魔女兵器 〜Another Real〜   作:かにみそスープ

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第5節 〜不知所措〜

「既に起こった後って……どういう?」

 

「言葉通りの意味だよ。レンお兄ちゃんが体験したことは、私からすれば既に知っていたこと。未来予知……と言えばそうかもしれないけど、正確にはそういうものじゃないんだ」

 

 突如として告げられた言葉に、俺は驚くとか呆れてるとか以前に思考が追い付かずにただ情報を整理することしかできなかった。

 グレイスはスクルドと同じように『未来予知』の能力を持っている? かと思えばグレイスが口にしたのは『既に起こった後』と未来予知とは逆で『過去』であると主張するような断言だ。

 

 それが俺にはどうも理解できない。過去を見ているのに未来を見てるような断言。そこの矛盾に言い得て妙な例えというか、自分の中でスッキリできる例えが見えてこなくて、頭の中で渋滞を起こしてしまう。

 

「レンお兄ちゃんが好きなゲームの話で纏めるとね、私の能力はセーブデータをロードをしてるような物なの。ほら、マルチエンディングの方式だとクリア前のデータをロードして、フラグを変えてエンディング内容が変わるみたいな感じ。大筋は変わらないけど細かい部分が……とかそういう風にイメージするといいのかも」

 

「……平行世界を見てたってこと?」

 

 俺は内心もう一人の自分……アレンの言葉を思い出していた。

 ニューモリダスの一件で、アレンは平行世界の存在について口にしていた。だからそういうのは少なからず頭の隅にあった。グレイスは幼いが故にその言葉を知らずに妙に遠回りな例えをしてしまっているだけで、本当は少女が持つのは『平行世界の観測』的なそういう類なんじゃないかと感じた。

 

 だけどその疑問に対してグレイスは「ううん」と頭を一つ横に振って話を再開させる。

 

「それとも微妙に違う。そりゃ確かにゲームに登場する人物はセーブとロードに気づくことは基本的にない。そういうプログラムでも組まない限りはね」

 

「某PCアドベンチャーゲームを指してるな……」

 

「だけどゲームをしてるのは、あくまで『プレイヤー自身』だよね? セーブとロードをしてゲームの登場人物は『出来事そのものをなかった』ことにできるけどプレイヤー自身は『なくなった出来事を観測はできる』……。でもプレイヤー自身はセーブもロードもできないから時間そのものが地続きになってゲームをプレイする。それが普通だよね」

 

「そりゃ普通だよ。当然のことじゃん」

 

「じゃあ、ここから先はその例え話を前提にしてね。もし『私たちがそのゲームの登場人物』だったらどうする?」

 

「……んなアホな」

 

 ……そんなこと考えたことがなかった、とは言えない。

 というか誰だって一度だってそういうことが脳裏に過ったりするだろう。だけど最終的には誰だって『そんなことは絶対にありえない』と考えるのが自然だ。物好きで哲学的な人物でもない限り、そんな発想はものの数秒で思考の隅っこに置いて忘れ去るか、気にもせずに日常を謳歌するに違いない。

 

 だから今更言われても俺は驚きはしない。むしろグレイス自身が子供という見た目だから、どこか生暖かい心情でその話を聞いてしまう。子供もそういう視点を持ったんだろうと思いながら。

 

「うん、その考えと反応は正しいよ。現実的な問題としてレンお兄ちゃん達がゲームの登場人物だなんて私たちの世界から見たら当然あり得ない。……だけど実際はそうじゃないんだ」

 

 だけど不思議と俺はその話に惹かれていた。グレイスが醸し出す雰囲気や口調が、あまりにも子供離れしていて、かつあまりにも確信にも等しい自信を持って俺を見つめていたからだ。

 

「ねぇ。レンお兄ちゃんはもしも致命的なことが起きたら『やり直したい』って思ったことはある?」

 

「そりゃ……」

 

「あるよね。うん、だって実際にあったんだから。その地獄で、確かに願ったように」

 

 俺が口にするよりも早くグレイスは俺の心中を見抜き、研ぎ澄まされたナイフの一刺しのように『ロス・ゴールド』によって『なかったことにされた』はずの地獄の光景を言い当てた。その地獄で俺が願ったことさえも。

 

「誰だってそう思うんだ。間違いや過ちを起こした時、誰だって『こんなことはなかったことにしてほしい』と願ったりする。それが叶う叶わないにしろ……そしてそれは『生命』であれば当然のことだから」

 

「……『生命』であれば?」

 

 妙に尊大な言い方に、俺は意味を感じてしまい聞き返してしまう。普通なら『人間』という風が正しい気がするから。

 

「……うん、『生命』なら当然なんだ。それが……『星』が見てる『願い』なんだから」

 

「……星が見てる?」

 

 突拍子もないセリフに理解がさっきから追いつかない。俺は確かにそこまで頭が良い方ではないけど、それを抜きにしてもグレイスの言葉はそういう次元を一つ二つ飛び越えたような物ばかりで、これに限って言えば聡明なバイジュウやマリルでも頭を抱えるに違いない。

 

「レンお兄ちゃんは体験したことあるよね。都合のいいように道具が揃っていて切り抜けたこと」

 

 そう言われて俺はこれまでの事件のことを追憶していく。特にそれを意識したのは別に事件になったわけではないが、『播磨脳研』でファビオラの記憶に潜った時のことだ。

 あそこでは俺がどうしようか詰まるたびに解決策が手元にあった。俺が使える反動の低いアサルトライフルに、応用力が高いエアロゲルスプレーに、火薬瓶を作るために入っていた……その……アレとか。

 

 ともかく、そういう類の物が必ず手にあった。あの時は記憶の中ということもあり、なんかこう機械側がそういう風にしてたんじゃないかと考えていたが……実際は違っているとグレイスは言いたいのか?

 

「あっ、それに関しては機械側のほうだよ。人が生存を欲する時は、どうしても手立てがないかと走馬灯のように一瞬で模索しようとするから」

 

「……まだ俺に何も言ってないんだけど?」

 

「それぐらい顔見れば分かるよ」

 

 みんなに言われるけど、俺ってそんなに顔に出てるかなぁ!!? 

 

「でもそれは星も一緒なんだ。星が絶命の危機に瀕した時、星だって生命なんだからどうにかしようと生存本能が働く。それがさっき話したゲームのセーブとロードみたいなもので……ごめんね、口で説明しようとするとどうしても難しくなっちゃって」

 

 目を閉じてグレイスは悩む。本人も全貌が把握してない以上、俺だって伝わってることがチグハグだ。

 でも、とりあえずは今聞いてることが無視も無碍もできないことであることに違いないだろう。きっと超常の中でも超常なのだろう。それぐらいは俺にだって分かる。

 

「……とりあえず星そのものが人間のように生きていて、その生存本能か何かでループに近い何かが起きてるってこと?」

 

「そういうこと……かな。正解であり不正解……っていうのも違うかな。多分正解そのものがないんだから」

 

「……って言っても星が生きてるだなんて思えないなぁ」

 

 信じろって言われても無理難題なことだ。学術的な何かの仮説があるとしてもだ。

 だって生きてる以上、自分に得があるように尽くすのが普通だ。好き好んで自分が不利益になることなんてしないだろう。誰だって自分が傷つくのは嫌に決まってるんだから。

 

 その考えで星の視点から見ようとすると違和感しかない。

 何故なら星は『七年戦争』を起こしたし、植物がロクに育たない『黒死病』も起こしてきた。どちらも星にとっては致命的に違いない。どちらも人間だけを殺すというわけでもなく『生命』そのものを根絶するような災厄にも等しい。そんなのが発生したら星だって拒否したいに違いない。人間的な思考や生存本能があるというのなら。

 

 だからグレイスの話は信じようにも信じられなかった。スクルドの時みたいに無条件で信じることができなかった。

 

 それが俺にとってショックだった。俺自身にショックを受けていた。

 それだけ自分が超常に接触して、超常に慣れてしまい、超常を別の視点で見ようと変化していたということだから。それは自分がどれだけ日常から離れているのかを意味しており、嫌でも理解してしまう。

 

「生きてるよ、間違いなく。星どころか……」

 

 そこまで言ってグレイスは言い淀む。別に自信が揺らいだとか感じじゃない。確信してるからこそ、次に続く言葉を吐いてしまう意味に躊躇してるんだ。

 

「…………これだけはまだ教えちゃいけないね。貴方達の誰もが耐えうるSanityを持っていないから」

 

 子供らしからぬしおらしさで、グレイスは本当に申し訳なさそうに目を伏せながら頭を下げた。

 俺は思わず子供に頭を下げてしまうことに罪悪感を覚えてしまい反射的に「気にしないで」と言って話を続けるように促した。

 

「……ありがとう。ともかく、私はそういう経緯でスクルドに似た能力を持っているんだ。だけど『100%的中』することだけは絶対ないということだけを覚えていて」

 

「別にスクルドだって的中してるわけじゃないんだけどね……」

 

 あまりスクルドの能力については本人との約束もあって口にしたくないが、グレイスが分かっている以上は黙るだけ無駄だ。

 グレイスが極力傷つかないようにフォロー入れつつ俺は一度呼吸と頭の整理をして今自分が何を聞くべきか改めて聞いてみた。

 

「一度難しい話は置いておこう。とりあえずグレイスは俺に何のために近づいたの? 今まで難しい話しかしてなかったから簡単にね」

 

「じゃあ単刀直入に言うね。呼んだ理由は三つ」

 

 グレイスはそういうとおもむろに丸テーブルの下から小さくも厳重に保管された鉄製の箱を取り出した。鍵もついているが複数個あり、それを丁寧に一つずつ開錠すると中から既視感がある『隕石』が姿を見せる。

 

 そう、あの『隕石』は『リーベルステラ号』や『Ocean Spiral』で触れたものと酷似しているのだ。

 

「一つはこの『赤羽』の異質物を渡す必要があったから。今後ニャルラトホテプを追うのに、この『火』の異質物は何よりも役に立つに違いないから」

 

 驚きと戸惑いが渦巻く中、グレイスは優しく俺の両手に『赤羽』と呼んだ『隕石』を握らせてきた。

 触れてみるとその隕石はシンシェンとハイイーの時と比べて仄かに温かい。湯たんぽと言えばいいだろうか。ちょっと手放しにくい温もりというか……懐かしいけど新鮮な安心感が湧いてしまう。

 

 あれだ、母親の温もりに近いというか……言うなれば『お姉ちゃん』的な表現が一番正しい気がする。

 考えてみれば俺は一人っ子だから、こういう感覚を持ったことがないんだな……。イルカやスクルドは妹みたいな物で、シンチェンとハイイーはもっと年齢が低いから姪っ子みたいな感じで、ソヤとかは……なんだろう、癖の強い後輩的な? 

 

 ……ともかくそんな感じであり、こういう感覚を持ったことは今までなかった。歳上であるエミリオとニュクスは本当先輩って感じだし……ラファエルだけはアレだけど。

 

 

 

 ——私のこと、見えてるな?

 

 

 

「うおっ!? 今の声は!?」

 

「それが赤羽だよ。方舟基地やマサダの時のようにすれば今からでも解放できると思うけど……どうする?」

 

 ……俺は少し悩んで首を横に振って、拒否の意思を見せた。

 今ここは新豊州じゃない。しかも突如として赤羽を呼んではマサダのシンチェンの時のように入国許可を持たない者がいるとなると問題になってしまう。呼ぶとしたら新豊州に帰った後のほうが良い。あとそれに声の感じが荒々しくて怖いし。

 

「なら私はそれを尊重しておくね。続いて二つ目。これでレンお兄ちゃんが届く範囲だと五行の力を持つ隕石……デックス博士が『五維介質』と名付けた属性は四つ揃ったよね」

 

「……シンチェン、ハイイー、チーユの三つだけじゃない?」

 

「サモントンでラファエルが触れたのも、その『隕石』の一つだよ。司る属性は『風』で、名前は『蒼穹(ツァンチョン)』。覚えておいてね」

 

 そういえばそうだった。ラファエルが暴走した原因となったのが、あの隕石だったな。今は新豊州で厳重保管されているし、アレンが突撃した件で方舟基地の破棄もしくはセキュリティ見直しとかのゴタゴタでスッカリ忘れていたけど。

 

「で、残るは『地』の属性だけ。これも実は華雲宮城にあるんだ。しかもレンお兄ちゃん達が探してる『フリーメイソン』の組織にね」

 

 それは思いがけない情報だった。生唾を呑んでグレイスの言葉を聞いてしまう。

 

「だけど注意がある。この『地』という属性……レンお兄ちゃんが追ってるニャルラトホテプやヨグ=ソトースが持つ属性でもあるんだ」

 

 自分でも背筋が凍るのが分かった。まさか俺の目的であるニャルラトホテプと、バイジュウが追うフリーメイソンについて深い関わりがあっただなんて。あまりにも都合が良すぎて導かれてるように感じてしまうほどに。

 

「そしてここからが重要なこと。忠告の三つ目は、この隕石を巡って……バイジュウが『ある人物』と会うことになるんだ」

 

『ある人物』とまるで俺でさえも知ってるように口振りだ。今まで俺が知り得た人物の中で、そんなフリーメイソンと関わりがあるやつなんていただろうか。

 

「……誰なんだ、それは?」

 

「それは——」

 

 

 

 …………

 ……

 

 

 

「お迎えに上がりました、バイジュウ様。ご壮健で何よりです」

 

「……どちら様でしょうか?」

 

 レンとグレイスが話し合う同時刻。

 バイジュウは身なりの整った紳士的な男性という部分以外は特徴が薄い、一種の異様な雰囲気を纏った存在に声を掛けられていた。

 

「わたくし華雲宮城の情報機関『無行の扉』に所属する者であります。名前やコードネームなどは我ら組織には不要な物ではありますが……呼びやすいように今は『朱雀』とでも名乗っておきましょう」

 

 情報機関『無行の扉』——。

 その名称にはバイジュウは聞き覚えがあった。

 

 無行の扉は新豊州のSIDやサモントンのローゼンクロイツと同じように華雲宮城における情報機関の核とも言える存在だ。だがその組織形態は上記二つと大きく違う。

 

 それは少数精鋭の組織ということ。所属に厳しい条件があるSIDや、信仰心が必要なローゼンクロイツでも組織の全体人数として数百人は超えている。そうでもしなければ情報収集なども含め組織が回らないからだ。

 

 だが無行の扉に所属する総人数は『30人』にも満たないことをバイジュウは覚えている。しかも血筋もそうであるが、そのすべてが生抜きのエリート中のエリートだけで構成されているということも。それらすべてが達人を超えた達人とも言われているほどに。

 

 そして——名前は変わってはいるが、バイジュウとミルクが『元々所属していた組織の親的な存在』にあたるということも。

 

「我ら組織はあなたの蘇生を常に待ち望んでおりました。南極基地でSIDで身柄を保護されて以降、貴方は見聞を広げるために世界を渡り歩き……今こうして我ら組織の前に姿を見せてくれた」

 

「いったい何を……?」

 

「影ながら諜報と身辺警護を行うのが無行の扉でございます。貴方の旅の最中、困難はあれど災難などはなかったでしょう?」

 

 そう言われてバイジュウはハッとなって旅路を振り返った。

 確かにバイジュウは目が覚めてから、現代の世界がどうなっているかを知るために世界中を渡り歩いた。

 

 永久凍土と化した雪の大地。火薬の匂いが立ち込む戦争の跡地。『黒死病』によって農作物がまともに育つことなく、飢餓に苦しむ人々の姿をバイジュウはその目と記憶に焼き付け、今ある世界の残酷さを知ってきた。

 

 もちろん悪いことだらけじゃない。学園都市に任命されていないだけで、辛うじて国として機能している国家はいくつもあった。だけど農作物などはサモントンからの輸入頼り、海産物もニューモリダス頼りと非常に歪な形で成り立っており、偏に学園都市とそれ以外の国家という分かりやすい形で国益に影響を及ぼしていた。

 

 しかし、そんな旅路の中でバイジュウは一度でも危機的な状況に瀕したことでもあっただろうか。治安も安定しない学園都市外での出来事で、多少の荒事はあれど危機的な状況にあったことがないのがバイジュウとしての本音だ。

 

 それがもし、目の前の男が仄めかすことが真実というのなら——。

 

 バイジュウは今に至るまでのそのほとんどが『無形の扉』によって監視されていたことを意味している。

 

「だがそんなことは瑣末な事。今こそ我ら華雲宮城は月夜よりも麗しい華であるバイジュウ様を迎え入れたい……それが私があなた様に接触した真の理由です」

 

 嘘なんて何一つない極めて純粋な『魂』を持って朱雀は頭を下げてきた。

 

「話だけでもお聞きください。対価として我らは貴方が欲する物を教えて致します」

 

「……貴方に私が何を求めてるか分かると?」

 

「もちろんです。貴方の友人である『思仪』……いえミルク様の情報。それにフリーメイソンについても我らは握っております」

 

「…………そんなの、私を深く調べれば予測がつくことです」

 

「では、あなたが南極基地で保護されていたのは我が組織による『ある一員』が行ったものだと言ったら?」

 

 バイジュウの心が動揺はさらに大きくなる。バイジュウの身体は南極基地で培養漬けにされて19年もの間、その時を凍らせていた。そしてそれを行なったのは恐らくバイジュウの記憶に映っていた『バイジュウを抱え運んだ誰か』だろう。

 それはつまり記憶で見た誰かについても密接に関わっていることも意味している。そのことを朱雀と名乗る男は暗に仄めかしているのだ。

 

 バイジュウの動揺が続く中、間髪入れずに「それに」と朱雀は言葉を畳みかけていく。

 

「貴方の養父……『ラオジュウ』の死の真相についても教えることができます——」


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