魔女兵器 〜Another Real〜   作:かにみそスープ

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第3節 〜満漢全席〜

 華雲宮城入国から二日目——。

 

「いやぁ、割高とはいえ朝食バイキングにして正解だったわ~~。気楽に食事を楽しめて朝の時間を有意義に過ごせるわ♪」

 

「割高って言ってるけど、それ全部SIDの経費だろう……」

 

 早朝、俺達は寝間着姿でホテルの朝食バイキングで腹ごなしをしていた。

 宿泊するホテルは立地などの条件もあって、最高級とは決して言えない場所だが、それでもそんじゃそこらの施設よりかは充実している。サモントンの襲撃で家畜などの肉製品は輸入制限が掛かっているか、もしくは5割値上げと経営者にも世帯にも痛いことになっているのに、ここのバイキングは強気にもソーセージの丸焼き、ローストビーフ、ささみの照り焼きなどレパートリー豊富だ。何ならデザートには生ハムメロンもあるほどであり、ご時世のことについて存ぜぬって感じ。

 

「ところでバイジュウは?」

 

「朝食は抜くタイプなんだって。飲み物だけで昼まで持つんだと」

 

 そういうのは珍しくメイド服ではないファビオラだった。

 薄い桃色のナイトガウンを着ており、履いているスリッパはホテルで配布している中の芯まで羽毛で構成されたフカフカ仕様だ。高度の影響で季節外れの寒さを誇る中、さらには早朝という冷え込んだ時間には、ファビオラの格好は見てるだけで温かくなりそうで羨ましい。ちなみに俺は上下共に色気がない男女兼用で使える黒のジャージであり少し肌寒い。

 

「……スープが染みますわぁ」

 

「朝はエレガントに紅茶もいいわよ?」

 

 なおソヤとクラウディアも寝間着で朝食を楽しんでいる。

 ソヤは見た目通りの小食派でバイキングにも関わらずスープとロールパンが二つ。クラウディアは紅茶とサンドイッチにサラダと彩り豊かに揃えてあり、しかもデザートとしてバナナとリンゴも準備済みだ。二人のエンゲル係数の差が如実に出ている。

 

「ここは和風も揃えていて良いのぉ。魚の焼き物、漬物、みそ汁、白米……これこそが明朝の鉄板じゃ」

 

 そんな中、ギンだけはいつもの露出過多な服装で和風料理を誰よりも綺麗な箸捌きで口に運んでいた。揃えているのはギンが口にした通りの朝食の王道であり面白みとかは何もない。だけど問題はそこじゃない。

 なんでギンだけ服装を整えてるのかと言えば、単純明快な話で『この服以外を持ってきてない』と言っていたのだ。寝間着さえも持ってきてないだという。

 

 ……いやまぁ、それはつまりギンは就寝時は裸族ということが判明した。あのハインリッヒと同じように裸族だったのだ。『守護者』同士で裸族である。なんだ、『守護者』ってそういう契約でも結ばれてるのか? 書類上にはない契約的な。

 

 おかげ昨日の夜は散々だった。中身はおっさんでも、見た目だけなら同い年ぐらいの絶世の美少女だ。そんなのが布団を1枚剥げば無防備な姿で生まれ持った姿のまま寝てるのだ。

 あの日以来、性的な事情が似通っているギンと一緒に裸の付き合いはしたが、それでも寝てる状態で裸を見るという体験は一度だってしていない。同居しているアニーとイルカだってそういう無防備すぎる姿は目にしてない。

 その非常識さは自分でもいけないことをしてるんじゃないかと悶々として寝付けなかったほどだ。なんでだろう、眠っている美少女の裸を見るのってこんな背徳的なんだ。中身おっさんでも恥ずかしく感じてしまう自分がいるのが少し嫌になってしまう。

 

「じゃあ今日も張り切って行こう~~。私もホテルの中で頑張れるだけ頑張るからね~~」

 

 ……なんて指揮を執るのはクラウディアだが、正直この人が有能なのかサボり魔なのか未だによく分からないのがちょっと不安。

 けど、足を動かさないと情報がないのも事実だ。今日も今日とて各地に散らばるしかない。

 

 

 

 …………

 ……

 

 

 

「まあ、それで心機一転して見つかったら苦労しないよなぁ」

 

 とりあえず朝食を済ませ『華雲宮城』での旅行客を装うために、いつもと違う服装に着替えて町の散策を始めることにした。

 肌寒さに応えて急遽用意した服装だ。黒茶色の厚手いタイツを履き、上には上に太腿まで届く茶色のセーターに、さらにその上に黒のコートを着込んでいる状態だ。春にしては厚着であるが、ここの気候を考えれば普通のことであり、現に俺の存在に違和感を視線で追うような市民はほとんどいない。

 

 とはいっても結果は得られずに時間を潰していくだけだ。俺ができることなんて、とりあえず地図上に登録されている建物を虱潰しに調べて表に出てる情報と齟齬がないか確認するくらいだ。

 一応それに合った物件はいくつかあったが、それらは先日商店街で少し見た粗悪品を売るような輩が利用する名前だけの事務所みたいなところだらけで調べるだけ収穫なしの骨折り損だ。これが余計に疲労感を募らせていく。

 

「経過報告~~。こちらレン、中岳では進捗ありませ〜〜ん」

 

『こちらバイジュウ。私のほうでも目ぼしいものは……』

 

『爺からの報告だ。レンとバイジュウと同じで収穫はない』

 

『私のほうにもありませんわ~~。ここは胡散臭さが当然のようにあるせいで、私の鼻でも判断がしづらく……それに単純にここは匂いが強いのも困りますわ』

 

『まあ華雲宮城は元々は『中国』と呼ばれた国を基礎として発展した学園都市。ニューモリダスや新豊州でもお国柄が強い料理や風習があるように、華雲宮城でもそういう部分が強く残っているのでしょうね』

 

『それらはどんなのがありますの?』

 

『それは私よりもバイジュウのほうが詳しいでしょう。20年前とはいえそういう文化が消えることはないだろうし』

 

『それで良ければ説明しますが……』

 

 ……三人とも連続して『それ』で始まる会話が翻訳が下手くそな英語みたいでちょっと笑いそうになったが、真面目な話になりそうなので咳払いと共に笑いを吐き飛ばして静聴するようにしよう。

 

『中国には様々な歴史はありますが、万国共通で現代でも通じる文化といえば間違いなく『料理』になります。小籠包、餃子、炒飯、北京ダック、麻婆豆腐……今でも愛される料理は多々あります』

 

「あれ? ラーメンも中国じゃないの?」

 

『ラーメンという文化自体の発祥は日本ですよ。ただそれは『ラーメン』としての話であり、古くから中国では『麺』というものは全体的に『小麦粉』などを使用した『粉物』を指しているんです』

 

「ラーメンが粉物……? 中華麺とかの名称はあるのに?」

 

『それは『鹹水』を使用したかどうかであり、中華麺とラーメンは全くの別物ですよ』

 

 知らなかった……。今度からラーメン大好きで詳しいとか迂闊に言えない……。

 

『まあ、そんな感じに現代でも色々な料理が伝わって、形を変えて国に適応したラーメンとかが諸々生まれますが……。中国料理には多くの共通点があるんです』

 

「共通点?」

 

『とにかく『油』を多く使用して『香り』が強いのです。どれくらい油を使用するとかいうと……実際に見てみたほうが早いと思いますよ』

 

 そう言われて俺は屋店の一つに遠くから観察してみる。目測としては10mぐらい離れているのに、それでも匂い自体は目の前で提供されているんじゃないかと思うくらいに香ばしい匂いと焼き音が感覚を刺激してくる。

 その刺激的な感覚は食欲を非常にそそり、観察する程度のはずが思わず目を見開いてマジマジと見て……いや視てしまうほどだ。

 

 するとあることに気づいた。気づいたのは料理の調味料がバイジュウの言うとおりに『油』を何種類にも分けて使っているのもあるし、それを際立たせるために香辛料も何種類も使っていて、見るだけで味はシンプルながらも奥深い物になるに違いないと確信できてしまうほどだ。

 

 だけどそれだけじゃない。目で視える情報はそれだけではここまで視線をくぎ付けにしない。何よりも視てしまう理由に関しては、料理人の動きには普段目にしない光景が広がっていたからだ。

 

 料理が踊っている。そう表現するしかないほどに中華鍋を振るう料理人は力強く動きに淀みがない。調理服を着てるから肌が見えるはずなんてないのに、その服の上からでも並大抵ではない圧縮された筋肉の躍動を感じてしまう。それは料理人がどれほど鍋を振るったかを直感させる巧みな動きで、その技術の結晶そのものが料理とは別に観客を魅了する。

 

「カーカッカッカッ! これがオレの『飲めるラー油』を使った炒飯だぁーー!!」

 

「なんだこの炒飯……ッ! 見るだけで口にするのも嫌なほど赤いのに、辛くない……いや辛い……でも旨いッ!? どういうことなんだ!!?」

 

 ……なんか妙にキャラが濃い料理人な気がするが、あいつ別にゲームで言うフラグを成立させるキャラとかじゃないよな? いたって普通の笑い方と口の強さが個性的なだけの料理人なだけだよな?

 

「なんだ、そこの女。見ねぇ顔だが旅行中か? だったら食ってみるか、ここだけしか食べれねぇオレの炒飯を?」

 

 もう言われ慣れてしまった女扱いに、内心で自分自身に嫌気が差しながらも「ぜひ」と一言を伝えてもらって口にしてみる。

 

 …………旨い。確かに旨い。そして辛くないように感じた次の瞬間、辛さを感じるが、それは何というか不思議な感覚だ。舌や喉で感じるのではない。胃の中に入った瞬間、辛みが爆発してその熱気が身体を温かくしてくれる。けどれもすぐに辛みが引いていき、辛さが嫌に残ることは決してない。清涼感すら感じる味と喉越しは、本当に香辛料を口にしてるかと疑ってしまう。まさに『飲める』の名に恥じないラー油の旨さが凝縮された逸品だ。

 

 食べていてここまで美味しいと感じたことはない。それは味だけの問題ではない。

 見た者を虜にする調理。油が撥ねる音がまるで料理人を祝福する拍手のように掻き鳴らし、観客の味への期待を大いに高める。だというのに聞くだけや見ただけでも想像もできない味の奥深さ。口に通せば理解できるのに、逆に言えば口にするまで理解できないワクワクさ。

 

 それらすべてが入り混じったあまりにも奇想天外な調理という過程すらエンターテインメントにする『料理』に俺は度肝を抜かれ、それが未知なる味に昇華しているのが俺でも分かってしまうほどだ。

 

 確かにこれなら口で説明するより、実際に視てみたほうが早い……。

 朝ご飯を食べたはずなのに、炒飯を一瞬で完食させてしまうと俺は料理人に「ご馳走様でした」と伝えて路地裏に戻ってバイジュウと繋がる手鏡を取り出した。

 

『味わった通り、中国の料理には目、匂い、音、味、食感……それらすべてを楽しませるのが基本としてあるんです』

 

「なるほど……。でも、どうしてそんな料理に進化していったの? 二つくらいあれば十分に美味しいと思うけど……」

 

『それこそが中国の思想そのものに深く結びつく『陰陽五行』が関わっていたりします』

 

「『陰陽五行』とはなんでしょうか?」

 

 陰陽はエコエコ動画の黎明期にあった「悪霊退散」が有名なMAD動画で聞いたことはあっても、五行の部分は聞いたことがないぞ。

 

『陰陽五行とは中国から古くから根付いてる思想です。発祥は紀元前にまで遡り『春秋戦国時代』にあったと考えられています。その思想は至極シンプルで『陰陽』は『プラス』と『マイナス』の考え、そして『五行』とは『五属性の力は互いに影響しあう』という考えです』

 

「『陰陽』は磁石とか電池とかで想像できるけど、『五行』に関してはパッと浮かばないな……」

 

『某忍者漫画の火遁、水遁、風遁、雷遁、土遁の相性関係みたいなのを想像していただければいいかと』

 

 あっ、それなら確かにイメージしやすいかも。水と土が合わさって木遁的な。それが『互いに影響しあう』ってことなのかな?

 

『ただこの『五属性』って単純故に色々と解釈がありまして……。ここ華雲宮城が『五岳』を束ねたのも、有名な朱雀、白虎、玄武、青龍、麒麟などもその思想に基づいて誕生したという話もあるほどです』

 

「もはや何でもありだな……」

 

『ええ。そのいい加減さ……いや、この場合は汎用性というべきですね。『五行』とは様々な結びつきを持っています。臓器も肝臓、心臓、肺、腎臓、脾臓となっていて『五行』に当てはめられてます。ほら、五臓六腑って言うでしょう?』

 

 そっか、それを言ったら五感も味覚、嗅覚、触覚、聴覚、視覚と五つあるんだな。それも『五行』と考えることができるのか。

 

『その考えの在り方そのものが『五行』であり、それにも表と裏……つまりはプラスとマイナスがあるという考えが『陰陽五行』ということなのです』

 

「なるほどね……」

 

 と長い間、話を聞いても捜査自体には発展なんてものはない。ただの探索における暇つぶしにでもなればと思って聞いて、実際に時間は潰せたが、それでもフリーメイソンの支社なんて物は全然見つからない。

 もちろんそれが何らかのヒントになって突き止めるなんて漫画やアニメみたいな都合のいいことも起こらない。俺はただ未だに続く『陰陽五行』についての話を聞き続けていた。

 

 曰く陰陽五行には『相克』と『相生』というのもあるとか。五行の属性同士で良い影響と悪い影響を与えるという。例えば木に水を与えれば成長するが、金に水を与えれば錆びるみたいな。あっ、思い返せば某カードゲーム漫画が本格的にカードゲームの路線として移行する前にそれを題材にしたゲームとかもあったっけ。

 

 それに五行の属性は基本は『火、水、木、土、金』となっていること。そしてそれはハインリッヒがよく知る『錬金術』の属性にも密接にかかわっていて、錬金術では『火、水、風、土、エーテル』という五属性が存在していること。

 

 ……そういえば『エーテル』ってあれだよな。シンチェン……じゃなくてスターダスト……でもなくて、その船で回収した異質物の中にいた『星尘』が該当するかもしれない属性とか言っていたな。確かサモントンで回収したデックス博士の研究記録からそう推測していたはず。

 そういえばあの事件でラファエルが触れた宝石も回収自体はしたけど『星尘』みたいに実験してなかったな。それを言ったらハイイーの異質物もそうなんだけど……。それに関してはサモントンからずっと忙しくなっているのと『箱舟基地』がアレンの襲撃でセキュリティの全面的な改修もあってという一面もあるしな……。

 

 ともかく聞けば聞くほどいい加減な思想というか……想像を少しでも広げればドンドン広がる自由性というか……もしかしたら『陰陽五行』の考えにある『根本』ともいうべきところでは、実は俺達が追っているものは近しい縁があるのかもしれない。

 

 デックスだって『魔法』の力に目覚めているのは故人である『ウリエル』も含めて計四人。

 長兄である『ミカエル』と次兄である『ガブリエル』。そして我儘お嬢様こと我らの『ラファエル』だ。

 

 錬金術の思想になるが、順番に『火』『水』『風』となっている。ウリエルは『土』だ。

 これは果たして偶然なのかどうか。もしかしたら『魔女』という存在がそういう物に分類されるのか……と考えたが、思い返せばイルカは『電気』だし、エミリオは『血』と脱線してるし、ギンにいたっては属性かどうかさえ怪しい『刀』だし、ヴィラももはや属性どころか攻撃の種類ですらない『力』だ、筋肉とかそういう方面の。

 

 考えすぎだったかもしれない。やっぱり『陰陽五行』がいい加減なのかも。

 

『そして五行は星にも関係してもいます。先ほど話した『火、水、木、土、金』という五属性は惑星である火星、水星、木星、土星、金星になぞらえているとも言われています。それと方角と星の巡りを合わせた占い……俗に言う占星術や風水などにも密接に関わっています』

 

「もうフリー素材だな……」

 

 そこまで来ると苦笑いしか出てこない。何でもかんでも合わせればいいって物じゃないぞ。カレーとカツ丼は美味しいし、二つを合わせたカツカレーも絶品さ。だけどそこにケーキもぶち込んだら流石にアウトだって誰だって分かる。それくらいヤバい思想だと今更思い始めてきた。

 

「そ~~う~~だ~~よ~~♪ 星と五行思想は深く関係してるんだよ~~♪」

 

「えっ?」

 

 いきなり声を掛けられると同時に誰かとぶつかった衝撃が足に伝わってきた。

 声の感じと衝撃の妙に柔らかい印象からして相手は女の子に違いない。こっちが余所見でもしていてぶつかったのだろうか、だとしたら謝らないといけないな。

 

 そう思って女の子がいるであろう場所に振り返ると、既に女の子は軽く走りながら遠くに向かっていた。

 

 ……なんだった。急にぶつかっては急に走り去っていって。まあでもこうなったら仕方ないか。

 

「バイジュウ、話の続き……」

 

「してほしい」という言葉を続けようとしたが、それが俺の口から出ることはなかった。何故ならバイジュウ達と繋がる手鏡が無くなっていたからだ。

 しかも無くなったのは手鏡だけでない。俺が持っていた所持品を詰めていたポーチもだ。あそこには身分証明から財布に、電波のない環境でもプレイできるゲームとか入っていたのに……!

 

「いったい、どこになくしたんだ!? さっきまで持っていたのに……!」

 

 そう、さっきまで持っていたんだ。あの女の子とぶつかる前まで確かに。だとしたら考えられる可能性は一つしかない。俺は恐る恐る女の子のほうに振り返ると、そこには--。

 

「ここだよぉ~~♪ お姉ちゃんの大事な持ち物♪」

 

 さっきまで俺が持っていたポーチと手鏡が、見せつけるように女の子の手にあった。

 

「……待てぇぇええええええ!!」


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