魔女兵器 〜Another Real〜   作:かにみそスープ

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第六章 【狂気山脈】
第1節 〜氷結の夢〜


 ——『魂』とは何か?

 

 

 

 意識を記録した、ある種のエネルギー体か。

 それとも観測できない量子状態的な存在か。

 

 あるいは『魂』とは単なる概念の一つかもしれない。

 

 物理学における『時間』の概念と同じく……。

 

 ただの幻覚………………『夢』。

 

 ならば唯一の問題は————。

 夢を見ているのは————。

 

 

 

 …………

 ……

 

 

 

 これは一つの夢——。

 時の残滓が記した少女の末路——。

 

 少女は走る。波のように押し寄せる恐怖と狂気から離れるために、全身全霊で息も絶えるほどに走り続ける。

 

 身体は動く? まだ動く。

 肺は動く? まだ動く。

 足は動く? まだ動く。

 

 ならばまだ動ける。動き続けて自分の成すべきことを成さないといけない。

 

「少しでも……少しでも時間を……っ!」

 

 少女は自身が手にするライフルとハンドガンの残弾数とマガジンを一瞥して確認する。

 ライフルの残弾数は10発。マガジンはあと一つ。

 ハンドガンの残弾数は5発。マガジンはあと二つ。

 

 通常であれば心許ない程度で済むが、少女の現状ではあまりにも頼りなさすぎる戦力だ。少女の背後には人の形をした化け物——現代で言う『ドール』が追ってきており、それら相手に銃火器など無意味だということを少女は既に知っている。

 

「だけど目眩しくらいなら!!」

 

 少女は走りながらハンドガンを二つの標的へと向ける。それは基地内で設置されている消火器と防災スプリンクラーであり、それらを一撃ずつ撃ち抜いて誤作動させる。

 

 スプリンクラーからは雨のように水が降り注ぎ、消火器からは炭酸ガスと共に、消火の薬剤であるリン酸アンモニウムが刺し穿たれて暴れる蛇のように噴き出る。

 それにより少女は一転して霧にも近い白色の靄に包まれ『ドール』の追跡を撹乱させる。

 

 続いて即座に非常用のシャッターも下ろして通路を絶つことで『ドール』が迫るのを物理的に防ぐ。

 だが、それもほんの少しの時間しか稼げない。『ドール』の力は暴徒が100人集まるよりも凶悪であり、みるみるとシャッターはその強靭な力で形を歪ませて少女の命を奪おうと迫り来る。

 

「落ち着け……落ち着け……っ!!」

 

 少女は壁の配電ケーブルをライフルで無理矢理こじあけて取り出すと、その手にある端末へと繋げてハッキングを開始して基地内のマップと自分の現在地を把握する。

 

「今がここということは……この道を通って……下に降りると……」

 

「よし」と言って少女は端末からケーブルを乱雑に抜き取り、ライフルの最後のマガジンを装填して走り出す。少しでも長く時間を稼ぎ、自身の目的を果たすために。あわよくば自身の部隊が得た情報を少しでも解読して残すために。

 

 走る走る——。

 出口なんてない狂乱の基地を走り続ける——。

 

 身体は動く? まだ動かせる。

 肺は動く? まだ動かせる。

 足は動く? まだ動かせる。

 

 少女は呼吸さえままならないほどに走り続ける。少しでも早く管制室へ辿り着くために、温度管理設定さえ故障して極寒の空気が身体を中から氷柱を刺すように凍てつかせようとも走り続ける。

 

 だが、少女の行先には希望はない。

 視界の果ての果て。そこにはすでに回り込んでいた『ドール』の集団が、少女がいた舞台の仲間であった何人かの生首を乱雑に引き摺りながら少女へと迫り来る。

 

 恐怖で足がすくんだ。一歩踏み出そうと、一つ呼吸をしようにも鉛がつけられたように重くて身体が反応してくれない。

 

 

 

 身体は動く? 動かない。

 肺は動く? 動かない。

 足は動く? 動かない。

 

 

 

 ——心は?

 

 

 

 ——動く。動かす。動かせ。

 

 

 

「——こんなところで……死んでたまるかぁぁああああああああああああああ!!」

 

 

 

 少女はなけなしの覚悟と弾を撃って交戦する。

 例え相手に銃弾が効かないと分かっていても、自分がこれからどんな凄惨な目に遭うかも幻視しておきながらも、それらすべてを呑み込む覚悟をして少女は走り出した。

 

 瞬間、世界は霞む——。

 ここは少女の記憶だ。少女が傷付けば、その分だけ記憶も霞み、世界の輪郭は鈍ってしまう。

 

 世界が再度鮮明になるまで少しの時間が経った。

 どうやら今まで気絶してしまったらしい。目を覚ました時には視界には『ドール』はいなくなっており、端に映る壁には夥しい血痕が広がっている。

 

 

 

 ——良かった。生きて、いるんだ。

 

 

 

 少女は身体を動かそうとする。だが動かない。動くことはない。

 それは当然だ。何せ意識を覚ました時には、少女の身体は見るに堪えない姿に変貌しているのだから。

 

 指先は離れて挽肉状に。手の骨は砕けて煮崩れたハンバーグの様にぐちゃぐちゃに。腕も足も首も腹も繋がっておらず、出来損ないの人形を蝋燭で溶かしたような醜悪で無惨な転がっているだけ。

 

 それはもう顔以外は人間であったはずの肉片でしかなかった。

 だというのに少女は生きている。それは一瞬の命の輝きなのか、それとも幻なのか。この際、少女にはどうでもいい。

 

 まだ動かせるなら動かせ。頭だけ無事なら歯で地面を這ってでも動き続ける。

 慣れない動作と激痛で何度も何度も噛み合わせを悪くして、何度も何度も顔を地面へと強打した。その度に鼻の骨は折れ、歯茎は取れて血を垂れ流し、少女の太陽の様に明るい顔は燻んでいく。

 

 いつしか鼻の骨は皮膚を貫通し、眼球へと到達した。もう右目にさえ骨が突き刺さって視界もままならないというのに少女は動き続ける。もう動くこともできないのに動かそうともがき続ける。

 

 

 

 身体は動かない。動かせない。

 肺は動かない。動かせない。

 足は動かない。動かせない。

 

 

 

 ——それでも心だけは、動いている。

 

 

 

『ミルク——』

 

 

 

 傍で、ただ見守るしかできない『眠り姫』の声など届くことなどないまま少女は動き続ける。行き場のない心は、死に場所さえも超えた先を目指して動き続ける。

 

 …………夢はいつか覚めるもの。

 故に『人の夢』は『儚い』のだ。

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