魔女兵器 〜Another Real〜   作:かにみそスープ

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第3節 〜氷炭相愛〜

「……私をどこに案内すると言いましたか」

 

「えっと……私が住まわせてもらってる仮設本部の一室です……」

 

「どう見てもゴミ部屋なのですが……」

 

「……やっぱり?」

 

 入室して早々、ファビオラは目を疑う光景を目の当たりにした。

 積み重なった資料、資料、資料…………。まるでブラック企業に勤めるサラリーマンのデスクのような現状にファビオラはただ頭を抱えるしかない。

 

 幸いにも足の踏み場があるだけマシというべきなのだろうが、逆にそれがファビオラの逆鱗に触れた。

 入り口周りからデスクまでの道は確かに散らかっていて何をするにも億劫になる。しかし生活空間の中心、謂わばベッドやソファの周辺だけは最低限に小綺麗なのがバイジュウの性格の片鱗が見えていると言っていい。

 

 

 

 つまり断捨離ができないタイプの散乱とした部屋なのだ——。

 このバイジュウという女は片付けができないのではなく、片付けをしない女ということにファビオラが内心で怒りの炎を激らせているのだ。

 

 

 

「貴方これでよく生活できますね……」

 

「わ、私が新豊州で住まわせてる住居は綺麗です! 信じてくださいっ!!」

 

「いや、問題なのは今ここだから。客人招いておいて早々にお片付けとは……」

 

「片付けてないでくださいっ! 物の位置が分からなくなりますっ!」

 

「そんなことに記憶のキャパシティ割くなっ!」

 

 いや、むしろ『完全記憶能力』を持ってるからこその弊害なのだろうか。バイジュウは人並外れた記憶力と聡明さのおかげで研究者としては一流の面がある。

 しかし同時にそれは、バイジュウの汚部屋面整理を怠けさせてる一因でもある。どこに何が物があるか普通なら忘れるし分からないのだが、バイジュウはその性質で忘れることもないし、考察することである程度物の位置を分かってしまう。

 

 場所が分かってしまえば、探すための環境作りをする意味など薄い。結果的に片付けを行わなくなり、本人的には物探しには不満がない汚部屋が完成するわけだ。

 

「まあ南極だから仕方ないけど、食生活も出来合い品ばかり……。栄養もサプリで補う……。貴方、見た目の割に雑……」

 

 しかもプラスチック容器やアルミホイル容器も所狭しと散開している。キッチン周りは特に酷く、ここが新豊州なら小蝿やゴキブリが発生してもおかしくないほどに容器が散らばっており、悪臭がないのが不思議なほどだ。

 

「ゴミの片付けをしてないのは意図的でして……。現代では絶滅種として認定されてますが、ここ南極では希少な『ナンキョクユスリカ』という『飛べないハエ』の種族が生き残ってる可能性があって……そのためのエサというか……」

 

 バイジュウは今年で17歳。ファビオラは今年で18歳。

 一見すれば年上に気を使われてる微笑ましい光景なのだが、バイジュウは西暦換算すれば36歳となるので、こうなると一転して情けない大人を世話する子供の出来上がりだ。

 

 メイドたる者、ただでさえ出不精で不摂生なバイジュウを見ては放っては置けない。

 一念発起。ファビオラはどこからともなく火炎放射器を構えた。自身の能力を応用した発火も消火も変幻自在の異質物武器をバイジュウへと突きつけたのだ。

 

「バイジュウさん、とりあえず断捨離です。大事な物だけ取っておいてください」

 

「ええっと……そこには十二年前の新聞の切り抜きがあるからダメで……。そちらには力士シールの複製品……。そういえばここには生産中止したラッピング袋があって……」

 

「……なるほど」

 

 ファビオラの銃口はバイジュウから離れ——。

 その照準を、使い捨て食品容器と紙束へと向けられた。

 

「大型燃えるゴミッ!! ファイアーッッ!!」

 

「私のアンティークコレクションがっ!?」

 

「うるさいっ! 炭になりなさいっ!!」

 

 

 …………

 ……

 

 

「ううっ……。さようなら、私のアンティーク……」

 

「一般的に価値のある物は取っておいたでしょうが」

 

 2時間後。一般的からは少し下がるものの、ようやく落ち着ける居住空間を得たファビオラはとりあえずは『ゴツ盛りベーコン&ベーコン弁当』という、いかにも土方系の出来合い品を2人前を電子レンジへとぶち込み、電子ポッドで予め沸かされていたお湯を注いでココアとミルクティーを砂糖を必要以上に淹れておく。

 

 本当は手料理を振る舞ってこそメイドという者ですが——。と内心ではファビオラは思ってはいるが、自分には何故か破滅的に料理をしてはいけないとスクルドやレンから口を酸っぱくして言われており、何より南極での料理方法は一切知識がないの遠慮しているのだ。

 

 南極での食事は通常とは異なる。マイナス30°という感覚が麻痺して一転して暖かくも感じかねない極寒の世界では、人間の体温や栄養をこれでもかと刈り取っていく。

 そんな中で活動するには尋常ではないエネルギー摂取が必要であり、その目安が『最低でも6000キロカロリー』と成人男性が取るエネルギーの通常の4倍近くと桁違いに高い。だがそれでも痩せかねないほどに極めて過酷な世界が南極という大陸なのだ。

 

 もちろんバイジュウは体質で体温変化はなく、ファビオラは自身が持つ『炎』の魔法で体温維持することは可能だ。

 しかし、それは本人自体の体調が万全でなければ意味がない。ならば保険を掛けるのは当然であり、こうしてファビオラは女子には高すぎるカロリーであるベーコン弁当を食べるし、いつもより飲み物には砂糖を過剰に入れているのだ。

 

「……甘いけど、意外といいわね」

 

「はい。これはこれで……」

 

 のほほんという擬音が空間から出るほどに、二人はまったりと過ごす。特に弾むような会話もなく過ごすだけに、温め終わった電子レンジの音はやけに響き、それに二人は少しばかり可笑しく感じて微笑してしまう。

 

「細い身体の割には食べるのね」

 

「一応は組織上がりですからね……。食べれる時に食べれるようにする訓練は受けてますし……」

 

「あぁ、その辺は私と似てるのか……」

 

 今度は二人して山盛りのベーコン、さらに山盛りのベーコン、そして山盛りのベーコンといったご機嫌な胃もたれを起こしそうな食事を進めていく。口直しにはタッパーに入っていた山盛りのキャベツを口にしていく。

 

「さてここに戻った本題に入るんだけど……。南極で起きた件について、おかしなところがあるってどんなところ?」

 

「……これです」

 

 そう言ってバイジュウは自身の腕に付けている腕時計を見せた。

 

「なにこれ。ただの腕時計じゃない」

 

「そう、ただの腕時計です。何の変哲もない……だからこそおかしいんです」

 

 その腕時計はバイジュウの親友、ミルクが残した腕時計だ。

 既に音声データは抜き取っていて、データそのものは別の端末に移している。そのため腕時計自体にはもう何も残っておらず、バイジュウが言う通り何の変哲もないただの腕時計となっていて、その価値をファビオラにはそれ以上見いだせない。

 

「南極での事件は先程話した通りです。私の夢が現実へと侵食して……夢が終われば、すべてが幻だったかのように消えたとのことです。監視カメラも、壁の崩落も、レンさんの前に立ちはだかっていた『ドール』達も……」

 

「……なるほどね」

 

 そこでファビオラは理解する。

 バイジュウが目覚めたことで夢として消えた『20年前の南極での出来事』——。その中で『何故か消えなかった』親友の腕時計——。

 

 問題はその腕時計が何故残った、あるいは残したのかという部分だ。

 記録上ではレン達が見たバイジュウの夢では、最後に意識のないバイジュウは『謎の人物』に抱えられて終わり、その後水槽で長き眠りにつく彼女を発見したということ。

 

 そしてマリル達が調査した記録だと『スノークイーン基地』はバイジュウ救出の直前まで『誰かの手によって稼働していた』ことも分かっている。まるで水槽に眠るバイジュウを生かすかのように。生かすことに価値があるかのように。

 

 つまり——定期的にその『誰か』は『スノークイーン基地』へと訪れていたということだ。

 定期的に訪れていたというのに、落ちていた腕時計に気づかずに放置——。そんなことがありうるだろうか。

 

 何の変哲もないからこそ目にもしなかったのか。だからただのゴミとして放置していたのか。崩れてる瓦礫と同価値として扱って。

 いや——それは考えにくい。それはバイジュウとファビオラ共々に行き着く考えだった。

 

 貶してるみたいで多少申し訳なく思うが、あのレンが腕時計を拾ってその中には『ミルクの音声データ』があることに気づいた。たった一度目にしただけでレンが腕時計の価値に気づいたのだ。

 

 それを『スノークイーン基地』を20年も極秘裏で稼働し続けるほど用意周到で、慎重な『誰か』は腕時計の価値に気づかないわけがない。一度来ただけならまだしも、何度も来ればその存在に気づかないわけがない。それも少し調べればバイジュウの親友であるミルクの物であることもすぐに分かる。

 

 それをわざわざ残しておくのは必ず理由がある——。そのことを2人はすでに感じ取っていた。

 

「……だけど音声そのものに重要なことは何もない。これは絶対に絶対です。録音した時期も本当に早いクリスマスの時期を催促してるだけで……」

 

 バイジュウは端末を取り出して、その音声データを耳にする。ファビオラはあえてその音声を聞きはしない。内容はすでに又聞きしており、なおかつそれはバイジュウとミルクの神聖なる領域だ。

 スクルドが『未来予知』を自分と親とレンにしか教えてないように、どんな人であれ土足で踏み込んではいけない部分がある。それを察せないようなファビオラではない。

 

「であれば……腕時計を残したのは中身ではなく外側に意味があるということ……」

 

「だったら腕時計を用意するしかないわね。今バイジュウの手元にある修復後の腕時計じゃなくて、修復前のものが」

 

「そう言うと思って、既にマリルさんに問い合わせて回収時の腕時計の写真と3Dプリンターで復元した物を用意させました」

 

「準備が早いことで」とファビオラは感心しながら、バイジュウの懐から壊してもいいと言わんばかりの勢いで腕時計の複製品を十数個を取り出した。それは玩具箱をひっくり返すような感じでもあり、あまりの乱雑さに資料としてそれでいいのかと多少勘繰ってもしまう。

 

 ——いや、それだけバイジュウの心が逸っているのだろう。既のところに見えている親友の足掛かり——。それに届くかもしれないのだから、その心の機敏さは仕方ないとも言える。

 

 ——それはファビオラも気持ちは一緒なのだから。

 

「……止まっていた時間を秒針まで読むと、時刻は『4時27分51秒』……。バラバラ過ぎて意味はなさそうね」

 

「腕時計自体もお高いだけで一般的に流通していた物……。音声を記録するのはミルクの後付け改造だけど、特注品でもなんでもない……」

 

 2人であーでもない、こーでもないを言い続けて十数分。何の手がかりも得ないまま時間だけが過ぎていく。

 このままでは何の進展も得られない。そう感じたファビオラは考えを改めてバイジュウに進言してみる。

 

「……視点を変えましょう。真意を探れないなら、逆にこの腕時計をわざわざ残した『誰か』にその真意を聞いてみるというのはどう?」

 

「その場合、聞く真意は二つですね。ミルクの真意と、その真意を残した『誰か』の真意……」

 

「それが分かれば苦労はしないんだけどね……。バイジュウは何か見当とかないの?」

 

「……ないのがあります。レンさんが見た私を抱えた『誰か』……そもそもあの段階では私は気を失っていて『誰かに抱えられた』という記憶自体がないんです……。記憶がない以上、夢で見ることもないはず……だというのに、何故あの『誰か』は私の夢に出てきたのか……」

 

「なるほどねぇ……だったら一つだけ確かめるための手段があるわよ」

 

「手段?」

 

 自分にはその手段が皆目見当がつかないとバイジュウは疑問に思う。

 自惚れるわけではないが、バイジュウは自分自身でも知識に関することなら右に出る者はいないという自信はある。そんな手段があるというのなら、既に知っていてもいいはずなのにと考えが過ぎって仕方がないのだ。

 

「これはSIDの極一部と私とスクルドお嬢様……それに今はご主人様として仕えることになったレンしか知らないことだけど……SIDには人の脳内記憶に潜り込んで情報を見ることができるのよ」

 

「脳内記憶に潜り込む……」

 

「まあ自分で自分の記憶を見ることはできないんだけど」

 

「それじゃあ私自身の記憶を見ることは、私には…………あっ」

 

 そこで気づく。自分では自分の記憶を追体験することはできない。それは絶対に絶対の前提だ。地球上であれば物が下に落ちるように、その前提を覆すことなど神でもできはしない。

 

 だけど『自分の記憶を他人が持つ』ことできるとすればどうだ? 

 

 もちろんそんなことは普通なら考えはしない。だがバイジュウは知っている。まるで示し合わせたかのように『ある人物』がそれを可能にする能力を持っていることを。

 

「ヴィラクスの『記憶共有』があれば……」

 

 そう——。それは先の事件でSIDに保護されたヴィラクスに他ならない。

 彼女の能力は『魔導書』に触れた人物の記憶を共有できるというもの。それでレンの赤裸々な記憶を丸裸にし、今回の肝である『ミルクの行方』についての情報を一部教えてもらったのだ。

 

 ならばバイジュウがヴィラクスが保有する『魔導書』に触れさえすれば、バイジュウの記憶は共有され、ヴィラクスを介すことで自分自身の記憶へと間接的に潜り込むが可能というわけなのだ。

 

「ええ、貴方でも追体験することはできるでしょうね。もちろん——」

 

「…………ミルクのその後も知ることができる」

 

 何よりもヴィラクスの『記憶共有』は一つだけではない。『魔導書』に触れた今の今までの人物すべての記憶を共有することができるのだ。保持するのも破棄するのもヴィラクスが自由にできるあまりにも万能な記憶媒体として。

 

 それは連続性を持って機能もできる。つまりバイジュウの途切れた記憶の先を、ミルクの記憶で見ることもできるということだ。

 自分の記憶と親友の記憶を結びつけることで20年前の南極で起きた真相を知ることができる可能性がある——。

 

 そうすれば『誰か』の真意を探ることができる。いや、もしかしたらミルクの記憶やバイジュウの潜在的記憶の中でその正体を知ることができるかもしれない。

 

 

 

 だが——それはバイジュウにとって過酷な選択にもなる提案でもあるのだ。

 

 

 

「あなたにもう一度向き合う覚悟があるというのなら、今すぐにでも『播磨脳研』へと向かうべきだと思う」

 

「『播磨脳研』……」

 

「けれど……向き合う気がないなら止めといた方がいい。きっと貴方によって命を失うよりも辛い出来事しかないに決まっているから」

 

 ファビオラの優しい声にバイジュウは思考を改めて深くする。

 

 過去の記憶を追体験する——。

 それは決まりきった自分の不甲斐ない記録と、親友の無惨な末路を見届けてるということに他ならない。

 

 親友がどんな風に死んだのか——。それを間近で見ることになってしまう。

 記憶を見る間はバイジュウは傍観者になるしかなく、あの時と同じように何もできなかった自分——いや、何かできるはずの力を持ってるはずなのに、何一つ介入できずにただ見守るしかないというもっと辛い目に合うことになる。

 

 そんな見え透いた結末を受け入れることができるのか。ファビオラはそれをバイジュウに問いている。

 

 その覚悟は聞くまでもなかった。バイジュウは既に腰を上げて部屋を後にしようとする。ファビオラに向けて背で語る。

 

 

 

 

 

 ——行くしかない。私は受け入れると。


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