——その頃、ファビオラとフレイムは教会の片隅で埃を被っていた椅子へと腰を置いて話し合う。
語ることはひとつしかない。『守護者』というシステムに対しての根本的な疑問と役目というものが気になって仕方ないからだ。
「一度整理させて。『守護者』……それに値する従者とかってのは五属性あって、それが錬金術や五行にある属性で相違ないのね?」
『ええ。間違いない』
「そして私は『炎』の属性……バイジュウは『水』の属性を司っているのも?」
『それも間違いなく』
どうやら嘘を言っている様子はない。一度気になって調べてはみたが『共感覚』持ちのソヤでさえも、彼女の内情を嗅ぐことはできなかった。
だからレン、ファビオラ、ソヤの中で一番人生経験が豊富なファビオラが事情聴取することになったが、もしかしたら『火』としての繋がりがあるせいなのか、ファビオラにはフレイムが嘘を言っていないという確信があった。
故にファビオラの質問に澱みも躊躇いも恐れもない。フレイムが口伝してくれたことを信じ、生じた疑問をさらに問い詰めていく。
「じゃあ続いての質問。かつて守護者となっていたハインリッヒとギン……この二人は、どの属性に従しているの?」
『二人とも『土』の属性。ついでに言っておくと従えるべき神の名は『ヨグ=ソトース』とも言っておく』
二人とも同じ属性なのはファビオラにとって想定外なことだった。どこか1属性に1人までという確信があった。
なら気になるのは当然その属性に値する守護者は何人いるのか。少なくとも土に2人いるのだから、2人以上と考えるのが自然であり、それが合計で5属性存在することになる。
5×2ならば10人。5×3ならば15人。あるいは定員数に決まりなどなく、属性ごとにバラけている可能性だってある。
だとすれば——次に聞くことは決まりきっている。
「ねぇ、その『属性』を司る従者には限度はあるの?」
「ある。一属性に2人まで。けれど時間・空間の概念を超越してるから、空席ができた途端に新しい従者が補充はされるけどね」
とりあえずは基本的に合計10人までしか従者は存在できないことはわかった。ならば気になるのはその先だ。『なぜ10人しか存在できないのか』という部分だ。
推測を重ねてファビオラは思考に耽る。今ここにバイジュウやハインリッヒみたいな知的で探究心溢れた研究者は存在しない。自分がしっかりしないと手に取れるはずの情報を取りこぼしてしまう。それだけは決してしてはならない。
そんな妙な焦りが逆にファビオラの頭を冷静にさせていく。1秒ごとに思考は鮮明になっていき、自分がどういう質問と答えを求めるかを整理していく。
——そうしないと『門』の奥にいるスクルドを救い出せないような気がしたから。
そのらしくない思考の末にファビオラは推測を一つの形へと導いた。そもそも最初の守護者であるハインリッヒは何と言っていた? どんな情報をSIDに提供してくれた?
ファビオラは又聞きした内容を思い出していく。ハインリッヒはどういったことを話していたかを。あの『方舟基地』で初めて出現し、その後に『因果の狭間』に吸い込まれた時にレン達にどのような内容を伝えていたかを。
…………
……
「簡単に言いますと、わたくしの契約は地球上の特定エリアである10ヶ所を守り抜く事です。嫌ですけど、やらざるを得ません……。誰もやらなければ取り返しのつかない災難を招いてしまいます」
「その10のエリアに相当するものが、『セフィロトの樹』の10個の円環というわけ?」
……
…………
『セフィロトの樹』にある10個の円環——。
そして守護者は10人までという制約——。
どちらも同じように10という数字があり、そのどちらも情報生命体と繋がった問題だ。
これは果たして偶然なのか必然なのか。それはファビオラに判別できるはずがない。できるとしたら、それはフレイムだけだ。
だから問いただす。その偶然は必然なのかどうかを。
「……これは憶測に済ませたいんだけど1属性で2人までなら、最高でも守護者は10人いることになる。この数はハインリッヒが口にしていた『セフィロトの樹』にある『セフィラ』の数と一致してることになるんだけど……偶然なのかしら?」
『偶然じゃない、って言ったら?』
——ファビオラは驚くことはなかった。そう返答されることを予期していたからだ。だとしたら次に聞くことも整っている。
『聡明で博識な貴方はこうも考える。セフィロトには隠された11番目のセフィラが存在する。ならば『11番目の守護者』が存在してるのではないか? と』
心を見透かされた——。それがファビオラにとって衝撃はあったが驚きは意外にも薄かった。
何せ自分でもフレイムのことは何となく嘘は言っていないという確信があったのだ。そういう関係性をもっと深く知っているフレイムならばファビオラそのものを見透かされても不思議ではないだろう。
だったら遠慮も配慮もなしだ。
ファビオラは「じゃあそういうことなら」と開き直った顔つきで笑うと、瞳の奥で炎でも激らせたような視線でフレイムに問う。
「なら聞かせてくれる? 11番目の守護者は存在しているのかを。存在してるなら、その属性や役割を——」
だがその瞬間、ファビオラの炎は急速に萎むを理解した。端的に言えば視線を交わしたフレイムの瞳が、ファビオラの心を恐怖へと染めたのだ。
炎がより強い炎に飲み込まれるかのようなフレイムの威圧的な眼光。それは表現するならば『凍てついた炎』とでも言うべき矛盾を成立させるような身定める冷たさと激る暑さが宿っていた。
考えてる観点や視点が別次元にある彼女だからこそ見せる一面に、ファビオラは生唾を呑んで沈黙するしかなかった。彼女の返答を待ちながら沈黙することしか。
『それだけは永劫に知ってはいけない。それを知ることは世界の真理に触れることになる。それは本当に限られた知的生命体しか観測してはいけない領域なの』
「……私にはその資格がないってこと?」
『端的に言えばそうね』と悪びれる様子もなくフレイムは肯定した。諦めろと言わんばかりの態度だが、同時にファビオラは理解してもいる。それが優しさからくるものであることを。
『けれど唯一その資格があるとすれば……』
フレイムは扉の先で馬鹿面をしているであろう少女を見つめる。その視線はどこか哀れみを持つような、可哀想というより同情でもするような視線のまま吐く。
『レンちゃんだけでしょうね。だからこそニャルラトホテプはサモントンでの事件を起こしたんだから』
…………
……
「って、ところでしたよ。これでいいですか、ご主人様ぁ?」
「うん、ファビオラに任せて正解だったよ」
ファビオラに感謝しながら俺は教会の椅子で横になって情報を整理しようとするが、あまりにも重厚な情報に聞いたすぐから頭が破裂しそうになりそうだ。
間違いなく俺が聞いたら、こんなスムーズに情報を纏めることはできなかったに違いない。そういう意味でも二重の感謝をファビオラに伝え、今後の動きをどうしようか次の思考へと移さないといけない。
「ソヤは……まだエルガノと話してるんだな」
「そりゃ経緯はどうあれ、客観的に見れば殺した側と殺された側の対面よ。それも殺した側が来たとなれば一触即発でもおかしくない。むしろ1時間も経ってるのに、騒動らしい騒動が起きてないだけ上手く話し合えてるんでしょ」
……うん、そうだな。今はそう信じるしかない。2人での話し合いは2人だけしか知っちゃいけない内容なんだから。
だったらソヤが戻るまでは休憩時間だ。俺は月光百合の影響で染まった見慣れない白髪を掻きむしりながら、フレイムが最後に伝えた言葉を思い返す。
「……俺だけが11番目の守護者を知れる? だからニャルラトホテプはサモントンで事件を起こした?」
俺はサモントンでニャルラトホテプが何を起こしたかを追憶する。
ウリエルの身体と精神を乗っ取り、ヴィラクスを魔導書の魔力で操り人形とし、挙句には俺の身体も精神さえも乗っ取ろうと画策していた。
……消極的に考えて、ニャルラトホテプと俺とサモントンの事件が全部繋がる要素があるとすれば、俺の身体と精神の乗っ取りに違いない。
けれどそんなことに何の価値がある? 確かに女の子になってから色々と不思議なことが起こってきた。その色々が多すぎてニャルラトホテプが何を目的にしているのかを定めてることができない。
『時空位相波動』に突入しても問題ない体質か?
それとも近くにいる魔女の力を強める体質か?
もしくはアニーやハインリッヒを『因果の狭間』から解放した力か?
ミルクや霧吟の魂を、力とするものか?
あるいは全部か——? 考えたところで答えなんて見つかるはずがないし、見つけたところで意味なんてないだろう。
ニャルラトホテプは超常の存在。常識や理解という概念の外にいる生命体。どんな知恵を巡らせても俺じゃあ答えに辿り着くことは無理だろう。
だから一度諦める。こういう難しいことを考えるのは、マリルとかバイジュウあたりが適任だ。
今は無事にここを脱出し、可能であればニャルラトホテプを討つ——それが当面での目標となる。
問題はそのニャルラトホテプの居場所だ。ここ『ドリームランド』にいる確証はないが、高い確率で存在してると思っていい。なにせフレイム曰く『ムーンビースト』はニャルラトホテプの信仰する生命なのだから。きっと遠からぬ関係性を持ってるに違いない。
それこそ——ムーンビーストが来た『月』にいる可能性さえもあるほどに。
「あら、難しい顔をしてますわね、レンさん」
「ソヤっ!」
なんて難しいことを考えてたら、ソヤの声がしたので俺は振り返って少女の様子を目で追う。ソヤとエルガノがどんな内容を話し合ったのかを想像しながら。
「……顔、赤くなってますけど?」
しかし開幕1番に視界に入ったのは、両者共々に顔を赤く腫れさせた姿であった。クッキリと互いの左頬に手形がついており、平手打ちしたのが目に見えて分かる。
「少しばかり言い争いになりまして……。これで手打ちにしたという意味でもあるのですが」
「じゃあ、ソヤとエルガノは……」
「仲直り——。というわけには行きませんが、しばらくが協力することにしました。ソヤがどうやって、ここと似た世界から抜け出したかも聞け出したことですしねぇ?」
そこで俺とエルガノの視線が交わされる。その意味を察せないほど鈍感じゃない。ソヤはどうやって自分が救出されたのかをエルガノに説明し、それを出汁にして交渉したに違いない。
「いいですわよね、レンさん?」
「……しょうがないなぁ」
とはいっても正直そんな上手くいく自信がない。一応エルガノの肉体はあっちの世界だと焼死体になってるわけだし。
でもハインリッヒは自爆したのに元の肉体を取り戻してるんだし……大丈夫なのかな?
「というわけでシスター・エルガノ。ここにいる皆様方に、この世界のことを説明してくださいませ」
「ええ。私が知る全てを貴方がたに授けましょう」
…………
……
あぁ、なんでこうなってしまったんだろう——。
一方その頃、暗闇の世界の只中にて。
何度も何度も親友を傷つけ、何度も何度も親友の心臓を打ち貫きながら少女——ミルクは心の中で慟哭する。
「お願い……っ」
ハッキリ言おう。バイジュウとミルクの戦いは、一方的なんて言葉ですら生優しいほどの蹂躙が続けられていた。
ひたすら抵抗の意志も動作も見せずにバイジュウは無防備にミルクの銃口に打ち貫かれ、その身を暗闇の世界で漂わせる。
この世界では身体がどんなに傷つこうと、心が屈しない限りは存在を許し続ける。許し続けてしまう。
だからバイジュウの身体は見るも無惨な姿になっていた。
雪のように白い肌は焼き爛れているし、指はもう『手』と呼ぶほどに溶けきって一体化していた。銃剣を握ることはできても引き金を引くことはできず、瞼も熱で爛れて上瞼と下瞼が引っ付いて、顎を上げることでしか世界を認識できないほどにその視界は閉じきっている。
そんな風にしてしまったのは他の誰でもない。ミルク自身だ。
どんなに自由意思や行動などなくても、ミルク自身が己の武器でバイジュウをここまで傷つけたのだ。
どうにか止めたい——。戦いたくない——。
「お願いだから……っ。もうバイジュウちゃんを傷つけさせないで……っ。私なんて奴隷でも娼婦でも、どんな扱いを受けてもいいから……」
《お前があの女の代わりになる価値があるならそうしてる。だが貴様は凡人だろう。ただの人間如きが我に指図できると思うな》
しかし心の奥底——。
言うなれば『魂』というべきところで、ミルクは『あの方』こと『ヨグ=ソトース』との繋がりという名の首輪で束縛されてバイジュウとの戦いを止めることができない。
《これ以上傷つけさせない方法なら、さっさと役目を完遂させろ。あの女を、バイジュウを、お前に代わる真の『守護者』としての契約を果たせ》
「……っ!」
そんなことできるわけがない。ミルクが仮初の守護者として課せられた役割はただ一つ。『バイジュウを守護者に引き入れる』ことだ。
しかし『守護者』に引き入れることは何を意味しているのか。それを知らないミルクではない。あらゆる時間・空間から隔絶されてヨグ=ソトースという外道のために尽くさないといけない恥辱と永遠に付き合わなければいけない。それをミルクが「はい、やります」なんて嬉々として行うわけがない。
だからこうして執拗に痛めつけているのだ。バイジュウには肉体的に、ミルクは精神的な苦痛を伴わせることで。
それでどちらかが弱音を吐いたり、限界を見せることがあれば、お互いがお互いを思って折れるのをヨグ=ソトースは予期している。これ以上、親友が傷ついたり疲弊するところを見ていることはできないと。
人の心理などそういう風にできている。そうヨグ=ソトースは考えているのだ。
——だけど、それでもバイジュウとミルクは屈しない。お互いがお互いを傷つけることになっても、どちらもヨグ=ソトースの意志に反して耐え抜いていた。
「だいじょうぶだよ、ミルク……。いつかきっと……レンさんがなんとかしてくれます……」
「だからそれまで」とバイジュウは優しく諭すと——。
「私を傷つけることを、躊躇わないで」
と、どこまでも穏やかな口調で溢した。笑顔でも見せるかのように緩やかな心のまま。
まるで南極基地での立場が逆転したみたいだった。ミルクにはなぜか銃口を構えているのがバイジュウ側の方に見えて仕方がない。
けれどそれはミルクには向けていない。自分の脳天にブチ込むかのような覚悟の表れ。自分がどれだけ傷つこうと耐え抜くという意志を見せていた。
「分かってる……。分かってるけど……っ!」
それでも大切な親友を自分の手で傷つけることを苦しいと思わないわけがない。何とかしてバイジュウを傷つけて仕方ない自分の武器である『未来の開拓者』を制御したくても、抵抗の意志と逆作用するように苛烈さを増してバイジュウを集中砲火していく。
やがて、心臓さえも撃ち貫いた。耐えるとか、そういう忍耐の話ではない激痛と意識の乱れがバイジュウを襲っているに違いない。今にも眠りたくて仕方ないはずなのに、それでもバイジュウは何もしないままただただ意識を保ってミルクを見つめ続ける。
けれどここは意識だけが構成された世界。
どれだけ生命として致命的な怪我を負おうとも、その意識が途切れない限り、人としてどれほど惨めで残酷な姿に成ろうとも命を保ち続ける。故にバイジュウはまだ倒れない。倒れるわけにはいかない。
本当にバイジュウは強くなった——。
あんな鉄面皮みたいな無愛想に見えながら、どこか抜けているところがあって、南極での僅かな付き合いであるミルク以外の部隊の人々も巻き込みたくないと考えてしまうほどに優しい子だったのに『ほんのちょっと』——ミルクにとってもバイジュウにとっても長すぎる『ちょっと』の間に、彼女はここまで強くなっていたんだ。
——だったら、私は信じちゃうよ。信じ続けちゃうよ。
——バイジュウちゃんなら耐えきっちゃうって。
——いくらでも私のことは嫌いになっていいから、どんなに痛くても『守護者』になんかなっちゃダメだよ。
《どうも、このままだと埒が開かないな。こうなったらレンという奴の方を何とかするか》
その二人の心情の移り変わりをヨグ=ソトースはすぐに察したのだろう。酷く凍てついた声色でそう呟くと、瞬間的に暗闇の世界に一つの亀裂と暴風を舞い込んだ。
まるで嵐が壁を打ち破るかのような荒さであり、同時にそれがこの世界におけるヨグ=ソトースが見せる力の片鱗でもある。
バイジュウとミルクは今度は何を起こす気だと警戒心を募られて、その暴風と亀裂の先に生まれた一筋の光に目を凝らす。そこには驚きの人物が眠っていた。
少女だ。金髪の少女だ。髪にはゼンマイを巻くような道具を模した髪留めがある。
その少女を二人は知っている。
バイジュウは記録で見たことがあるし、あの顔つきはニュースで何度か見たことある。なにせ『ニューモリダス』にいる権力者の娘でもあるのだから。そしてその娘を主人とする『あるメイド』とも交友関係を持っているのだから。
ミルクはこの世界に囚われてから知り合った。
歳下なのにやたらと聡明で達観的だ。いつも子供らしくない笑顔を浮かべ、先を見通すような見聞は、まるで『未来』でも見通してると錯覚するほどの説得力があるほどに。
その少女の名は——。レンも知っている——。
《『スクルド・エクスロッド』——。契約の下に汝に告げる——》