魔女兵器 〜Another Real〜   作:かにみそスープ

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第13節 ~履霜堅氷~

 記憶の果てを見たバイジュウは意識を覚ます。そこは記憶の世界に入る前と同じ『播摩脳研』という研究施設であり、顔を横に向ければ少し早く目が覚めたであろうヴィラクスが心配そうにバイジュウの事を見つめていた。

 

「私もバイジュウさんと同じ夢を見ていました。そこでどんなことがあったかも覚えています……。バイジュウさんは覚えていますか?」

 

 ヴィラクスの問いにバイジュウは涙を堪えるために一度深く鼻で息をすると「うん」と子供が泣くのを我慢するような震えた声で頷いた。

 バイジュウは『完全記憶能力』を持っているため、レンの時には違って夢の世界から覚めても記憶がなくなることはない。一から十、始まりから終わりまですべての記憶が鮮明にバイジュウの中に刻まれている。

 

 ミルクの行く末こそが『OS事件』での『異形』だったということ。ミルクが残したスノークイーン基地での情報。それが第一学園都市である『華雲宮城』の存在し、その情報の物理キーをそれを解くために必要なのがミルクの腕時計ということ。それらをすべてを理解した。その末に『魔導書』の魔力に飲み込まれてミルクは『門』の奥に幽閉されることになったことも。

 

 ミルクが残した情報自体は現代の『異質物』において核心に触れるような物があるに違いない。何せ最後の最後まで『魔導書』によって変質されるまで、そこにある『情報』を書き記したのだ。そこにはきっと『魔導書』を通して伝わるであろう『ニャルラトホテプ』や『ヨグ=ソトース』という存在に触れることになるであろう。特に後者に関しては今すぐにでも打倒しなければならないほどに。

 

 ならばミルクを助けるためには、その『門』にいる『ヨグ=ソトース』に対して調べ上げて、どうにかしてたどり着くしかない。『ヨグ=ソトース』に関しては頼りになる情報はいくつかある。ハインリッヒやギンは元々は『守護者』として捉えられていたし、ミルクの情報にもそれに近しい物を記録されているであろう。

 

 問題はその『門』が現実世界においてどこにあるのかが問題だ。

 ソヤは一度見たとのことだが、そこに現れたのは一度きりであり、その後はその『門』はそこに現れることはなかった。それはSIDが猫丸電気街での『天国の門』での出来事の後に調べたのだから確かなことだ。

 

「なるほどね……。となれば今後は『華雲宮城』に向かえばいいってわけだけど……」

 

「『門』はわからないと……」

 

 それをバイジュウはファビオラとヴィラクスに伝えた。一言一句、ある種の自分の疲労ごと吐き出すようにすべてを伝えた。

 ファビオラは眼鏡を整えて思考に耽り、ヴィラクスは『魔導書』を掲げて目を細めて思考の片隅にある歴代の『魔導書』の持ち主を記憶を手繰り寄せようとする。

 

 だが二人とも揃って溜息を吐く結果に終わってしまう。二人とも『門』の所在については知らない様子だ。ファビオラは第二学園都市『ニューモリダス』の情報機関である『パランティア』に元々は所属していたのだから多少期待していたところもあっただけに、バイジュウも「そうですか」と落胆を隠しきれずに溜息を吐いてしまう。

 

「アンタ、一度はニャル何とかって奴の眷属になってたんでしょ? 何か手掛かりになりそうなこと言ってなかった?」

 

「う~~ん……あまり思い出したくないことではありますが、それでも思い出せそうなことはないですね……。あの御方……ではなくアレは口は開きますが、そういう部分に関しては頑なに硬かったですから」

 

「まだ思考汚染が抜けてないなぁ」とヴィラクスは自嘲しながらもファビオラの質問に答えきれない自分に不甲斐なさを感じてしまう。ファビオラも「私も分からないんだから、気にする必要ないわよ」とぶっきらぼうながらも優しいフォローをした。

 

 ヴィラクスはその意図を理解して「ありがとうございます」というと、ファビオラは多少顔を赤くして「この子、お嬢様より素直でやりにくい」と照れ隠しをするように眼鏡を再び直すると、これ以上揶揄われない様にバイジュウに向かって話しかけてきた。

 

「バイジュウは思うところないの? 一応事件前までは『華雲宮城』……じゃなくて中国に住んでたんでしょ?」

 

「う~~ん……。あの頃は自分の興味、関心以外には無反応でしたからね……。いくら覚えるのが得意でも、触れる機会がないのであれば、思い出すことなんて……」

 

 バイジュウも何とかして心当たりがないか思い浮かべるが、『門』に関する情報なんて物は一切なかった。強いて言うなら、そもそものエネルギーの発見が『深海』では『山脈』にあるということであるが、それは恐らく自分に宿っているという『古のもの』かあるいはそれに近しい存在のエネルギーであり、『門』とは関わりがないであろうと考えている。

 

 それ以外に何かないか。気になるような疑問が。

 そう考えた時、バイジュウの中である疑問が浮き彫りになった。

 

「どうしたんですか?」

 

「……いえ、少々気になることが後一つだけ残ってまして」

 

「『門』とか『異質物』についてですか?」

 

「それではなく……少々個人的なことです」

 

「じゃあ、今は関係ないってことか」

 

 ファビオラの言葉にバイジュウは「はい」と頷いて終わった。

 

 そう、バイジュウには『門』や『古のもの』や『ミルクのこと』以外、最後まで分からないことが一つだけあった。

 それは結局バイジュウをスノークイーン基地で保護した『誰か』は何者だったのだろうか、ということだ。

 

 バイジュウもミルクも覚えていない人物。だからこそヴィラクスの記憶の世界ではその存在は影も形もないままだった。それなのにレンだけがバイジュウの夢を通して確認できた人物。それがバイジュウにとって不思議でしょうがなかった。

 

 

 

 だとしたら--その人物は--。

 レンに近しい人物ということになるのだろうか--。

 

 

 

 …………

 ……

 

 

 

「おまた~~♪ レンちゃんに言われた通りに情報集めてきたよ~~」

 

 ブライトとの邂逅から数日後。俺は未成年お断りの危ないバーの一席へ腰を置いて待っていた。開店前から数時間前ではあるが従業員どころか店長やマネージャーみたいな人さえも見ない閑古鳥状態であり、本当にここが待ち合わせかと疑っていたところにイナーラが姿を見せた。

 

 彼女の服装は会うたびにいつも変わっている気がしてならない。今回はいかにも出勤前の水商売って感じで、地味な厚手のジャンパーやジーンズを履いており「疲れたぁ~~」と項垂れながらも服を脱ぐと……エロ本でも見ないような……とてもじゃないが俺の語彙力では表現しきれないエグイ服をしていて、思わず視線を逸らしてしまった。

 

「ん~~? レンちゃん、まだまだ初心な感じ~~?」

 

「初心とか関係ないだろっ! そんな破廉恥な服装っ!」

 

「今は女なんだから、こういうことに耐性持ったほうがいいよ。いざという時は武器にもなるし」

 

 ……ん? 今は女って……!!?

 

「えっ、それどういうこと!? イナーラって俺が男だって気づいてるの!?」

 

「あぁ~~…………うん、そうだね……」

 

「いったいいつ!?」

 

「女の勘ってやつでビビッと? それでバシッと感じで?」

 

 説明になってねぇよ!? それにそれで納得もできやしないっ!!

 

 ……とか何とか言っても、イナーラのことだからすぐにノラリクラリとした言葉で逃げて答えを言うことはないだろう。

 それに俺の尋問能力はマリルから直々に「お前はそういう駆け引きは基本的に弱いんだから止めとけ」と言われてるし……。確実に言い負けるんだから聞くだけ時間の無駄というやつだ。

 

 予めイナーラの許可を貰って、店の奥から頂いていた炭酸がまだ抜けきってないコーラを一口飲んで喉を潤すと、俺は咳ばらいをして話の調子をこちらへと戻した。

 

「しかし、イナーラってこういう店にも融通効くんだね……」

 

「まあ拠点が多いに越したことはないからね。数週間前にオーナーとして買い取って、ちょっと自由にさせてもらってるの。だから今日はレンちゃんのために貸切状態なんだゾっと」

 

 いつもの掴みどころのないおちゃらけた態度のまま「これ以上の詮索はなしにしてね。アンタも一応はSIDの一員なんだし」と明確に線引きした壁を測ったところで、イナーラは口から…………正確に言うなら、歯茎に引っかけていた透明にも近い薄い糸を引っ張って喉奥から、俺が頼んでいた情報が詰まってるであろうメモリを取り出してきてくれた。

 

「それってゲロ吐かないの……? 見てるだけで嗚咽が……」

 

「慣れよ、慣れ。こういう小さいのは体内に仕込むのが一番なの。それに喉奥はちょっと訓練が必要だけど、アソコなら簡単に……あっと、これはレンちゃんには刺激が強いか♡」

 

 イナーラの視線だけでどこを指してるのか俺には分かる。ニマニマと口元を緩めているし、その表情は俺がメイド喫茶でバイトしてた頃にいた男性客の視線にも近い。その視線は羞恥心を刺激されるから大変やめてほしい。

 

 とはいってもイナーラだって、いつまでも助平心を丸出しにするほど貞淑がないわけじゃない。一通り俺のことを視線で辱めると、途端に目を細めて『請負人』としての真面目で威圧感漂う雰囲気へと一変した。

 

「これが詳細データが入ったチップね。現在『六大学園都市』に起きている事情とか諸々のまとめをね

 

 その言葉で俺の意識は一気に引き締まる。俺がイナーラに頼んで調べてもらったのは、今世界で何が起きているかをすべて調べてもらったのだ。

 

 もちろん、上っ面の事だけならインターネットで調べればすぐに分かった。各学園都市がどのような政策を立てており、どのような問題を抱えているかは軽く理解することができた。例えばマサダブルクなら内城と外城で治安が大きく違い、外城では連日ゲリラ的なテロ行為が起きているとか、サモントンならインターネット上の情報だけなら現在『時空移送波動』の影響によって都市部を中心に被害を被っていて現在は新豊州とニューモリダスの援助を中心に復興活動をしているなどだ。

 

 だけど、実態は大きく違ったりする。そして俺はそれを知らないことが多すぎる。

 世界では色々なことが目まぐるしく起きているというのに、俺はそれに対して全くと言っていいほど無知だった。例えるなら大規模な台風の影響を受けずに、ノンビリと過ごしているようなものだ。

 

 もちろん普通に過ごすならそれが一番だ。俺だって自分のことを考えるならそれが良いに決まっている。俺はどんなに頑張っても、ギン教官みたいに強くなれないし、バイジュウみたいに聡明になれないし、マリルみたいに指揮を執ることはできないだろう。俺は漫画やアニメに出る主人公気質みたいな性格じゃないから。

 

 だけどそれで納得できる生き方かと言われたら納得できない。そんな半端な生き方や揺り篭の中にいる平穏を望むなら、俺は『魔導書』の中で夢を見続ければいい。夢の中でも父さんと母さんの優しさと温もりに包まれて生きたほうが遥かに幸福なんだから。

 

 だけど俺は進んだ。夢の世界から抜け出した。夢の中の父さんと母さんに別れを告げて、親離れして、自分の力で歩むことを決めた。それはある時ソヤに言ったペンギンの話にも近い。

 

 だから進んだ以上は触れないといけない。過酷な嵐の中に進もうとしても、俺はそこにたどり着かないといかない。主人公にならなきゃ話を進めることも知ることもできないんだ。

 

 そのためにイナーラに調べて纏めてもらったのがこれだ。今俺の手元にあるチップにすべて入っている。軽く握るだけで壊れてしまいそうな小さなチップの中に、世界ほどの大きさを誇る情報が詰まっているんだ。

 

「ありがとう……。本当にタダでいいの?」

 

「アンタはお気に入りだからね。アイツと同じだから」

 

「アイツ?」

 

「アイツよ、アイツ。レンちゃんなら分かるじゃない?」

 

 なんて言われても俺には見当がつかない。イナーラの交友関係なんて俺は一切知らないわけだし、それでアイツと差されても該当しそうな人物が多くて

 そんな風に頭を悩ませていたら「そういう鈍いところも一緒だねぇ」と多少呆れながらも、慈しむような楽しむような何とも形容しがたい穏やかな雰囲気でイナーラがはにかむと、直後にイナーラの腕時計がアラームを告げた。

 

「……もうこんな時間か。じゃあ、私は次の仕事があるからここらでお暇するから、後は適当に飲み物煽ったら流し台に突っ込んでおいて。でもお酒は厳禁ね、未成年だから」

 

「飲まないよっ!」

 

 軽口を言い合いながらもイナーラはどこでそんな技術や衣装を用意したのか、俺が瞬きする間にエナメル特有の光沢が輝く黒のライダースーツへと早着替えをして、これまたどこからか取り出したヘルメットを腕に抱えて店の外へと飛び出していった。さながらそれは某女怪盗みたいな手早さと妖しさであり、これが『請負人』としての姿かと見惚れてしまいそうになる。

 

 けれど今はそんな見惚れているほどの余裕は俺にはない。俺は即座にデータの入ったチップを持参しておいたタブレットに挿入して中身を一先ずチェックした。

 

 とりあえずは斜め読みしながら、特に気になる部分を炙り出していく。新豊州にもキナ臭そうな話題が飛び交っているが、元老院関係であればマリルがきっと対処してくれるだろう。俺が見るべきは外のほうだ。

 

 ニューモリダス、サモントンは俺が知っている感じの焦燥で間違いない。サモントンは『時空移送波動』の影響で大ダメージを負っており、ミカエルを中心に交渉しているとのこと。それを弱みにいつぞやのマリルみたいに一方の学園都市が有利になるような交渉を持ちかけようとするところもあるという。これは想定内の事だ。

 

 だがニューモリダスに関しては気になる記述が一つだけあった。『レッドアラート』との戦闘で議員関係者の何人かが騒動に巻き込まれて負傷者が何名かいるとのこと。それはまだいいのだが、問題はその事後処理に記載されている犯人--つまりは『ヤコブ・シュミット』の状況だけが不可解な記述になっていた。

 

「……ヤコブの遺体が行方不明?」

 

 おかしい。スクルドの遺体はSIDで回収し、ヤコブの遺体はニューモリダスの情報機関である『パランティア』に回収させておいた。それを俺もSIDは確かに目撃したというのに、最終的な履歴が『行方不明』というのはどういうことだ。

 

「……だけど気になるという意味なら残り三つの学園都市もそうだ」

 

 残り三つ。第一学園都市『華雲宮城』と、第四学園都市『マサダブルク』と、第六学園都市『リバーナ諸島』のついては俺が知らない間に学園都市内で大きな出来事があったという記述があったのだ。

 

 

 

 華雲宮城はサモントンの崩壊と機に、XK級異質物を稼働させようと画策しているとの記述がある。これは華雲宮城のXK級異質物が、サモントンのXK級異質物『ガーデン・オブ・エデン』に対して影響を及ぼすことができないものであったが、サモントンの崩落を機に介入できるんじゃないかと理由があるようだ。それでもしもサモントンの土地を奪取することができれば、農作物の輸出量は華雲宮城が独占することができてサモントンの学園都市としての価値を大きく下げて資源や財政的な有利を誇示したい一面があるとのこと。

 

 マサダブルクは意外なことに二つの大きな事柄が起きていた。『マサダブルクの内城に統治者が大成したこと』と『テロリストの発生が減少している』との記述があった。より正確には小規模なテロが軒並み消失して、大きなテロが増えたのだという。

 まず前者についてだ。これはマサダでの一件でエミリオが『聖女』としての地位を確立したことで、今後もそういう聖女に近しい存在が出てきてもいいように、レッドアラートとは別に対抗する手段としてマサダブルクの『絶対的な力の象徴』としての統治者を祭り上げたのだという。それこそがサモントンでの事件の時、SIDに力を貸してくれた傭兵組織『マルク・アレクサンドリアル』のトップである『パトリオット』というわけだ。

 後者に関しては前者と多少繋がってもいる。そのやり方や思想に反発を持つ者が、テロリスト側にリーダーが現れたのが理由であり、統制者の名前は不明。けれども『異質物』の力も『魔女』の力も使わずに進撃する暴虐さに因んで、マサダブルクの土地の過去に大きく関わる『暴君』をコードネームとして『ネロ』という名称を与えているとのこと。

 

 そしてリバーナ諸島は政治絡みで多少もめ事があったらしい。

 ニュクスからある程度話は聞いていたが、政治を回している三つのギャング組織の代表が任期を終えて近々変わるのことだが、サモントンの事なども含んだ近年の『異質物』の目まぐるしい変化がある中で、新しい統治する組織を変えていいものかという意見があり、それの間に揺れ動いているとのこと。それ以外に関しては、イナーラの情報でもいつも通りではあるが、キナ臭い裏取引も確認出来ていて穏やかに物事が収束するとは思えないとのイナーラの意見があった。

 

 

 

 なるほどな……。数日にしては詳細がかなり記載されている……。確かにこれはSIDが頼りにする時もある理由も分かってしまいそうだ。

 だとしたら、この中でどれがニャルラトホテプが関わりそうな事があるのか……。あんなやつがサモントンの出来事だけでおめおめと引き下がるなんて到底思えない。きっとどこかでアイツの手が介入している場所があるに違いないんだ。

 

「……俺も早くこんな桃色空間から出よう。いるだけで恥ずかしくなる」

 

 なんて考えたところで、こんなところにいて落ち着いていられる胆力が俺にあるわけがない。

 

 イナーラから飲み物を自由に飲んでいいと言われたが、俺はせめてものお礼として使っていたグラスと流し台に溜まっていた食器類などを洗っておいて店を後にした。

 

 


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