「『ある人物』って——そんなことが……?」
「うん。そしてそれ以上は分からないんだ。ここを最後に世界の記憶が途切れてしまったから」
世界の記憶が途切れた——。そこで俺は過去にマリルから聞いた『二つの話』を思い出していた。
一つは『OS事件』での際、現在は星之海姉妹というVtuberとして現代を活動しているスターダストとオーシャンから聞いたという『宇宙が変わったことで未来が不確定になった』ということ。
もう一つがサモントンでの事件。通称『SD事件』と呼ばれる事件の際、身体拘束をしていたセラエノからやっとの思いで聞き出したという貴重な情報だ。
なんと同じようにセラエノが『『未来』だけは『不確定』になった』ということを口にしたという。『アカシックレコード』を例えとして、セラエノが持つ本……本人曰く『断章』と呼ばれるものを人として理解できる程度には口にしてくれたとのこと。
なお、その後にカツ丼が出ないことを知って口を塞いでしまったのだが……なんとまあ面白いけど、組織としては面倒なことこの上ない生命体だとマリルは愚痴を溢していた。
ともかく二人とも『未来』について説明していた。そしてグレイスも同じように『未来』について予測していた。
そして同じように——未来が分からないという少女がいたことを俺は覚えている。
そこで俺は思い出す。
それはスクルドが航空機で口にしていたことだ——。
…………
……
『私、未来が……『見えなくなった』の……』
……
…………
四人も揃って『未来が分からない』という意味を持つ言葉を、ある時期を境に口にし始めた。そしてその『境』に俺は覚えがあったのだ。
きっとそれは——あの夢で見た——。
——今■■この■■を生■抜いて■せよ。
ダメだ——。思い出そうとすると鉛でもついたかのように頭が重くなって意識が霞んでしまう。
だけど直感的に理解した。この世界は俺が思っていた以上に根本的に『何か』が少しずつ崩れてしまっているということを。
「……私の話はここでお終い。そしてお別れの時間でもある」
「お別れ?」
そういうと観星台の光が差し込んできた。それはオーシャンやミルクと会った時の光に近く、世界は少しずつ輪郭を歪ませて別の世界……俺が元々いた世界を幻出し始める。まるでバラエティ番組などでよくあるビフォーアフターの比較を徐々に映し出すように。
分かる。これは確かにお終いだ。
夢から覚めるのと同じような感覚と同じで、この空間は消えて俺とグレイスはお別れしてしまうんだ。
「クラウディアという女性がレンお兄ちゃんを迎えにきてるよ。彼女の力なら、今すぐにでもバイジュウの元に行って力を貸すことができる」
「待って! 君にはまだ聞きたいことがあるんだ! 一緒にここから……」
「私はここから基本的に出られないんだ。物語の完結させるのは作者と読者が必要なように、世界の観測を成立させるには誰かがここで残っていないといけない。だからここは『闇の華雲宮城』なんだ。光あるところに闇ありってね」
「これもある意味では『陰陽』ってことになるけど」とグレイスは浮かび慣れた愛想笑いをこぼした。
「でも、俺を招いた時はここから出ていたじゃないか……」
「レンお兄ちゃんを招き入れることができたのは微弱な『時空位相波動』の発生に合わせて、無理矢理こっちとあっちの世界を繋げただけだからね。ここでは異質物武器の開発のために頻繁に実験を繰り返してるせいで微弱な時空位相波動がとても発生しやすいから……」
「微弱な時空位相波動……?」
おかしい。『時空位相波動』が発生するのは異質物関連で何か起きている時だ。異質物なんてランクはどうあれ手荒に扱うことは許されるはずもなく、最初の『方舟基地』でハインリッヒが眠っていた異質物を触る時でさえも厳重な警備を施されるほどだ。
それを『頻繁』に、しかも『実験を繰り返してる』——?
そんなのあまりにも無警戒というか……華雲宮城は学園都市の一角が崩壊することを恐れていないのか? 下手したら『ロス・ゴールド』のように、ここが地獄に染まるかもしれない可能性を秘めているというのに?
いや——ありえない。無警戒にそんなことをするはずがない。俺でも絶対しないだろう。だとしたら行う理由はただ一つしかない。
「……華雲宮城は自国を犠牲にしてでも、完成させたい研究でもあるのか?」
俺の小さな疑問にグレイスが頷いてくれた。
「レンお兄ちゃんが思うように華雲宮城は……『陰陽五行』を極めようと異質物の力を利用して禁忌に触れようとしている——」
…………
……
「っ……!」
「舐めてもらっては困りますよ、バイジュウ様。我ら無形の扉が持つ異質物武器、コードネーム『陰陽五行』の名は伊達ではありません」
開戦して早々、バイジュウは自分の身に起こる違和感に膝をついていた。まだ『一度も攻撃を受けていない』というのに、猛烈な吐き気と震えを感じてしまっていた。
視界の色彩が安定しない。自分の手の色が毒々しい緑色に見えたり、死人のような灰色に見えたりと安定しない。
そして違和感は視覚だけの話ではない。嗅覚も、触覚も、聴覚も、挙句には味覚さえもおかしくなってるのがバイジュウは理解していた。
鼻腔に届く臭いがカビ臭かったり、アンモニア臭がしたり、硫化水素という名の卵が腐った臭いも漂っている。気品溢れる無形の扉の施設には似つかわしくない臭いが。
触覚だって銃剣を握る感覚がゴムのように柔く感じるし、聴覚も目の前にいるはずの麒麟の言葉が下と後ろという二方向から聞こえたり、味覚に至っては空気そのものが多種多様に変貌しているように感じて気持ちが悪い。
「華雲宮城の開発研究機関が総力を上げて生み出した最高傑作にも等しい試作機。元々は近年増加傾向にある『ドール』に対抗するための武器だったんですがね……マサダブルクの『レッドアラート』と同じように」
「『ドール』に対、抗……? だとしたらこれは……?」
「まあ結果としては、その効力は『ドール』よりも『魔女』を相手にするほうが向くように改修されてしまいましたが。『五行』とは相互関係を及ぼす世界には不可欠な存在……それが狂わせることができればどうなると思います?」
そこでバイジュウは理解した。麒麟がどのような攻撃をしてきたのかをハッキリと。
「今の貴方は五感が狂ってしまっている。聴覚が狂えば平衡感覚を失う。平衡感覚を失えば視覚が狂う。視覚が狂えば……と『五行』とは一つでも欠落すれば、なし崩し的に崩壊するものでもある」
「それを引き起こすのがこの異質物武器だ」と麒麟は杖とも剣とも形容し難い花のように開く五つの刃が先端に付いた武器を突きつけた。
これこそがバイジュウに違和感を覚えさせた正体。この異質物武器は麒麟の言葉通り『人の五感を狂わせる』性質を持っている物なのだ。
「……確かに異質物武器としてはかなり悪質ですね。普通であれば私にその力になすすべもなくやられてたでしょう……」
「ですが」といってバイジュウは銃剣を松葉杖代わりに立ち上がる。そして一度深く息を吸うと、溜息でも吐くかのように思いっきり息を吐き出すと、その顔色は先ほどまでの不調を隠せぬ物から少々爽やかな物へと変わっていた。
「その力——。私には対抗できます」
麒麟が放った『陰陽五行』の能力——。それは偶然にもセラエノが放った『プラネットウィスパー』と似たような性質を持った能力だった。
ならば一度は似たような体験したバイジュウなら対処できる。少なくともそれに応じた戦い方という物を。『SD事件』の詳細についてはSIDとローゼンクロイツ以外には極大な『時空位相波動』によって阻まれたこともあって知る由などないのだから。
五感が役立たないなら情報を遮断し、バイジュウだけが持つ『第六感』を働かせるのみ。それは『魂』を視認するというもう一つの感覚だ——。
「素晴らしい……っ! 貴方はここまで成長してるとは……っ!! 生死という『陰陽』さえも超越し『五行』さえも超えた六つ目の感覚を持つとは……っ!!」
バイジュウから麒麟に話すことなどない。一刻も早くこの戦いを終わらせ、ミルクの情報を入手するのが最優先だ。
だから麒麟が言葉を紡ぐ最中に、銃剣は彼女の急所を鋭く狙った。しかしそれに対応して麒麟も武器を構えて鍔迫り合う。
だがバイジュウの得物は二つだ。一本で一本を抑えては残る一つの斬撃は止められはしない。すぐさまもう一振りの銃剣を握りなおし、麒麟を無力化するためにも人体にとって致命傷となりうる上腕骨部分へと振り下ろした。
だが続け様の攻撃は届くことはない。麒麟は間接部に仕込んでいる小手に近い役割を持つ防具を行使して足の動きだけでバイジュウの攻撃を受け止める。
ならばとバイジュウは鍔迫り合いを止め、二刀流の手数で押し切ろうと考える。
相手は『ドール』でも『魔女』でもない。ましてやラファエルのように回復魔法を持ってるわけでもない。一撃でも致命傷を与えれば、それだけに決着がつく。それが人間同士の戦いなのだから。
「ぐっ……!?」
「武器頼りの三流なら組織の代表なんて務まりませんよ。徒手空拳でも強いのが代々伝わる『中国武術』の真髄——。拳こそ生物が持つ最も原始的な武器なのですよ」
しかしバイジュウの攻撃は届くことなく、むしろ『陰陽五行』を使った棒術にさえ頼ることもなく、その四肢だけで迎撃してきたのだ。
蛇のように接近し、腕を鞭のようにしなやかに動かし、圧倒的に不利な間合いを容易く掻い潜って一撃はバイジュウの心臓部を見事に捉えて、一瞬にして呼吸器官全般を乱して足元をおぼつかなくさせる。
この女、相当に強い——。
そう確信できるほどに、その動きと重心の揺らぎに無駄がない。基本的な部分が精鋭されていてギンの片鱗さえ見え隠れするほどであり、単純な身体能力ならバイジュウの上さえ行く。恐らく麒麟は『どんな武器でも巧みに使える』ほどにその武術は卓越されている。
逆に言えば、それは『どんな武器の脆弱性を知っている』ということの裏返しでもある。麒麟の前では二刀流なんてものは児戯にも等しい。
——となると残る可能性はバイジュウが持つ能力である『量子弾幕』に頼るしかない。
「では少々手荒になりますが……」
まるで執事が主人に言伝でも口にするかのような優雅さと静けさで、麒麟はバイジュウの間合いへとあまりにも自然に入ってきた。
本来なら『視界』さえ生きていれば踏み込むことさえ許さない間合い。だが今のバイジュウは五感も狂い、呼吸を乱されて身体が満足に動かない中『魂』を視認する能力で無理矢理に戦闘を行えるようにしてるだけにすぎない。
だからその『魂』の機微が緩やかで反応が遅れてしまった。
そして気づいた時には遅かった。既に麒麟はバイジュウを背後に立ち、その両腕の関節に『陰陽五行』を物干し竿のように通していた。
「がぁぁぁあああああ!!?」
刹那——。
麒麟は棒術を駆使してバイジュウの両肩を突き上げたのだ。しかも衝撃を逃さないように自らの足でバイジュウの足を踏みつけて固定しながら。
そうなればどうなるかなんて目に見えている。衝撃の逃げ場などなくバイジュウの肩に襲いかかってくる。必然、人体が鳴らしてはいけない関節の音が轟いた。
つまりは『脱臼』だ。バイジュウの両肩の骨は、その関節部が外れて糸が切れた人形のように腕は重力に引かれて項垂れ、力なく左右へと揺れ動き続ける。
これでは手に力など入るはずもなく、銃剣で迎撃をすることができない。今までお世話になっていた『治癒石』はラファエルが療養中ということもあって現在は在庫切れで応急手当てもできない。となればバイジュウが取る手段は一つしかない。
「逃がしもしませんよ」
「————ァ、ガッ……!?」
しかし麒麟はそれを許すことはない。今度はバイジュウの両足の骨を正確に『脹脛』の部位を巻きこみながら砕いたのだ。
それは『粉砕骨折』だ。しかも脹脛の部位を内出血させる形でのだ。あっという間に雪のように白くきめ細かやなバイジュウの両足は、見るも痛々しい青痣に染まっていく。毒にも侵されてるんじゃないかと錯覚してしまうほどに。
「ぁ……っ!!」
腕も足もボロボロでバイジュウは動くことさえままならない。辛うじて呼吸は行えるが、根本的な問題として『陰陽五行』を無力化できていないのだから空気の味が汚物を飲んでるように錯覚して余計に苦しくなる。
なんでこんな強力無比を何かしらのデメリットもなく扱えるのか——。
それが今バイジュウの中で渦巻く疑問であった。
そもそも自分がこんな悪条件で戦闘することになったのは、あの異質物武器が原因だ。あれさえなければ視界が狂うこともなく、迂闊に間合いを踏み入れさせて今の状況を引き起こすことはしなかった。
異質物武器は基本的に諸刃の武装だ。マサダが誇る『レッドアラート』が装備している異質物武器『ニュークリアス』もその破壊力は折り紙付きではあるが、周りに与える損害も酷ければ、使い方を間違えれば『レッドアラート』そのものを溶かしてしまう恐れがある物だ。故に『レッドアラート』は他の鉄騎とは違って耐熱装甲が特殊な合金で対策を施すほどに。
だというのに『陰陽五行』にはそれが感じられない。明らかにバイジュウという個人だけを狙っている。だとすればそれだけ規模が小さくすれば、必然的に異質物が放つ効力も些細な物でなければならない。
それこそ一般的な風邪を引く程度の物ぐらいの効力でなければ説明がつかないほどに『陰陽五行』は異質物武器が持つメリットとデメリットが乖離していた。
「さて……ここからが本番でしてね。華雲宮城が開発した異質物武器『陰陽五行』の『人の五感を狂わせる』という部分はあくまで副次的な効果に過ぎません。というか不良品なんですよ、この特性に関しては」
「不良、品……!? それだけの力がありながら……?」
「だって『制御できない』んですよ、これ。一度起動すれば周囲を巻き込んで五感を狂わせる……それは『自分自身』にもね」
それは衝撃の事実だった。バイジュウの考えを見透かしていたことに驚いていたが、何よりも今の今まで麒麟も五感が狂う効果を受けていたということに。
しかしそんな片鱗など見えはしない。麒麟は誰がどう見ても五体満足の心身健康状態だ。健康診断でもオールA間違いなしの完璧な肉体美は、強がりでも五感が狂っているとは思えない。
「なら……どう、して……!?」
「この『陰陽五行』はコンピューターでいうウイルスソフトなんですよ。ワクチンかセキュリティプログラムがないと対処不可能です。それはバイジュウ様みたいに超人であろうとも例外ではない。しかし私は偶然にもセキュリティプログラムがあって無力化できてるってわけです」
セキュリティプログラムで無力化している? 言ってることの意味はあるが、そんなのが実際に存在しているとは思えない。
だってそれが本当だとしたら『異質物を無効化する』という効果を持つ異質物を存在しているということになってしまう。異質物に対抗するには異質物しかないのだから。
いや、そんなことはありえない。そんな力があるのならプライドが高い華雲宮城は今頃六大学園都市という枠組みで満足するわけがない。
何故なら『XK級異質物』を保持しているからこそ学園都市であり、どんなに偉そうに『XK級』と称されても『異質物』だ。だったら『異質物を無効化する異質物』なんて物があったら華雲宮城が大人しくしてる道理などない。
だとしたらどうやって無力化しているのか——。
「答えは教えてはあげませんよ。ですがバイジュウ様の頼みです。ヒントくらいはあげましょう」
悪戯な笑みを浮かべて麒麟は倒れ伏すバイジュウに視線を合わせると——。
「これは『対人』じゃなくて『魔女』に特化にしていると——」
それだけを伝えて『陰陽五行』を鋒をバイジュウへと突きつけた。
「まあ副産物の話はここまで。五感を狂わすのはあくまで『五行』の力。まだ名前の由来であり本質である『陰陽』の力をお見せできていませんから」
「『陰陽』の力……?」
「もう一度言います、バイジュウ様。我々無形の扉は無益な犠牲は出したくない。今一度我らの要求を呑んでくれませんか?」
「お断り、です……!」
「……ならしょうがないですね。ならば『陰陽』の力を持って頂戴するまでです」
すると『陰陽五行』は怪しげな光を放ち始める。眼球は光を捉えると、まるでQRコードでも読み込んだかのように頭の中で変な景色がノイズ混じりに浮かんできて、バイジュウは本能的に光から目を逸らした。
——この『光』はまずい。何か生存本能を大いに奮い立たせる異様さがある。
「『陰陽』とは様々な対比を形容する言葉です。『朝と夜』『光と闇』『右と左』……数多くの物がありますが、人体に由来する『陰陽』とは何だと思いますか?」
その質問はバイジュウにとって簡単なことであった。何せバイジュウは概念としての『陰陽五行』については知り尽くしているのだから。
「まさか……?」
「ええ。人体由来の『陰陽』とは即ち『身体と精神』のことです。そして『身体』か『精神』のどちらかを完全に破壊する。これが『陰陽五行』が目指した開発プロセスなんですよ」
身体と精神のどちらかを破壊する——。『狂わせる』のではなく『破壊する』と麒麟はそう口にした。
「私たちが欲しいのは、あくまでバイジュウ様の特殊な『身体』だけ。その精神性も目を見張るものがありますが、最悪それは適当な輩の『精神』をバイジュウ様の『身体』に入れてから洗脳やら精神操作やらで矯正すればいいだけのこと。俗に言う『憑依』とか『入れ替わり』が一番近い表現ですかね」
「何で……そんな冒涜的な物を……!?」
「いや、だってみんな欲しいでしょう。超人的な身体を。超人的な精神を。可能ならば両方を。そして今ならそこら中にそれらが転がっているじゃないですか」
「超人がそこら中に……?」
「『ドール』や『魔女』のことですよ。発狂と発狂寸前の精神を殺し、魔法によって強化された肉体だけを得て、そこに健康的な精神を入れる……こうすればお手軽にノーリスクで超人を量産できます」
そのためだけに無形の扉は『陰陽五行』を作り出したというのか。あまりにも人間という在り方を否定している。人間の尊厳というものを踏み躙っている。人という存在を軽んじている。
「そんなことをして……心が痛まないのですか……!!」
「バイジュウ様はお優しいですねぇ。ですが『ドール』や『魔女』に尊重すべき人権なんてあるわけないでしょう。現に貴方達だって相対したらズバズバ倒してるじゃないですか。どうあれ肉体だけは保管する我らと、肉体を殺す貴方がた。どっちのほうがまだ良心的なんでしょうかねぇ」
それを言われたらバイジュウは何も言い返せない。だって真実なのだから。20年前の南極基地の時も、『OS事件』での『マーメイド』の時も、『SD事件』でヴィラクスが呼んでしまったドールの大群も、その全てを仲間を守るために切り伏せてきた。彼女らの命や精神なんか何ら考えずに。
「まあ、つまらないお話はここまで。バイジュウ様、あなたの肉体——無形の扉が貰い受けます」
光がますます強くなる。その度に身体と心が遠心分離機にでも掛けられたようにバラバラになりそうになる。
目を瞑ろうとしても光は瞼を貫いて否が応でもバイジュウの中に侵入してくる。バイジュウの中から精神を押し出そうとしてくるのが理解してしまう。
嫌だ——。こんなところで、ミルクについて何も分からないまま終わるなんて——。
「がっ——!?」
すると不意に麒麟は誰かの『蹴り』によって光と諸共に吹き飛んでいった。音も気配もなく突然の奇襲はバイジュウでも驚きを隠せず、思わずその蹴りを放った人物を見てみる。
それは和服を着た少女だった。身長は160cmにも満たない小柄な体型。だというのにその腰には身の丈には似合わぬ機械仕掛けの『双刀』が納刀されていた。
「おい——。ここから先は儂が相手だ、半端者」
それはバイジュウの壁となって立ちはだかる『ギン』の姿であった——。