魔女兵器 〜Another Real〜   作:かにみそスープ

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第12節 〜山穷水尽〜

 一方その頃、SID本部にて——。

 

 

 

「今日も今日とてデスクワークにデスクワーク……そしてデスクワーク……。不機嫌な業務ですね……」

 

 マリルと愛衣が忙しなく動き続ける中、ハインリッヒは一人で自分専用の研究室の中で業務を最低限こなしながら思考に耽っていた。

 

 思考の命題は『ヨグ=ソトース』について。それは新たに生まれた疑問を解消するための思考だ。

 

 ハインリッヒはサモントンでの事件で、ニャルラトホテプと戦闘することに成功した。そこで地球外生命体という存在の在り方や、無限に溢れるドールをこれでもかという分解して『ドール・ハインリッヒ』という物へと変換できるほどに。

 

 ちなみにハインリッヒは、その『ドール・ハインリッヒ』を研究室の片隅に五体ほど飾っていたりする。

 理由は複数あり、訓練で利用できるくらいには程々に強い個体であるということ。次に生きた人間として解剖や薬の被検体に最適ということ。最後にナルシズム溢れるハインリッヒの心を色々と満たすためというのが理由だ。

 

 せっかくマスターと称しているレンから頂いた身体なのだ。もしも何かがあって変化してしまえば、それだけで至高で美しい肉体も損失という形で穢れてしまう。それを防ぐために、ハインリッヒは完全なる再現のためにサンプルとして保管しているのだ。

 

 だが、そんなことは瑣末なこと。ハインリッヒの思考とは全く関係ないことだ。今一度本題に戻そう。

 

 前述の通り、ハインリッヒはニャルラトホテプやドールといった地球外生命体由来の力や異質物を触れ合い、また霧守神社の一件で『ヨグ=ソトース』にも対抗できるということを知った。それによって希少で実りがある情報は数多く得た。

 

 特にサンプルとして貴重なのがギンとヴィラクスの二人だ。

 前者はハインリッヒと同じ『守護者』でありながら『ヨグ=ソトース』に刃を向けられる存在ということ。

 後者はほぼ完全にニャルラトホテプによって操られて『ドール』同然にも狂気に陥ったのも関わらず正気を取り戻し、『魔導書』の魔術を扱えるようになった。

 

 ……だが同時にこれは新たな疑問を産む。特にギンに関してだ。

『守護者』となるのは契約が必要だ。それに例外はない。そして契約の力は絶対だ。その契約の都合上で相変わらずハインリッヒ自身は『あの方』としか呼べないほどに。

 

 だとしたら何故『ギンは契約でヨグ=ソトースに攻撃できない』という風に契約をしなかったのか。そうすればギンとレンに退けられる可能性なんてなかったのに。

 

 考えられる可能性は二つ。レンがいたから無効化されたという可能性。だが、いくらレンであろうともその可能性は低いとハインリッヒは考える。

 何故ならそれなら自分の契約だってレンがいる時には無効になっていないとおかしいのだ。レンのことは慕ってはいるが盲信しているわけではない。可能性が低いのなら排除する研究者として正しい側面もハインリッヒは持つ。

 

 ならば残る可能性は一つ。ギンにその類の契約が必要なかったということだ。

『守護者』とは実体としてハインリッヒから見ても謎多き存在だ。何せ守護者という括りで纏められているが、そもそも『守護者』という役割そのものが不明瞭だからだ。

 

 ハインリッヒと『守護者』としての役割はセフィロトが刻まれた合計10個の特定エリアを守り抜くこと。

 ギンは不明だ。本人曰く『気に入らない奴を斬る』という役割を任されたらしいが、聞いた限りではハインリッヒと同じ役目ではないのだろう。

 

 ご覧の通り、一貫性というものがない。

 元々『守護者』という全貌がハインリッヒでも理解しきれていない。ただそれでも『何らかの役割』があるからこそ求められているのだ。役割があるからこそ『守護者』なのだ。役割がなければ『ドール』と区別される必要がない。

 

 

 

 ——だとしたら何のために『守護者』が必要なのか。

 

 

 

 思考はさらなる疑問を呼び続ける。けれどそれを見極める材料が少ない。どんな時間を費やしても推測という言葉が離れることはない。だからこそハインリッヒでさえも馬鹿馬鹿しいと思える結論が脳裏を掠めた。

 

 

 もしかしたら——もっと重要な役割があるのではないか。

 私でも想像できないような役割が——。

 

 世界を根底から覆すような——。

 

 

 

 

 

 ——瞬間、SIDでアラート音が鳴り響いた。

 

 

 

 

「これは……ギンさんと同じように『守護者』が出た時の反応……っ!?」

 

 

 

 ——違う。もっと深刻なアラートだ。『守護者』と同時に『時空位相波動』を生み出すもの。

 ——だけど脅威レベルは最低レベルだ。極小の極小。範囲としては『人の脳みそ』ほどのサイズでしか発生していない。

 

 ——しかしハインリッヒは確信していた。経験側から、そのアラートと反応は『セフィロト』へと導くものであることを。

 

 

 

「まずい……っ! この特殊な時空位相波動はセフィロトへと導くものにも近いですが……『何か』が違う……!」

 

 

 

 だが経験だけでは分からない違和感も同時に感じてもいた。ハインリッヒはさらに思考を練り上げて、この異常はどんな物かと探る。

 そんな中、記憶の奥底で眠る『契約』を思い出す。『ヨグ=ソトース』によって命じられた役割を。

 

 

 

 …………

 ……

 

《錬金術師。お前の役割はセフィラが眠る10個のエリアを守護することだ》

 

「セフィラが眠る10個のエリア?」

 

《それぞれに役割がある。これ以上は答えはしない》

 

「それでも質問させていただきます。10個と言っておりますが、セフィロトには隠された11番目のセフィラがあるはずです。そこは守る必要はないのでしょうか?」

 

《————》

 

「……無視ですか。分かりましたよ」

 

 ……

 …………

 

 

 

 光明が差す。記憶と記憶の隙間をすり抜け、その答えをハインリッヒは見つけだした。

 

「そうか……っ! これは私が契約に定められてないセフィロトである11番目の『知識』を司る場所へと導く光……っ!!」

 

 

 

 ——だとしたら、そこは何処なのだろうか。

 

 

 

 …………

 ……

 

 

 

 視界が極彩色に染まっていく。同時に世界そのものに異変が起きる。

 床が溶けるような、壁が崩れるような……。何とも形容し難いが、世界が少しずつ歪んでいく。

 

「あ……れ……? 何だ、か……急に眠く……」

 

 瞼が無理矢理に閉じてくる。まるで磁石でも付けられて引き寄せられるかのように。

 

「お迎えにしては急が過ぎるぞ……っ」

 

「な、んで……全員揃って……?」

 

『おーい! 寝るなーっ!? どうしたの急にっ!?』

 

 ……クラウディアの声が耳から入って、耳から出て行く。ダメだ、脳が全く言葉を認識してくれず、否が応でも意識が落ちていく。

 

 深い……深い眠りに……。意識が……落ちていく……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………あれ? これに近いことあったような……?

 

 

 

『起きなさいっ! レンくんちゃん!!』

 

「ひゃいっ!!」

 

 背筋を叩かれるような怒号が聞こえて意識が覚醒する。

 それは見覚えのある光景だった。『OS事件』でオーシャンと会った時のように、周囲は暗闇で手足の感覚が薄くて落ち着かない。

  

 だけど違う点が一つ。今俺の前にいて、声をかけて起こしてくれた人物がオーシャンではないということだ。

 

 一言でいえば目の前にいる彼女は『炎』だった。

 髪はショートボブのシグナルレッド。視線は鋭くて強気であり、見ただけで激しさとか荒い性格を持つであろうことが伺える。

 

『ハロハロ、レンくんちゃん。自己紹介は必要かしら?』

 

 試すように彼女は微笑を浮かべて俺に問う。それは問答無用の答え合わせだ。ここで素直に「自己紹介が必要です」と言ったら、その微笑は炎のような見た目に反して一気に凍りついて俺を視線で殺しにかかるに違いないという先入観があった。赤髪のせいでマリルがチラつくせいだろうか。だったらベアトリーチェも思い浮かべてほしいんだけど……。

 

 なんて考えたところで意味はない。俺はすぐさま考えて、その答えを導き出せた。この状況にはデジャブしか感じないからだ。

 

「……赤羽(チーユ)?」

 

『ピンポーン♪ ……だけどその名前は小型機に渡したいから、ここにいる私は『フレイム』と名乗っておくわ』

 

 どうやら正解のようだ。彼女はスターダストとオーシャンと同じ隕石に眠る情報生命体なようだ。名前もわざわざ違うものに変更しているし。

 ともかくフレイムと名乗る彼女は周囲を見渡す。左右へ数回視線を移すと「マジか」と驚愕を口にして俺と再び視線を合わせた。

 

「……アンタ、ヤバいものに触れちゃったみたいね」

 

「ヤ、ヤバいもの?」

 

 ミルクの情報ってそんなヤバいものだったの? そりゃあれだけ厳重にパスワード入れてるんだから重要なのはあるだろうけど……。

 

「とりあえず起きな。じゃないと真っ裸のままよ」

 

「は? 何を言って……」

 

 そう言われて自分の身体を見て驚愕した。驚愕しすぎて言葉さえ出てこない。

 何故なら本当に『裸』なのだ。俺は今『何も着ていない』のだ。下着さえも。すべてが丸見えであり、フレイムも俺の反応を楽しんでるのか軽く笑いながらも「立派に育ってるねぇ」と一部のパーツを見て言う。

 

「ななななななななななっ!!? なんで生まれたままの姿になってるんでしょうかっ!?」

 

「んー、入園料ってやつ?」

 

「何だよそれ!? 夢の国かよ!?」

 

「うん、夢の国だよ。君達がいるところは」

 

 

 

 ——ハハッ。そんな冗談言ったら細切れにされない?

 

 ……なんて言おうとしたが、彼女の目は真剣そのものだ。冗談でも何でもなく『夢の国』にいると口にしている。

 だとしたら、それは『因果の狭間』みたいなところだろうか? この状況はオーシャンの時と似ているが、その前の状況——華雲宮城で見た光は『方舟基地』での出来事に近い。ハインリッヒが現れて『因果の狭間』を経由して南極に行った時と同じように。

 

「君達は開いてしまったの『深き眠りの門』を——」

 

「『深き眠りの門』?」

 

 そんなことを急に言われても何も分かりはしない。今までそんな単語を聞いたことなんてないんだから。

 

「覚悟して。ここからは誰も知らない物語なの。私達姉妹も、グレイスも、セラエノも……誰もここから先の未来は観測していない。だから何が起こるか分からない。アドバイスもできない」

 

「だけど」と重たく息を置いてフレイムは話を続けた。

 

「過酷な始まりであるのは確かだから。私は君たちの帰還を待っている」

 

「その時こそ、姉妹が全員揃って物語を動かせるんだから」と彼女は口にすると、世界は少しずつ色と線を紡いで具象化させる。

 

 視界に広がるのは『夢の国』というしかない。俺が立つ場所には草原が広がり、草原の果てには豪華絢爛な大都市もあれば、中世の城下町のようなレンガでできた町もある。もっと視野を広げれば雲一つない澄んだ空の向こうには大きな山があったり、まるでファンタジー世界に入り込んでしまったようだ。

 

 

 

 こんなの——VRゲームか『七年戦争』より前にあった映像資料でしか見たことない。

 

 

 

「ようこそ——。ここは『レン高原』——」

 

「レン高原——?」

 

 偶然なのか、それとも運命なのか。

 この広大な草原の名には『レン』という俺の名前があった。

 

 

 

「『ドリームランド』にある土地の一つよ——」

 

 

 

 …………

 ……

 

 

 

「がっ……がぐっ……! 逃しはしない、バイジュウ様……っ!」

 

 一方その頃、夢へと落ちるレン達がいる世界——。

 あちらが『夢の国』なら、こちらは『覚醒の世界』とでも形容しようか。そんな中、麒麟は意識を取り戻してレン達の——正確にはバイジュウの後を追って這いずり回っていた。

 

「何としてでもバイジュウ様を……っ!?」

 

「ここから先を通すと思うか?」

 

 だが、麒麟の前には想定外の人物が立ちはだかった。

 それは先ほどまで激闘を繰り広げたギンであった。今現在レン達は夢の国に落ちており、ギンだって例外ではない。だというのになぜギンは意識を持って麒麟の前に立っているのか。

 

「なっ……どうして」

 

「キナ臭い気配があったからのぉ……。こうして意識を覚ましただけよ」

 

 そういうとギンは自らの腹部を見せた。

 そこには刃物で突き刺した深くて鋭い痛々しい傷がある。しかも血が溢れ止まぬことから傷を作ってから時間はそう経ってない。それらが導く答えは一つしかない。

 

 ギンが自傷行為をしたのは明らかだった。

 耐え難い眠気に抗うために、ギンは自らの身体を傷つけて無理矢理に意識を覚醒させ、忍び寄る麒麟へと抵抗を見せる。

 

 だがその代償は決して軽くはない。腹部の深い出血は運動機能を大幅に制限させられる。何せ下半身と上半身の動きの連結が担うのが腹部の役目だ。今のギンでは神業同然の抜刀術である『逆刃斬』を万全には打てない。レンよりマシ程度の身体能力でしか動けないのだ。

 

「これで互いに手傷を負って五分五分じゃろ」

 

「……そうまでして私と白黒をつけたいんですか」

 

 しかし手負いなのは麒麟も同様だ。

『陰陽五行』の影響下で無理矢理に動いたせいで、彼女の目は充血して視界はまともに機能せず、触覚も狂った後遺症が引き摺って武器を満足握ることはできない。

 

「ああ。そのついで何だが聞かせてもらおうか。どうやってあの異質物武器から解放された?」

 

 だが問題はその目にあった。既に麒麟の目は『青く染まっていない』ということは『陰陽五行』から解放されたということであり、こんな短時間にどうやって解消したというのだろうか。それがギンにとって疑問だった。

 

「『陰陽五行』のことですか……。確かにあの『鏡』は効きましたが、対策を怠るわけがないじゃないですか」

 

「なんのために精神干渉できる技術を積み上げたと思ってるんですか」と言いながら麒麟は自分の心臓を指差した。より正確に言うなら『心』というべき部分を。

 

「『無形の扉』のエージェントに名などを基本的に定めない理由は『自我』を芽生えさせないためなんですよ。全てが一つであり、一つが全て……」

 

 そこで麒麟は表情を歪める。それは麒麟や『少女』としての顔ではない。ありとあらゆる人間の悪性を——『フリーメイソン』としての『彼女』の顔がそこには張り付いていた。

 

「エージェントはすべて私の『精神的バックアップ』なんですよ。私の精神が壊れようとも誰かが私となり、逆もまた然り。万が一でも『陰陽五行』で自滅する可能性を考慮しないとでも?」

 

「……その言葉を聞いて、お前に沸いたわずかばかりの同情も、それを寄せていた儂自身にも吐き気を覚えそうだ」

 

 ギンは吐き捨てる。つまりは麒麟が口にしたことは、あらゆる精神は『備品扱い』だということだ。変えが効くものであり、使い捨てでも問題ないとも言っているに等しい。

 

 それはギンにとっては逆鱗でもあった。

 ギンは元々は霧吟という少女の肉体に憑依して、紆余曲折の末に現代でも生きている存在だ。ギンにとって霧吟とは、どんな物よりも大事な存在だ。

 

 そんな霧吟は生前は死者の魂のために奔走していた。報われずに現世に留まる魂を、しっかりと『人間』として認めて受け入れていた。その献身を見ていたギンからすれば『彼女』の在り方は、あまりにも霧吟の精神性とはかけ離れたものであった。

 けれど『陰陽五行』の影響下にあった彼女の在り方も決して嘘ではない。だからこそギンは理解してしまう。

 

 

 

 ——相反する在り方に、彼女の『心』そのものが瓦解していると。

 

 

 

「どんな魂であろうとも存外に扱うことは許さんっ! お前は『ケダモノ』だの何だの言っておったが、お前自身がその『ケダモノ』未満……『バケモノ』に成り果てておる!」

 

「ケダモノ未満……っ?」

 

 麒麟の深層心理で眠る『少女』が慟哭する。

 あんな親と姉と同じどころか、下だというのか。我が子を捨て、我が子を売り、私腹を肥やした犬畜生にも劣るケダモノにすら、私は劣るでもいうのか。

 

 

 

 ——そんなの認めるわけにはいかない。

 ——認めたら今度こそ何も残らなくなってしまう。

 

 

 

「——『私』をバケモノ扱いするなぁ!」

 

「終わらせてやろう、お前に巣くう『バケモノ』を」

 

 

 

 …………

 ……

 

 

 

 ここはどこでしょう——。

 暗闇の世界をバイジュウは歩き続ける。一歩を踏み込むたびに微睡は深くなっていき、衣服は粒子となって消えていきそうになる。

 

 まだだ——。今眠ってはいけない——。

 意識を無理矢理でも拾い上げて、バイジュウは意識を浮上させて歩きる続ける。そうすると粒子となった衣服は元に戻り、暗闇の世界をほんの少しだけ差す光明へと向かい続ける。

 

 幸いにも意識だけの世界のおかげか、心を強く持てば『覚醒の世界』での骨折や脱臼はなくすことができる。意識さえ強く維持できれば歩き続けることができる。

 

 

 

 ——純粋な魂は、暗闇の中でも輝き続ける。

 

 

 

 ——分かる。あの『光』には待ち望んでいたものだ。

 ——あそこに、あそこに必ず彼女がいる。

 

 

 

 ——とても、とても大切な親友があそこに。

 

 

 

 その光の終着点に、求めていた親友がいた。

 

 

 

「ミ、ルク……ッ!」

 

「バイジュウ……ちゃん……」

 

 

 

 光を背にバイジュウの愛しい親友がそこにいた。

 身につけてる服はヴィラクスとの記憶共有で見た時と同じ物だ。SF小説や漫画で出てくる宇宙から来た侵略者が着てるような露出度の高い銀色の光沢と黒のツートンが施された白を基調としたタイツ。厚手で長いジャンパー、グローブ、ブーツの一式を身につけており、それは記憶でのミルクと相違は一切ない。『魂』での認識を持ってしても確実にミルクであるとバイジュウに教えてくれる。

 

 しかしミルクは浮かない顔を見せてくる。長い時を刻んだ末の再会だというのに、その顔は酷く焦燥と不安が入り混じっていて、バイジュウと視線が絡むたびに逸らそうとする。

 

 

 

 ——まるで『会いたくなかった』とでも言いたげに。

 

 

 

「……ごめん」

 

 

 直後、バイジュウの頬を『何か』が掠めた。

 それは光線だ。ミルクの周囲に浮遊する武器である『未来の開拓者』がバイジュウに明確な『敵意』と共にそれを放ったのだ。

 

「どう、して……?」

 

「ごめん……っ。ごめん、ね……っ!」

 

 ミルクは泣きながら引き金を向ける。それはいつぞやの南極との時は真逆の状態だ。

 バイジュウは理解できなかった。いや、理解したくなかった。ミルクがどうして『敵』としてバイジュウの前に立ちはだかるかを。

 

 脳裏に過ぎるのは『SD事件』でのヴィラクスとニャルラトホテプの関係——。

 そしてハインリッヒが契約により未だに『ヨグ=ソトース』の名前を口に出せない強制力——。

 

 もしもその『強制力』が『自由意志さえも無理矢理に捻じ曲げる』ほどに強いとしたら——。

 

 

 

「私はミルク——。『あの方』の従者であり、契約の名は『略奪者(プレデター)』——」

 

 

 

 ——それはバイジュウが予感していた『最悪』のことだった。

 

 ——ミルクは『守護者』なのだ。『守護者』となってヨグ=ソトースの傀儡となってバイジュウの前に立ちはだかっているのだ。

 

 

 

「契約の下に、バイジュウちゃんに引き金を向けないといけないんだ——」

 

「そ、んな……っ」

 

 

 

 少女達の悲痛な声は重なり合う。

 あの日、凍りついた記憶は温かな再会とならず、傷口を広げるように氷柱となって傷を抉る。

 

 深く深く、眠りよりも深く傷を抉り続ける。『夢』であったら、どれだけ良かっただろうか。

 だがこれは『現実』だ。悪夢よりも惨くて酷い現実だ。バイジュウの前に立つのは紛れもなく本物のミルクであり、二人の絆を『略奪』していく——。




 とりあえずノルマである『くぅ疲w』だけを口にして、これにて第七章である『陰陽五行』は完結です。
 
 敵としてバイジュウの前に立つミルク。
 ドリームランドに誘われたレンちゃん。
 麒麟と決着をつけるギン爺。
 そしてファビオラ、ソヤ、クラウディアはどうなっているのか。

 全てを謎にしたまま次章でありながら、ある意味では『第一部の最終章』とも怒涛の第八章に移ることになります。
 神話生物との激闘や、ミルクを求めるバイジュウの物語もいよいよ終わりが見え、果たしてどんな結末となるのか。今しばらくお待ちくださいませ。

 それでは次回の投稿日は『2022/08/01』となりますので、それまでの間は皆様方は健康的にお過ごしください。
 
 では第八章『夢幻世界』もお楽しみくださいませ。
 それでは……ノシ。
 

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