魔女兵器 〜Another Real〜   作:かにみそスープ

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第10節 〜冷眼傍観〜

 モルガンの伝えられた機械音声にバイジュウはただ立ち止まるしかなかった。

 

 

 

 ——名称『ミルク』? この『影』が?

 

 

 

 眼前に広がる首切り胴体は『異形』で間違いない。身長も形もモルガンが告げた『ミルク』であるはずがない。そんなのカケラだってバイジュウには感じなかった。

 

 それは『魂』で認識してもそうだ。これはミルクとは違う。バイジュウの目からでは何一つミルクと合致するものは認識できない。

 

 

 

 だとしたら何でモルガンは『影』をミルクと判断した——。

 

 設計図段階特有の欠陥なのか、それともバイジュウが気付いてない何かをモルガンは客観的に情報整理したのか——。

 

 バイジュウは今冷静さを失っている。この記憶に来てから常に感傷的になり、何を考えるにしてもミルクが中心にあり、都合の悪い部分を無意識的に見落としていた可能性はなくもない。

 

 だとすれば——『影』はバイジュウが見落としたミルクの『何か』である可能性が出てくる。

 

 ならば——『影』とミルクの関係って——。

 

 いったい————。

 

 

 

「やったねぇ! ……そこにいるのは私が知ってるバイジュウちゃんじゃないけど、まさかこんな時に助けられるなんて」

 

 ミルクは疲れを見せないように多少空回り気味に声を出すが、それでも疲労感は隠しきれない。

 その声を聞いて、ようやくバイジュウは我へと帰る。今はまだモルガンの演算結果なんて考えなくていい。後で整理すればいいだけであり、もしかしたら単純に間違いという可能性もある。何せ設計図止まりで試作品すらないバイジュウの脳内にあるだけの逸品なのだから。

 

『うん……助けるよ。何度だって、どんな時だって』

 

 その声は決して伝わることはない。ミルクには観測者のバイジュウが見えることは決してない。

 それでも二人は互いに笑みを溢した。続けて涙を落とした。それは二人にとってかけがえのない物だから。

 

「よかった……! 本当に良かった……! 今ここにいるバイジュウちゃんは助かったんだね……!!」

 

 ミルクにとって、それは救いにも等しい。

 賭けにも等しい倉庫への隔離。内部から開けることは非常に難しく、外部から干渉するのも困難だ。自身を囮にすることで『ドール』を遠ざけて事態を収束させたのち、基地外部からの誰かにバイジュウが救出される。それがミルクの考えたバイジュウを救う方法だった。

 

 だけど不確定要素があまりにも大きく、それはミルクにとっては泣きたくなるよう決意だった。

 まず救助が来ることそのものに対する不安だ。ここは南極であり、例え救助ビーコンを発信しても受信を受けない可能性のほうが高かった。それに『ドール』が倉庫の壁を突破する可能性もあった。

 

 もしどちらかが起きていたら、バイジュウは今頃寂しい死を遂げていた。寒い倉庫の中で一人ぼっちで衰弱死するか、タスクフォースのように『ドール』によって無惨に殺されるか。

 

 

 

 ——そんなことになるなら、いっそ私の手で撃ち殺してでも楽にしてあげるほうが良かったんじゃないか。

 

 

 

 

 そんな考えがミルクには常に過っていた。

 だけど見えはしないが、確かに今ここにバイジュウがいる。それはどうあれバイジュウが救出されたことを意味しており、それがどんな方法で、どんな時期かも分からないがミルクに助力している。それがミルクにとって色鮮やかな感情が爆発するほどに堪らなかった。

 

 もちろん実際の結果としては、ミルクが想定していたのとはやや異なるものであるが——。それでもバイジュウが救われたことに変わりはしない。それがミルクにとって嬉しくて仕方なかった。

 

 

 

「けどダメだ……。もう動けない……」

 

 

 

 しかし同時に脱力感も襲いかかる。操り糸が切れた人形の様に足から崩れ落ち、受け身も取れずに倒れ込んだ。脳震盪を起こしてもおかしくない危うい倒れ方に、バイジュウは思わず支えようとするがミルクの身体が触れることはできずにすり抜けてしまう。

 

 その歯痒さにバイジュウは不甲斐なさを感じてしまう。

 まだ——。ミルクを助けるにはまだ足りないと——。

 

「ねぇ……。今のバイジュウちゃんいくつくらい? こんなことできるなんて、黎明期の今より異質物が進んでるってことだから……20代後半とか30代前半かなぁ」

 

『身体年齢や戸籍上では変わりないです。……西暦換算だともっと上の30代後半ですが』

 

「……そうなると子供とか旦那がいるのかねぇ。バイジュウちゃん好きな子とかできた?」

 

『今も貴方が一番好きですよ。好きとは別が……多少気になる子とかも何人かいます』

 

「いや、いないか。……ううん、いてほしくないな。私が嫉妬しちゃいそう」

 

『……嫉妬しちゃってください』

 

 多少話はすれ違いはするが、それでもバイジュウはミルクと話ができることに感涙してしまう。

 

 いつまでもミルクとは心で繋がった存在なんだ——。

 何年経っても、十何年も深海でもがくような夢を見ていたとしても——私とミルクの繋がりは絶対なんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——本当にそう言える?

 ——なにか大事なことを見落としてない?

 

 

 

 ——ううん。

 

 

 

 ——大事なことを見ないようにしていない?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何故か、そう問う自分がいることにバイジュウは見て見ぬふりしかできなかった。

 

「もう時間だね……」

 

 ミルクが呟くと同時、通路の奥から再び足音が押し寄せてくる。

 今度は『ドール』の大群が迫ってきているのだ。本来ここ『スノークイーン基地』での脅威はそちらの方だ。むしろ『影』と対峙してる方がイレギュラーなのだから、加勢に来る前に御することができたほうが幸運だったとも言える。

 

「最後にバイジュウちゃんにもう一度会えて良かった……」

 

『私が……私が守るからっ!!』

 

 バイジュウは駆け出して迫る『ドール』へと刃を振るうが、それが『ドール』に触れることはなく、ホログラムのように透けて抜けていく。それは全ての『ドール』がそうであり、バイジュウの刃は何者も阻めずにそれらをミルクへと接近させてしまった。

 

 ここでは観測者のバイジュウが記憶に直に干渉することは基本的にできない。先程は観測者や記憶の住人からしても異物である『影』がいたからこそできた干渉なのだ。

 

 今この状況において——バイジュウができることは見ることしかできない。

 

「っ……ぁぁああああああっ!!」

 

『ミ、ミルク——!!』

 

 そう、自分が愛するミルクをただただ『ドール』の手でオモチャのように扱われて蹂躙されるところを見ることしか。

 

 例え誰であろうと『死』が目の前にあっては泣き叫ぶことしかできない。

 ミルクは最後まで過去のバイジュウのために必死に銃弾で応戦するが、それでも止められるのは一人か二人の足程度。押し寄せる『ドール』の総数は裕に50を超えており、残りは全てミルクに食らいついた。

 

 毟る。毟り取られる。

 まずは腕を。次は手を。酔狂な物好きもいるようで『ドール』は仲間内で回して引きちぎられたミルクの手をさらに裂いて指を吸い尽くす。漏れ出る血液を、ミルクの絶叫をスパイスに堪能する。

 

 続いては足だ。こちらは引きちぎることなく、入念に間接部を砕いて折る。膝が『前に曲がり』足先が『後ろに向く』という人体の構造上不可能な向きへと折れており、少しずつミルクは肉片へと変えられていく。

 

「っ……!!? がっ……!?」

 

 叫ぶことも喘ぐことも困難になる激痛。それでもミルクは耐え続ける。少しでも時間を稼ぐことが、そのままバイジュウの生存確率に繋がるから。

 

 あまりにも見るに堪えない。人間の形が少しずつ壊されていく様をただ見ることしかできない。ただ突っ立てるだけ。何の干渉もできずに、親友が惨たらしく殺される様を眺めているだけ。

 

 覚悟はしていた。だが後悔しないわけじゃない。バイジュウの中で燻りがただ大きくなる。

 何で私はここで何もできずに見守ることしかできないんだろうって。何で眼前にいるミルクが嬲られるの見てるしかできないんだろうと。

 

 

 

 ——何でもいい。何でもいいから、ミルクを助けて。

 

 

 

 その願いに呼応するように視界に片隅にある『古ぼけた本』——『魔導書』が脈を打つように魔力を放出した。

 

 その『魔導書』は——サモントンを地獄へと貶め、今現在ヴィラクスを主人としている『魔導書』に相違なかった。あの災厄にして最悪の『魔導書』がミルクに力を与えたのだ。

 

「これは……?」

 

 同時にミルクの身体に光に包まれて変化を見せた。切り離された四肢は元通りに生え変わり、服装も大きく変わる。

 それはフィクションなどに出てくる人型宇宙人や侵略者のような奇天烈な服装だった。基本的にはタイツだが、胸元の谷間も肩のラインも太腿の肉つきも丸見えだ。肌の露出を隠すのはメタリック製の黒い軍用ブーツとロンググローブ、白みが掛かった灰色のジャンパーだけである。

 

 そして何より一番の変化は、今この場にいる『ドール』を貫く光線を放つ『黄色い浮遊物』の存在だ。

 

 それは『OS事件』でミルクとレンが魂が交わってる間に出現した物だ。データ上では該当する存在はなく、あまりにも科学レベルが飛躍していることからSIDが与えた名称は『未来の開拓者』というもの。これを駆使してバイジュウの力や皆の武器を利用することで『OS事件』での『異形』を討伐することができたのだ。

 

 それが今ミルクの力となって危機を打開している。災厄を呼ぶ力がミルクを助けてくれている。

 光線は空間を乱れ打ちして今までの苦戦が嘘のように『ドール』を葬り去っていく。その熱量は小型で自律起動では現代の科学では100年掛かっても到達できない領域にあり、俗に言う『レーザー』や『プラズマ』さえも遥かに凌駕している。ロボットアニメにある『メガ粒子砲』のほうがジャンルとしては近いくらいだ。

 

「何この力……身体の底から止めどなく溢れてくる……!! これならっ!!」

 

 しかも変化は身体能力にも表れていた。今までの怪我が嘘だったように機敏に動き、その速さは『ドール』を上回る。一瞬でミルクは『ドール』の意識外から懐へと入り込み、そのまま両足の関節を外してある程度の無力化を図る。

 

 その圧倒的に身体能力の向上。

 恐らくはミルクの『魔女』としての素質の象徴である『未来の開拓者』の発現。

 

 それらの覚醒現象は20年前にバイジュウの覚醒にも非常に近しいものだ。圧倒的な力で『ドール』を瞬く間に屠ると、車両保管庫に残るはミルクだけとなり、役目を終えた『未来の開拓者』は巣にも戻るようにミルクの肩部周辺と漂い、それをミルクは「お疲れ様」とおっかなびっくりで撫でた。

 

 

「これのおかげってこと? まさかこの本が『異質物』だったなんて……スノークイーン基地も管理が杜撰だね」

 

 ミルクは『魔導書』を拾い上げて埃を払う。現状バイジュウの目からはヴィラクスのような豹変するような様子は見られない。それは『魂』を認識してもそうだ。本当に何の問題も今は発生していない。

 

 だがバイジュウは生唾を飲んでしまう。あの『魔導書』はニャルラトホテプの力もあるが、それに内包する魔法と魔力を行使することでサモントンを貶めて国益と人々に深い傷を残したのだ。

 あんなのは無警戒に使うどころか、触っていいものでもない。それこそミカエルがヴィラクスに渡した『パーペチュアル・フレイム』などの退ける手段でも持たない限りは決して。

 

「さて……こうなると話は変わってくるね……。この力を使えば、私のバイジュウちゃんを助けることができる……そう思うよね?」

 

 ミルクは虚空へと話しかける。内心、観測者のバイジュウは『もうちょっと右にいる』と思ったが、そんな些細なことはどうでもいい。この会話の本質は質問ではなく、情報の整理に過ぎないのだから。

 

「……けど多分それは正解じゃない。これが元々起こる事というのなら、あの『影』やバイジュウちゃんがいる理由がない。恐らく私がこの力を得ること自体が一つのイレギュラー……ということなんじゃないかな」

 

『……それは』

 

「だから私がすることは変わらない。変えちゃいけないんだよね。……元々私はここで死ぬ未来なんだから」

 

 聡明なミルクは自身の運命を悟っている。そしてそれを変えることは決してしてはならないことを。

 もちろん変えたくて仕方ない。誰だって自分の命がなくなってしまうのは怖いことだから。だけどそれよりも怖いことがミルクにはある。

 

 それはバイジュウの運命がそれ以上に変わってしまうことだ。もしここで変えてしまい、確かに助かるバイジュウの運命が変わってしまうことのほうが怖いのだ。

 

 ミルクは浮遊する武器をもう一回優しく撫でると、基地の構造を思い出して向かうべき場所への通路へと視線を向けた。

 

「このまま行くよ、管制室に。バイジュウちゃんのために『アレ』のサンプルを調べなきゃね♪」

 

 ミルクは自身の両手にサンプルと『魔導書』を手に歩く。

 一歩、また一歩通路を歩いていく。その度にバイジュウが抱える不安や焦燥も大きくしていった。


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