魔女兵器 〜Another Real〜   作:かにみそスープ

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第4節 〜乱七八糟〜

「ほらほら♪ こっちだよ、ついてきて♪」

 

「待てッ! それを返せッ!!」

 

 突如として話しかけられ逃走する少女に、俺は年上とは思えないほど情けない脚力で少女の逃走劇を懸命に追い続ける。けれど少女は身軽で街の小さな道なんてスイスイと抜けて俺の追跡なんて振り払っていく。

 だけど別に俺から逃げるための足じゃない。俺が見失えば、少女は足を止めて俺が追跡できるようになる距離まで待ち続け、俺が距離を詰めたら少女は再び逃げ始める。誘うための追いかけっこは、まるで童話に出てくるアリスのような気分だ。

 

 本当ならあんな少女の後を追うなんて無警戒なことはしたくないんだけど……身分証明となるSID発行のパスポートとかを諸々入ったポーチを取られたらどんな目に合うか想像するだけでも恐ろしい。とりあえずマリルに怒髪天がさらに逆立って怒りの限界を超えてしまうのは確実だ。それに連絡用の手鏡がないと情報共有もできやしない。

 

 走って走って走り続けて。息も整えるのさえ不可能なほどに走り続けて。その果てでついに少女は足を止めた。

 そこは街からは離れた山岳地帯の片隅。追っていて夢中だったせいか、普通ならどうやっても足を運べなさそうな足場の悪い環境もあって神隠しにあったような錯覚に陥ってしまう。

 

 特に驚いたのはこんな辺鄙な場所に建物があったことだ。

 眼前に聳え立つはピラミッドにも似た四角錐の建物だ。建材は石造りであり、頂点の部分は平面となっていて、そこまで登れるように階段が連なっている。

 

「ここだよ。ついてきて」

 

 少女は幼くも凛とした声で建物の頂上から下って中に入っていった。どうやら頂上には下に行けるように別の階段があるようだ。

 多少警戒心が沸いているが、正直あの少女からは危険じゃないと直感的に感じている自分がいる。それは何故だかはよく分からない。一言で言えば既視感というか、デジャブ的な物が脳裏にチラついているのだ。こんなことが前にもあったような……そんな感覚が。

 

 ……いや、もしかしたら今までの経験から来るものかもしれない。

 なにせこれで小さな女の子と出会うのは累計5回目だ。イルカ、スクルド、シンチェン、ハイイーと出会って、そのすべてで本人から害を受けるようなことはなかった。若干成熟してはいるが、もう少し年齢を伸ばせばオーガスタやソヤもそうだ。今まであった少女たちのすべてが友好的で、そういう経験があるから警戒しなくていいと根拠のない自信を持っているのかもしれない。

 

 ともかく考えるだけ大して意味はない。追うか、追わないか。それだけを決めるだけだ。

 悩む時間さえ惜しくて俺はすぐさま建物の頂上に行き、予想通りにあった中に入る階段を下って少女についていく。けどいざ追ってみると本当にアリスの気分どころじゃない。階段の段数が明らかに外観とは釣り合っておわず、一段ずつ降りていくたびに暗闇が深くなっていき同時に不安と焦燥も深くなる。このままだと不思議な国どころか地獄にまで誘われてしまいそうだ。

 

「怖がらないで~~♪ 本当に怖いのはここからだから~~♪」

 

「それを今この状況で言うっ!?」

 

 こっちの心境を察して少女は声を掛けてきたが、本当に怖いのはここからってどういうことだよ!?

 

 ……って思っていたら、ついに光が見えてきた。暗闇の中を照らす一筋の光。まるで『星』のように煌めく様は安心感が沸いて、街灯に惹かれる虫のようにフラフラと向かってしまう。

 

 ……そこで気づいてしまった。この一筋の光は『ある物体』を通して漏れている光だということに。

 

「『門』……なのか?」

 

 その事実に気づいてしまって、一気に心臓が破裂でもしそうなほどに早く脈動する。

 今俺の目の前には光が見えている。世界を割くように縦筋に一つ漏れている光が見えているのだ。

 

 この光景を俺は知っている。それは『天国の門』事件での後始末でソヤを救出しようとした時や、霧守神社での修行でギンが元々持っていたという二刀を触れた時に見えた物と酷似している。いや、これは間違いなく『門』だ。勘違いということは決してない。

 

 だけど同時に確信してもいる。これは『門』ではないと。

 矛盾した言い方ではあるが、そうとしか表現できない。これは『門』でありながら『門』じゃない。そんな不可思議な感覚が俺の中で蠢いている。

 

 ……どんなに考えてもその意味に答えなど見つけることはできない。誰かに相談したいところでもあるが、生憎とその連絡する手段を少女に取られていて相談なんてできない。戻って報告しようにも、夢中で追っていたせいでこの建物がどこにあるのか一切分からないので下手したら戻れない可能性さえある。

 

 であればどうすればいい。俺一人でこの『門』をどうすればいいか考えないといけない。こういう時はSIDの訓練を思い出して冷静になって状況の把握と推測をしないといけない。

 開くにしろ、開かないにしろ、戻るにしろ、戻らないにしろ、そのあらゆる可能性を考慮して最善を選ぶように尽くさないといけない。

 

 ……悩んだ末に俺は『門』を開いた。理由は単純明快。開く以外には無視できないデメリットが多くあったからだ。

 それに華雲宮城に来た理由だって、ミルクの手掛かりを追うのもあるが、行方知らずで姿を晦ましたニャルラトホテプを追うために来たんだ。そのニャルラトホテプと繋がる『ヨグ=ソトース』とさらに繋がる『門』があったら、危険だということを理解しても調べないといけない。俺というかSIDは『星尘』も含めてあまりにも『粗糖中』という概念への理解が少なすぎるのだから。

 

「ようこそジプシー。我が神秘の空間へ」

 

「どっかで聞いたことのあるセリフ……」

 

 意を決して入って第一声がこれだ。少女は何故か円形のテーブルの前で占い師のように俺のことを待っていた。

 

 ……占い師のように、と言ったが形としては結構本格的だ。丸テーブルの上には白のテーブルクロスが引かれており、テーブルクロスには魔法陣を模している。しかもその上には水晶玉とタロットカードが散乱していて、部屋の明かりさえ調整すれば縁日や文化祭などで見る立派な占いの館の完成だ。

 

 …………あれ? でも、これどこかで見た覚えが……?

 

「説明するより結論から言うね」

 

 既視感を覚える空間。何なのか考える暇もなく、少女は今まで見せていた年相応の幼い雰囲気を霧のように消失させると、まるでスクルドのような不思議な視線でこう告げた。

 

「ここは『観星台』で、私は管理者の『グレイス』っていうの。ここでは初めましてかな、レンお兄ちゃん」

 

「えっ……観星台……っ!? それに、お兄ちゃん……っ!?」

 

 いきなりの情報の連続に、俺はただただ驚くしかなかった。

『OS事件』での一件から常に意識されていた『観星台』という存在が突如として出てきたこと。それにラファエルやガブリエル以来に俺の性別を一見で見抜いた少女の得体の知れなさに。

 

 

 

 …………

 ……

 

 

 

「あーもう! なんでいきなり反応が消えるかなぁ!?」

 

 一方その頃、華雲宮城の中岳都市ではクラウディアがレンの行方を追って走っていた。服装は最低限に済ませ髪も所々乱れているせいで、華雲宮城の住人は思わず視線を追うが、クラウディアはそれを気にもせずに入り組んだ路地裏を掛けてレンの反応が途絶えた場所へとたどり着いた。

 

「フィールドワークは大の苦手だっていうのに……」

 

『ですがレンさんの後を追えるんですか? ドラマみたいに明確な証言や痕跡があることなんて稀ですし……』

 

「こういう時は私の魔法を使うだけよ♪」

 

 手鏡から聞こえるバイジュウにクラウディアは返事をすると、懐から一つの物を得意気に取り出した。

 それは『パン』だ。正確に言うならば、パンといってもハードブレッド。つまり『クラッカー』と呼ばれる分類の物だ。

 それをクラウディアは祈るように力を入れて粉々にすると鳩にエサでも撒くように空に放り投げて告げた。

 

「ヘンゼル。私に森に誘われし迷い人へと導きなさい」

 

 すると粉々になったクラッカーは組織的な動きを見せる。軍隊アリのように一列を成して空中に浮かび、獲物を定めたように迷いなくある方向を目指して動き始めた。

 

『いったい何をしたんですか……?』

 

「これも私の魔法の一つ。ここにいた人物を自動的に追う魔法よ」

 

『……あなた本当に何種類の魔法があるんですか? 『時止め』『鏡の転送』『パン屑による追跡』……口にすると馬鹿馬鹿しい感じはありますが、やっぱり余りにも……』

 

「……一つよ。ただ応用力と拡張性が半端じゃないだけで」

 

 バイジュウからの質問にただ淡白にクラウディアは答えてクラッカーの後をつけていく。

 

「しかし私の『鏡』でも場所を追えないなんて一体どこにいるのかしら、レンちゃんは。華雲宮城のいる限りは探知できるはずなのに……」

 

『……なら心当たりというか、消えたことについて少し思うところがある』

 

 その疑問に答えたのはギンだった。いつものどこか飄々とした態度はどこへやら、本来の年齢である老人に相違ない厳格な態度と威厳を持った言葉で話を続けた。

 

『実はバイジュウの話を聞いてた時からふと気になった部分があっての。『陰陽五行』についてなんじゃが……』

 

『はい、陰陽五行についてどうしましたか?』

 

『お前は『五行』のことは詳しく教えてくれた。だが『陰陽』については軽く説明して終えたであろう。本当にそれだけの存在なのか?』

 

『ええ。陰陽は五行と比べてシンプルですから……。『プラス』と『マイナス』の関係で十分に伝わりますし……』

 

『なら、それは他に例えれば『右』と『左』とかの二つで一つの物ならば該当する概念であることは間違いないのか?』

 

『そうですね。『光』と『闇』とか、『朝』と『夜』とかも陰陽の概念に当てはまりますね』

 

『……ならば『表』と『裏』や、『現実』と『虚空』も当てはまるということでもあるの』

 

 ギンからの意味深な物言いに、バイジュウは頭に疑問符を浮かべて思考に没頭してしまう。老人独特の遠回りした物言いに慣れていないのもあり、どうにもその真意が測りきれずに疑問が解消されることはない。

 

『バイジュウ。お前は霧守神社について知っているか?』

 

『データ上のことでなら……。レンさんが霧夕さんとアメノウズメと呼ばれる存在に稽古してもらった場所ですよね?』

 

『そうだ。ならばお前もこの単語は目にしたであろう。レンが修行していた『結界迷宮』についてな』

 

『……ああ! つまり『時空移送波動』ってことですか!?』

 

 そこまで話したところで聡明なバイジュウは気づいた。ギンが何を言いたいのかをすべて。

 だが聡明ゆえに話が飛び飛びなってしまい、彼女らを繋ぐクラウディアからすれば内容も理解できずに蚊帳の外という状況だ。当然のようにストレスが溜まり、クラウディアと話に割り込ませろと言わんばかりに大きな咳ばらいを一つして吠えた。

 

「勿体着けずにさっさと話してくれないっ!? 事件は現場で起きてんのよっ! 呑気に話してるんじゃないわよ、この年増のジジババがっ!」

 

『バッ……!? 一応まだ三十路ですよっ!? 正確には三十路後半ですけど……』

 

『儂は霧吟の年齢なら16歳じゃ~~。戸籍上なら20歳じゃ~~』

 

「分かった! 謝るからっ! さっさと本題を話してくれない!?」

 

『つまりじゃ……。レンは今『神隠し』にあってるってことじゃ』

 

 

 

 …………

 ……

 

 

 

「……ええっと、つまり今俺がいる華雲宮城であって華雲宮城じゃない……。『時空移送波動』に限りなく近い空間にいるってこと? 新豊州にある『結界迷宮』みたいな……」

 

「うん。言い方は『裏』とか『影』とかあるけど……私はあえて『闇の華雲宮城』と言っておくね。レンお兄ちゃんはダークサイドに身を預けてる状態なの」

 

 おっと『闇』の上にダークサイドと来たか。本当に意味があるのか、少し早い中二病的何かなのか。それは今は触れないでおこう。

 

「……何せここは『光』がないからこそ存在できるんだから」

 

 ……決して触れないでおくぞ。誰だって触れられたくない傷口の一つや二つはあるんだからな!

 

「だけど新豊州にある『結界迷宮』とも少し違うんだ。周波数が違うと言えばいいのかな? 同じ電波でも4Gと5Gというか……FMラジオとAMラジオというか……」

 

「……サーバーが違うって意味で捉えていい?」

 

「そうそう! 同じゲームでもサーバーが違うとデータが違うように、ここと結界迷宮もそういう細部が違ってたりするの」

 

 なるほど、納得できるかどうかは置いておいて、とりあえずは理解はできた。

 ここに迷い込んだのもウズメさんの時みたいに、鳥居を出るときの間違えた作法が引き金になるのと同様、少女こと『グレイス』を追う最中でその切っ掛けを踏んでここに誘われたのだろう。つまり本当にアリスしてたってことでもあるんだけど。

 

「まあ、それは分かったけど……なんで俺をここに呼んだの? 君との接点なんてどこにも……」

 

「……あなたが『ヨグ=ソトース』に手を出したから」

 

 あまりにも突然にその名前が出てきて、一瞬呼吸するのを忘れてしまった。

 どうしてこの少女は『ヨグ=ソトース』の名前を知っているのか。何よりもどうしてその名前をいとも簡単に口にできるのか。俺がその名前を口にしようとすると、何か変な感じがして口が絡まって『ヨグなんとか』というのが精一杯だというのに。

 

「『陰陽五行』についてはもうバイジュウから話を聞いてるよね?」

 

 今度はさも当然かのようにグレイスはバイジュウの名を出してきた。驚きの連続ではあるが、このまま驚きっぱなしでは話が進もうにも進まない。一先ずは受け止めて、グレイスとの話に専念するとしよう。

 

「うん、一応それなりには。陰陽はプラスとマイナスで、五行は某忍者漫画みたいな五属性の相性が合って、組み合わせれば木遁とか塵遁が出せるってことくらいは……」

 

「それぐらいの理解があれば安心だってばよ」

 

 ……こっちの漫画に合わせてくれたな。思ってた以上にグレイスはノリがいいのかもしれない。

 

「けれど影響を及ぼしあうのは『五行』だけじゃないのよ。陰陽は二つで一つの関係……天秤の片方が下がれば、もう片方が上がるように、陰陽も互いに影響しあうんだ」

 

「つまりどういうこと? それとこれが、どうやったらヨグなんとかに繋がるの?」

 

「……そこで『五行』が関係してくるんだ」

 

 そこで『五行』が関係してくる? ますます分からなくなってきた。グレイスが言おうとしていることが、全然掴めなくて俺にはチンプンカンプンだ。

 思考停止にも近い迷走を頭の中に繰り広げていると、グレイスは突如として「これを見て」とテーブルの下から箱と一緒にある物を一つだけ取り出した。

 

 俺はそれを見た瞬間に今日何度目かも忘れた衝撃を覚えた。グレイスが取り出したものは『石』だ。だけどただの『石』じゃない。形状は全然違うが、視界に入ってくる存在感と情報からその存在をある物と激しく重なる物だったのだ。

 

「何か分かるよね?」

 

「……それは、シンチェンやハイイーの情報があった『隕石』と同じものだよね?」

 

「そう、これは『火』の隕石。『星尘』『海伊』と同じように『赤羽(チーユ)』の存在が眠るEX級異質物」

 

『赤羽(チーユ)』という名前に、俺は聞き覚えがあった。それはサモントンでの事件でデックス博士の資料にあった一文に記載されていた神格の名前だ。

 

 だけどどうしてここでその名前が出てくるんだ? いや、報告を受けていた時から気になってはいたが、どうしてデックス博士は『星尘』や『海伊』を知ったんだ? 

 データ上での推測を見る限り、その推測に至ったのはラファエルが湖で溺れた日のことだ。ということは一年前とかそんなものじゃない。五年とか六年ぐらい前のはずだろう。SIDがシンチェンを認識したのはマサダブルクの一件であり、そんな前のことでは決してない。

 

 何が何だか分からない。なにか理解の追い付かないことがSIDや俺から離れたところで動いていたのか? それこそウリエルがニャルラトホテプに化けていたように、もっと前から何かが動いていたのか?

 

「ヨグ=ソトースと接触したことで、外宇宙の神格はこぞって動き始めた。そしてその始まりはいつだと思う?」

 

「それは……霧守神社とかじゃないの?」

 

「正しいけど間違ってる。そこ以外にもあるんだ」

 

「なら『天国の門』の時とか?」

 

「それも正しいけど間違ってる。けれど説明しても貴方に伝わるかどうか……」

 

 グレイスは目を伏せて「どう伝えるのがいいんだろう」と悩んでるのが分かるほどに頭を抱える。

 

「……ここはね、観星台は『あらゆる世界と時間から切り離された空間』なの」

 

 やがてグレイスは目を開けて、重苦しく口を開き始めた。

 

「ヨグ=ソトースが動き出したのは、あらゆる事象のすべてに干渉した瞬間。アニーを『時空移送波動』から解放するよりも前……それこそ炎に包まれた新豊州を貴方が見た日も……」

 

「なんで……そのことを知ってるんだ?」 

 

 グレイスから伝わる超常的な視点に俺はただ生唾を吞むことしかできなかった。

 しかも見た目は少女で金髪ときた。どうしてもスクルドのことを思い出してしまい、それがデジャブとなって妙な親近感と既視感を覚えてしまう。

 

 だけど細部が違う。スクルドが『未来』を見ているんだとしたら——。

 

 

 

「だって観星台はあらゆる世界から置き去りにされた場所だもん。だから貴方が何者なのかも、全部知ってるんだ。全部『既に起こった後のこと』だから」

 

 

 

 ——グレイスは『過去』を見ているんだ。


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