しを対処できるのがギン以外にはいないということ。エミリオとバイジュウが力を組めば止めることができるだけで排除することはできない。
先程と同じ200ほどなら何とかなるが、次に来るのは大凡1000という数だ。耐え凌いでギンのフォローを待つには多すぎる。
ならばこちらで迎撃する手段を持つしかない——。
「……『アズライール』はどうですか? エミリオさんの力……マサダで起こした『聖女の奇跡』が使えれば……」
「無理。レンちゃんがいれば可能だろうけど」
バイジュウは頭を抱え込んでしまう。何とかして策を捻り出したというのに、ここまで簡単に否定されると思い付いたもう一つも可能性がないと理解してしまうから。
「……一か八しかないということですか」
『なんじゃ。その声色は悪いことを思いついたものじゃろ』
「ギンさん。一撃で化け物を殺し切ることはできますか?」
『無茶無理無謀の策を参謀が口にするな』
やっぱり——。ダメで元々の発想を口にしたバイジュウに自分でもどうかしてると思って考え直すが、それでも名案は閃きはしない。
どうすればいいか。相手は無尽蔵に悪鬼も押し寄せてきて持久戦を許してくれる相手ではない。できるだけ速攻で仕留める電撃戦でなければ疲弊して倒れるのは目に見えている。
そんなバイジュウの焦燥をギンは察したのだろう。『まあ乗ってやるがな』と不安を感じさせない飄々と自信に満ちた態度で口にした。
『そうするしかないのなら仕方ない。無理をすることになるがアイツを一撃で殺し切る急所……それを捉えればいいのであろう?』
「——お願いします」
『任せておけ』と口にすると、ギンは即座にイブ=ツトゥルの前に駆け出していった。迎え撃つ悪鬼は撫で切り、あるいは蹴り飛ばして目にも止まらぬ速さで間合いを詰めていく。
なんて鮮やかで無駄がないのだろう。悪鬼を退けるだけでも手間取るというのに、ギンはそれを物ともしていない。何よりも、その魂に恐れや迷いもない。その軽やかな動きにバイジュウは思わず見惚れてしまうほどだ。
一歩、また一歩と詰めていき、再びギンとイブ=ツトゥルは接敵となる。
だがギンはまだ踏み出さない。一撃で屠らないとならなければ、下手に手を出して血の対処に追われたりするのは悪手となる。それに踏み込みもいつもより深く、鋭く、強くしなければならない以上、どうしても抜刀した後の隙がいつもより大きくなる。
そんな状況下で一撃で仕留められなければ、逆に血が取り付く隙を与えたり、イブ=ツトゥル自身のカウンターを受けたりする可能性ができてしまう。そうなればギンはあっという間に傷を負い、自らが持つ『天羽々斬』の特性によって運命を食い殺されかねない。
一撃必殺——。
それだけを意識してギンは今か今かとイブ=ツトゥルの間合いと隙を少しずつ調整し、なおかつ悪鬼も対処しながらどうにしかして急所となる部分を探り続ける。
悪鬼が迫っては切り、イブ=ツトゥルが再生した手を振り下ろすと、迎撃はせずに最低限の身のこなしで躱す。
「そこか——」
それを繰り返す最中、ついにギンは急所を捉えた。
翼を翻すことで押し寄せてくる悪鬼。その翼の奥でイブ=ツトゥルのと思わしき『核』が見えたのだ。
人間でいう所の心臓に値する部分——。
ギンは迷いなく息を整え、光よりも速く踏み込んで抜刀を行う。踏み込みは上々。息も間合いも、万が一でも押し切るために普段よりも深く入れた。
ギンの抜刀術——『逆刃斬』は淀みも震えも迷いもなく真っ直ぐに、綺麗に美しく、空気を縫うようにイブ=ツトゥルの核を確かに捉えた。
同時に湧き出てくる悪鬼の数々。それらはギンを狙うのではなく、主人となるイブ=ツトゥルを守るためにその身を盾とする肉壁として、何としてでも刃を止めようと阻んでくる。それに加えて本体もその手で刃を挟み込んで止めようとしてくる。
一見すれば踏み間違えたと思考する一瞬。だというのにギンは表情ひとつ変えずに思う。
——読み切っておるわ。
ギンの刃が止まることはない。悪鬼が守ることも、イブ=ツトゥルが防御に回ることも折り込み済みだ。それも踏まえて抜刀を行った。その程度で止まることなど決してありはしない。
今この瞬間にも悪鬼の肉を裂き、イブ=ツトゥルの手を掻い潜り、その核を断とうと刃が迫ろうとする。
だが——それよりも一手早く、ギンが気がつかぬ間にイブ=ツトゥルはある行動を起こしていた。
「なっ——!?」
ギンの視界に映る空が一転して『赤黒く』染まった。それは天候が急激に変わったわけではない。踏み込んだと同時にイブ=ツトゥルの『背中』から血が噴き出したのが原因だ。
どうやって血を出したかは考えるまでもない。イブ=ツトゥルの背後から出てきた悪鬼の爪が血に染まってることから明白だ。
悪鬼そのものにイブ=ツトゥルを攻撃するように命令していたのだ——。
「っ……!! こ、の……程度……っ!!」
噴き出た血はギンの身体を呑み込むほどであり、ギンの身体は一転してその全てが血に染まった。刃だけはその特性上、触れた瞬間に血は消え失せるが、持ち主であるギンにはその効力が届かない。
力が急激に抜けていく。物理的に拘束されているのもあるが、口内にまで侵してきた血が変化してブヨブヨのゲル状となって息を乱し、窒息させようとしてくるからだ。
今にも吐き出したくて堪らないというのに、ゲル状となった血は木々に張り付いた昆虫の脚のようにしつこく纏わりついてギンの口を侵す。
もう抜刀は止められはしない。核に届くというのに、その寸前で力が入らずに悪鬼の肉壁を越えることができない。力を振り絞ろうとするが、それを整える息ができない。
絶体絶命の窮地——。
焦燥と諦念が入り混じろうとしてる心境の最中——。
——突如としてギンの頬を雫が伝った。
それは悔し涙ではない。そんな感情など、霧吟との一件で乗り越えた。もう不甲斐なさから涙を流すことなどギンには決してない。
だとすれば、この雫は——?
——それは『雨』だ。雨が降ってきたのだ。
空は雨雲で覆われてはいない。世界は未だに陽光が差している。雨なんて降るはずがない。だというのに、この不浄を祓う神秘的で優しい慈雨は何なのか。
そんなのがありうるとしたら——。
「私はガブリエル・デックス——」
魔法しかない——。
ギン達が知らぬサモントンの外側。ヴィラクスの転移魔法によって天より地に落ちてきたガブリエルが、その奇跡を見せてくれたのだ。
「私の水は汚れを知らないが故に汚れを呑み込む神秘なり」
流水に呑まれてイブ=ツトゥルから噴き出た血はすべて洗い流されていく。肌に染み込んだ血はすべて力を無くし、今までの抵抗など嘘のように振り払うだけで血は落ちていく。
「よくやったぁっ!!」
それは口内から侵入した血も例外ではない。ギンは渾身の力を再度振り絞り、刃を押し通す。
血は洗い流されて力は取り戻した。悪鬼の肉壁によって阻まれた太刀筋が止まることはもうない。イブ=ツトゥルの手で抑えられることなど不可能。
もうイブ=ツトゥルに自衛する手段など有りはしない。
もうギンの力を止める者など有りはしない。
「■■■■■■——ッ!!」
イブ=ツトゥルの悲鳴が世界に再度轟く。それは絶命へと誘う断末魔。一つの生命体がその運命を終える最後の鳴き声。
直後——。
イブ=ツトゥルの身体は弾け飛んだかのように、細切れになって飛散した。
——今度こそ、逆刃斬はイブ=ツトゥルの核を切り裂いたのだ。