魔女兵器 〜Another Real〜   作:かにみそスープ

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第23節 〜言葉より、交わした想い〜

 ——ここはどこ? わたしはだれ?

 ——ここはだれ? わたしはどこ?

 

 

 

 少女は暗闇の中で夢を見る。

 それは過去なのか。あるいは未来なのか。もしくは別の世界の話なのか。それは少女には分からない。

 

 ただその夢は少女にとって深海に溺れるように息苦しく、光も差さない寂しい世界だった。

 

 

 

 ——なんでわたしはここにいるんだろう?

 ——なんでわたしはうまれたんだろう?

 

 

 

 少女は霞んだ記憶と記録を思い浮かべる。

 それは少女——『ラファエル・デックス』が歩んだ生涯としての夢だ。

 

 

 

 …………

 ……

 

 時は2020年5月某日——。その日、ラファエル・デックスは誕生した。

 偶然なのか、それともそういう運命なのか。彼女は自身が後に持つ宝石『エメラルド』の誕生石と同じ月に産まれ、上の従兄弟であるミカエルとガブリエル共々教育係に育てられることになる。

 

「いないいない……ばぁ〜〜!」

 

 その内一人はモリスだ。まだ学園都市発足からの黎明期。

 後にサモントンとなるフランス王家の正統なる子女であるモリスは身分なんて何のその、現代での重苦しさ溢れる騎士甲冑ではなく品格溢れる慎ましくも煌びやかな服装で赤子のラファエルへの変顔を見せてご機嫌を取っていた。

 

「……ん〜〜。ばぁっ!」

 

「仏頂面のままよ、モリス」

 

 モリスが何度も感情豊かな変顔を見せるが、それでもラファエルは表情を崩すことなく、隣でまだ2歳のガブリエルをあやす若かりし頃のセレサが呆れながらも笑う。

 

「どうすれば笑ってくれると思う、凛ちゃん?」

 

「凛ちゃん言うなっ!」

 

 ラファエルの産まれた頃——2020年ということは、それはまだ『七年戦争』が始まる前でもある。

 まだセレサが『町田凛子』を名乗っていた頃でもあり、モリスがまだ皇女として活動していた頃。二人は同年代ということや、モリスが今みたいな厳粛な雰囲気とは違って人懐っこい性格ということもあり、二人はデックスの子育てを手伝うという名目で互いの一面を知ることになる。

 

 モリスは皇女としての印象操作の一面や本人の気質もあって。

 セレサはただ単に王族であるセレサのボディーガードとして。

 

 たったそれだけのキッカケだったが、子育てを請け負うことで二人の距離は急接近することになる。

 セレサからすれば今までお高くしていた存在であるモリスが、デックスの子供との相手を機に「どうすればいいの!?」と慌てふためき、涙目寸前で縋ってきたことに内心「なんだ、この可愛い生き物は」と親近感が湧いてしまったのだ。

 

 結果として二人は意気投合し、今では身分など関係ない気を許し合う仲となり、モリスから気さくに『凛ちゃん』と呼ばれることになる。

 ちなみに流石のセレサもその渾名は恥ずかしく、これがきっかけで『セレサ』に改名する一因になったりもするのだが、それはモリスも知らない私事。

 

「でも凛子って呼ぶのも今更他人くさいよ」

 

「アンタが一方的なだけでしょうが。貴族なら貴族らしく、偉そうに飯食ったりしてなさいな」

 

「私って不器用だからね。品よく踊ったり食べたりするの性に合わないの。こうして子供の面倒見る方が楽ちん〜〜♪」

 

「皇女が口にしていいことじゃないわよ……」

 

「まあ、そういうところが好きなんだけど」とセレサは柔らかい笑みを浮かべると、モリスは「私もそういう素直なセレサが好きだよ」と言い返す。

 

「皇女様、イチャイチャもほどほどに。リンリンも少しは立場を弁えろ」

 

「リンリンも呼ばないでくれる……?」

 

 親しげに談笑する2人に、金髪の女性が焔色に揺らめく髪を靡かせた少年か少女かも見分けがつかない子供を片手に話しかけてくる。

 彼女は皇女モリスの側近の1人。名は『リア・ド・ボーモン』という人物だ。ラファエルが記憶している限りでは、その手で握る子供ミカエル・デックスの当時の教育係であり、当時のフランス王家において秀でた諜報力と戦闘力を持ち、まだ『位階十席』という階級が設立する前の『ローゼンクロイツ』における組織の長。つまりはモリスの前任者となる人物だ。

 

 彼女の存在こそが『位階十席』における『執行者』などの二つ名を持つことになった要因でもある。

 その実力は当時はまだ若輩者ではあるが、セレサでも手も足も出せずに何度も模擬戦で打ち負かされ、また礼節と騎士道精神を重んじる高貴さからフランス王家から唯一無二の名誉ある二つ名を襲名したのだ。

 

 授けられた称号は『騎士(シュヴァリエ)』——。

 モリスの『聖騎士』という襲名も、リアの『騎士』から来てもおり、こと元フランスであるサモントンにおいて『騎士』というものは神聖で高貴に満ちた最高位の権威を持っているのだ。

 

「リア! ミカエルは……」

 

「ご覧の通り予防接種完了だ。今年の流行病はこれで完璧……ミカエルも泣かずに我慢できて偉いぞ」

 

「いたかったよ。なきたいくらい」

 

「あら?」と気の抜けた顔と声を漏らすリア。かたや涙も不満を堪えて目を赤く腫れさせるミカエル。当時のミカエルは確かに聡明で達観した価値観はあったが、年相応の未熟な面も持っていた。サモントンで特別視されるような存在には程遠い人物だったのだ。

 

 こんな当たり障りのない幸せな毎日だというのに、どうしてモリスもミカエルもセレサも変わってしまったのか。何よりモリスとセレサの頼れる姉貴分であるリアが現代においていないのか。

 

 

 

 そんなのは決まりきっている——。

 私が育って数年後に起きた『七年戦争』——。

 

 その日を境に、皆に変化を及ぼす惨い戦争が原因だ——。

 

 

 

『逃げて、皇女様っ! ここは私達『ローゼンクロイツ』の精鋭が抑えますっ!』

 

『私も護衛しますっ!』

 

『リンリンはデックスの子供達を非難っ! 及びに皇女様の護衛っ! 誰かが守っていないとダメだっ!』

 

『だったリアが逃げてよっ! 私が代わりに前に立つからっ!!』

 

『……そういうわけにはいかない。上の者が先陣に立たなければ、組織というものは成り立たない。今ここで私が逃げれば、私と皇女様と子供たちは確かに助かる。だけど、それでは組織の指揮が下がり、残る民の大多数を助けることができない、それじゃあ意味がないんだ』

 

『なら先陣に立つなら皇女の務めです! 私が犠牲になれば、組織を維持しながらリアも凛ちゃんも子供達も逃げることができます!』

 

『それもいけない。いつか来るフランスの復権……。その日まで皇女様がいなければならない。人というのは暗闇を歩むことができるほど強くはないんだ』

 

『……いやだ』

 

『それでも暗闇の先を目指せるのは『光』があるからだ。フランスの象徴という光……。その光である皇女様は、ここで無くすわけにはいかない』

 

『……いやだ! リアさんは私たちが幼い頃から一緒にいて……っ! お姉ちゃん同然の存在なのに……っ!』

 

『だったら尚更行ってくれ。妹を盾にするようなお姉ちゃんにはなりたくないんだ』

 

『……わかりました。……行くよ、モリス』

 

『いやだっ! 行きたくないっ!』

 

『行くしかないんだっ!! 子供たちも巻き込まないためにも早くっ!!』

 

『——ありがとう、リンリン。さようなら、皇女様。貴方が冠を戴くところを見たかった』

 

『リアッ! リアッ!!』

 

『——死を以てしても、挫けぬ心が胸にある!! さあ『ローゼンクロイツ』よ! その身を盾に、その血を剣として祖国に捧げるのだっ!!』

 

 

 

 リア共々、皇女の護衛隊はそこで我が身を盾にして皇女モリスとセレサ、そしてデックスの何名かを発展途上の学園都市へと運んだ。

 モリスの目の前で血潮に舞う護衛隊。暴走する悪意と、無慈悲に飛び交う質量兵器。弩級に発せられる灼熱はまだ幼いミカエル、ガブリエル、ラファエル、それに赤子のウリエルを庇ってモリスがその背を癒えぬことない火傷跡を刻んでまで守り通してくれた。

 

 

 

『リアッ……! どうして……っ!』

 

『モリス……』

 

『……民を守れずして何が皇女かっ! 私は光であっても陽光じゃないっ! 酷く弱い電光程度の光だっ! 飾り物の権威に……頼りない光に、何の価値が……っ!』

 

『……間が悪かっただけだよ。神の気まぐれ……って言えばいいのかな』

 

『なら何故神は救いにならなかったっ!? 罪があるものは救わないのっ!? なら無力な私を裁けば良いっ! 私が犠牲になればみんな救われるなら、喜んで私の命も魂も神に捧げるっ!!』

 

『…………それは』

 

『分かってる……。神はいる……。けれど神は決して救わない。無辜なる民を救わない。信じる者しか救わない……っ!』

 

『……そうだよね。モリスは私より聡いよね。自分で答えは……知っちゃうよね』

 

『そんな神に、何の価値がある……っ! 神に価値を求める私に何の意味がある……っ! 私に……私にどんな価値があるっていうの……っ!』

 

『…………』

 

『凛ちゃん——。…………私、決めたよ。私は神を否定するために、神を肯定する。神様は何もしない。神様は手を出さない。なら、どうか手を貸さないでくださいと』

 

『…………』

 

『だから私が神様に代わって人を助ける。神様としてじゃなく、犠牲となった人々の先導者として……咎人として強くなる。数多の犠牲は私にあると。その犠牲に価値があると示すために』

 

『……アンタがそういうなら、私も強くなるよ。私も……不甲斐ない『町田凛子』も今ここで殺す。私もモリスと一緒に……『セレサ』として罪を背負うよ』

 

 

 

 

 そこで幼いラファエルの記憶は一度途切れる。

 モリスが変わり、セレサが過去の自分を捨てて『執行者』として歩んだ地獄への一歩。

 

 光となる『皇女』という権力者としての地位をすべてデックスに渡し、経歴もサモントンの内部の有力者以外には知られぬように改竄して、今度そうなるならば自分がリアと同じ立場になるために『聖騎士』へと身を置いた。

 

 そこが始まり。ラファエルの暗い記憶の始まり。

 幼くてもラファエルの記憶に刻み込まれた惨劇。

 

 そこでラファエルは無くしたのだ。

 自分の安らぎを。自分の国を。自分の姉貴分を。

 

 

 

 …………

 ……

 

 

 

 時は経って『七年戦争』終結から数年。ラファエルが10歳の頃の話。

 戦争の復興から幾分か経ち、国家が解体されて学園都市として誕生したサモントンは他国とは違い、戦争後とは思えないほどに緑豊かで穏やかな国となり、そんな平穏の中でラファエルは育っていた。

 

「おーい、ラファエル〜〜。ミカエル兄さんからバイク借りてきたぞ〜〜」

 

 戦争後の影響もあり、モリスとセレサは組織の戦力として訓練に明け暮れており、そうなると誰がラファエルの教育係になるのか。

 それは既に最低限度の教育課程を終え、ミカエルと違って政治的には手を空いてるガブリエルが担当することになった。

 

 だがガブリエルだって教育係なんてものは初めてだ。「どうしようかなぁ」と頭を抱え込み、結果として行ったのが『バイクで市内を回ろう』という後のラファエルのアウトロー気質の雛形となる行為だった。

 

「……ガブリエルお兄様12歳ですよね? どう考えても無免許なんじゃ……」

 

「私有地なら免許なんていらないぞ。だから教習所で運転の勉強ができるんだ、覚えとけ」

 

「お兄様、回るのはサモントンの市街地です。私有地じゃないです」

 

「サモントンは実質デックスのもんだろう」

 

「三権分立の意味とはいったい……」

 

 自由奔放なところがあるガブリエルにラファエルは幼くも今でも抱える頭痛の種である。しかし、その捉えようがない部分と融通が効く部分はラファエルにとって良い刺激となり、彼女自身を暗い生活を彩ってくれた。

 

 何故なら平和なサモントンでも『七年戦争』の後処理は深刻な問題だった。

 食料が豊富ということもあり、戦争で棄民となった人々をどの学園都市よりも多く受け入れてしまった。その影響で思想の違いでいざこざで人々が争い合い、また他国の食料問題を解決するための輸出港の建造、統治するための宗教や司法の見直しなどといった下積みを形成するのに日々多忙で殺されるような環境にあったのだ。

 ある意味ではガブリエルのアウトロー気質は、その司法が機能しないことに裏返しといってもいい。

 

 その多忙さが影響でラファエルだけでなく、デックス全体が親子関係は冷え切ってしまった。サモントンの政治の中心となるのが祖父である『トマス・デックス』を筆頭にしたデックス家全体が行っていたことだからだ。

 

 与える愛情はある。受け取る愛情もある。ただそれをする時間がひたすらになかった。余裕を与えなかった。

 

「……従兄弟とはいえ、こうしてどこかに行きたい時は俺に頼れ。血は同じじゃなくても、俺とお前は兄弟以上に兄弟だからな」

 

「……はい、お兄様」

 

「俺だけじゃない。ミカエル兄さんも顔には出さないが、誰よりも愛情深くて君のことを大切にしてくれている。それに幼いけどウリエルだっていつかは誰かに頼りたくなる。その時はお前が支えないといけない」

 

「……うんっ」

 

「だから……もう泣くな。俺がお前の親となって支えてやる」

 

 同時にデックスは研究者や技術者としても秀でた存在であり、国外への出張することも多かった。学園都市同士の繋がりを強固にするために、互いの政治や文化などの現地に赴いて把握することでより円滑な協力関係が結べるからだ。

 

 そのためラファエルは家では一人きりでいることが多かった。

 清掃員と調理係としてハウスキーパーとして雇っている数名のメイドだって雇われということもあり、距離感があってラファエルに接してくれるはない。

 

 暗がりの屋敷に1人きりで食事をする。それがどれほどラファエルにとって寂しかったか。だからラファエルの食事は喧騒なとこを好む傾向があった。食事とは本来楽しい物であり、それを少しでも共有したい、理解したいという気持ちが根底にあったから。

 

 それでもラファエルは待った。暗がりの屋敷で食事を済ませ、自分の額へと温かな手を置いてくれる親の帰りを。そんな些細な触れ合いだけが、唯一ラファエルにとって安心と幸せを感じる瞬間だったから。

 

 

 

「だから……もう泣くな。俺がお前の親となって支えてやる」

 

 

 

 だがラファエルの両親は不幸な事故で死亡してしまった。

 理由は単純。外交のために国外に飛んでいたラファエルの親を乗せた旅客機が墜落したからだ。

 

 原因なんてよくあることだ。エンジンに異物混入して発火による爆発。それによって機体コントロールを失って墜落。たったそれだけのことでラファエルの親は帰らぬ人になったのだ。

 

 

 

「よし、到着だ。ここがお前が行きたがってた美術館……戦争前では三代美術館と数えられていた『ルーヴル美術館』だ」

 

 

 

 そんな悲しみに暮れるラファエルをガブリエルは懸命に支えてくれた。行きたいところにはどこにも行かせ、彼女の悲しみを少しでも無くし、肩代わりしようと2歳年上とは思えないほどに献身的に。

 

 だとしてもラファエルはまた無くした。

 自分の親を。自分の幸せを。自分の安らぎを。

 

 

 

 …………

 ……

 

 

 

 さらに時は経ち、ラファエルにとって変革と運命の年となる。

 

 そう——それは12歳の時——。

 湖に落ちた際に見た記憶の年だ——。

 

 落ちた理由なんて些細なものだ。湖の淵で水遊びをしていて、たまたま足を滑らせて落ちてしまった。それだけだ。

 

 だけど同時に不思議なことでもあった。その湖は岸辺付近では膝が浸かるほど浅くて、滑って落ちただけでは溺れるわけないのだ。

 

 だというのにラファエルは湖に落ちた。湖の底の底へと。その湖は地上の光が指すほどの深度しかないというのに、光も届かぬ深い水の底へと落ち続けたのだ。

 

 ああ、私はこのまま死ぬんだろうか。それでもいいか。

 愛してくれた親もいなくなった。狭苦しくて堅苦しいデックスの箱庭と檻に飼われるだけの変化のない人生。戦争の影響で表面化した人々の悪意と弱さ。見るに堪えない惨劇にラファエルはほとほと人生に呆れてもいた。

 

 なら、もういいや——。

 これ以上『美しくない物』は見たくない。そんな『美しくない物』に変わろうとしてしまう醜い自分なんて受け入れたくない。

 

 芸術家は死して初めて名を残すともいう。

 だったら、今ここで私は死んで至高の芸術になろう。それだけが私に残された最後の在り方なんだから。

 

 

 

 そこでラファエルは再び無くした。

 今までの自分の生き方を。自分そのものを。

 

 

 

 人生とは失うことの連続だ。それをラファエルは悟った。

 国を失い、リアを失い、親を失い、愛を失い、心を失い、自分を失う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………でも私は生きていた。何で生きてきた?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 思い出せない。それ以降の記憶が何も思い出せない。

 大事な記憶があったはずなのに……。大事な何かがあったはずなのに……。

 

 

 

 ラファエルの記憶の中で霞んだ人影だけが思い浮かぶ。

 愛くるしい馬鹿面。いちいち面白い反応を見せる豊かな感性。そして忘れたくない黒髪と赤メッシュの呑気な笑顔。

 

 

 

 ……あなたは誰? 思い出せない。とても大切な人なはずなのに。

 

 

 

 そんな暗闇で夢想する中、ラファエルの視界にいつぞやの湖と同じように『光』が差し込んできた。自分が魔法を使う時と同じ『暖かい光』が。

 

 

 

 ——そうか。あなたにあいたいんだ。

 ——あなたに、あいたいからうまれたんだ。

 

 ——だから、もう一度私をその光で掬い上げて。

 

 

 

 ——私は、レンに会いたい。

 

 

 

 

 

 ……

 …………

 ………………

 

 

 

 

「ラファエル……。もう一人じゃない」

 

 光から覚めたラファエルの目の前に、今にも泣きそうな慈悲深い顔で愛しい馬鹿面がいた。

 意識を覚まして朧げな表情を見せるラファエルを、決して離さないためにレンは痛いほどに強く、壊れるほどに強くラファエルを抱きしめて離さない。

 

「お前が魔女ならば、俺が魔王になればいい……。終わったんだ、戦いは……」

 

 ラファエルは抱きしめようとするが、手も足もまるで自分じゃないように動かない。先ほどまで異形となって暴走していたのだから当然とも言えるだろう。その暴走はレンがラファエルを見つけたことで既に終わっているが、その代償は決して軽くはない。

 

 感覚で分かる——。

 足が痩せ細ってまともに歩くことさえできない。手はミイラのように干からびて這うこともできない。皮膚の感覚も鈍感でレンの体温も、押しとめながらも溢れる涙の感触も伝わらない。

 

 

 

 それでも——。繋いだ心だけが私に暖かさを届けてくれる。

 

 

 

「…………キザなセリフ。らしくないわよ」

 

 

 

 相変わらずの憎まれ口。それがレンにとってどれほど嬉しいことか。

 ひどく懐かしく感じる互いの温もり。力なく倒れるラファエルの安らかな寝顔をレンは愛しそうに抱きしめ続ける。

 

 

 

 こうしてサモントンの騒動は一段落した。

 多大な犠牲の末に各々に残ったのが、新たに増えた癒えない傷と消えぬ怨恨と後悔があったとしても。

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