魔女兵器 〜Another Real〜   作:かにみそスープ

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第4節 〜蜃帷┯縺溘k蟇ゥ蛻、鬨主」ォ(■■■■■■■■)

 ——あの人との出会いは、今でも鮮明に覚えている。泥に塗れた世界の中で、無力な私に手を差し出してくれたのが『あの人』だった。

 

 

 

「こんな小さな子が捨てられるなんて……。ああ、神はここまで無慈悲になったというのですか……」

 

 

 

 寂れて神にも見放された村の一坪。ボロボロの手先と瞳で修道女はまだ赤子同然にも等しい幼児を抱えて涙を零す。

 幼児は産まれた頃から、人とはどこか違う視点で世界を見れることをその歳で何となく理解はしていた。それが普通とは違うことも。それが理由で、気味が悪いと感じた生みの親が教会に放棄したことも。聡明な幼児はそういう物だと理解して受け入れた。

 

 だから幼児からすれば、それは極々当たり前の力で、極々当たり前のことなので躊躇も違和感もなくその能力で世界を認識している。人間が産まれ持って両手で箸を掴んだりするように、それが幼児にとって当然なのだから。

 

 

 

 その修道女の『色』と『臭い』は、とても弱々しくも悲しいものに満ち溢れていた、ということは覚えている。

 涙には同情や後悔といった幼児に向けた憐れみではなく、自分の過去が照らし合った物にも見える。

 

 

 

「あなた。お名前は分かる?」

 

「……ソヤ。ソヤ・エンジェルス」

 

「賢い子ですね、ソヤは。私はエルガノ。ここではマザーをつけてお呼びください」

 

 

 

 これはソヤとエルガノが初めてあった頃の記憶——。

 その修道院でソヤはエルガノに匿われた。二人にとって、決して良い関係とは言い切れない共同生活の始まりでもある。

 

 

 

 …………

 ……

 

 

 

「マザー、マザー! この魅力的な匂いがするこれはなんですか!?」

 

「それはテレビというものです。ちなみに聞きそうなのでお応えしますが、隣にあるのはVHSという映像再生機器です」

 

 ソヤは生まれつき持つ『共感覚』の影響もあって、数年後には聡明ながらもとても好奇心旺盛でやんちゃで元気な女の子に育っていった。

 

 ただそれがエルガノにとって悩みの種でもあった。

 少女が持つ特異性には畏怖、偏見、差別といった物はエルガノは持っていない。そういうのを抜きにして至って普通に育ててあげようと思っていたが、それを手放しにしてる物だから、ソヤはとにかく興味ある物には藪蛇が出ても構わんという勢いで調べようとするのだ。

 

 おかげでエルガノはトラブル続きだ。起きて寝るまでソヤの動向を追って右往左往。休まることなんてここ数年では数えるほどしかない。

 

 

 

 だが、その忙しさがどこかエルガノを救ってもくれていた——。

 

 少し前にあった銃を持った4人の強盗グループによる100人余りしかいない村の殺戮事件。

 そこでエルガノは実の娘を失い、さらにその真相を知って愕然とした。強盗グループは銃を持っていたが、そこにあった銃弾はたった『2発』しかなかったということを。

 

 たった2発しかない銃に村人は全員慄き、ナイフで順番で殺して回る強盗グループを見ては「自分は選ばれなくて良かった」と安堵する村人達。

 そんな自己保身と、ほんのちょっとの勇気や無謀さがないから娘は戯れ感覚で亡くなってしまった。それがエルガノにとってどれほど辛い物だったか。

 

 

 

 ——ああ、そんなくだらない『抑制』が少しでもなければ、娘は助かったかもしれないのに。

 

 ——もし次にそんなことがあるというのなら、今度こそそれを打開するための『救い』を用意しなければならない。

 

 

 

 ……なんて考えをしなくて済む。そんな考えをしたところで意味なんてないのだ。失った娘は戻ってくるわけがない。

 

 どんなに考えても、そんな『救い』なんて存在しない。存在するなら、そもそも『神』はあの時に応えてくれる。その時点で救いなんてあるわけないのだ。

 

 

 

「それとエンジェルス。シスターになるのでしたら、神への作法を忘れずに。いつでもお淑やかに言葉遣いは丁寧にするのですよ?」

 

「そんなこと言われても……どういうふうにすれば?」

 

「私みたいにしてれば良いのです」

 

「マザーみたいに影でコソコソと甘味を食べればよいのですね?」

 

「……あなたは言葉遣いとか何よりも、自身の好奇心を抑えることの方が重要ですわね」

 

「否定はしないのですか?」

 

「神に誓って嘘は言いません」

 

 だから、もしも『神』がいるならエルガノは感謝する。

 今こうやって小さなソヤと一緒に暮らすことが、自分の中にある神に対する背徳という闇を掻き消す『光』になってくれているのだから。

 

 

 

 ……

 ……

 

 

 

「マザー、壁の補修工事終わりましたわ〜〜♪」

 

「ご苦労様、エンジェルス」

 

 再び数年が経ち、ソヤはエルガノに言われた通りに、言葉遣いだけはお淑やかな物へと成長した。

 とはいってもそれは本当に形だけであり、言葉の節々に陽気さやおふざけが発せられてるのを察しないエルガノではない。

 

 しかしそれを注意してもソヤが反省することなんてあるわけがなく、今現在もこうしている状態だ。

 挙句にはそんな蔵書なんて取り扱ってないはずなのに、どこからともなく煩悩塗れの言葉遣いや仕草を覚えてきてエルガノは頭痛さえ覚えてしまうほどに、ソヤの成長は良くも悪くも健やかに育まれてきた。

 

 それ自体は喜ばしい。けれどもっとどうにかならなかったのか。それだけがエルガノにとって唯一ソヤに抱く不満であった。

 

「しかしお布施という物で賄えないのですか、マザー。壁も床も継ぎ接ぎだらけでは……なんというか、その……有り難みがないというか……」

 

「仕方ないのです。あの強盗の一件で、この村は寂れてしまいましたから。村人達は皆が皆、自分が生きるだけで……自分が生き残ろうとするだけ精一杯なのです……っ!」

 

 どこか恨みが篭った言葉を噛み締めながらエルガノは吐き捨てる。その意味合いに気付けないほどソヤだって子供じゃない。彼女の心中なんて『共感覚』も合ってすぐに察して無言になってしまう。

 

 そんな気遣いをエルガノは感じ取れないわけがない。エルガノは申し訳なさそうに咳払いを一つして、「それに」と言うと埃に塗れた鍬を取り出して悲しそうに語り始める。

 

「『黒死病』の影響で作物なんかロクに育ちません。この村は自給自足ができたからこそ成立していたというのに……こうなっては村という体裁の最低限すら満たせません」

 

 言葉だけなら悲痛に満ちた物だが、どこかエルガノは自業自得だと言わんばかりの嘲笑を浮かべながら語る。

 

「ですから今は樵として頑張るしかありません。幸いにも山と森林だけは異常はありませんから……」

 

 しかし、それはそれ。これはこれという物だ。

 エルガノは溜息混じりながらも、その薄幸でお淑やかな顔つきは裏腹に機械仕掛けの刃物——『チェーンソー』を取り出すと、ソヤに向けて「そろそろお時間です」と言って押しつけた。

 

「すいませんね、重労働を押しつけてしまって」

 

「ご安心くださいませ。私、意外とこれを振り回すことに快感を覚えてますので♡ マザーこそ道中の買い出しにはお気をつけくださいまし〜〜」

 

「快感を覚えるとかどういうことだ」とかエルガノは内心思いながらも、そんな正直者で気ままなソヤを見て、ふと溢してしまう。

 

「……貴方はそのままの方がいいのかもしれませんね。自分が思うままに動き、それが人に奉仕する行為だとしても構わない……」

 

「……私は貴方の娘ではありませんわよ?」

 

 言葉の節々に過去の出来事を重ねるのがソヤの『共感覚』で見えた。

 その内心を見透かされているのは慣れているものの、やはり誰であれ良い思いはしないのだろう。少しばかり不服そうな顔をして「ええ、わかっていますよ」とエルガノは言った。

 

「決してエンジェルスを娘の代わりにしてるわけではありません。どちらかといえば親代わりですよ、私から言えば」

 

 そう言われるとソヤは渇いた笑いを浮かべるしかなかった。

 

 

 

 …………

 ……

 

 

 

『ソヤ・エンジェルス、任務完了』

 

「……」

 

 ソヤが12歳になる年。彼女にとって変転したともいえる事態が起こる。

 

 そこは『ギアナ高地』——。

 そこでソヤは静かに天を仰ぎながらインカムから聞こえる中世的な声に耳を貸す。

 

『君はすでに15時間連続で作戦に参加している。補給が届くまで待機、新たな指示を待て』

 

「……」

 

『もうすぐ、このエリアの『浄化』が完遂する』

 

「……」

 

『……君の戦績は我々が事実通りに報告しよう。これでエルガノと修道院も少しは安泰になるだろう』

 

 ハッキリ言おう。エルガノとソヤがいる修道院は、もう保たない状態にまで来ていた。継ぎ接ぎだらけの建物では雨を凌ぐことはできても、襲い掛かる隙間風や害虫などの被害まで抑えることはできない。

 だから修道院は金銭や物資といった援助が必要になることを余儀なくされた。援助を受けるには見返りが必要であり、そのためにソヤは単身でギアナ高地で、自身が愛用するチェーンソーを血に染めていた。

 

「……うん」

 

 そこで初めてソヤは口を開く。ソヤが行っていたのはサモントンからの依頼だ。

 過去にXK級の世界終末を引き起こすかもしれない大規模な異変があり、最初はお抱えの部隊が派遣した人員で何とかしようとしたが瞬く間に全滅。その異常事態に出撃を拒否する者が続出し、最終的に金銭面や物資の枯渇もあって断るに断れないエルガノの下にこの依頼がやってきた。

 

 とは言っても、それは表向きの理由であり、そこにはもう一つの理由があった。それはソヤの適性を試したいというサモントンとは独立した『デックス』そのものの意志。

 

 ゆえにある程度は自由に動けるために形式的な襲名を与えて彼女の適性を試す。結果としては『ある理由』で教皇庁所属となり、各国の異質物問題を解決するエージェントになり、デックスがほぼ独占する戦力である『位階十席』の手から離れることにはなるのだが。

 

 

 

 ともあれ、それがサモントンの——。

 

 

 

『安心しろ。お祖父様は約束を破ることはない。ミカエルの名に誓ってもいい』

 

「……うん。わかってる」

 

 そしてデックス家における最重要人物ともいえる『ミカエル・デックス』の目的であった。

 当時はまだ自身が持つ『共感覚』という特性と抑え切れぬ好奇心から振り回されることの多かったソヤだが、それを抜きにしてもミカエルの言葉は全貌が掴めずに誰よりも『気味が悪い』存在としてソヤは考えていた。それは今も同じだ。

 

『……元気がないが、何か思うところがあるのか? 扉を閉め終えたはずだろう?』

 

「いえ思うところというか……身体に違和感が……」

 

 享楽的、楽観的という言葉が似合うソヤですら感じるとてつもない『不快感』がソヤの身体を蝕んで仕方ない。まるで全身の毛穴が呼吸でもするために喘ぐようにだ。

 

 この不快感から逃れたくて仕方がない。もう狂乱して相討ちした修道女もいなければ、問題となる『扉』も閉め終えた。後は時間の経過を待つだけだから休んでも問題はない。

 

 だからどこか背中を預けて休んでいたい。この不快感を少しでも無くしたい。そうやって動こうとした時に。

 

「あっ……れっ……」

 

 瞬間、激痛が走って思わずソヤは倒れ込んでしまった。手の力も抜けてチェーンソーを放り出してしまう。それどころか意識が霞んできて仕方がない。今にも命が途切れてしまいそうな、そんな恐怖が巡る。

 

 何とかして意識を手繰ろうとするが、そんな努力など虚しくソヤは意識を微睡に溶かしていく。

 

 その最中——彼女は確かに見た。

 自身の中に巣くう『悪意』が躍動してる感覚を、確かに。

 

 

 

 …………

 ……

 

 

 

 後日、奇跡的にソヤは目を覚ました。だけどその目覚めは決してソヤにとって良いことを伝える物ではなかった。

 

 ドラマでよくある『良い情報』と『悪い情報』というものを告げられたのだ。

 良い情報とは無事に生還できたということ。悪い情報とは先の『浄化』の件で、ソヤの身体には異質物由来の癌みたいな物に寄生されてしまい、それは修道院に近づくことで反応を強めて寄生先となるソヤを苦しめるものとなっているということ。

 

 そしてこの特殊な癌みたいな物は、何もしなくとも成人となる前にソヤを侵し尽くして、いずれは死んでしまうという短命になってしまったということ。

 

 

 

 ——つまりソヤは事実上の修道女としての資格がないと突きつけられたのだ。

 

 

 

 ギアナ高地にて、そんなことが起こるなんてミカエルはともかくとして教皇庁の最高責任者にとって予想外だったらしく、その人はソヤの前で何度も「すまない」と涙ながらに告げ、可能な限りエルガノの修道院に援助をすることを約束した。

 

 安定した生活と環境の代わりに、自身の寿命と立場を追われてしまったソヤ。そんな哀れな存在となった少女に対してエルガノはなんて言葉をかけてくれるだろうか。

 哀れみだろうか。悲しみだろうか。今まで修道院という小さな枠組みの中だったが、それでも疑似的な母と娘として過ごしてきたのだ。ソヤは子供ながらに期待してしまう。

 

 

 

 ——母として抱きしめて、私と一緒にいてくれる道を。

 

 

 

「エンジェルス……あなたはあそこで何を見てきましたか?」

 

 

 

 しかしエルガノの第一声目は狂気に満ちた瞳でそう告げたのだ。彼女は本当に私が知るマザーなのだろうか。そう感じてしまうほどに。

 

 

 

「……いえ、私には何も分かりませんでした」

 

 

 

 嘘だ。失神する直前に、あの扉によって与えられてた情報を垣間見た。それによって扉がもたらす物がどういうものかも。

 

 それは破滅とかに近い物だ。人の深層心理に眠る負の感情を刺激するもの。悪意を増長させて自我を崩壊させる劇薬中の劇薬。それがあの『扉』に秘められた情報だ。

 

 そんなことをエルガノに伝えるわけにはいかない。

 彼女は根本的な部分で『人間が嫌い』なのだ。だからこそ人間に失望しており、だからこそ人間に救いを求める。それが分からないソヤではない。

 

 

 

「そんな言葉を信じる私だと思いますか? 今の貴方の身体は分かっているのです。異質物によって侵され、まともに生きることさえできない。その癌を取り除くために、私は治療方法を模索したんですよ」

 

「だから知ってしまったんです」とエルガノは続けて言う。

 

「癌に残った情報を解析し……貴方が『門』に接触したということを。そしてこの異質物は『人の精神を解放する』という効果が現れることを……!」

 

 

 

 その瞳は完全に狂気へと取り憑かれていた。今にして思えばエルガノの豹変そのものが『門』の情報の断片に触れたことによって汚染され、彼女が口にする『人の精神を解放する』状態となっていて、内心で燻っていた村での悲劇を起こさない手段を探すという一面が表に出たのかもしれない。

 

 何にせよ、そこからエルガノは壊れていった。ここからは先は語るまでもない。

 猫丸電気街でソヤとエルガノがレンに話した通りのことが絡み合い、ソヤはエルガノから離れることのできぬ関係性となったのだ。

 

 

 

 ……

 …………

 

 

 

「お久しぶりですわね」

 

「……ソヤですか」

 

 そんな思い出を振り返りながら、ソヤ達はレン高原にある教会へとたどり着いた。道中に群がっていたムーンビーストとレン人は可能な範囲で戦闘を行わずに帰還したこともあり、誰一人として負傷らしい負傷などない。

 

 だがエルガノにとってどうでもいいことだ。舌打ち代わりに髪を乱雑に掻き乱し、修道服を正すとシスターとは思えない冷たい視線と声色で告げる。

 

「今更どんな顔で会いにきたのでしょうか? 礼儀知らずの親不孝者が」

 

「こんな顔ですわ。初めて会った時のように、図々しく救いを求める子羊として来ましたの」

 

「知らない間に口達者に……私から離れられて、よっぽど嬉しかったのですか?」

 

「ええ。いつまでも乳飲み子というわけにもいきませんもの」

 

「ふっ。そういうところが嫌いでした。私も子離れできて清々しますよ」

 

 ソヤは『共感覚』の持ち主だ。エルガノの敵意なんて純度100%で感じ取っている。どんなに言葉で覆おうとしても、誤魔化しきれない悪意、嫉妬、憤怒をソヤは敏感に感じてしまう。

 

 だが同時にエルガノは本物のシスターだ。本物のシスターだからこそ、本当に『救い』というものを求めていた。

 例えそれがどんな歪んだ形で成そうとし、それが猫丸電気街で起こした事件だとしても、彼女は彼女なりの方法で『救い』を求めた。

 

 それをソヤは知っている。だからどんな歪んでいたとしてもエルガノなら『迷える子羊』として訪ねたソヤを無碍に扱ったりしない。一通り文句を吐き出した後に職務を熟そうとするだろう。

 猫丸電気街での一幕。当たり前のようにレンの応急手当てをしたように。そうソヤは信じている。

 

 

 

 それは——ある意味においては『子』が『親』に求める『期待』とでもいうべき感情にも似ていた。

 

 

 

「……まあ救いを求める子羊というのなら話は聞きましょう。今日はどのようなことを懺悔をしに?」

 

 

 

 ——ほら、やっぱり聞いてくれた。

 

 

 

「…………マザー。私の懺悔は……」

 

「お待ちなさい。貴方はもう修道会から破門された身。私のことを『マザー』と呼ぶことは許されません」

 

「……シスターエルガノ。私は懺悔をしにきたのです」

 

 

 

 もう二度と『マザー』とは呼んではいけないけど、それでも確かに貴方は私の『マザー(母親)』なのです。

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