魔女兵器 〜Another Real〜   作:かにみそスープ

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短い報告になりますが、実はマイページに『FANBOX』や『pixivリクエスト』のリンクを新しく追加しました。
 
今後は有償ではありますが、ご希望があればそちらの方で魔女兵器もそうですが、TS系全般の短編やイラストなどを拙いながらも描かせていただきいと思います。
またFANBOXの方では、このSSでは時系列の描写や本編的には大して意味がないのもあって没案になった『魔女兵器SSの裏話や設定』などを暇があれば公開していきたいとも思っております。

応援されると励みになりますので、余裕のある方は支援の方をよろしくお願いします。


第10節 〜鬼使神差〜

 その日、少女は生まれ落ちた。それだけは覚えている。

 逆にそれ以外のことは覚えていない。顔も名前も好きな物も覚えていない。

 いや、覚えられるはずがない。少女は望まれぬ誕生の末にこの世界に出てきてしまったのだから。

 

 産まれ落ちた年は2000年——。

 まだ学園都市という概念が誕生する前、つまりは『華雲宮城』が『中華人民共和国』という国名だった頃の話——。

 

 当時、増加した人口を抑えるために『一人っ子政策』という計画が政府が行なっていた。

 

 

 

 その政策の只中で産まれたのが『少女』だった——。貧困層の『次女』として少女は生まれてしまったのだ。

 そんな境遇の少女に『名前』という贅沢な物はなかった——。

 

 

 

 …………

 ……

 

 

 

 追憶——。少女が産まれた時の記憶——。

 建て付けも最悪。継ぎ接ぎだらけの見窄らしい集合住宅の一室で少女は母体から解き放たれた。

 

 ハッキリ言おう。少女は生きたまま出れたのが奇跡と言っていい。

 当時中国という呼ばれる国では『一人っ子政策』の影響もあって子供を二人以上持つと、養育費などとは別に金銭面的な不利益を発生するという一面があった。

 富裕層ならともかく貧困層ならそんなのが御免被る。ただでさえ子供一人を育てながら生計を立てるのがやっとだというのに。

 しかし同時に貧困には職業選択の自由というのもなかった。生きるのが精一杯で、貧困に属する人々は可能な限りは綺麗な仕事に従していたが、中には麻薬、売春、密猟、密輸となりふり構っていられない最底辺の層だって存在する。その『売春』という行為で『少女』は命を持ってしまったのだ。

 

 貧困層で生まれた少女の家系に病院に行って安全と法的な保障を得た出産などできるはずがなく、当然中絶という行為も不可能だった。既に借金を抱えていて、さらなる借金を膨らませる自殺行為をすることなんて。少女の母は無責任にも自宅出産という形で少女を産んだのだ。

 

 故に少女は『戸籍』というものがなかった。そして『名前』さえも与えられなかった。少女は『存在しないもの』としては半ば扱われていた。

 それでいっそ育児放棄でもして死なせてくれればどれだけ楽だっただろうか。少女の母は『母』としては失格だが、別に最悪というわけでもなかった。一度産み落としてしまった命を育てるくらいの気持ちはあったのだ。『哀れ者を助ける自分は正しいし美しい』という余りにも自己中な気持ちのもとに母は少女を育てたのだ。

 

 だが気持ちはあろうとも家計が許しはしなかった。少女の姉が義務教育として教育機関の通うことにより、家計はさらなる出費が必要となった。

 1日の食事さえも切り詰めなければならないほどの貧困は母に罪深い選択をさせるのを躊躇わせなかった。少女はわずか4歳で路地裏の隅に捨てられた。小汚い服だけを着せて捨てたのだ。

 

 言語などまともに教えてくれなかったから文字の読み書きなんて満足にできるはずがない。お金の使用方法も教えてもらってないから、道の端に転がる小さな金銭の価値も分からない。もちろん人に頼る、縋るような教育などされていないから「助けて」なんて言葉を口にすることもできない。

 

 そして——貧困は誰かを助ける心の『余裕』さえも奪う。少女の周囲には助けてくれるような人物なんて一人もいなかった。

 

 だから少女は本能に任せて生き抜いた。

 道端に映る物は何だって口にした。雑草から虫、野鳥、それに木から建材まで何でもだ。もしかしたら誰かが飼っていたかもしれない犬や猫も食い殺した。時には人間さえも食おうとしたが、その時には返り討ちにされたりもして、少しずつ食べれる物と食べれない物を判別していった。

 

 腹が比較的満たされてる時は、人の動向を追って人間社会という物を学習していった。物を貰うには等価交換であり、その基本が金銭であるということ。その金銭を得るには様々な方法があることを。だから少女は金銭を得るために様々なことを行った。道端の空缶を拾ったり、当日雇いの倉庫業務なども行なって金を稼げることを知った。

 しかし最後まで少女は『盗む』ということを学ぶことはなかった。それは少女が善性に満ちていたからではなく、実際に目にしなかったというだけのこと。むしろどうにか知って窃盗を行えば、良くも悪くもそれで法的な機関に目をつけられて保護されていただろうに。

 

 そんなのが10年続き——少女は自分一人の力で成長した。

 身体が大きくなればその分だけ食費も増える。大きくなれば熟る仕事も多くなるが、作業着や靴といったある程度の着こなしを要求されるようになった。それに安定して休める住処のために日用品の補充など出費が多くなっていた。そのためにはもっと効率の良い方法が必要になった。

 

 時には物好きな大人の慰めものにもなった。時には違法の薬物を運んだりもした。時には臓器を売ったりもした。時には依頼で人を撃ち殺したりもした。14歳というまだ若い身体で、あまりにも早くの初体験を済ませた。

 

 そうまでして少女は今まで生き延びた。何でかは分からない。産まれ落ちた宿命だろうか、それとも成し遂げたい何かが胸の奥にあったのか。だけど、その答えの一部をある時に知った。

 

 

 

 

 

《2015年より、政府は『一人っ子政策』を廃止して『二人っ子政策』を行うことを発表しました——》

 

 

 

 

 

 富裕層でも貧困層でもないごく一般的で寂れた商店街の電気屋にて、そのテレビに映る情報を見て少女はいても経ってもいられずに走り出した。無性に止め処なく溢れる衝動に駆られたからだ。

 

 

 

 ——帰れる、帰りたい。

 ——家族のもとに帰りたい。

 

 

 

 少女はとにかく走り続けた。自分の家なんかどこにあるかも覚えてないし、親の顔も姉の顔も覚えてなんかいない。それでも帰りたいという気持ちが溢れ出て、どこにいるかも分からぬ家族の元に走り出した。

 

 もしそれで奇跡的に再開できたら——「私は貴方の娘です」と言って受け入れてほしい。たったそれだけでいい。どうか私に糸のように細くても確かな『繋がり』を受け入れてほしい。

 

 そして奇跡は起きた。

 夢中で走った貧困層の荒れた街のどこか。二人並んで歩く女性の姿を見た。鼻筋、髪の生え方、ほくろの位置、指の長さ。どれも少女自身の面影を感じる風貌を、二人は共通して持っていたのだ。

 

 少女は直感的に理解した。あの二人は私の母と姉だと。

 少女は二人の前に立つ。そして二人は笑った。愛しい我が子を見て笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——その手に知らない『赤ん坊』を抱えて、母と姉は笑っていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……二人の視界には少女の姿なんて映っていなかったのだ。そしてその『赤ん坊』の存在で少女は理解してしまう。あの『赤ん坊』こそが、あの家族における『二人目の子供』だということを。

 

 少女は既にあの母にとって『娘』という認識がなかった。すれ違っても気づいて振り返りもしない。それは姉も同様だ。

 

 その時、少女に沸いた感情はどう口にすれば良いのだろうか。それは少女にしか分からず、誰かが語っていいものでもないだろう。それほど混沌した感情が渦巻いていたのだから。

 

 しかしこれだけは言えた。少女は生まれ持って高潔だった。

 だからこそケジメが必要だった。自分自身の踏ん切りが欲しくて、少女は一言だけ母と娘と、弟か妹かも分からぬ赤子に向かって言った。

 

 

 

「元気な子に、育ててくださいね」

 

 

 

 その言葉は母と姉は燻げに振り返り、困惑混じりに「はぁ」と会釈をして去っていった。最後まで少女を娘だと、妹だと気付かぬまま。

 

 そこからの人生は虚無感しかなかった。何のために生きてるのか、何一つ分からないまま、それでも生き続けた。変わらずに人には言えぬ仕事を淡々とこなし続けた。

 気づけば少女は自分の『顔』が見えなくなっていた。別に身体的な問題じゃない、精神的な問題で自分の『顔』が認識できなくなっていた。

 

 もう少女には『名前』も『顔』も存在しなかった。『感情』もグチャグチャで、もう自分が何者かさえも分からない。

 

 だからこそ、ある組織は少女の眠れる素質に目をつけた。『誰でもない』ということは『誰にでもなれる』ということの裏返し。その素質に『フリーメイソン』は目をつけた。

 

 実際、少女の素質はすぐに開花した。野生的に育ったということもあり基本的な身体能力が群を抜いていた。身体は成熟してもいないというのに。知識も満足にないため、ありとあらゆる知識を貪欲に吸収していった。しかし命令すれば機械のように知識を削ぎ落とす割り切りもあった。

 それはあまりにも理想的だった。教えれば教えた分だけ成熟していく。そして忘れる時は簡単に忘れてくれる。一瞬にして別人になれる先天的な素質は形を保つことを嫌うフリーメイソンにおいてはこれ以上ないほどに利便性に長けていた。

 故に彼女のためだけにある名称が作り出された。それが『無形の扉』であり、当初は組織ではなく少女の仮の名称となっていた。

 

 少女は肉体的に成熟していき、やがては女性と呼ぶに相応しい慎ましくも整った身体へと成長していた。客観的に見た顔は特別美人でもなかったが、かえってそれが地味な印象を与えて存在感を薄くするのも組織にとっては都合が良かった。彼女自身も『顔』が認識できないのもあって美貌については特に何も思いはしなかった。

 

 そうすることで年月はすぐさま経過する。時は異質物黎明期へと移り、2021年に『二人っ子政策』が廃止された頃には、彼女は自我というものをとことん削ぎ落としていて、家族のもとに帰りたいという帰巣本能さえ無くしていた。

 

 だが、その時にはフリーメイソンはある『不安』が渦巻いていた。異質物の研究が進んだことで正体不明で解析さえも進まない『隕石』の存在に言いようのない不安を覚えたのだ。

 

 それに異質物の研究によって各国は少しずつ『核』に頼らない戦力を着々と肥え太らせていた。このままではそう遠くない未来に『戦争』が起きることを予感していた組織は『生命の保存』のために、ある『二つの研究』を進めることになる。

 

 それこそが陰陽五行における基本。『身体』と『精神』の保存だ。そしてその研究の土台のために、フリーメイソンは根回しを始め『ある施設』を『身体』の保存のために介入したのだ。

 

 それこそが2024年に誕生した『Ocean Spiral』なのだ——。ことの顛末に関しては今更だろう。問題なのは、もう一つの『精神』の保存についてだ。

 

 フリーメイソンは卓越した情報収集にとって『隕石』は二種類保有していた。それが『水』と『土』の隕石であり、前者は先ほどの『Ocean Spiral』へと送られた。

 では後者はどうしたのかというと、その『精神』の研究として必要なためにフリーメイソンの中国支部で厳重に保管されていた。

 

 なら『精神』の保存というのはどういうことなのか。一言で表せば『寄生』というほうがいいだろう。

 フリーメイソンの重役は自身の肉体を捨て、精神だけを吸い出して誰かの身体に保管する。できれば時間という概念を超えてという理想を掲げてだ。裏側からいつでも社会へと介入するためには永劫が必要なのだから。フリーメイソンはこれを『偉大なる技術』と称して寄生先に精神を移住させることも発展させていったのだ。

 

 だが精神の保存をするには問題点があった。単純に一つの肉体に一つの精神が基本的に限界であり、二つも入れば自意識が混濁して『解離性同一障害』とほぼ同じ症状が姿を見せたのだ。仮にそれが可能だとしても三人の精神を宿せば肉体は自我が制御しきれずに崩壊し、その精神共々腐られてしまった。

 

 では『人』ではなく『物』に寄生すればいいのかと言わればそういうわけにも行かなかった。『物』に寄生すると精神が固定化されてしまう。物言わぬ精神へと変質し、自我そのものが消失する事例があった。

 

 となれば必然的に寄生先の条件は絞られる。

 肉体的に健康あるいは優れていて、物のように自我がない人間——。

 

 

 

 そんな条件に彼女はうってつけだった——。

 

 

 

 恐ろしいことに彼女は『際限なく憑依を受け入れる』ほどに自我が乏しかった。衝突する精神がいくらあろうとも、もはや能力と呼ぶにも等しい記憶と感情の制御によって不要な部分は削ぎ落として統合していった。

 

 結果、彼女はそうすることで初めて『感情』が芽生えた。五行で言うところの『怒・喜・思・悲・恐』だ。人並みに喜ぶことをして、人並みに怒ることを知り、人並みに思うことを知り、人並みに悲しむことを知り、人並みに恐ることを知った。

 

 それでも『自我』が芽生えることはなかった。彼女は湧き出る感情を理性的に処理していった。泣くべき時に泣き、怒るべき時に怒る、なんともつまらない感情の発散だけを行う人形のままだった。

 

 

 

 

 

 ——『七年戦争』が起こるまでは。

 

 

 

 

 

 その日、すべてが壊れた。

 街も人も悪性という悪性を剥き出しにし、災害とは違う人間の惨たらしい心理が世界を塗り替えた。

 

 子供も大人もその手に武器を握る。銃の時もあれば、そこらへに落ちてる木材や鉄の破片だったりする。誰もがなんであれ武器を握らないと生きていけない地獄へと変わっていた。

 

「……ふっ」

 

 そんな地獄の中で彼女は『無傷』で『笑み』を浮かべていた。右手には軍用の銃器、左手には瓦礫の中から拾い上げた持てば皮膚を殺すほどに熱された鉄パイプを握って笑みを浮かべていた。

 

 地獄の中でも異様な光景は、周囲にいる衰弱して息を続けることしかできない人々に恐怖を伝染させた。

 

 

 

「はははははははははははっ!!」

 

 

 

 彼女は無性に笑いたくて仕方なかった。この地獄の只中で、確かに『喜び』を感じながら笑っていた。

 胸の内から溢れて止まらない感情の発露。彼女は初めて『自我』というものをそこで拾い上げ、眼前に広がる『天国』を大いに祝福した。

 

 

 

 ——これでやっと『変わる』と。

 

 

 

 彼女はそこで自分の中で燻る『自我』を理解した。

 彼女は憎んでいたのだ。自分の全てを奪った『国』そのものに。自分を捨てることを選ばせた母を、姉を苦しめた国の在り方そのものを。貧困には慈悲がない政府の腐った思想を。それを当然とさせる貧弱な国民の力を。

 

 だから私は『娘』として受けいられなかった。少しでも国が正常だったら、私は捨てられるようなことはなかった。母が温かい手で私のことを抱きしめてくれた。姉が温かい心で遊んでくれた。赤ん坊が温かい笑みで癒してくれた。

 

 

 

 

 

 ——そんなありえた未来を奪った『国』を私は許せない。

 

 

 

 

 

 そこで彼女は思いだす。

 

 

 

 ——もう国なんてどうでもいい。こんなどうしようもない国は滅べばいい。

 

 ——だけどこんな地獄でも守らなければならない『命』がある。それは一方的ではあるが、自分の母を、姉を、赤ん坊を守らなければならない。何とかして守らないといけない。

 

 ——けど守ると言ってもどうやって? こんな地獄じゃあ他の国でも同じことだろう。何せこれは異質物技術が向上したことによる核などの今まで均衡を保っていた力が相対的に低下したから起きた物だ。紛争は世界各地で起きてるのは目に見えている。いったいどこに安全な場所なんてあるんだ。

 

 ——ある。小さくて細い希望だが『Ocean Spiral』には希望がある。あそこは極秘裏で作られた地上とは乖離された一つの国だ。今は『フリーメイソン』そのものにも等しい私の言葉と力があれば、無理矢理にでも母と姉と赤ん坊を、あの施設で保護することができる。

 

 

 

 それを走りながら、ボロボロになりながら、飛び交う銃弾も火事場泥棒を行おうする野蛮な民を跳ね除けて彼女は思考する。

 どうにかして守らないといけない。唯一残っている独りよがりな『繋がり』だけは守りたい。母を、姉を、赤ん坊を。

 

 

 

 ——あの日、見せてくれた『私がいない家族の笑顔』を守りたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だけど現実は残酷だった。眼前に転がる死体を見て、彼女は涙を流した。

 しかし実際はもっと酷い物だった。その涙には『怒り』と『恨み』が込み上げてくる。

 

 眼前に転がる死体は三つ。その三つは顔を見てすぐさま理解した。母と姉と——大きくなったが『弟』ということを理解した。

 

 だが問題がいくつかあった。

 一つ目は彼女が死体を見つけたのは『国の首都』に位置する『交易』が盛んな場所。貧困層には足を踏み入れるさえ難しい金が右へ左へ動く都市に、何故この三人がいる?

 

 二つ目は身なりが整っているということ。正確に言うなら『母と姉』の二人だけが。今まで着る物さえ贅沢品と言わんばかりに同じ服を汚らしくも大事に着回していたのに、今は知らない綺麗で着慣れた流行のファッションをしている。

 しかも彼女はフリーメイソンの活動の一環として都市の様々な事を調子したから知っている。その装飾品の一部は一般市民からすれば十数万はする『高級品』もあることを。

 

 三つ目は特に疑問だった。『弟が小さい』のだ。七年戦争が起きたのは2026年7月25日の後に『大災害の日』と呼ばれる日のことだ。

 彼女の弟は2015年の時には産まれているのだから、逆算すれば年齢は11歳になって小学校5年生になる。

 だというのに弟の身長は11歳の男児の平均身長より大きく下回っていた。必要最低限の食事さえ与えられてないように成長が歪で、痩せ細って死んでいたのだ。

 

 そして弟に触ることで、その問題を繋ぐ残酷な事実を彼女は知ることになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——弟の身体には『臓器』が一部なかったのだ。

 

 

 

 

 

 ——つまり母と姉は『弟の臓器を売った』のだ。

 

 

 

 

 

 ——それで至福を肥やしたということを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「————っ」

 

 彼女は無言で母と姉の顔を潰した。こんな『ケダモノ』を今まで母と姉と思っていたのが間違っていたと、ただただ思いながら、グチャグチャに叩き潰した。

 

 

 

 

 

 何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。

 

 

 

 

 

「……や、めて……」

 

 まだ辛うじて息を残していた弟の掠れ声が聞こえるまで、彼女は何度もその顔を叩き潰した。正気に戻ったところで彼女は一目散に弟の側へと駆け寄った。

 

「おねえ……ちゃんだよね」

 

「……うんっ! そうだよっ! 私は貴方のお姉ちゃん!! 世界でたった『一人』しかいない……貴方のお姉ちゃんだよっ!!」

 

 何がお姉ちゃんだ。こんな風になるまで何もできなかったくせに。何を偉そうなことを口にしているんだ。

 

 少しでも力を入れたら崩れ落ちそうなほどに弱りきった名前も知らない弟を彼女は抱きしめる。弟はそんな彼女の顔を記憶に焼き尽くそうと、死に体であろうとも目を開けて最後まで見続ける。

 

 そこで彼女と弟の目があった。弟の目には『自分の顔』が見えた。忌々しいケダモノと似たような顔が瞳には映っていたのだ。これが彼女の顔だと突きつけてくる。

 

 

 

 ——お前も『ケダモノ』と同じだ、とでも言われてるかのように。

 

 

 

「……温かいね」

 

 それだけを言って、弟は静かに息を引き取った。冷たい身体で温かい心だけを彼女に残して。

 

 

 

「……どこで、何が、どうして……こうなったんだろう………っ」

 

 

 

 彼女の心には『悲しみ』しかなかった。

 どこで間違えたんだろう。何をすれば弟を救えたんだろう。

 

 

 

 地獄が渦巻く世界の中心。紛争という名の人と人の殺し合いが世界に広がる中、彼女は弟の亡骸を撫でながら考える。こんな最後を招いてしまった原因はどこにあったんだろうと。

 

 

 

 

 

 思考の果てに彼女はたどり着く。その答えを。

 

 

 

 

 

 ——こんな『人間(ケダモノ)』に、『命』と『未来』を任せることそのものが間違っていたんだ。

 

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